第六十話:2028年度第4四半期の総括
2029年の2月も終わりに近づき、テレビ局とコメンテーター及び系列新聞社と系列出版社に対する民事及び刑事での提訴が行われた。この件は、白川のスカウトで新たに仲間になった元検事と弁護士一名が加わった法務部隊に波留は全権を任せている。
波留が今後この件に関わるのは示談交渉になってからだ。
そして3月が過ぎ去り、4月に入った。2028年度の田中グループの収益は、2月中旬からアンドロイドの出荷が始まったこともあり、営業利益で4000億を超える結果となった。ここから税金等を差っ引いた純利益は2600億に達することになった。
この収益のほとんどは事業拡大に使われる予定だ。
自動車メーカー各社では田中ソフト製の自動運転システムとアンドロイドの試験も行われていて、評価はおおむね高いというか、絶賛に近い状態になっている。
最初に波留たちが訪問した自動車目メーカーとの連携は正式決定し、田中霊子技術研究所は二人の技術者を受け入れることになった。今は研究所で全個体電池の性能評価とコストダウンのための研究に邁進している。
その他の自動車メーカとの連携の話は今のところ出ておらず、余裕がないのか早く自動運転ユニットを自社製の自動車に搭載したいようだとの営業からの報告があった。きっと良い顧客となってくれるだろうと波留は期待している。
そして日本社会と言わず世界を大きく震撼させる出来事もあった。それは真偽判定メガネとレンズについて政府が公表に踏み切ったということであり、その少し前にひっそりと検察と警察の幹部数人が辞表を出して引退していたりする。
世間の反応は肯定的なものがほとんどだったが、人権団体や一部市民団体、その筋の著名人が憲法違反であると声高に騒ぎだしてもいる。けれども政府発表では本人の同意が無い限り真偽判定は行われないということになっていて、世間の認識では憲法違反ではなく、むしろ騒いでいる連中にやましいことがあるのではないかという噂がSNSなどで盛んに議論されるようになった。
さらに政府は、真偽判定メガネやレンズを使用するための免許制度――真偽判定官――を法制化すると宣言した。これにより、誰もが使えるようなことは無くなったのである。
世間で大多数を占めた感想は、これで冤罪が減るだろうということや、犯罪を疑われたら真っ先に真偽判定を要望するというものであった。
また、現在刑に服している者たち、あるいは刑期を終えて出所した者の中からも真偽判定の要望が出ているらしく、警察と検察にとっては試練の時になっているらしい。
そんなことがあって日本中とは言わず世界中が真偽判定メガネとレンズの話題で持ちきりだったころ、田中グループによって新たな特大の爆弾が世界に向けて投下されることになった。
『速報です。たった今入ってきた情報によりますと、新会社田中電力の試験炉による発電試験で、核融合発電の実用化に成功したそうです。発電試験は2週間前から行われ、今現在も安定的に稼働を続けているとのことです。火力発電を大きく超える発電効率だそうですが、正確な数値はまだ発表されていません』
『何かと話題の田中グループ系列の新会社ですね。アンドロイドや真偽判定メガネなど、ここのところ大きなニュースが立て続けに聞こえてきますが芦田さん、どう思われますか?』
『そうですね、どちらかといえば日本の、いや、世界の未来を明るくするニュースばかりですね――』
ふじみ野駅前の奥まったところにに新しく建てられた田中グループ本社ビルの食堂では、お昼の情報番組を流すテレビを見ながら数十名の社員が食事をとっていた。
田中グループへの悪意ある偏向報道を行ったテレビ局やコメンテーター、系列の新聞社や出版社が莫大な損害賠償裁判を起こされたことはニュースにもなっていて、最近の情報番組や報道番組で田中グループへのネガティブな報道はすっかり影を潜めている。
それどころか、田中グループに対してポジティブな発言をするコメンテーターも現れはじめ、アンドロイドに対する高齢者のマイナスイメージは払拭されつつあるようだ。
そのおかげか、アンドロイドの予約キャンセルはほとんど無くなって、逆に予約数が跳ね上がる事態になっている。
そんな状況になっていると、波留は真新しい自社ビルの最上階にあるだだっ広い社長室で、白川から報告を受けていた。
田中グループの躍進は白川が報告してくれたとおりに、当初から波留が思い描いていた状況になっているが、彼自身はそのことに喜ぶ様子もなく淡々と報告を聞いていた。
「――以上になりますが、あまり嬉しそうではありませんね」
「そう見えるかもしれませんが喜ばしいとは思っていますよ。ただ、ちょっと思い通りに進みすぎているというか、もうちょっと歯ごたえが欲しかったというか」
「歯ごたえ?」
「いや、なんでもありません。忘れてください」
波留としては、対抗勢力のもっと激しい抵抗というか妨害が入ると思っていた。けれども現実はテレビ局による偏向報道くらいしかそれらしいものが無かった。
異世界で大きな事業を起こす場合、何をするにしても少なくない死人が出るような抵抗があった。それに慣れてしまっている波留が歯ごたえを感じないのも無理が無いのかもしれない。
――実に平和な世界だ。だが、アメリカとか中国はそれなりの抵抗をしてくれるよな? いや……。
物騒なことを期待してしまっていると気付いた波留は、平和なら平和の方が良いかと思い直すのだった。




