第三十一話:新規事業計画
あらかじめ準備しておいた真偽判定用の眼鏡とレンズをそれぞれ15組、波留は上野にサンプルとして無料で提供した。
「警察さんと検察さん、それと裁判官さんあたりで検証していただけたらと思います。もし需要が無いようでしたらこの製品は無かったこととして闇に葬りますから弊社に返却いただけると助かります
「……理解しました。しばらく時間はかかるでしょうが、採否の結果は私の方からメールかなにかでお知らせしましょう」
上野は少し考えてそう約束してくれた。
「あ、それからですね、この技術はまだ特許出願していません。出願用の明細書は出来てるんですが、秘密特許になる可能性があるので、そこらへんの判断もご検討いただいて連絡してくださると助かります。もしかしたら外交の交渉にも役立てることができるかもしれませんからね」
上野は微笑を浮かべて返事をしなかった。ただ「大変有意義な時間を過ごせました」とだけ言って帰っていった。
波留がこの真偽判定レンズや眼鏡を世に出す狙いは、単に儲けたいからだけではない。冤罪を減らしたり、検挙率を上げたり、不当な職務質問とか取り調べとか、とにかくそれらを引き起こす無能な警官や検察官のやらかしとか、極端に利己主義な警官や検察官の行動を抑えたいからである。
それからもう一つ。自分に嘘は通用しないぞという国家権力に対するけん制というか布石の意味合いもある。
それは置いておくとして、警官や検察官は強大な権力を持つがゆえに、無能あるいは極端に利己主義な警官や検察官から、不運にもターゲットにされてしまった善良な国民が被る被害は極めて大きい。
似たようなことは政治家や高級官僚、あるいはインフルエンサーにも言えることだ。こちらについてはもっと国家に対する影響力を上げてから波留は動こうと思っている。
無能な、あるいは利己主義が過ぎる権力者は、国にとっても国民にとっても非常に大きな損害をもたらす。ハンス・フォン・ゼークト曰く「やる気のある無能は銃殺すべきだ」、ナポレオン・ボナパルト曰く「真に恐れるべきは有能な敵ではなく無能な味方である」らしいが、波留の考え方はこれらに近しい。
波留はとにかく理不尽なことが嫌いだし、善良な検察官や警察官が、一部のそうではない、あるいは無能すぎる検察官や警察官のために悪く思われるのも好ましくない思っていた。
――自浄効果が出てくれればいいんだが。どんな反応が返ってくるかな……。
波留はあまり自覚していないが、彼の行いは知らず知らずのうちに国家レベルや世界レベルの規模になってしまう。これは異世界で、彼が大国を巻き込んで右往左往させてしまうような騒動を何度も引き起こしてきた結果、それに慣れてしまったというか、自然にそこまで考えが及ぶようになってしまったからである。
とにかく、波留は劇薬とも呼べるアイテムを日本の国家権力に向けて放った。彼にとってこれは単なるジャブに過ぎない。返ってくる反応によって今後の方向性を決めようと思っているだけだ。
友好的な反応ならそれで良し。そうでないならばそれなりの手段でお相手する。どちらになっても波留は構わなかった。けれどもちょっとだけ、振り回されることになるであろう上野には同情の念を送るのだった。
上野との商談が終わった後、波留は沙耶を呼びだして要望を伝えた。
「御用ですか? 社長」
社員たちの手前、沙耶にはマスター呼びではなく、自分のことを社長と呼ぶように波留はお願いしている。彼女は最初寂しそうな顔をしていたが、彼が手を合わせて余計な詮索をされたくないと頼み込んだら納得してくれた。
「うん、そろそろ沙耶には事業計画に加わってほしいと思ってる」
「かしこまりました。インターネットでの学習と情報収集はもうほとんど終わってますから、すぐにでも取り掛かれます」
「ご苦労様。それで沙耶にはAI事業に進出する準備を始めてほしいと思ってる。人員の確保から事業所候補地の選定、事業所及び設備計画についてロードマップを作成してくれるか?」
「ターゲットは何になさいます?」
「とりあえず今考えてるのは、生成AIとAIによる自動運転とAI搭載アンドロイドかな」
現在公開されている既存生成AIの完成度は、沙耶にも採用している人工知能の足元にも及ばないことが明白だった。波留は地球の技術だけを使ってAI事業に進出しようとは考えていない。
せっかく2歩も3歩も進んだ技術を持っているのだから、それを事業に利用しない手はないのだ。
「かしこまりました。何年計画にいたしますか?」
「生成AIは即時、自動運転とアンドロイドは来年度中に試作品が出来れば良いかな」
車の自動運転に関しても現状の既出技術と比較すれば、波留が創造して育て上げた人工知能は格段に正しい対応を取ることができるだろう。現状の自動運転AIは、交通ルールや過去のデータが通用しない突発的でイレギュラーな状況で、臨機応変に正しく対応できる可能性がかなり低い。その差は歴然である。
仮に今の沙耶に自動車を運転させれば、地球上のどんな人間よりも安全で確実な運転ができると波留は確信している。沙耶の頭脳を一部限定してコピーし、AIに学ばせるだけでも現状技術を即座に置いてけぼりにすることができるだろう。
課題はどこまでコピーする沙耶の能力を限定するかというところにあって、安全性や運転技術に関してはすでに完成していると断言しても良いと波留は考えている。
アンドロイドに関しても同じだ。感情を持たないが、人間に近い反応を返せる沙耶の劣化コピーな人工知能であっても、自然な人間的振る舞いができるアンドロイドは製作可能である。
「アンドロイド用AIに自我は持たせますか?」
「それは無しで頼む」
「かしこまりました。明日までにロードマップを作成して報告します」
「ありがとう。助かるよ」




