第二十二話:聞き取りと証明
応接室に現れたのは50代のやつれ顔の男だった。少々よれたベージュのスーツのシワがなんともいえない哀愁を漂わせている。
「埼玉県警生活安全部の剛田です。少々お聞きしたいことがありまして立ち寄らせていただきました」
警察手帳らしきものを見せながらそう名乗った男は、身なりとは裏腹に丁寧な言葉遣いと態度だった。その男の態度を観察した波留の印象は、だいぶ場慣れしてるなという感じだった。
「田中特殊雑貨工房の社長をやらせてもらっている田中です。最近物騒なことが多くてですね、あなたの名前と所属を確認することが社則になってますので、お気を悪くなさらないでくださると助かります。メモを取らせてもらってもかまいませんか?」
剛田と名乗った男は気を悪くする素振りさえ見せずに応えた。
「最近は御社のように確認を取る会社が増えてます。確かに物騒になってますからね。どうぞ」
「ご協力ありがとうございます」
波留は差し出された手帳を見てメモを取り、ちょうどお茶を持ってきてくれた女性社員にメモを渡して告げた。
「県警の代表に電話して照会を取ってください」
「分かりました」
波留は剛田に奥側のソファとお茶を勧め、自らもソファに腰を下ろして照会結果を待った。しばらくして女性社員から「照会できました間違いありません」との報告を受け、波留が切り出した。
「確認が取れました。それで剛田さん、今日はどんなご用件で?」
剛田が泰然自若な感じで答える。
「御社の商品、たしか霊視メガネと護符でしたね、それについて市民の方から如何わしい商品がとんでもない値段で売られている。霊感商法じゃないのかとクレームじゃないですがしつこい電話が何件かありまして」
剛田は少しばかり困った感じを出してそう言った。波留はまったく動揺を見せることなく返す。
「それで?」
「いや、テレビでもさんざん本物だと放映されていますからね。御社の商品を疑っているわけじゃないですが、一応確認だけはしておけと上司に命じられまして」
「そうですか、今は陽が高くて証明しにくいんですが、今夜だったら天気もいいことだし本物かどうか証明できますよ。まぁ夜だったら私の仕事が込み入ってないかぎりいつでもいいですが」
「今夜ですか、分かりました。では本日21時過ぎにもう一度お伺いしても?」
「構いません」
「ご協力ありがとうございます。では」
制服を着てないということは刑事という奴だろうか。そんな疑問を思い浮かべるくらいには波留は落ち着いていた。
そんなことがあった夜、オフィスのドアをノックする音が聞こえてきた。すでに社員は全員帰宅していてオフィスには波留と作業中の沙耶だけが残っていた。いくら忙しいからといって、社員は皆能力が高い人物を選別しているから深夜残業をする者も生活残業をする者もいない。
ただ、沙耶だけはほぼ24時間フル稼働だ。毎朝波留に魔力を補填してもらって世界中の情報を集め、選別し、解析しながら知識を吸収し続けている。
それは置いておくとして、波留は剛田を待ってオフィスに残っていた。
「こんばんは、時間どおりですね」
「こんばんは、ご協力ありがとうございます」
「では早速行きましょうか」
波留は沙耶が作業しているブース以外のオフィスの照明を落として鍵を閉め、剛田と共に外へ出た。行き先はこれといって決めてはいないが、川沿いを歩いて霊が見つからなければ近くの霊園にでも足を延ばそうと考えている。
波留と剛田は駅前から川を目指して歩いていく。二人の間に会話はない。川沿いの道まで歩いて波留が足を止めた。
「この辺りには居ないようです。ここから川沿いをしばらく歩き、墓地に向かいます」
「本当に出るんですよね?」
「そのうち出てきますよ」
剛田はちょっとだけ緊張した面持ちになっていた。幽霊が苦手なのかもしれない。けれども波留は気にすることなく川沿いの小道を歩いていった。
けっきょく川沿いに霊は現れず、墓地へと向かう少し大きな片側2車線の道に出て、しばらく歩いたところで波留が足を止めた。
「出ました。信号機の真下、歩道と車道の境目あたりです」
剛田は目を凝らすようにしているが、当然見えるはずがない。
「霊が視えるように今から剛田さんに術を掛けます」
そう言った波留は、剛田を見ることなく、そして有無を言わさず彼に霊が視えるようになる術を掛けた。
「どうです? 視えるようになりましたか?」
「……ああ、頭部から血を流しているボロボロになった紺のスーツを着た男が視える」
剛田は目を見開いて霊を凝視していた。
「では術を解きます」
そう言って波留は術を解いた。
「視えなくなった」
「でしたらこれを掛けてください」
波留に手渡された霊視メガネを剛田が掛けた。
「また視えるようになった。これがこのメガネの効果ということですか」
「そうです、私が剛田さんに掛けた術と同じ効果があります。録画された映像を見せているわけではありません」
「なるほど分かりました。ご協力ありがとうございます。これで上にも報告ができます。ところで、あの霊はなにか訴えかけているようですが」
男の霊は剛田が指摘したとおり、ものすごい形相でこちらを睨み、呪詛を唱えるように何かを訴えている。
「私が掛けた術も、その霊視メガネも霊が出す音には対応してませんからね。正確には音すなわち音波ではなく、霊波なんですが……あの霊がなにを訴えているのか気になりますか?」
「仕事柄気になります。どうも交通事故かなにかで命を落としたようですから」
「私には聞こえていますので翻訳しましょう……」
そう言った波留は霊の声を聞き、渋い顔になった。
「どうやら彼は事故死したことを恨んでいるのではなく、自分を裏切って他の男のもとに行った女性に恨みを募らせているみたいですね。しかも悪霊になりかけている。誰かに取り憑くと厄介なことになりそうなので祓ってしまいます」
波留は剛田の顔色をうかがうことなく、聖属性の霊力――魔力――を浴びせて男の霊を祓ってしまった。剛田はその様子を見て目を丸くしている。
「まだ新しい霊のようでしたから、この近くで一年以内に事故死したものと思われます。警察で調べれば判ると思いますから気になるのでしたら調べてみてください」
「そうですか、明日にでも調べてみましょう、顔は覚えましたからね。今日はご協力ありがとうございました」
こうして警察による聞き取りは終わったのだった。




