第10話 狼たちの宴
――ズシン、と。
白い鋼の巨人。《アトラス》が強く一歩踏み込んだ。
「広場に出たか」
操縦桿を強く握って、ユージンが呟く。
操縦席に広がる外の景色には、姿勢を低く待ち構える大虎の姿があった。
「剣虎か。大物なんだが……」
「ん? 何か困ったのか?」
後部シートのトワが尋ねてくる。
「いや。些細なことなんだが、俺の知っている剣虎は全身の角がもっと短くて、背中に剣山を担いでるような姿なんだ」
『地域や環境によって亜種は生まれますからね。結局、地図を見ても、ここはまるで知らない土地だったようですし』
「ああ。そうだな」
ユージンは嘆息した。
地図で分かったことと言えば、ここは六大陸の一つ、ゼクト大陸であるということだ。最後に立ち寄ったカーナ村のある大陸と同じ名前である。だが、それ以外のことが分からない。近隣の都市名も地形も知らないものだった。
「まあ、季節は春だしな。環境も穏やかで悪くない。都市から都市へと旅をしていればいつかは知った土地にも着くだろう」
ユージンはそう考えることにした。
頼れる相棒と、愛する妻がいればここがどこであっても構わない。
見知らぬ土地を気ままに観光する新婚旅行もよいものだ。
「ともあれ、まずは路銀だな」
ユージンがそう呟くと、《アトラス》が横に広げるように戦鎚を構えた。
対する剣虎もより姿勢を低く身構えた。
限界まで力を溜め、一気に爆発させるための虎伏だ。
――シン、と。
空気が張り詰める。
そして、
「がああああああああああッ!」
咆哮と共に剣虎は飛び掛かった! 牙を剥き出しにして襲い来る!
それに対し、《アトラス》は、
――ズンッ!
深く踏み込んだ。同時に全身駆動の横薙ぎを繰り出した。
その一撃は剣虎の頭部側面を捉えた。鉄塊がめり込む。首が真横にへし折れ、それでも勢いは消えず、虎の巨体は回転して吹き飛んだ。ギュルルルンと回転する虎は真横にある森へと叩きつけられ、そのまま木々を破壊して森の奥へと消えた。
「少しやりすぎたか?」
そう呟いて、ユージンは森の奥に目をやった。
討伐の証には魔獣の体の一部が必要となる。主に牙や爪が多いのだが、それをギルドに提出するのだ。これは回収するのに再び森の中に行かないといけないようだ。
「仕方がない。探しに行くか」
「うん。そうだな」
ユージンの言葉にトワが頷いた時だった。
『おや。ユージン。人がいるようですよ』
シドがそう告げた。同時にモニターの一部が拡大される。
ユージンとトワはそこに注目した。
剣虎の巨体で薙ぎ払われた木々。そこに伏せた状態の魔装機兵がいた。
そのすぐ傍には同じく伏せている獣人の男女の姿がある。開拓者のようだ。たまたま剣虎を吹き飛ばした方向にいたらしい。間一髪で屈んでかわしたようだ。魔装機兵の操縦士の顔色までは分からないが、獣人の男女の方は青ざめている。
『……ああ~、これはすまなかった』
流石にユージンも謝罪した。
『開拓者か? 怪我はないか?』
そう尋ねた。
◆
「マジでビビったよ」
夜、草原にて。
停車させた魔導車輛の前でゴーズが言う。
「剣虎があそこまで飛んでいった光景なんて見たことねえよ」
そう言って、後ろを見上げる。
そこには両膝をついて待機する《アトラス》の姿があった。
「なんつうパワーだ。しかもあの巨体。あんなの魔素が持つのか? 戦闘なんかしたらアホほど魔素を喰うだろ。下手すりゃあ魔導列車よりも大喰いっぽいんだが」
「確かに大喰いだが、魔素に関しては大丈夫だ」
そう答えるのはユージンだった。
今、この場には六人の人間がいる。ゴーズやアンナたち《美食王》の面々と、ユージンとトワのアサルト夫妻だ。各自組み立て椅子に座り、焚火を囲っていた。
「俺も妻も常人よりも圧倒的に魔素が多いんだ。特に妻は魔素の供給に専念している。二人で支えているから戦闘も可能だ」
と、ユージンは言う。
実際のところ、《アトラス》の動力源は精霊力なのだが、ユージンとトワの魔素がとんでもない内包量であることは嘘ではない。ユージンは放出量こそ極端に少ない体質だが、内包量に関しては常人の二十倍以上。トワに至っては百倍近くもあった。
なお、普段、トワが魔素を使うのは精霊魔法と錬金術に対してのみだった。
「そうなんですか。けど凄い発想ですよね。まさか魔導車輛と魔装機兵を兼用するような機体を造るなんて」
と、ジャックが興味津々に告げる。
「魔導車輛は二人以上の魔素を使用しますけど、魔装機兵を二人で運用しようなんて、自分の命を相手に託す覚悟がないと出来ないですよ」
「うん。夫婦だからな」
それにはトワが答えた。
「私はユージンに全部を託している」
豊かな胸を張って、トワが迷いもなく堂々とそう宣言した。
「おお~」アンナがニマニマと笑う。
「いい覚悟だ。あんた、旦那にガチ惚れだね。あ~あ。ったく。あたしの相方にもそれぐらいの気概を見せて欲しいもんだよ」
「いやいや。アンナ。俺も操縦士だから分かるが、そっちの兄ちゃん、とんでもねえ腕前なんだぞ。高速で飛び掛かる剣虎をカウンター気味にぶん殴るなんて普通できねえよ。あそこまでの腕を持ってたら、自分が動かすよりも託した方が確実だ」
そう告げるゴーズに、アンナは溜息をついた。
「あんたって変なところで理論的で理屈的なんだよね。あたしが言いたいのはそういうことじゃあないんだけどさ」
「はは、ゴーズ兄貴はマッチョで髭面の厳つい見た目の割に細かいことを色々と考えすぎるんすよ。だから、アンナの姐さんにいつまでもプロポーズできねえんすよ」
そう告げるのは、ゴーズの弟分のシャールだった。
ゴーズは「うっせえよ」と弟分の頭を小突いた後、ユージンとトワを見やり、
「まあ、結局、誰も怪我せずに済んだんだ。だからあんたらも気にしないでくれ。開拓者なんかしてりゃあ、あの程度のイレギュラーは日常茶飯事だしな」
「ああ。そうさね」アンナが頷く。
「無事なら万事OKさ。まあ、あんたらにはここまでの護衛と獲物を運ぶのも手伝ってもらったしね。謝罪ならそれで充分さ。さてジャック」
アンナは弟に声を掛けた。ジャックは「OKだよ。姉さん」と応える。
そのまま立ち上がって、ジャックは魔導車輛の方に向かった。
一方、アンナはユージンたちにニカっと笑みを見せて、
「さあ、いよいよ今日の仕事のご褒美さね。ここで会ったのも何かの縁だ。どうせいつも喰いきれないんだ。だから、今日はあんたらにもご馳走してやるよ」
そこで彼女はより笑みを深めてこう告げる。
「獲れたばかりの新鮮な魔獣食をね」




