第四十話:閑話~とある警察官僚の嘆息
ここ半年ほど話題やニュースになることも多い田中特殊雑貨工房の代表、田中波留に会った。見た目はまだ若い。しかし、その本性は一言で言えば狡猾……いや、若い見た目に反して老獪とでも言うべきだろうか。
いったいどんな修羅場を潜ればああなるのか、それとも天性のものか。妙に落ち着いているし、とにかく隙が無かった。それは交渉に関しても立ち居振る舞いに関してもだ。武道を嗜む身として見ても一部の隙も無かった。
交渉としては上手くいった。霊視メガネやレンズに関して、2割の価格ダウンをもぎ取れたことは誇るべき成果だろう。しかし、どうしても勝った気にはなれなかった。
いや、むしろ上手く利用されたのではないか? そう思えてならなかった。
霊の声を聞き取る依頼についてもそうだ。彼はこちらの要求を先読みしたかのような……いや実際に試作までしていたから予測していたのは確定だ。
とにかく彼はあっさりと聞き取り機の試作品を出してきた。価格に関しては実際に試用して効果を確認してからの交渉になるが、霊視メガネが死因の特定や被疑者の特定に役立った事例は枚挙にいとまがない。その実績を考慮に入れると、捜査に及ぼす効果は大きなものになるだろう。
いまのところ霊視メガネに法的な証拠能力はないが、捜査や検挙率の向上には充分に役立っている。さらに、公的機関での科学的な検証や理論研究も進んでいると聞いている。その研究が纏まれば、霊視メガネや聞き取り機によって得られた情報に証拠能力がつくことになる。
そうなると霊視メガネや聞き取り機の価値が上がってしまうことになるが、それが価格に反映されることは何としても防ぎたい。しかし今はそんなことを言いたいわけではない。
問題は価格交渉が終わったあとに彼が持ちだしたメガネだ。
『ところで上野さん、弊社の試作品でぜひとも警察の方々に使ってもらいたいものがあるんですよ。その品は一般の方に売るつもりが無いというか、間違っても一般の人が手にしちゃダメな品なんですが、公の権力を持つ者が法律に則って正しく使えば画期的な成果を上げること疑いなしという効果がありまして』
彼は一見なんの変哲もないメガネとレンズ部品を見せながらそう言ってきた。しかしその効果が問題だった。
『これはまだ試作品なんですが性能は確認できていて、真偽を色で見分けることができます。これは被験者の魂が無意識に放つ霊波の特性を利用したものです』
真偽を判定できる? つまり、俗な言い方をすれば噓発見器の上位互換みたいな効果が得られると言うのか?
『まだ数百回の試行ですが、判定に間違いはありませんでした。そうですね、質問された本人がその内容を理解できればという条件は付きますが――』
判定の確度は今のところ100%らしい。しかも、彼の説明によれば返答の如何に関わらず判定は変わらないという。
こんなものが普及してしまえば、たしかに冤罪がなくなるし、黙秘も効果がなくなるから聴取が捗るだろう。それはほとんどの者にとっては福音である。
しかし、一部の者にとっては凶報となる。それは犯罪者と、嘆かわしいことだが警察や検察で冤罪を作り出す者、あるいは作り出したことがある者、そしてその実態を知りながら見て見ぬふりをしてきた者たちだ。
警察や検察の上層部にとっては福音にもなり、凶報にもなり得る。部下が起こした不始末の責任を取る必要があるからだ。冤罪となる判決を出してしまった裁判官は、自責の念に苦しむことになるだろう。
この真偽判定メガネが法的に効力を発揮するようになれば、裁判期間も短縮できるし、少なくとも日本国においては冤罪や犯罪が減少していくことだろう。
ただし法曹界の上層部が、この劇薬とも言える真偽判定メガネをすんなりと受け入れるとは到底思えなかった。法曹界で発言力を持つ彼、彼女らが対立することは必至であり、根が善良な者、正義を貫こうとする者、そうではない者、事なかれ主義者、あるいは日和見者などが入り乱れてどんな騒動が起こるのだろうか。
真偽判定メガネの報告者になってしまった以上、その騒動から距離を置くことは極めて困難であり、出処進退を賭けて勝負に出る必要が出てきた。
「上野君ちょっといいか」
部長がお呼びだ。
「例の真偽判定メガネについてだが、警察及び法曹界のお偉方が集まって秘密裏に会合が開かれることになった。ついては報告者としてその会合に出席して欲しいのだが、私は会議がって出られない」
早速である。定年が近く、もう出世も望めないから騒動に巻き込まれたくないのだろう、部長はこの件に関して距離を取りたいご意向のようだ。
嘆息したい気分だが、ここは覚悟を決めねばなるまい。
「承知しました」
こうなってしまったことを不運と嘆くより、出世の大チャンスと捉えるべきだろう。大多数の国民や同僚は善良であって正義の側につくはずだ。
問題は上層部の権力者だ。善良な者を見極め、そうではない者から距離を取る。細心の注意を払い、これを徹底して人物を見極めなければなるまい。
資料の準備は整った。さぁ、戦場に赴くとしようか。
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