第三話:大賢者、両親に会う
住宅街に佇む二階建ての一軒家。間違いなく実家だった。波留は小走りで玄関まで走り寄る。そして田中と書かれた表札を見てインターホンを押すのだった。
『はい』
「母さん……」
聴こえてきたのは間違いなく母の声だった。玄関の向こうからドタドタと足音が聞こえてくる。そしてすごい勢いでドアが開けられた。
「波留、波留なのね!」
「うん、ただいま」
母は履物も履かずにドアを開けたようだ。そして波留を見るや否や、彼の胸に飛び込むようにして抱き着き、嗚咽を漏らしている。
「波留!」
すぐに父も駆けつけてきた。
「ただいま、父さん」
波留の瞳にも涙が浮かんでいる。訳も分からないまま異世界に迷い込んで20年だ。日本では5年しか経っていないが、そんなことは関係なかった。20年ぶりに見た両親の元気そうな姿。それが彼に心からの安堵と、帰ってこれた実感もたらしていた。
家に上がった波留は、ダイニングに通されて朝食が出来上がるのを待っている。その間、父から今までどうしていたのかと聞かれたが、母が来るまで待ってもらった。少しして母が波留の前に食器を並べて向かいの椅子に腰を下ろす。
父はかなり頭髪が寂しくなっていて、若干だが老けたように見える。母も以前より、少しだけ顔の小じわが目立っていた。
「急いだから余りものしかなくてごめんね」
「ううん、ありがとう。いただきます」
波留は母の手料理を噛みしめながら味わい、そして食べ終わるとお茶を飲んで一息ついて話し出した。
「あの日、5年前の夜――」
波留は自分に起こったことを覚えている限り、嘘偽りなく二人に伝えた。異世界に迷い込んだこと。そこで20年を過ごしたこと。魔法を習得し、帰ってくるためにドラゴン4頭を倒して魔石を得たこと。
父が最初、剣と魔法の異世界に迷い込んだと聞いて「こんなときに冗談は止せ」と怒ったが、波留は簡単な火と水の魔法を操ってみせて嘘ではないことを証明した。
「――とまぁそんな感じ。それで相談なんだけど、向こうで手に入れたものを換金したいんだ。見てもらっていい?」
「もちろんだ。それにしても異世界に魔法か……」
波留は、まだ信じられないというような顔をしている両親の目の前に、大きめの硬貨を収納魔法から取り出して見せた。父と母の前にそれぞれ1枚づつだ。
「金貨か! これはまた……大きいし重いな」
「それが5万枚以上はあるんだけど」
父は質を確かめるように金貨を一枚手に取り、しげしげと見つめたと思ったら考え込んでしまった。少しの間を置いて父が口を開く。
「全部は換金できないな。出所が説明できない――」
父曰く、まとまった金を売ろうとすると、どこでどうやって手に入れたか聞かれることが多いそうだ。少量でインゴッドになっているなら容易に換金できるとのことだった。
「今の金相場ってどれくらい?」
「たしか2万5千円くらいじゃなかったか」
「えっ! そんなに高いの。じゃあ幾らまでなら少量って言える?」
「ちょっと待ってろ」
父はそう言って席を外し、スマホを持ってきた。
「200万くらいがボーダーらしい。まぁ、怪しまれないように100万以下に抑えるのが無難だな」
グラム2万5千円とすると、おおよそ40グラムで100万円である。波留が持つ金貨は異世界の大金貨であり重量はおおよそ50グラム。金の純度は80%強だ。
「そうすると、その金貨1枚換金できれば御の字って感じか……」
「波留、お金のことなら心配する必要ないのよ」
「そうだぞ、波留。これでも父さんと母さん二人合わせると年収は2000万くらいある。カネの心配などするな」
二人はそう言うが、波留にも意地というか矜持があった。
――38にもなってスネかじりできるかっての。
どうすべきか腕を組んで考え込んでいる波留に、父が声を掛けた。
「じゃぁこうしようか。波留、その金貨を一枚100万で俺が買い取ろう」
「うっ、読まれた?」
「お前の考えていることなど顔を見れば分かる」
「まぁ、それならいいか。甘えるとするよ」
「おうおう、存分に甘えるがいい」
「じゃぁちょっと待って、今から加工するから。ちょっとスマホ借りるよ」
波留はそう言って二人から金貨を回収する。そしてスマホで金のインゴットを検索すると、一枚の金貨を手のひらの上で魔法を使って、光と共に金とそれ以外の不純物に分け、見つけた画像を手本に40gちょうどのインゴッドバーに加工してみせた。
「はい、これでいい?」
「魔法って……凄いんだな」
「波留がこんなことできるようになるなんて、母さん感動しちゃったわ」
父は目を丸くし、母は感心したような目で波留を見つめている。
「あ、そうだ」
波留は思い出したかのように収納からエメラルド屑を取り出し、少しだけ余った金と、混ざっていた銀と銅をふたたび合金化し、小粒のエメラルドを5個ほど並べたピンキーリングに加工してみせた。そして小さな白金貨を取り出し、プラチナのピンキーリングへと仕上げた。
波留が作ったものだ。当然ただのピンキーリングではない。どちらのリングにも、魔除けと軽いヒーリングの効果を付与してある。
「こっちは母さん、こっちは父さん。異世界土産ということで受け取ってくれる?」
「ありがとう波留、ステキだわ」
「いいのか?」
母は目に涙を浮かべて喜んでくれた。父は呆れたような顔をしている。
「うん、二人とも小指にはめてくれる? サイズ合わせするから」
二人が小指にリングを嵌めたのを見て、波留が言う。
「まずは母さんからね」
波留は母のリングを彼女の小指に合わせてサイズ調整した。
「こんな感じでどう?」
「ピッタリだわ。ありがとね」
そして父のリングも調整し終えると、父が聞いてきた。




