第四十二話:霊力核融合発電
綾川と藤島に波留を交えたプロトタイプ試作機の仕様に関する打ち合わせは、その分野の最先端の研究をしている者二人が参加しているだけあって、恐ろしく中身が濃いものになっていた。
「いい議論ができた」
ホワイトボードの前に立って満足そうな顔でそうのたまった綾川に対し、藤島は椅子の背にぐったりと背中を預けて精魂尽き果てたような顔をしている。波留はノートパソコンに向かって決定した仕様をカチャカチャとまとめている。
一応霊術研究においての第一人者である波留ではあるが、分野が違う二人の議論を理解するのにはかなり苦労していた。いや、完璧に理解したとは言い難かった。
波留の役割は藤島のサポートというか盾役と、議論の進行役であり、完璧な理解をする必要はないのだが、もともと興味を持っていた分野なだけあってなんとか議論についていけたという感じだった。
そして彼ら三人が何についての打ち合わせをしていたのか?
それは核融合発電機のプロトタイプ試作機に関する打ち合わせである。
霊力による常温超電導技術と重水素プラズマ及び中性子制御技術、これらの技術が融合することによって従来よりも恐ろしく低コストで、かつ、効率が極めて良い核融合発電機が実現可能になる。
そう波留が思い至ったからからこそ、性格に難がある――性根は善良であることは確認してある――綾川や、引っ込み思案の藤島をかなりの好待遇――年収1億以上――で雇い入れた。
そもそも実用化にはまったくもって至っていない核融合発電を、霊能力の力を借りて低コストで実用域まで押し上げることができれば、まだオカルトのイメージが抜けきっていない霊能力の負のイメージを大きく払しょくできるだろうと彼は考えたわけである。
「試作機の仕様書は私がまとめて技術部門に渡しておきます。お二人は引き続き研究を続けてください」
いつもどおりの涼しそうな顔でそう告げた波留に対し、藤島が呆れた様子で言った。
「全世界がひっくり返るくらいに強烈なインパクトを与えるかもしれない技術に見通しが立ったというのに、所長はずいぶん冷静ですね。ボクなんかこれからどうなっていくのか戦々恐々ですよ」
「いいじゃないか、これまで私たちの研究成果をいいように利用して大きな顔をしていた教授連中と学会の鼻をあかせる」
口を開きかけた波留に先んじてそうのたまった綾川は、機嫌良さそうにガハハ笑いをしている。藤島はやれやれと顔を振って呆れているようだ。
「綾川さんにはまだまだ頑張ってもらわないといけません。これまでの成果はきちんと評価しますから、これからも期待しています」
「当然だ。まだまだ明らかになっていないことは山ほどある。一つづつ解明してコスト低減とやらに協力してやろうじゃないか」
綾川はご機嫌だった。ここ最近の研究が捗っているからだろう。波留はそう思うことにした。
「藤島さんの成果も素晴らしかったです。ですが、霊力核融合発電の研究は始まったばかりです。常温超電導についても今は既存の線材を使っていますが、いずれは線材込みで内製していこうと考えています。素材の探求は地道な研究になりますが、非常に重要な研究です。期待していますよ」
波留の話を聞いた藤島は嬉しそうな顔をしていた。彼は内向的で議論は苦手――だから綾川が苦手なのだ。彼女は議論好きである――だが、生粋の研究バカでもある。
二人との打ち合わせを終えた波留は、ふじみ野のオフィスに戻って打ち合わせ議事録――ほとんど殴り書きに近い――のまとめ作業を行い、あるていど形になってきた所で仕様書の作成に移った。
――何ワットクラスの設備にしようか……。
綾川及び藤島と行った打ち合わせは、あくまでも理論先行の議論になった。出来るか出来ないか? コストはどうか? 具体的な数字は出てこない。ようするに現時点では机上の空論の域を出ない。
これを実現可能な仕様書に落とし込んでいく作業が必要になる。その際、もっともキモになるのが発電容量だった。電力会社が使用する規模の発電容量にしたほうがいいのか? それとも、もっと規模を小さくして大きな製造工場ひとつが稼働できる容量にすべきか?
波留の中で答えは決まっていた。簡単なことだ。現在建築中の生成AI用データセンターが余裕をもって稼働できる発電容量があればいい。
現在建築中の生成AI用データセンターについては、当面電力会社から電力を買うことになるが、いずれは自前の発電設備で賄おうと波留は考えている。
波留が悩んでいるのは、将来増設するだろう生成AI用データセンターの消費電力だ。どの規模で増設するのか? そもそも増設が必要になるほどの需要を獲得できるのか?
そこらあたりが不透明で試作発電設備の発電容量を決めかねていたのである。
――沙耶に相談するしかないか。それと、発電事業についても人員の確保を本格化する必要があるな。
ふじみ野オフィスの片隅で、近い将来、日本の、いや、世界の電力問題を一気に解決しうる決定打が生まれようとしていた。




