第五十六話:攻撃的偏向報道
アンドロイドの予約受付は記者発表の翌日からWeb及び電話で行われ、テレビのニュースで記者発表でのデモンストレーションの様子が流されたりしたことから予約が殺到することになった。そのときの記者発表全てを録画した動画や、別のデモンストレーション動画も田中ロボテクスのHP上から閲覧可能になっている。
それらの動画はSNSでもかなりに話題になっていて、閲覧数がとんでもない勢いで伸び続けているし、女性型アンドロイドのプロトタイプであるリリスの人気が急上昇していた。
動画サイトでは早くもリリスの動画を切り取ったり加工したりした動画がものすごい勢いでアップロードされているが、波留は良い宣伝になるからと黙認することに決めている。
それは置いておくとして、一体1000万円もするアンドロイドの予約だけあって、本人確認と支払い能力の審査が厳密に行われることになっている。現金一括払いの場合は支払い能力の審査はないが。
アンドロイドの予約数は、リリスの人気もあって爆発的勢いで伸びていった。
けれども記者発表から二十日余りが過ぎた2029年の1月半ばごろ、とあるテレビ局が田中ロボテクス製アンドロイドの危険性や、経済弱者への無配慮ぶり、田中グループの拝金主義ぶり、霊視メガネで社会を混乱させた罪などを、記者発表の録画やWeb上のデモンストレーション動画から都合よく切り取って強調し、数名の著名な社会派コメンテーターを交えて批判を行う番組を放送した。
「くくくくっ、小さい釣り針だったがまんまと食いつきやがった。ここまで稚拙で愚かな行動に出るとは。無能が権力を得るというのは恐ろしいことですね」
その批判放送の録画を見た波留は、心底愉快そうに声を出して笑っていた。そんな様子の彼を見ていた第二秘書の白川が、少し深刻そうな顔で報告する。
「社長、そんなに嬉しそうに笑っている場合ではありません。今朝営業部から上がってきた報告によると、予約のキャンセルが相次いでいるとのことです」
そんな報告を聞いた波留は、笑みをさらに深めて大笑いしている。記者発表会の質疑応答で、波留は切り取りやすいように敢えて強い、あるいは受け取りようによっては無慈悲な言葉を使ったりしていた。
その理由は国外の人型ロボットに力を入れている企業、またはその国自体の妨害を考慮していたからであり、思惑通りに食いついてくれたことが楽しくてたまらなかった。左派の国会議員とか市民団体を使わず、まさかテレビ番組を使うという直接的で稚拙な行動をとってくるとは思いもしなかったが。
「ははははっ、こんなに都合よく事が運んで楽しいことが他にあるか? 全ての幸運が我々に転がり込んできたんじゃないかと私は思っていますよ」
白川は不思議そうな顔で聞き返す。
「予約が続々とキャンセルされている今の状況がなぜ幸運なのか私にはさっぱり」
白川がそう思うのも仕方がないだろうと波留は思った。
「白川さん、良く考えてください。今の時代、テレビの影響下にあるのは高齢世代がほとんどです。そしてテレビ局がやったことは完全な偽計業務妨害です。予約のキャンセルという証拠もありますから裁判には必ず勝てます。さて、テレビ局はいくらの損害賠償金を背負うことになりますか?」
白川はハッとした顔になって答えた。
「なるほど、今の状態でキャンセル数が増えれば、軽く1000億を超える損失になりますな」
「そう、おそらく1000億では全然足りないでしょう。そんな金額をテレビ局が払えると思いますか?」
「払えませんね。関係会社全てを巻き込んで倒産すると思います」
「そうなるでしょうね。すると示談しか生き残る道がなくなる。そうなれば後はこっちの思うつぼです。アンドロイドのCMはおろか、特集番組をタダで組ませて四半期ほど大々的に放送させることだってできるでしょう。さらに、それを見るのは高齢者です」
波留の説明を聞く白川の目が見開かれた。
「そしてもう一つ。たとえ予約数の半分がキャンセルされたとしても、おそらく量産用の製造拠点を増やして稼働するまでは現工場の稼働率は100%に張り付くはずです。業績にはまったく響きません」
「はははっ、そんな恐ろしいことを考えていたとは。この白川、感服の極みです」
感心しきりの白川だったが、居住まいを正すと真っすぐ波留の目を見た。
「私も動く必要がありそうですな」
「ええ、裁判に備えて法務部隊を強化しようと思います」
「有望な人材に3名ほど心当たりがあります。二人の中堅弁護士と、去年定年を迎えた元検察官ですが声を掛けてみましょうか?」
「それは心強いですね。形は何でも構いません。入社してくれるのがベストですがぜひ協力を取り付けてください」
現時点でも田中グループの法務部隊は企業規模のわりに充実しているが、より確実に勝訴――実際は示談を目指すが――するための人材を補填すべきだと波留は考えている。
法律は現代社会で身を守るための絶対の武器にも鎧にもなる。そのスペシャリスト集団である法務部隊を強化し、その彼、彼女らがWebで閲覧できるすべての法律や条例と裁判の判例を記憶しているAIを駆使すれば、今回の件のみならず田中グループが法的問題に悩まされる日はそうそう来ないだろう。
そう思う波留だったが、日本の法律が通用しない、今後確実に国外で起こるだろう法的問題にどう対処していくべきか、彼は思考を切りかえて考え始めるのだった。




