第四十三話:第二秘書、白川実
核融合発電事業の実現が見えてきた波留は、かねてから第二秘書である白川実、62歳に秘書業務よりも発電関係の技術者集めに集中するように指示を出していた。
白川は、幸運にも波留の母がシルバー人材関係の斡旋所で紹介された期待の星である。彼は元代議員の秘書であり、かなり人脈が広かった。その人脈を期待して、去年の9月、入社当日に発電技術者集めの指示を出したわけであるが。
2026年9月某日
「デスクワークなら今でもお力になれると思っております。ですが外回りとなると体力的に少々……」
白川がためらうのも無理はないと波留は思った。頬はこけていて血色もよくなさそうだ。
ただ、波留を見つめる眼光だけは鋭かった。
「ちょっとお体を診させてもらってもいいですか?」
「私の体を社長が見るんですか?」
白川は、波留が言っている意味が分からような感じでキョトンとしている。
「ええ、霊的にですが、私は体の異常を診て治すことができます」
波留の言葉を聞いて、白川は少しの時間だが目を見開いて固まってしまう。
「冗談には聞こえませんが、本当ですか?」
「ええ、誓って治せます。それに、外見だけ見ても白川さんの体はかなり病んでいると分かります。いくつもの持病を抱えておいででしょう?」
「分かりますか……白状しましょう。糖尿病と肝臓を少々、それから心臓も芳しくありませんなぁ。甘味や酒に目が無くて無節操に飲食していたらこの有様です。今ではかかりつけの医者からキツイ食事制限を命じられている身ですよ」
だから白川はこれほど痩せていて生気がないのかと波留は思った。充分な食事が出来なければ体の衰えは早くなる。ましてや彼のように運動にも支障をきたしているとなればなおさらでだ。
年齢的には定年を過ぎているが、そこに問題はまったくない。白川には、保有している人脈を活かし、代議士の秘書を務めあげた職能を存分に発揮して欲しいと波留は考えている。
「それはさぞかしお辛いでしょう。それで、どうしますか? 霊的治療を受ける意思はありますか? お断りになられても構いませんし、それが評価に影響することもありませんよ」
波留の申し出について、白川は俯き加減になって考え込む素振りを見せた。デスクワークだけでも数年は仕事ができるとでも考えているのだろうか、波留には分からない。
けれども、霊的治療というオカルティックな施術を受けないかと問われて、それを素直に受けるにはかなりの思い切りが必要だろうということだけは充分に波留にも理解できる。
波留は霊的治療を無理強いするつもりなどなかった。白川が動けないなら代わりとなる人材を探すだけだ。今では田中特殊雑貨工房もかなり大きな会社になった。
父と母の人脈も広がり、目的の人材を探すにはさほど苦労しないだろうと波留は考えている。が、しかし、眼前の白川を見るに、復活してもらって能力を存分に発揮して欲しいと思わせるだけのものを彼は持っていると波留は思うのだった。
しばらくして白川が顔を上げた。
「その霊的治療とやらを受けることにします。このまま何もしないでいたら働けるのはあと2~3年でしょう。その後に好きなことをして余生を楽しめるかと問われれば、この体です。おそらく余命もほとんど残っていないと感じています。ならば、お気を悪くしないで欲しいのですが、リスクを背負う価値は充分にあると判断しました」
リスクを背負うと言われたことで、波留は気を悪くするどころか白川の評価を変えることはなかった。もちろん気分も害してはいない。彼はおそらく、自分の余命があとどれくらいか、直感的に分かっているのだろう。
その余命と2~3年の働ける時間、そして持病が治ったときの未来を天秤にかけ、慎重に判断したと波留は推測した。その慎重さと決断力は、秘書として頼るに値する重要な資質だと彼は嬉しくなった。
「よくご決断なされました。早速やってしまいましょう」
「準備など必要ないのですか?」
「ええ、必要ありませんし、時間もほとんどかかりません。集中して体の変化を感じ取ろうとしなければ、施術されたことも気づかないでしょう」
波留がそう告げ終わったときには、すでに施術が終わっていた。波留は白川が施術を受けると発言した直後から彼の症状を内視しし、病状を特定していたのである。
霊感がほとんど無い一般人では、波留の洗練された治癒術を感じ取ることなどできないだろう。
波留の治癒術は、一度減れば増えない脳細胞とかまで復活させてしまう、彼オリジナルの特殊な術だ。魂が覚えている全盛期の体を参照し、そこに近づけるように体細胞を復活させる。これが彼の治癒術が特殊であり特別な理由の一つだ。
要するに彼に治せない病は、恋の病含めて精神系の病だけである。
「たしかに肝臓と心臓がかなり弱ってましたね。それに腎臓と血管もかなりガタが来ていました。施術はもう終わりましたから今日はご帰宅なさって充分な睡眠をとってください。それから、食欲が旺盛になると思われますから、今日から2~3ヶ月は肉類と野菜を多めに摂ってください。糖質は医者に制限されていると思いますが、2~3ヶ月の間はその制限を守ってください。そうすれば完治も速まるでしょう。制限を守ってもエネルギーは肉類から充分に補給できます」
そう告げられた白川は、キツネにつままれたというか、なにを言われたか理解できないといった感じでキョトンとしていた。
波留の施術を受けて以来、白川の顔色と肉付きは日に日に良くなっていった。指示を受けた人材のスカウトも、秘書としての仕事の合間合間に1か月ほどはオフィスから電話とメールを駆使して行っていたようだが、体調がかなり優れてきたのか、外出が増えるようになり、積極的に人材スカウトに走り回るようになった。
そして時は現在に至る。
外回りから返ってきた白川が、日焼けし、逞しくなった笑顔で報告してきた。
「社長、最後の一人が首を縦に振ってくれました。来週から勤務できるそうです」
「ご苦労様。これでようやく設計に入れるな」




