第二十八話:2026年の終わり
2026年も12月が終わろうとしている。田中特殊雑貨工房の売り上げは順調に伸び続けていた。11月までの営業利益から購入した土地代と工場建設費を引いても80億ほど残っている。
このまま推移すれば2026年度は総売り上げが500億を超え、営業利益は450億を越えそうである。そこから税金と土地代と工場建設費その他もろもろを差っ引くと、170億強が手元に残ると予想できた。この中には新たに開発したスマホ用の霊子レンズなどの利益も含まれている。
ところで、田中特殊雑貨工房の製品は超ボッタクリ価格なので、利益率がとんでもないことになっている。けれども波留自身は価格設定をボッタクリだとは微塵も思っていない。他人に真似できない技術にはそれ相応の対価が必要なのだ。
今、幽霊や霊力が視えるメガネや、超強力な――地球世界でいえば――護符を生産できるのは田中特殊雑貨工房だけでなのだから。
それでも売れに売れまくっているのだから、波留としては充分に満足していた。土地代が必要経費にならないことには不満だったが、工場建設費は何年かに分けて減価償却できると聞いて少しだけ溜飲を下げた。
とはいっても、波留に節税やグレーな税金逃れをする意思はない。むしろ税金支払いについては積極的である。その意志は経理担当である母には真剣な顔で伝えてある。ただ、理不尽な法には納得できないところがあっただけだ。
それは置いておくとして、異世界で身についたとち狂った金銭感覚により、波留はこの170億という金額を大金だとは少しも思っていなかった。ようやく足掛かりができたとか、頭金が手に入ったみたいな感覚である。まだ2026年度は終わってないから皮算用にに過ぎないが。
けれども今後、波留が世に出していこうとしている製品群や技術群は、この金額よりも何ケタも違う利益と、産業革命レベルの技術革新を世界中にもたらすはずだ。そして日本の立ち位置を大いに躍進させることは間違いないと彼は考えている。
もちろんその恩恵は日本だけに留まらず、他国が抱えている大問題もいくつかは解決していくだろう。
――友好的な国が増えればいいが……。
波留がこう思えてしまうのも、異世界で狂ってしまった常識というか国家観というか世界観によるところが大きい。
もちろん既得権益層や権力者の反発もとんでもないことになると波留は分かっている。
――楽しみだ。
けれども波留はそんな反発など微塵も気にしていない。いや、どんな反発を見せてくれるか期待しているふしさえあった。もちろんある程度の配慮はするつもりだ。だからといって彼に自重する気は全くない。
日本や世界がこうなってしまった――一般層の貧困化とか治安の悪化とか少子化とか現状に合っていない法制度とか移民問題とかその他いろいろ――原因の一部を粉砕するつもりでいる。
そんなことが一個人に可能なのか?
波留は可能だと確信していた。それは、動機は違えど――日本に帰りたいという動機――異世界で同じようなことを成し遂げてきたからだ。
異世界の場合は暴力で黙らせることも手段の一つとして取れたから世界最強に上り詰めていた波留的には楽だったが、地球世界でそれは封印しなければならない。
異世界と地球世界では民度と社会システムの成熟度が圧倒的に違う。もちろん地球世界にも恐ろしく民度が低い者たちが大勢いるし、悪辣な独裁者も存在している。でもレベルが違うのだ。とくに力ない多数の者たちについては、命の軽さも異世界の方が圧倒的に軽い。
それは置いておくとしても、異世界と同じように暴力でねじ伏せることはできない。けれども暴力――軍事力――を無効化することは可能だ。時代に合っていない法は変えさせれば良い。害悪な権力者もつぶせばいい。国民のプライベートを守りつつも監視通報システムを強化し、法を犯す者の特定と確保を容易にすることもできる。
そしてそれらを成すために必要なものはカネと技術と発言力だ。国家権力でさえ無視できないほどの圧倒的な資金力と技術力と発言力。それらが備われば、大多数の力なき者たちにには世界が好転することだろう。
だから波留は儲けることに躊躇するつもりはこれっぽっちもない。俗な言い方だが世の中カネ次第だ。ペンは剣よりも強しという有名な言葉もあるが、カネの力はペンよりも圧倒的に強い。それが現実だ。彼はそう思っている。
「マスター、なにか良からぬことを考えてますね」
2026年最後の仕事が終わったオフィスには波留と沙耶だけが残っていた。パーテーションに囲まれた無機質な空間で一人物思いにふけっていた波留に、沙耶が掛けた言葉がコレだった。
「なに、大したことではないよ」
「その言葉を聞くと向こうにいたころのマスターを思い出します」
「いいじゃないか。俺の本質は変わってないし、目的が違ってもやることは変わらん」
「ドラゴンはいませんけどね」
「ドラゴンよりも厄介な奴らはきっといるさ」
そんなふうにまるで願望を述べるように言った波留の瞳は、なにかを見据えていた。




