第四十一話:常温超電導
2027年も6月に入った。田中ホールディングスの製品群にはエナジードリンクとシワ取りクリーム、霊力計測器などが加わり、護符やお守りの売り上げが特に大きく伸びている。
霊力強化術を施した綾川は以前にも増して研究に没頭していて、波留が依頼している研究課題――もともと彼女が研究していた課題と被っている――に目星がつきそうなところまで来ている。
霊能力の修行に関しても綾川は著しい進展を見せていた。波留でさえ霊視能力――異世界では魔力視能力と呼ばれていた――に目覚めるまでに1年弱の期間を要したが、彼女はたったの3ヶ月でおぼろげながらではあるが霊視に成功したのである。
「むむ? 所長、その体にまとわりついている靄みたいなものは何だ?」
波留の体表から常時漏れ出ている霊力はかなり抑えられているが、その漏れ出ている霊力だけでも人類有数であることに変わりはない。それが功を奏したのか、それとも彼女の霊的センスが飛び抜けていたのか、あるいは執念が実ったのか、彼には分からなかった。
波留はそれが霊力であることを綾川に教え、その感覚を忘れるなとアドバイスしておいた。綾川は嬉しそうではあったが直ぐに目の前の実験経過に集中しだし、二人の会話はそこで途絶えた。
綾川の研究についての進捗を確認した波留は、最近気になっているもう一つの重要な研究の報告を聞くために、別の研究室に足を伸ばすことにした。
もう一つの重要な研究。それはなにか? それは綾川が行っている研究になくてはならない最重要と言っていい要素についての研究である。
「藤島さん、どんな感じですか?」
パソコンのディスプレイに並ぶ数値を真剣な眼差しで見つめている男に波留は声を掛けた。その男、藤島輝夫は強く自分の主張をすることができないタイプというか、とくに人前で遠慮しがちな性格が災いして大学の研究室で燻っていたと波留は理解している。
そんな藤島にも長所があって、まず第一に優秀なこと。そして真面目で、地味な研究であってもコツコツと継続することができる。だから彼の研究課題に対しては非常に相性が良い。
「あ、所長でしたか……今ちょうど霊力強度と素材の違いによる格子振動の測定値を見比べていたところです」
「そうですか、どの素材が良さそうですか?」
「そうですね、常温においてもニオブチタン系とイットリウム系にそれほど性能の違いはありません。しかし必要霊力については差が見られました――」
藤島の話を詳しく聞くと、既存の線材では必要霊力に差があるものの、それは予想の範囲内にあって問題なさそうである。
何が問題ないのか?
それは常温超電導特性である。高温――-196℃程度――超電導ではない。つまり室温で超電導が実現できたということだ。
これまでの実用化された超電導素材では、液体ヘリウム温度――-269℃未満――とか液体窒素温度――-196℃未満――まで冷やさないと超電導を得られなかった。
それが室温で超電導を得ることができた。これがなにを意味するのか?
それは冷やす必要が無くなったということである。
超電導技術が必須な例えばMRIとかリニアモーターカーとかにおいて、冷却機構が製造コストに占める割合はかなり大きかった。その冷却コストが丸々削減できるということになる。
製造コストだけではない。冷却機構が必要ないということは、装置全体のサイズが小さくなるし、運用コストも安くなるし、設計の自由度も上がるという大きな恩恵が生まれてくるのだ。
波留が藤島に依頼していた研究。それは既存超電導線材の室温での霊力による超電導特性の研究である。変化させるパラメータには室温、霊力強度、霊力量、磁場中での磁力などがあるが、そのパラメータを細々と変化させながら特性を計測して最適化させていく地味な実験が必要だった。
それはまさに藤島の性格に合った研究である。今までは素材を冷やすことによって基底状態に持ち込み、格子振動を基準以下に抑えて電子の対――クーパー対――が同じ基底状態に凝縮することによって超電導特性を得ていた。
波留はその理論に着目し、冷やす代わりに霊力で素材を無理やり基底状態に持ち込んで冷やすことと同等の効果が得られるのではと考えたのである。
難しく考える必要はない。霊力を使って無理やり超電導に至らせる。その発想を得たことで、大きな二つ、あるいはそれ以上の事業が起こせる。そう思い至ったからこそ彼は綾川と藤島を迎え入れたのであり、今、その発想が現実化しつつある。
「分かりました。藤島さん、この実験が終わってレポートがまとまり次第、綾川さんと共同で試作機の仕様書作成作業に入ってください」
波留の指示を受けた藤島はものすごく不安そうな顔をしていた。彼が綾川を苦手にしているのは波留も承知の上だ。業務が絡まなければ波留もこんな指示は出さない。けれども藤島と綾川は今回計画している試作機になくてはならないキーパーソンである。私的な甘えは許されない。
それが大学の研究室を出て営利企業に就職した責務である。だからといって配慮、あるいはケアを忘れてはいけない。
「もし綾川が無茶なリクエストをしてきたら私が間に入ってサポートするから心配は無用です」
波留の言葉を聞いて藤島は明らかにホッとしたような顔をしていた。




