第二十話:医薬品分野への進出に向けて
波留がレンズへの付与と特許関係のあれこれに忙殺されていたころ、父と母はそれぞれの思惑に従って動いていた。父は医薬品関係、母は美容関係である。
波留と両親は、最近では夕食のタイミングが合わず、おもに朝食の席で互いの状況含めて情報の共有を行っているが、父も母も元々は大手電機メーカーで働いていたこともあって医薬品業界にも化粧品業界にも明るくないらしい。
けれども、社交的な性格の二人の友好関係はかなり広いようだった。かつて同僚だった有望な人物にあらかた声を掛けたあとは、仕事で知り合った人物や大学時代の友人にも声を掛けているようだ。
ただ、レンズの処理装置開発と工場建設に全力を傾ている田中特殊雑貨工房にとって、毛色がまったく違う医薬品や化粧品に取り組む人的余裕は全くなかった。
「父さん母さん、医薬品と化粧品を取り扱う別会社を起こしてみたら?」
朝食を食べ終わったタイミングでなされた波留のその提案に、しばらく考え込むそぶりを見せた父が聞いてきた。
「子会社にするつもりか?」
「いや、グループ会社にしてその上に持ち株会社を作るつもり」
「ホールディングスか……」
結局その日に両親の回答を得ることは出来なかったが、数日後に父が社長、母が副社長としてグループ会社を興す決断をしてくれたのだった。ただ、波留が関わらないことには製品が造れないことから、彼は経営に直接タッチしない相談役として在籍することになった。代表取締役は父である。
同時に持ち株会社として田中ホールディングスを起こし、その傘下に医薬品と化粧品を取り扱う会社、田中霊薬と田中特殊雑貨工房を置くことになった。田中ホールディングスに所属するのは発足時点で波留とその両親の三人になる予定である。ただ、法務や経理関係は恐ろしく忙しくなるだろうから、担当する人員の入社が終わってから会社を起こすことになった。
そんなこんなで時が過ぎて行き、田中霊薬株式会社がスタートしたのは8月に入ってからだった。本社は無駄に広い田中特殊雑貨工房の本社オフィスをパーテーションで仕切って間借りし、工場は田中特殊雑貨工房の工場近隣に用地を取得することになった。
それまでは波留が一人で製品を製造することになるが、医薬品の方は治験を突破するという難題を克服する必要がある。工場用地については両社合わせて約8000㎡の購入交渉に入っていて、問題なく取得できそうだとの連絡を受けている。取得費用は16億程度で、霊視メガネのレンズ処理代金5月分と6月分がすでに工房の口座に振り込まれていているから問題はない。
工場の建設費も両社合わせて同程度になるとの見積もりを貰っている。装置については薬品と化粧品、それとレンズ処理と護符製造の装置についての設計が終わりつつある。
装置の完成は特急料金を支払うことと、複雑な機構を使わないことを考えると年明けには稼働テストを開始できるだろうとのことだった。
――やっぱりこっちの世界だと時間がかかりすぎる。
異世界では全てにおいて動きが早かった。工場を建て、装置を造って稼働させるのに、全工程合わせてもひと月掛からないだろう。製造装置だって設計図さえ書かずに魔法でチャチャっと造ってそれで終わりだった。それが日本では半年以上かかる。
なに事においても充分な時間をかけて検討し、設計検証し、手順を作ってそれを守り、間に役所の許可を取ったり専門機関の検査を受けたりとやらなければならないことが山盛りだった。
当然波留一人ではできないし、余計にお金と時間はかかるし、人員も多く必要だった。
そんな人員については、父が人事の専門家をスカウトしてから風向きが変わったのである。父が引っ張ってきたのは人事部門で働いていたベテランで、当然人を見る目が鋭いし、優秀で人格良好な人材を多数知っていた。それが功を奏し、田中特殊雑貨工房の人員はすでに30人を超えている。
田中霊薬の人員に関しては医薬品関係と美容関係の人員公募を行い、波留が提供した特殊アイテムも効果を発揮して優良な人員を30名ほど確保することができた。
あとは工場稼働に合わせて製造に関わる人員を集めるだけになっている。これについては来年の高校と大学の新卒に波留は期待している。もちろんその他の人員についても随時積極的に獲得を狙っていく予定だ。
特許関係については田中特殊雑貨工房のほうはすでに出願を終え、今は田中霊薬関係の明細書作成に取り掛かってもらっている。これは信頼がおける弁理士をまだ増員できていないことにあった。
何人かの入社希望はあったが、面接をクリアできた応募者は居なかったというのが真相である。特許関係を取り扱う仕事は、会社の核となる技術に関わる仕事だから、波留の選考基準はかなり高いところにある。
そもそも弁理士とか弁護士は機密保持に関しては問題ない場合が多い。けれども人格面や能力面においてはかなりのバラツキがあった。権利取得が難しそうだからといって、請求項を狭めることで審査を通そうと考えるような人間は不要なのだ。
権利は出来るだけ広く取りたいし、特許取得速度と件数に重きを置きすぎる――それはある意味利己的な考えである――ような人間に波留は用がなかった。それだけのことである。だから今は田中特殊雑貨工房の村上が、出向という形で医薬品と化粧品関係の特許取得に取り組んでいた。




