第9話 魔獣狩り
魔獣狩りは実においしい仕事だ。
それは二重の意味を持つ。
開拓者の仕事の中ではリスクが低い上に、報酬は高額でおいしい。
余った獲物は自分たちでいただく。食事でもおいしいということだ。
――ブロロロ……。
ゆっくりとその魔導車輛は、大きな森近くの草原に停車した。
運転席に、後部は屋根のない荷台。その上に両膝を曲げた一機の魔装機兵が待機している。魔導車輛の後ろにはコンテナ車が連結されていた。
――開拓者チーム。《美食王》の車輛だ。
その名が示すように魔獣狩りを専門にしているチームだった。
「さて」
運転席のドアが開いて女性が降りてくる。年齢は二十代後半。精悍さを持つ女性だ。印象としては傭兵のようだった。肩に猟銃を担いでいる。
彼女の後に続いて、二十代前半の青年が降りてきた。彼も猟銃を片手に持っているが、それに加えて腰に鉈と、背中に大きなリュックを担いでいた。
同時に魔装機兵が動き出した。
草原に降り立ち、歩き出した二人の後を、ゆっくりと付いていく。
「留守番頼むよ」
女性が魔導車輛に一人だけ残った操縦士に片手を上げた。
操縦士も車内から軽く片手を上げている。
女性の名はアンナ=カイルズ。《美食王》のリーダーだ。
リュックを背負うのは弟であるジャック=カイルズ。
魔装機兵にはゴーズ=ラップ。アンナの恋人だ。魔導車輛に残るのはシャール=ダウと言った。ゴーズの弟分だ。ゴーズとシャールは三十代の男性であり、なお全員が獣の耳と尾を持つ狼の獣人である。彼女たち四人が《美食王》のメンバーだった。
「さて。今日もおいしい狩りに行くかね」
アンナは微笑を零して森へと向かった。
そうして――。
クシャクシャ。
森の中、その魔獣は草を食んでいた。
大きさは二メートルほどか。無数に枝分かれした鋼鉄のような角を持っている。『鋼鹿』と呼ばれる魔獣だ。
草食性ではあるが、気性は荒く、鋼の強度を持つ角は攻防一体で強固だ。開拓者が冒険者と呼ばれていた時代には相当に手強い相手だったのだが、それは今や昔だ。
――タァーンッ!
銃声が響く。
眉間を撃ち抜かれ、鋼鹿はゆっくりと倒れた。
しばらく経って、茂みの奥から二つの人影が現れる。
アンナとジャックだ。
ジャックは警戒しながら、倒れた鋼鹿の元へと近づき、
「……大丈夫だよ。姉さん」姉に告げる。
「流石の腕前だね。完全に仕留めてる。これで三頭目だ」
『今日は大収穫だな』
ズシン、と。
少し遅れて魔装機兵が姿を現した。両肩には鋼鹿を一頭ずつ担いでいる。
『ラッキーだ。こいつは角も高値で売れる。ここは鋼鹿の繁殖地みてえだな』
「そうだね。しばらくはグラスタで稼げそうだね」
と、アンナが魔装機兵を見上げて言う。彼女たちは流れの開拓者だ。獲物の多い地を求めて都市から都市。国から国へと渡り歩いているのである。
「でも、今日はここまでだよ。そいつはあたしらの今日の晩飯だ」
弟に対してそう告げる。ジャックは「うん」と頷いた。
「それじゃあゴーズさん。シャールさんのところまで運んでくれる?」
『おう。任せときな。ジャック坊』
そう言って、魔装機兵は倒れている鋼鹿の骸を脇に抱えた。
『さて。そんじゃあ大物と出くわさない内に撤退すっか』
「そうさね。行くよ。ジャック。ゴーズ」
と、アンナが歩き出そうとした時だった。
ザワザワザワ、と。
不意に森が騒がしくなった。
アンナもジャックも。魔装機兵内のゴーズも表情を鋭くした。
ジャックは地面に手を付いた。
「強い振動だ。近くに大物がいるよ。それも戦ってるみたいだ――」
そう呟いた時だった。
――ザザザザッ!
大地の震動で木々が大きく揺れた。直後、巨大な何かの影が森の隙間を横切った。かなりの巨体が凄まじい速さで駆けて行ったのだ。
三人は目を見張る。
『――おい! どうする! アンナ!』
ゴーズがリーダーのアンナに問う。
今すぐ撤退するか、それとも横切った何かの正体を確認するのか。
判断が難しいところだった。
「……確認するよ」
一瞬の沈黙後、アンナがそう決断する。
「このまま逃げて対処法が分からない正体不明の何かに追われるようになっても最悪だ。相手の確認だけはする。そんで即座に撤退だ」
『了解だ。俺が前に出る。お前らは後ろから付いてこい』
ゴーズがそう言って獲物を一旦その場に置き、愛機を前進させた。
右手には大剣を構えている。左手甲の機関砲もいつでも撃てる姿勢だ。
気休めかもしれないが、アンナたちも猟銃を構えていた。
そうして極力静かに進んでいくと、
『……森が途切れるぞ』
ゴーズがそう警告した。アンナたちも視線を前に向けた。
森から出たのではなく、どうやら森の中に開けた広場があるようだ。
『湖も見える。獣たちの水飲み場か……』
そう呟いた時、
「がああああああああああああああああ――ッ!」
咆哮が森の中に響いた。
木々から木の葉が舞うほどの雄たけびだ。
三人はさらに警戒しつつ、木の陰に姿を隠して広場に目をやった。
そこにいたのは巨大な虎だった。
全長は四メートルほどか。背骨に添うように長い角が並んで生えた大虎だ。
「(……姉さん。やばいよ)」
緊張した表情でジャックが小声で言う。
「(『剣虎』だ。結構な大物だよ)」
体格的には魔装機兵とほぼ互角だが、俊敏で一機だけでは中々に厳しい相手だ。
「(そうだね。ともあれ相手は確認できた。撤退するよ)」
アンナがそう告げる。ジャックは頷く。
幸いにも剣虎はこちらに気付いていない。何故か、今は姿勢を低くして咆哮を何度も上げ続けている。ずっと別方向の森の奥を睨み据えていた。
「(今の内だ。獲物も回収したい。一頭はあいつの気を逸らすために捨ててもいいよ)」
と、顔を上げて、アンナはゴーズに告げるのだが、
『……はあ? いや待て。待て待て待て。何だありゃあ?』
ゴーズは茫然とした様子で、そんなことを呟いていた。
魔装機兵の視線は広場の方を凝視したままだ。
アンナとジャックは眉根を寄せた。
そして姉弟はゴーズが凝視する方に目をやって、
「……は?」「……え?」
その光景に、同じく目を丸くした。
剣虎が全力で警戒する森の奥。
そこから巨大な影が姿を現そうとしていたからだ。
そうしてそれは完全に姿を現す。
改めて三人は唖然とした。
広場に現れたそれは、魔装機兵の二倍の体格を持つ白い鋼の巨人だった――。




