第十九話:特許について
そもそも異世界には特許が無かった。それでも魔法に関する技術が広がって発展していたが、一門あるいは家特有の魔法があったり、個人しか使えず失伝していく魔法も多かったと波留は聞いている。
けれども地球世界には特許制度がある。特許は発明者の権利を守るためのものであるが、技術を失伝させず、かつ、早く世に広めて世界を発展させる役割も持っている。
波留はその効果に期待しているのだ。俗な言い方をすればマッチポンプを狙っていると言ってもいい。地球世界にも存在していた魔素という存在。それを使うことで生じる魔法という現象。
ただ、魔法として世間に広めるより、霊的な力、スピリチュアルな現象として知らしめた方が浸透しやすいと波留は考えた。ただの言葉の違いでしかないが、世間の人々がよりあり得るというか、受け入れやすいと思ったからそうしたのである。
けれども、霊的な力であろうが魔法であろうが、胡散臭いイメージが世間に定着していることは間違いない。だから波留は、特許というオカルトが入り込む余地がない制度を積極的に利用しようと考えている。
霊子及び霊力という現象は科学的に証明されていないわけだから、まだオカルトの域を完全に出たとはとても言えない状況だ。だから波留は毛生え薬の治験とかでお世話になっている大学教授を介して、主に物理学関係及び医学関係の研究者に異世界で得た理論の概略をまとめたペーパーを渡してもらっている。詳細な資料を渡すのは特許の提出後だが。
さらに、レンズの処理装置にも使った霊力発生ユニットとか、霊子や霊力の可視化ユニットなどもサンプルを貸与済みだ。希望者全員にではないが。こうしたのは、これらのユニットはいずれ商品化する予定だからだ。
霊力関係の特許は、これらの研究に携わった研究者が論文を出して認められるとによって、はじめて審査を通る可能性が出てくるだろう。
それは置いておくとして、特許を出願せずに全ての製法や技術をブラックボックス化するという選択肢もある。しかしそうしてしまえば、胡散臭く思う層が減るスピードは遅くなるだろうし、いずれ売っていこうと思っている霊薬――魔法薬――の認証の足かせにもなるだろう。波留はそんなふうに考えている。
「特許になるならない、あるいはなる可能性は少ないが出願すべきだという判断は村上さんに任せます。いつでも構いませんから、疑問に思ったことは聞きに来てください」
「わかりました。それでさっそくなんですが、その、霊子や霊的存在をこの目で見てみたいんです。明細書を書く時の参考にもなりますし、新たな気付きがあるかもしれませんし」
「分かりました。ここでちょっと待っててください」
波留はそう言って打ち合わせの席を立った。そして霊視メガネを3つ持って来た。これは商品サンプルとして、彼が伊達メガネを買い込んであらかじめ準備しておいたものである。
3人に霊視メガネを渡した際、波留は体表から漏れ出る魔力を、これまで見かけた日本人で最大程度に抑えていた。理由は余計な詮索を避けたかったから。
それは置いておくとして、霊視メガネをかけた3人は波留の姿を見て驚き、そして3人で見合って自分たちからも魔力が漏れ出ていることに驚いていた。
「私たちの体から出ているこの靄みたいなのが霊力なんですね。やっぱりパイオニアである社長は凄い」
3人と波留の体から漏れ出ている魔力にどれくらいの差があるかというと、製造部長の永野が平均的な日本人が持つ魔力で、それを仮に魔力10とすると、技術部長の高田が25程度、知財課長の村上が8程度だった。波留は魔力をものすごく抑えているが、それでも見た目300程度はある。
異世界での波留の経験から言って、3人の中では高田だけが魔法、すなわち霊能力を使える可能性があると言えるだろう。他の二人は、適切な方法で死ぬ思いをして魔力を上げる修行を積めば、もしかしたら魔法を使えるようになるかもしれない。そんな感じだった。
「高田部長は適切な方法で修行さえ積めば霊能力を使えるかもしれませんね」
思ったことをついつい口に出してしまった波留。高田の目が一瞬見開かれた。けれども彼はすぐに表情を取り繕った。
「正直に言えば興味はあります。しかし当面は工場の立ち上げと新製品の開発に専念しますよ」
「そう言ってくれると助かります。でも、仕事が一段落ついたら高田部長には霊能力が使えるようになってもらいたいとも考えてます。なにせ、うちの製品は全てに霊能力が関わってきますからね。霊能力が使えると製品開発効率が違いますからね」
「ははは、楽しみにしてますよ。そのときは御指導お願いします」
このとき、知財課長の村上は我関せずの顔で波留が用意した資料を真剣に読み込んでいたが、製造部長の永野は少し羨ましそうな目で高田を見ていた。
それから数日のあいだ、主に波留と村上の間で進められた検討によって、物質への霊力による霊能力の付与方法と、その技術を用いた霊視メガネと悪霊用の結界アクセサリ(護符とかその他結界アイテム)、霊力発生ユニット、物質への霊能力付与装置の、とりあえず5点について特許申請用の明細書を作成することになった。
そのさい波留は、村上にそれら5つの出願が終わったら、今後の予定として、製品化を計画している製品群や技術について話をした。そしてそれらが纏められたペーパー――もちろん社外秘より上位の極秘情報である――を手渡し、上司にも見せるなと釘を刺したうえで出願計画を立てておくように言い渡した。
村上は恐る恐るそのペーパーを受け取ると、内容のあまりの壮大さに目を見開いてゴクリとつばを飲み込むような仕草をしていた。そして彼は言った。
「作業量を考えると、知財課には信用のおける人材がかなりの人数必要ですね」
「そうなんですよね。そのことは役員間で話し合ってます。優秀で人格面に問題ない若手を村上さんからも紹介してくれると助かります」
「何人かに声を掛けてもいいですか?」
「助かります。交渉はこちらでやっておくので名前と連絡先だけでもあとで教えてください」
そんなことをこなしつつも、波留はメガネメーカーに収めるレンズを処理していくのだった。




