第十四話:変わりはじめた常識
100万円の霊視メガネが130個売れてしまった。それだけで売り上げは1億3千万円になるが、あとを追うように結界用の護符も売れはじめた。そのおかげもあって、現時点での売上総額は2億円を越えようとしている。そして霊視メガネの販売はいつ再開するのかという催促と質問がサイトに寄せられるようになった。
それは置いておくとして、世間では霊視メガネのことというか、幽霊が実在し、人に害を及ぼす悪霊の存在まで明らかになって、今ではあらゆる媒体が心霊現象について真面目に取り上げるようになり、日本どころか世界中の認識が変わりはじめている。
そんななか、心霊現象よりも霊視メガネの術式付与こそが重要な技術であり、その先にフロンティアがあることに気づく人もちらほらと現れていた。
それこそが波留が狙っている真の狙いだった。そしてこの変化こそが、地球世界の世界観にファンタジーな要素が組み込まれていく自然で有効な道筋だろうと彼は思っている。
もちろん霊視メガネの開発者である波留のところにも学術的問い合わせや取材依頼が殺到しているが、学術的問い合わせに関しては特許出願が終わるまでは対応できないし、メディアの取材依頼は多忙を理由に全て断っている。
それは置いておくとして、【田中特殊雑貨工房】には海外からも売ってもらいたいという問い合わせが押し寄せていた。
「これはもう俺たちだけじゃ対処しきれないな」
「だったら、本職のメガネメーカーに相談してみてはいかがでしょうか」
「それもそうか」
そうと決まれば波留の行動は早い。ネットで大手メガネメーカーの電話番号を調べると、スマホを手に取って電話を掛けた。
「田中特殊雑貨工房の代表をしている田中と申します。商談があるのですが話の出来る方に代ってもらえますか?」
『田中特殊雑貨工房代表の田中さまですね、少々お待ちください』
レスポンスは早かった。1分もしないうちに男の声が聞こえてきた。
『お世話になっております。営業部の徳田と申します。ご商談があるとうかがいましたが』
「田中特殊雑貨工房代表の田中と申します。今、弊工房で売り出している霊視メガネという品物があるんですが、注文をさばき切れなくなってまして、相談があるのですが」
『確認ですが、今話題の田中特殊雑貨工房さんですよね?』
「はい、その田中特殊雑貨工房です」
『それでご相談とは?』
「はい――」
波留は霊視メガネの問い合わせが国内外からものすごい勢いで来ていること、とてもすべては捌ききれそうにないこと、海外輸出の経験が無いこと、そう言った理由で、田中特殊雑貨工房は霊視処理だけをしてそちらの会社で海外輸出含めて売ってもらえないかということを相談した。
『ご事情は理解いたしました。前向きに検討させていただきますので、つきましては弊社にお越しいただいて詳細を話し合いませんか?』
「分かりました。それで、明日でも大丈夫ですか?」
『もちろん大丈夫です』
「では、明日の13時ごろ伺わせていただきます」
『承知しました。お待ちしております』
アポを取った波留は沙耶に会社説明――まだ起業の手続をきしていないが――を準備してもらい、名刺を数枚魔法で作った。翌日、徳田に指定されたメガネメーカーの本社に向かった彼は、都内で昼食を摂ってちょうど13時に目的地にたどり着いた。
「はじめてお目にかかります。田中特殊雑貨工房の田中と申します」
「営業部の徳田と申します」
徳田と名乗った男は父と同年代くらいのエネルギッシュな印象を受ける人物だった。かつての父と違って頭髪はふさふさと茂っていて、まだ白髪も見えない。身長は波留とほとんど変わらないから180ほどだ。二人は丁寧に名刺を交換する。波留は「今はまだ法人化の準備中です」と言って名刺を渡した。
「徳田さんは営業部長さんでしたか。私みたいなぽっと出の相手をしてもらって恐縮です」
「いえいえ、そうご謙遜なさらないでください。田中特殊雑貨工房と言えば今まさに話題の中心で、飛ぶ鳥を落とす勢いじゃないですか」
互いに社交辞令的挨拶を済ませ、場所を小さな会議スペースに移して商談がスタートした。波留は持参した霊視メガネの仕様と生産計画、処理代金、予定販売価格、問い合わ件数などがまとめられた資料を徳田に渡し、プレゼンを行う。
「――こんな感じで計画しています」
「月産6千で定価50万ですか。それでうちの取り分が40%」
そう言った徳田はなぜか困惑顔だった。
「術式処理をするのは御社の販売価格帯で言うと1万2千前後のモデルを想定しています。御社の原価とか管理費が販売価格より下がることはないはずですから、霊視メガネ1つあたり18万8千円以上の営業利益が出るはずです。それで月6000の売り上げがあれば営業利益ベースで月あたり11億強になります。霊視メガネの価値のほとんどは霊視能力の機能にありますから、悪くない話だと思うんですが」
「いや、その割合では弊社が儲けすぎでは? 仮に月6000個を売り上げれば年ベースで130億オーバーの営業利益になります。これはとんでもない数字ですよ」
波留は取り分の割合で最初に要求した60%からどれだけ譲歩させられるかを心配していたのだが、徳田が困惑していた理由が分かってもう少し強欲に行けばよかったと少しだけ後悔した。
けれども、60%の取り分でも計画の初期資金としては充分すぎるから、その後悔はすぐに霧散していくのだった。
「良いじゃないですか。併工房の儲けは年ベースで260億弱もありますから、御社の倍近くあります。それにですよ、これはちょっと捕らぬ狸のなんとやらですが、今は手作業に頼っていますが、いずれ処理工場を建てて月産10万組のレンズに対応しようと計画しています。国外からの問い合わせとその増加率、処理の自動化による定価の見直しなどから考えると、私の予測では月産20万組でも生産量が引き合いに追いつかなくなるはずです」
「それはまたすごい話ですね。月産10万ですか。それで、定価はどこまで下げる予定で?」
「いまのところ10万円にしようと考えています。そうすれば手を出せなかった人も買いやすくなると思いますから。ああ、取り分の割合はそのままで」
徳田はポケットからスマホを取り出してポチポチと計算しだした。
「弊社の取り分が年間売り上げベースで480億……これってほぼ弊社の年間総売り上げですよ、しかも利益率がものすごいことになる」
売り上げ数の予測に波留は自信があった。けれども保険の手だけは打っておこうと考えた。これだけ期待に満ちた顔の徳田を見るに、もしその期待を裏切ったら申し訳ないと思ったからだ。
「まぁ、現時点では捕らぬ狸ですから」
「ははは、そうですな。……いまさらですが、本当にこの条件でよろしいので?」
「もちろんです。ところで、御社は今のところ海外輸出はやってないようですが、そこのところは?」
「お任せください! 今日からでも取り組みますよ」
そんな感じで商談は進んでいった。




