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異世界帰りの大賢者  作者: 九一七
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第二十九話:引き合い

 田中特殊雑貨工房と田中霊薬の始業日は、暦どおりの1月4日月曜だった。レンズの処理と護符の印刷その他を行う工場は連休明けの1月12日に稼働開始予定で、シワ取りクリームは承認が降りるのが3月との見込みから休日明けの4月5日稼働を目指している。


 波留は仕事始めを兼ねた朝礼で今年の目標を告げたわけだが、その数字の大きさに社員たちは一様に目を丸くしていた。けれども12月に出た賞与――6か月分――の影響か、すぐにやる気に満ちた瞳で前を向いていた。


 年が明けてからは計測器類が商品のラインナップに並ぶ。さらに、動画撮影用のレンズ類もラインナップを増やしていく予定だ。護符についても守るだけではなくて、悪霊を祓える呪符として売り出すことになった。


 さらに、夏前にはエナジードリンクの生産も始まるだろう。当面は月産10万本。これを1本500円で売りだす予定だ。通常のエナジードリンクの倍以上の値段だが、効果はそれ以上であるから宣伝方法さえ間違えなければ売れるはずだ。


 成分は通常のエナジードリンクとほとんど変わらないが、カフェインは半分以下に抑えてある。効果は付与した霊術――霊術としてはものすごく弱い効果――が担っている。だから副作用とは無縁の存在だ。漏れ出る霊力も霊力計で計れないレベル――それでも普通のエナジードリンクの倍以上の効果――だということで、波留はこのエナジードリンクを清涼飲料として売るつもりでいる。


 もし売れなければ工場は別の製品用に転用すればいいし、商売のネタは腐るほどある。何より重要なのは、製造業者としての経験が積めることであり、次につながる糧にさえなればマイナスではないと波留は考えている。


 そんなこんなで動き出した2027年。一月の半ばごろに珍しい問い合わせがあった。


「社長、警察庁の長官官房会計課の方からお電話です」


 電話に出た波留は、その内容に口の端を吊り上げた。


――ようやくか。


 問い合わせの内容は新製品の引き合いである。その打ち合わせをしたいとのアポ取りの電話だった。



 それから3日後の午後、その男は時間どおりに工房オフィスに現れた。濃紺のブランドスーツでビシッと決めた40代後半のエリート様だ。


 応接間にて。


「田中特殊雑貨工房の代表をやらせてもらっている田中です」

「警察庁長官官房会計課の上野です」


 名刺交換を済ませた波留が上野に席を進めて言った。


「キャリア官僚の方にこんな田舎町までご足労いただけるとは恐縮してしまいます」

「少しも緊張なさっているようには見えまんせんが」


 その言葉は嫌味には聞こえなかった。ちょっと呆れたというか、少々残念そうな顔を上野はしていた。


「早速ですが、御社の霊視メガネは犯罪捜査の役に立ってましてね。現場からも数が足りないとせっつかれている状況でして、まあそれは一旦置いときましょうか。本日伺ったのは霊の声が聞けるようにならないかということでして――」


 上野の話によると、霊視メガネは殺人や致死事件、孤独死や自死や事故死の状況確認に役立っているということだった。もちろんそれは全てのケースに当てはまるわけではない。役に立たないことの方が多いというのが現状だが、2~3割程度の死亡現場に死者の霊が残っているらしい。


――そうなるだろうな。


 魂が霊となって現場に残るのは無念さや心残り、あるいはどうしても伝えたいような未練が残っている場合だと波留は理解している。そして霊の声を聞くには霊能力が必須だ。


 上野の説明では、なにかを必死に訴えている霊が数多く確認されていて、けれども何を訴えているのか分かりにくく、正確な調書が取れないということだった。


 読唇術が効く場合もあるが、存在が薄くてぼやけていたり、損傷していて唇の動きが読めないことが多いらしい。


 これは波留にとっては予想できていたことであり、いづれは――もっと会社が大きくなって発言力が強くなったら――警察に売り込みを掛けようと考えていた。それが向こうから来てくれたのである。


「それなら可能ですよ。今すぐにでも」

「今すぐにとは?」

「実はですね――」


 波留は自分が予測していたとおりの状況になっていて、いづれは警察に売り込みに行こうと思っていたことを正直に話した。


「――といことで少々お待ちください」


 そう言って波留は応接を出て、試作していた霊波収集用マイクと変換器を持って戻ってきた。


「これになります」


 上野は拍子抜けしたような顔で波留を見上げた。


「ただのマイクのように見えますが」

「霊が発する音や声は霊が放つ波動、我々は霊波と呼んでいます。その霊波をですね、特殊処理を施したマイクで拾ってその信号を電圧に変換すると録音できるようになるんですよ。これはその試作品です」


 波留の話を聞いていた上野の目が僅かに見開かれた。そして少しだが口の端が吊り上がっている。


「いやぁ恐れ入ります。そこまで想定していらっしゃったとは」

「これはサンプルとして差し上げますので効果はそちらでご確認ください」

「助かります。それでですね、効果が確認できたとして量産は何時ごろになりそうですか?」

「そうですね、需要が大きければ生産装置を造って量産しますが、現状まだその判断ができるまで調査が進んでいません。ですが、手作業でなら今の人員で月産200ほどはご用意できますよ」

「月200ですか。もう少し欲しいところですが値段のこともありますからね……分かりました。効果を確認次第発注することになるでしょう」


 その後話はマイクの価格交渉とか霊視メガネの値引き交渉とかに進んでいった。

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こちらの作品「逆行転生自己育成リア充計画~リトライ、リア終小説家のかなり遅すぎた初恋~」もよろしければお読みくださるとうれしいです。
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