第三十三話:人工知能
沙耶とロードマップの確認をしつつ、AI事業参入に向けてあれこれ検討している波留。
「――するとアレか?」
「はい、データセンターは必要です。ただし」
「うん、言わなくても分かるよ。記憶容量はかなり少なくて済むんだろ?」
「はい、私の人工知能から必要な部分だけを抽出して判断機能を持たせますから無駄なことを記憶させる必要がありません。数ペタバイトもあれば充分でしょう。問題はGPUです」
「GPUか……」
「民生品を改造すればなんとかなりますが、我々が求めている演算ユニットと比べると性能の低下は免れません。ですから従来のデータセンターと同様に数が必要になってきます」
GPUとは主に画像の処理に用いられる部品だ。超高性能GPUを積んだグラフィックボードのハイエンドモデルは70万から80万円もし、プロが使うようなモデルには200万円以上するものまである。
そんなGPUや、SSDやハードディスクなどのストレージ部品、さらに、大量に必要になるメモリなどは巨大AI企業が大半を押さえてしまっているのが現状だ。
波留たちがAI用のデータセンターを構築するならば、市井で売られている民生品をかき集めてくるしかない。そうなるとさらに民生品の価格が高騰して自作パソコンユーザーから大ひんしゅくを受けそうだが、波留たちにはそれしか手段が無かった。
「性能も数も足りない。となれば将来的には半導体製造分野にも進出して自分たちで作るしかないな」
足りない部品全部を異世界で得た技術と素材で作ってしまうことは波留ならば可能だった。けれどもそんなことをする気は彼にはなかった。可能な限り地球従来の技術形態を崩したくはないのだ。
異世界で得た知識や技術を地球従来の技術や素材で再現する。そうすれば異世界のことを知らない社員となる人々にも理解が及びやすくなるし、いずれその技術は根付いていくことになる。
日本を、しいては世界を発展させるにはその方が容易なのだ。異世界は魔法技術に頼りすぎて文明の発展具合は地球よりかなり劣っていた。波留は地球文明の発展を停滞させたくはなかったのである。
それになにより、全部異世界の技術でやってしまうと関係者やユーザーに対する説明が面倒くさすぎる。今ですら研究所の研究員に対する簡単な異世界技術の説明に手間取っている波留の本音であった。
――ある程度の覚悟はしていたが……。
「外注ではダメですか?」
「ブラックボックス化したい部分もあるし、外注では俺たちが要求する仕様は作れまい」
「たしかに、今の地球の技術では不可能ですね――」
波留と沙耶は当面の間運用する予定のAIデータセンター建設に向けた仕様とそれぞれの役割を詰めていった。彼女は波留が創造した特別製の人工知能を有している。だから人間では絶対に無理な超高速思考や計算が、それこそコンピューターレベルの速度でできる。
記憶能力についても超優秀で、超高速の流し読みで辞書一冊を丸暗記できたりする。人間では気が狂いそうになる単純で細かな精密作業も余裕で長時間こなせたりする。
「――だいたい分かったよ。俺はAIのコアユニットを試作するから沙耶は残りの作業を進めてくれ。あ、それから必要物資も表にまとめてくれれば俺の方で手配しよう」
「かしこまりました」
「ああそれから、魔力……ここでは霊力だったな。霊力収集装置がこの前完成して使えるようになった。場所はB3-25号室だから、これからはそこで霊力を補填してくれ。俺も今後はその装置を使う予定だから」
「かしこまりました」
沙耶は少し拗ねた顔をしながらも了承してくれた。今までは波留が自力で溜めた霊力を直接彼女に分け与えていた。その関係が崩れるのが嫌なのだろう。
――可愛いじゃないか。でも、あまり俺に依存されてもな……。
波留は沙耶には近い将来人前に出る仕事をしてもらおうと考えている。けれども問題があった。それは彼女がホムンクルスということである。彼女を人間として住民登録することは法律上出来ない。
彼女は知能及び運動能力及び頑強さ及びパワーにおいて人間を遥かに凌駕しているし、体組織が人間とはまるで別物だ。沙耶と接していれば、彼女が隠そうとしないかぎり彼女が人間ではないことなど誰にでも分かるだろう。人前に出る仕事をするならばなおさらだ。
沙耶にはれっきとした人格あるいは自我がある。今までのように自分とその近しい人々とだけ接触し、隠れるように日陰で暮らしていくことが果たして彼女のためになるだろうか。波留は彼女を陽のあたる場所で活躍させたいのだ。
それが自分のエゴだということは波留にも分かっている。沙耶は波留と共にいられるだけで充分だと昔からよく言っていた。きっとそれは本心なのだろう。彼女と行動を共にしてきた波留にはそう思えてならなかった。
だからこそだ。沙耶にはもっと生きがいというか、いろいろな楽しみを見つけてほしいと波留は考えている。
「どうされました?」
「いや、なんでもない」
そんなことがあって数日後、二人で細部を詰め、沙耶が清書したAI事業計画書に波留は決済印を押すのだった。




