第四十六話:生成AIのテスト その一
波留に戸籍の取得を提案された沙耶は、薄っすらと涙を浮かべていた。
「断るなんてあり得ません。こんな嬉しいことはないですし、役所が絡む手続き関係も私名義でできるようになります」
「ありがとう。それでな、戸籍を得る上で俺の養子になるか父と母の養子になるか選んで欲しいんだ」
「マスターの養子以外あり得ません。これで法律上でも田中沙耶と堂々と名乗れますね」
沙耶は悩む素振りすら見せずに即答した。彼女にとっても創造主である波留は親同然なのであろう。
あとは手続きだけだが、それは法務部にバックストーリー――沙耶は記憶喪失時代に知り合ったおそらくハーフの無戸籍者であり、彼女は父の顔を知らず、育ててくれた母はすでに亡くなっている――を伝えて任せようと彼は考えている。その方が効率的だし、第一波留も沙耶も自ら手続きをしている暇などないからだ。
「これで私的な話は終わりだ。AIのα版のテストはもうできるのか?」
「はい、すでに準備はできています」
「じゃあ行こうか」
社長室を出た波留は、白川にスマホで連絡を取って少々時間がかかることを伝え、沙耶に導かれてテストルームと書かれたプレートが掲げられている部屋に入った。そこに人は居なかったが、三台の端末が設置してあってディスプレイには「Frontier」と銘打ったインターフェイス画面が表示されていた。ディスプレイ上部にはWebカメラがセットしてある。
沙耶が中央の端末に波留を誘導する。
「話しかけてもタイピングでも構いません。リクエストをしてみてください。話しかける場合はカメラのレンズに視線を合わせtください。そうすれば反応します」
「分かった。AIのことは何と呼べばいい?」
「まだ仮称しか決まっていませんが、フィーと呼び掛けてください」
沙耶に言われたとおりに波留がカメラを見ながら「フィー」と呼び掛けると、ディスプレイの表示が切り替わって『リクエストを受付中です』と表示された。
「ちょっと表現が硬いな」
「そうですね。まだ私としかコミュニケーションしてませんから」
「αテストだしな、まあよしとするか。フィー、今から商品に対するクレームを入れるから電話のカスタマーサポートとして対応してくれ」
『対応は音声にしますか?』
「それで頼む」
「かしこまりました」
AIが柔らかな女性の声でそう答えた。波留は目線で沙耶に合図する。彼女は黙って頷いた。
「では始めるぞ、電話がかかってきたところからだ」
「はい、カスタマーセンターです」
「あー、霊視メガネっての? これ。ネットで買ったんだけどさ、普通の伊達メガネとなんも変わんねーぞ。幽霊どころかオーラも見えやしねぇ。どうなってだ。オイ、舐めてんのか、あぁん」
波留のかなり芝居がかったヘボい演技に、AIは至極冷静な声で返す。ちなみに、オーラというのは体表から漏れ出る霊力の俗称である。
「メガネのレンズに近いところのフレームにあるシリアルナンバーをご確認ください」
「あぁん、んなもんどこにも書いてねーぞ」
「でしたらお客様がお持ちのメガネは弊社製の霊視メガネではございません。ご購入された店舗またはWebサイトでご確認ください」
AIは毅然とというか、最初から最後まで全く変わらぬ柔らかな口調で対応し、ディスプレイにはご丁寧に『通話を遮断しました』と表示してきた。
「これはいいな。かなりの職種に応用が効きそうだ」
その後波留は様々なシチュエーションでクレームを入れてみたり、質問をしてみたり、例えばパソコンのトラブル対応を試してみたりしてAIの対応力や応用力を試していった。沙耶曰く、相手が女性の場合はイケメン男性ボイスで対応するらしい。
それは置いておくとして、AIはほぼ完ぺきな対応を見せ、波留を満足させた。
「電話対応はこのくらいでいいか。次は映像系を試してみるか。フィー、私と沙耶が湖畔でくつろいでいる動画を生成してくれ。天気は雲一つない快晴で季節は秋だ。服装はそうだな、ファンタジー系の平民服で頼む」
「かしこまりました」
AIは波留の要求どおりの動画を生成し、再生してみせたが、その光景に彼は懐かしさを覚えた。ちなみに、動画の完成度は波留の目をもってしても実写と区別がつかない。
「沙耶、この光景に見覚えがあるんだが」
「そうですね。この湖は私たちの拠点の近くにあったものを参考にしています」
「そうか、沙耶の記憶もAIに取り込まれてるのか」
「ええ」
「フィー、次は私と沙耶がレッドドラゴンと戦っている動画を生成してくれ」
少しの間待つと、動画が再生されたのだが、やっぱり波留にはその光景に見覚えがあった。異世界で最後に戦ったレッドドラゴンが炎のブレスを吐き、それを波留が剣にまとわせた魔法で食い止めている。そしてブレスが途切れた瞬間、波留がレッドドラゴンに迫り、その逆鱗に剣を突き立てていた。
沙耶は波留の後方から彼を守るように結界魔術を張り続けていた。レッドドラゴンが発する強力な魔力の奔流が彼を守っている結界とせめぎ合ってバチバチと紫電を走らせている。
その後も戦いは続き、動画はレッドドラゴンが倒されたところで奇麗に終わっていた。
「なんというか、懐かしくもあり、別視点で見ると新鮮な感じもするな。戦うのは二度とゴメンだが」
波留が見た動画は、まさに異世界での最後の戦いをほぼ完ぺきに映し出していた。それはAIに沙耶の記憶を食わせているからだろう。




