第十六話:法人化その一
社長に取り憑いていた悪霊が逃げ去った後、波留はその社長からもの凄く感謝された。徳田に社長は頑固だと聞かされていたが、波留が話をしてみると、割と話しやすく面白い男だった。歳は明らかに60を過ぎているようだが、言葉遣いは柔らかくて人当たりは良さそうだと波留は思った。
ただ、成功した創業初代の社長らしく、上に立つ者特有の威厳のようなものを感じ取った波留だった。
そんな感じで商談を終えた波留は、実家に帰宅した夜。遅い夕食の席で両親に切りだした。
「父さん、母さん、法人化を早めようと思うんだけど相談に乗ってくれる?」
「評判になってるもんな。そろそろ言い出すんじゃないかと思っていたよ」
父は今さらな感じでそう返した。
「食いつきは悪かったけど、売れ出したらあっという間に完売したんだ。魔除けのお札と合わせたら現時点で売り上げは2億を超えたよ」
「まぁそうだな。100万で売り出すとは聞いていたからその額にはなるだろう」
「それでね、引き合いが凄い数になってきて、外国からも問い合わせが増え続けて捌けそうにないから、今日大手のメガネメーカーに行って商談してきたんだよ」
「上手くいったのか?」
「うん、上手くいった。順調に行けば、払い込みは再来月の末日になると思うんだけど、初月分が10億弱、次の月から20億弱の金が手に入る」
父も母も目を丸くしている。そんな二人に向かって波留はつづけた。
「それでね、もう俺だけじゃ対処できそうにないから、父さんと母さんの手を貸してほしいんだ。法人化についてだけど」
父は腕を組んで考え込んでしまった。そんな父を横目に母が言い切った。
「さすが波留君ね。ちゃんと相談してくれて母さん嬉しいわ。母さんで良かったら喜んで法人化のお手伝い、させてもらうわ。明日にでも会社に辞表出しちゃおうかしら」
「美代ちゃん、それはちょっと思い切りよすぎないか?」
「いいじゃない。こういったことは思い切りが必要なのよ」
波留がそんなことを相談した翌日。母は本当に辞表を出したそうだ。そして父も母に遅れて一か月後には辞表を出すと言っていた。法人化の手助けは今夜からでもすると父も母も言ってくれた。
ただし、辞表を出したからといって引継ぎとか色々あるから、母が田中特殊雑貨工房で本格的に働きだすのは1か月後くらいになるだろうとのことだった。父はそれに遅れて1か月後ということになる。
そんな感じで動き出した田中特殊雑貨工房の法人化作業だが、相談してから数日たったある日、母がこんなことを言ってきた。
「優秀で若いフリーの司法書士がいるんだけど、うちで雇うつもりはない?」
「母さんがそこまで言う人なら大歓迎だけど、どれくらい給料払えばいいかな?」
「そうねぇ、年収で1千万もあれば充分じゃないかしら」
「ちょっと安すぎない?」
「調べてみたんだけど、司法書士で年収1千万円以下の人は司法書士全体の3分の2くらいらしいわ。彼女の年齢を考えると、充分な年収よ」
波留は考えた。彼は近い将来に田中特殊雑貨工房の年商を1000億以上に押し上げようと考えている。そうなると司法書士の仕事は激務になるかもしれない。それを考慮に入れて彼は提案した。
「初年度2千万、次年度以降は成果に応じて昇給、役職は法務部の係長待遇。それで打診してもらえるかな」
母は目を丸くしていたが、良い笑顔になって返してきた。
「波留君は太っ腹ね。分かったわその条件で交渉してみましょう」
「ありがとう母さん、ちなみに母さんの初年度報酬は今のところ2億を考えてるから。役員兼経理部長待遇ね」
この数字は、すでに作業をはじめている霊視メガネ用の度なしレンズの3000組の、処理代金9億が確定しているから言えることだった。
「そんなに貰えないわよ」
「いやいや、多分だけど、株式会社にするつもりだから、当然母さんには株主になってもらうつもりだよ。今のところはまだ配当の何%を割り当てるか考えてないけど、数年内に純利益が1000億を越える予定だから、配当はとんでもない金額になるよ。役員報酬の2億なんてはした金だよ」
母は実感が沸かないのか、それとも波留が言ったことを話し半分で聞いていたのか、キョトンとした顔をしている。彼も彼で自分が話している内容が、世間一般の常識から極端にかけ離れていることに気づいていない。
これは波留が異世界で得ていた収入が莫大すぎたことの副作用というか、1000億ですら彼にとっては大金ではなく、簡単に手に入る程度のはした金にしか思えていないことが下地にあった。要するに彼の金銭感覚はとち狂っていて、日本の国家予算クラスの金額が自分の財布入っていても、なんとも思わないような金銭感覚になってしまっている。
そして波留が、1000億が格安に思えてしまうだけの商売ネタをすでに計画していることは確かだった。
「母さんにはその2億を自分がやりたいことの手付金くらいに考えていて欲しいんだ。将来的に母さんの収入は億じゃ効かない額になるはずだから。まぁそれは父さんにも言えることだし、俺自身はその何十倍もの資金を使っていろいろやる予定だから」
波留の話は大言壮語も甚だしい妄言に聞こえるが、これは彼の中ではすでに決まった未来であり、そして彼にはそれだけのことを成せる確かな根拠と自信があるのだった。




