第五十七話:反撃開始
田中グループへの攻撃的偏向報道があった翌々日、グループ各社の法務部長以下数名を集めてミーティングが行なわれることになった。集まったのは田中特殊雑貨工房から弁護士資格保持者が三名、田中霊薬から同じく弁護士資格保持者が二名、新会社の田中ロボテクスから弁護士資格保持者が一名、波留の両親、沙耶の九名である。白川はスカウトに出ていて不在にしている。
ミーティングの場所はふじみ野の田中特殊雑貨工房オフィス。来年あたりに同じくふじみ野に建設中のビルに移転予定だが、今現在波留たちは最初に借りたレンタルオフィスを使っている。
「△△テレビでの攻撃的偏向報道に対する法的手続きを行うことにしました。つきましてはお集まりいただいた皆様にて弁護団を組んでいただき、この問題に対処していこうと考えています。沙耶、現状の報告を頼みます」
波留に指名された沙耶が、出席者全員に紙一枚に簡潔にまとめたられた資料を配っていく。
「まずはお配りした資料にざっと目をお通しください」
波留を含めたた沙耶以外の出席者が、速読するかのようにテキストを目で追っていく。
「それでは現状の報告をさせていただきます。問題の放送開始時点での予約数は82745件、放送開始から今朝9時までの間の予約キャンセル数が12588件となっています。割合で言うと15.2パーセントがキャンセルされたことになり、今現在も続々とキャンセルが入っている状況です。新規の予約に関してはキャンセルを上回る勢いで伸びていますが、差し引きすると大幅なペースダウンとなっています」
沙耶の報告を聞いた波留以外の出席者は、一様に厳しい顔をしている。
「そのペースで今月末までの予約数は何件くらいになりそうですか?」
「キャンセル数の減少率と予約数の減少率を考えますと、今月末の時点で予想される予約数は10万件あたりになるのではないかと思われます」
その数字は1年間工場がフル稼働してどうにか捌けるだろう値だった。つまり今年度の業績に与える損害は無視できるということになる。それに気づいた出席者たちは一様に安堵しているようだ。
しかし、予約キャンセルが今年度の業績に与える損害が皆無であったとしても、放置して将来的に損害が出ることはもちろん好ましくないし、会社のイメージ的にも良くない。だから波留は徹底的に戦うつもりでいる。法的にではあるが。
「分かりました。猶予は少なくとも来年四月まではあるということです。よってこの戦いは出来るだけ早期に決着を付けねばなりません」
法務部の者たちの顔が引き締まった。けれども裁判をたらたらやっていたら判決が出るまでにかなりの時間がかかる。だから波留はいかに早く示談に持っていくかということを説明することにした。でもその前に聞いておきたいことがあった。
「沙耶、キャンセルの状況についてだけど、キャンセル理由については聞き出せていますか? 記録は取ってありますか?」
「はい、約80パーセントのお客様から理由をうかがうことができている状況です。キャンセルに至ったほとんどの原因はテレビ放送を見て不安になった。あるいは親が不安がっているということです。キャンセル理由は全件音声またはテキストで記録してあります」
波留は目が合った田中特殊雑貨工房の法務部長である馬場に問いかける。
「馬場法務部長、今の報告は証拠になり得ますか? 裁判で戦えますか?」
「キャンセル理由の記録は偽計業務妨害の証拠になり得ますし、裁判で勝てる見込みは非常に高いと考えられます」
「分かりました。では方針を伝えます。裁判に勝つ必要はありません。法務部隊の方は出来るだけ早く示談に持っていくことを念頭に動いてください」
「理由をうかがっても?」
「その方が当社の利益になるからです――」
波留は先日白川に明かした示談戦略を出席者に説明していった。何名かの法務部員が彼を恐ろしいものを見るような目で見ている。
「――以上が示談を目指す理由になります。沙耶、今月末に提訴に踏み切ったとして、計算上の予想損害額はどれくらいになりますか?」
「お渡しした資料にあるグラフのとおりにキャンセル数が推移した場合、2000億弱の損害になると思われます。イメージダウンによる損害は現時点では算定できません」
「ありがとう。そうなると馬場法務部長、裁判で請求する金額を5000億から1兆円くらいにしたいんですけど、ああ、金額ははったりです。最低でも2000億はもぎ取るというか、もぎ取れる状況に持っていって示談交渉に挑みたいんですが、相手をビビらせるためにも出来るだけ大きな金額で提訴できるように動いてください」
馬場は呆気にとられたような顔をしていたが、最後には笑みを湛えて「分かりました。可能な限りやってみます」と言って納得してくれた。そんな彼が聞いてきた。
「社長、民事裁判については社長がおっしゃった方針で進めますが、刑事裁判についてはどうなされますか?」
「ああ、そのことについては話していませんでしたね。テレビ局とコメンテーター二人を相手に偽計業務妨害で提訴してください」
「分かりました」
こうして田中グループの法務部隊が動き出した。白川がスカウトしてくるだろう人材を加えて法務部隊の強化もできるだろう。そんなことを考えながら波留はミーティングを解散したのだった。




