第十七話:法人化その二
世界の真実の一部を明らかにし、それを利用してノシ上がろうとしている波留は、両親にトチ狂った金銭感覚を押し付けながら田中特殊雑貨工房の法人化を急いでいた。彼がやったことはまさにマッチポンプ的所業だが、当人に後ろめたい気持ちは一切ない。
いや、これで世間の不条理が少しでも解消するなら充分な社会貢献になっているとさえ考えている。一部の製品使用者に精神的トラウマを植え付けながらも、その真実とそれを世界に見せつけた製品の認知度は加速度的に広がっていった。
そんな中、波留は3000組の度なしレンズに霊視魔法を付加する作業と並行して、ふじみ野駅徒歩5分圏内にかなり広め――25mプール程度――のオフィスを家賃100万円弱で借り受け、業者を入れて特急料金を支払い、内装作業を超特級で進めてもらっていた。
そしてメガネメーカーに無事処理済みのレンズを一括送付し終えた6月1日、田中特殊雑貨工房の本社を実家から借り受けたオフィスに移したのだった。
「このたび入社させていただくことになりました白川千佳と申しま……す?」
白川千佳、この女性は母がスカウトした司法書士の女性だ。年齢は25で波留の2学年上になる。そして名乗った彼女が波留を見て固まってしまった。
波留もなぜ白川がそうなったのか分からなくて小首をかしげていた。同席している母は、微笑を湛えて二人を観察している。
「あの、いきなり申し訳ありません。川口北高に通っていませんでしたか?」
波留はその言葉を聞いて思い出した。今は髪を後ろでアップにしてまとめ、スーツを着こなしているから気付かなかったが、彼は高校の1年時白川を見たことがあった。
「たしか、白川さんは生徒会長でしたよね? ああ、私は一応社長をやる予定の田中波留です」
「やっぱりそうでしたか。あっ、私的なことを聞いてしまって申し訳ありません。一生懸命お仕事頑張りますのでよろしくお願いします」
白川の行動は社会人としては褒められたものではない。けれども、波留は波留で異世界においていろいろな立場の人間と関わり合ってきた。それは王侯貴族や軍人、傭兵や冒険者、町のごろつきや浮浪者、数え上げればきりがない。
そんな経験から、白川の行動に対しては別段、何かをしようとすら思わなかった。
「なるべく早く法人化してしまいたいから白川さんの活躍を期待しています。頑張ってください」
「はい、誠心誠意努めさせていただきます」
そんなこんながあって田中特殊雑貨工房の法人化が本格的にスタートした。今はまだ波留と沙耶、そして超特急で引継ぎを終わらせた今は有休消化中の母に、白川を加えた四人しかいない田中特殊雑貨工房本社オフィスは、静かな熱気に包まれている。
法人化の作業は順調に進んでいった。定款を策定し、事業目的、資本金、決算月などを決定していった。
定款に記載する会社設立の目的は、
・霊能力を用いて霊的存在による損害を予防、あるいは悪質な霊的存在を撃退する製品を開発し、販売すること。
・霊能力を用いて社会的問題の解決に貢献する製品を開発し、販売すること。
・霊能力を用いて医薬品、通信技術、発電技術、半導体製造技術、パソコンやスマートフォン、防衛装備、AI技術、ロボット技術等の技術的難題を解決する製品を開発し、販売すること。
・社会的弱者の救済に貢献すること。
とした。
資本金はとりあえず1億円とし、波留が個人口座を新たに作って預金しておいた。資本金が1億円以上になると優遇措置が受けられなくなるが、その額は事業規模的に誤差の範囲だ。だから波留はそんなことを気にすることはなかった。
会社の経営方針として、
・無借金経営
・透明性のある明朗会計
・積極的な新技術の開発
・余剰利益の社会への還元
などをとりあえず策定した。
無借金経営ができるのは、ほとんどの製品が波留が持つ霊的技術――魔法技術――を原資としているからであり、ようするに製品原価が恐ろしく安く、高い販売価格を設定できるからである。
ようするにアホみたいに高い純利益率を上げることが可能だから無借金経営ができるのだ。人々は製品の性能あるいは効果や価値に対してお金を払うのであって、決して製品原価にお金を払うのではない。
製品原価が性能や効果や価値に見合わなければ売れなくなるだけである。だから霊視メガネという、原価で言えば2千五百円プラス波留の作業代しかかからない製品が、100万円というとんでもないぼったくり価格でも飛ぶように売れたのである。
法人化作業がはじまって1週間が経ったころには、こんどは父のスカウトで弁護士事務所から46歳の男性弁護士が入社してくれることになった。役職は法務部部長で、白川係長の上司になる。待遇は年収4000万円だ。
新たに経験豊かな弁護士が仲間に加わったことで、法人化作業が加速して6月の中盤には株式会社田中特殊雑貨工房が誕生したのだった。




