第三十話:売り込み
価格交渉をかなり有意義に終えることができた波留は、せっかくの機会――警察のエリート官僚とかなり好条件で話ができる――を逸しないように、とある製品の売り込みをかけることにした。
それは一般客に販売することを想定していない製品であり、取り扱いには神経を使う必要があるものだった。
「ところで上野さん、弊社の試作品でぜひとも警察の方々に使ってもらいたいものがあるんですよ。その品は一般の方に売るつもりが無いというか、間違っても一般の人が手にしちゃダメな品なんですが、公の権力を持つ者が法律に則って正しく使えば画期的な成果を上げること疑いなしという効果がありまして」
「なにやら物騒な話に聞こえますが。できれば聞きたくありませんなぁ」
上野はそう口では言っているが、顔は興味がありそうな雰囲気を醸し出していた。波留がこの男に新製品の話をしたのは、機会を逸したくなかったということも大きいが、この男の性根が善人であり、ある程度は信頼してよいと判断できたからである。
もちろん上野にはエリート官僚特有の合理性や使命感、そしてなによりプライドがにじみ出ていた。話し方は丁寧で一般人を見下したような雰囲気ではなかった。ただ、上から目線にならないように気をつけているようだが、口調や仕草には自分が上位者だという彼の思い込みが見え隠れしていた。
――全く隠せてないぞ、おい。向こうの貴族と比べたら可愛いもんだ。
それは良きも悪しきもであり、向こうの貴族は修羅場をくぐってきた数が違うのか、はたまた常日頃の騙し合いの結果か、善人であっても悪人であっても表情や仕草、あるいは口調などから本心を読み取ることが至難だった。
そんなことに苦労していた波留が完成させたのが、今から売り出そうとしている製品である。
「まぁそう仰らずに」
波留は笑いながらそう言って用意していた試作品を見せた。それはレンズ部品とメガネだった。
「これはまだ試作品なんですが性能は確認できていて、真偽を色で見分けることができます。これは被験者の魂が無意識に放つ霊波の特性を利用したものです」
上野の目が今度は大きく見開かれた。けれども彼は、すぐさま取り繕うように元の表情に顔を戻した。
「それはまた怖い機能ですね。本当に真偽が分かるのですか?」
「ええ、まだ数百回の試行ですが判定に間違いはありませんでした」
「ほう、それで、どんな真偽でも判別可能だと?」
「そうですね、質問された本人がその内容を理解できればという条件は付きますが――」
波留はこの品を真偽判定レンズとか真偽判定メガネと呼んでいるが、上野にはその呼称と共に機能の詳細を説明していった。人には魂があって、被験者が質問を理解さえしていれば、その内容が真ならば青系統、偽ならば赤系統の色に魂が変色して見える。質問内容を理解できないときは変色反応は起こらない。
だから被験者に質問が聞こえていれば、返答の如何にかかわらず、見える色によって真偽判定ができるということだ。具体例を挙げると、質問者が「あなたはAを殴りましたね?」と被験者に質問すれば、被験者がAを殴っていれば青に、殴っていなければ赤に変色する。
そのときの被験者の発言が「はい、私はAを殴りました」だったとしても、「いいえ、私はAを殴っていません」だったとしても、あるいは黙秘したとしても魂は反応し、同じ色を示す。
「機能は理解しました。それで、この場で確認することは可能ですか?」
「勿論可能です……そうですね、スマホはお持ちですよね」
「はい、これですが」
「ちょっとお借りしても?」
「どうぞ」
波留は上野のスマホに試作品のレンズを取り付けた。
「今からこのスマホで上野さんを撮影します。その映像を見て判断してください。それで、上野さんご自身にしか分からないYESかNOで答えられる質問を10個ほど考えてもらってこの用紙に書き込んでください。それを私が質問します。……ああ、質問は他人に聞かれてもいいような当たり障りのない事柄で構いませんから」
「理解しました」
「では早速やってみましょう」
上野が質問事項を用紙に書き込んでいる間に波留は彼のスマホを三脚に固定し、レンズを彼に向けた。
「準備はできましたね。質問には答えてもいいし答えなくてもかまいません。また、すべてYESと答えたりNOと答えてもかまいません」
「了解です」
波留は動画に映らない位置に立ち、いちおう上野のプライベートを考慮してスマホの画面が視えないようにして質問を読み上げていった。上野は全てYESと答えた。
「今度は全てNOと答えますから再度質問を読み上げてください」
上野の要求に波留は快く頷いた。撮影は全て黙秘した場合も含めて3回行われた。できるだけ仕事相手のプライベートに関わりたくない波留は、上野のスマホからレンズを外して返却するのだった。
「動画はご自身で確認してください」
「田中さんは確認しなくていいのですか?」
「いちおうプライベートなことですし、結果は分かってますから」
「そうですか」
上野はその場で動画を再生し、なにやら難しい顔をして考え込んでいるようだった。




