第11話 肉神さまがおわす場所
――パチパチパチッ……。
香ばしい匂いに、肉が焼ける音。
鉄串に鋼鹿の肉を刺し、焚火の炎で焼いてる。間に挟んだタマネギや、ニンジンもよく焼けて焦げ目がつき、肉汁が串を伝い、炎の中へと滴り落ちていく。
「あたしら獣人族はさ」
鉄串を手にアンナが言う。
「種族にもよるけど、肉が大好きなんだ。特にあたしらは狼の獣人だ。先祖から受け継いだ血の半分が肉食系だしね」
「姉さんは世界中の肉を食べてみたいって宣言して、僕と一緒に村を出たんだ」
魔獣肉とトウモロコシなどの野菜を串に刺しながら、ジャックが語る。
「その数年後、ゴーズさんとシャールさんのコンビと意気投合して魔獣狩り専門の《美食王》を結成したんだ」
「へえ~、そうなのか」
アンナが焼く肉串を凝視しながら、トワが相槌を打つ。
「だからありがたいよ。この職業はさ。魔獣食も本当に色々あるんだって気付けたよ」
アンナはそう告げて、頃合いになった肉串をトワに渡した。
トワは「おお~」と瞳を輝かせながら、かぷっと肉に嚙みついた。一瞬、「あつっ!」と言って口を離すが、もう一度噛みついた。歯が肉に食い込み、肉汁が咥内へと伝わる。トワは肉を嚙み切ってモグモグと味わった。
(美味しいっ!)
思わず目を見開くトワ。
甘みのある肉。噛むたびに深みが増してくるようだ。
「どうだい? 美味いだろ?」
そう尋ねるアンナに、トワは頬張ったままコクコクと頷いた。
「これこそが魔獣狩りの役得っすからね」
シャールもまた肉串を火で炙り始めた。この場にいないユージン以外のメンバーもそれぞれ自分用の肉串を焼いていく。白い煙と、香ばしき匂いがその場を満たしていった。
ややあって頃合いになると、全員が肉串にかぶりついた。
「うんめえ~」
ゴーズが幸せの声を上げた。
そうしてトワと獣人たちが夢中になって肉串を味わっていると、
「流石の香りだな」
不在だったユージンが声をかけてきた。その手には、いくつかの調理器具と調味料、香辛料などを持っていた。《アトラス》から持ってきたものだ。
「ユージン! 凄く美味しいぞ!」
キラキラとした眼差しを向けてくる愛妻に、ユージンは微笑んだ。
「それはよかった。後で俺もご相伴にあずかるよ。ただ、トワは口が小さいからな。肉串は食べるのに時間がかかるだろう」
そう告げて、ジャックの方へと目をやり、
「すまないが、テーブルを借りてもいいか?」
ジャックが肉串を作るために魔導車輛から持ち出してきた、組み立て型テーブルを借りる許可を尋ねる。ジェックは「はい。いいですよ」と答えた。
「少しトワに合わせようと思う。よければアンナたちも食べてくれ」
そう言って、ユージンはテーブルの上に調理器具を置いた。
肉串にかぶりつきながら、全員がユージンに注目する。
まずは鋼鹿のロース肉を取り出し、厚めにカットする。まな板の上で肉にフォークを刺した後、塩と胡椒で味付けをする。続けて携帯コンロの火を点けると、フライパンに油を引き、ロース肉を投入した。じゅううっと焚火で炙るのとはまた違う趣の音が響く。
トワとアンナたちはますます注目した。
よく焦げ目がついた後、ひっくり返してもう片面も焼く。
ややあってステーキが完成した。
しかし作っているのは、ただのステーキではないようだ。皿に移し、一口サイズに細かくカットする。野菜を用意しているが、それも軽く火を通して別の皿に盛り付ける。キャベツを主体にした盛り付けだ。それからユージンは小皿を用意した。
「トワ。『たれ』はどっちがいい?」
瓶に入った二本の調味料を妻に見せながら、ユージンが尋ねる。
トワは「甘い方だ! フルーツの!」と手を上げて答えた。
「了解した」
ユージンは、トクトクと小皿に液体を注いだ。濃い茶系統の液体だ。
「なんだい? それ?」
アンナがまじまじとした眼差しで問う。見たことがない調味料だった。狼の獣人族の嗅覚で何かしらのフルーツ由来のものだとは分かるが……。
「これは遠い異国の調味料だ。『たれ』と言うらしい」
ユージンが答える。
「一つはフルーツ由来。もう一つはかなり独特で『ニンニクじょうゆ』と言う」
一拍おいて、
「『しょうゆ』は俺も初めて見る調味料だった。色合いも味もちょっと驚くぞ。本来は焼肉が相応しいんだが、折角の魔獣食だ。肉の厚みも堪能してもらいたいからな」
そう告げて、ユージンは妻の元に手料理を運んだ。
肉串を食べ終えたトワは「おお~」と夫の料理に瞳を輝かせた。
「焼きキャベツで包んで食べるといいぞ」
「うん! 分かった!」
トワは子供のように笑った。箸という特殊な道具で器用にサイコロ肉を掴み、それをキャベツに乗せて包む。それから、ちょこっとだけ『たれ』に付けて、
――ぱくっと。
口の中に入れたモグモグと口を動かすと、トワの目尻が緩んでくる。
ほわわっと何とも幸せそうな少女の様子を、アンナたちは凝視していた。
「……なあ。俺たちも喰っていいか?」
ゴーズがユージンに問うと、「ああ。当然だ」とユージンは頷いた。
「すぐに次を用意する。箸が苦手ならトングも用意しているから使ってくれ。それと『ニンニクじょうゆ』も試してくれて構わない」
そう言って、ユージンは数枚の小皿と二本のたれの瓶を置いた。
「……これが『たれ』……」
ジャックが恐る恐る瓶を取る。キュポンっと蓋を開けてみると、
「うわっ! きつっ!」
その名の通りニンニクの匂いだ。だが、どこか甘い匂いもする。
仲間たちが注目する中、ジャックはトクトクと小皿に『ニンニクじょうゆ』を注いだ。その色はほぼ黒。もう一本のたれよりもさらに濃い色だ。
「なんか、どす黒い怨念でも籠ってそうだな……」
そんなことを言うゴーズ。
しかし、アンナは「情けないね」と言って、
「あたしらは食の開拓者なんだよ。ビビッてどうすんだい」
そう告げて、トングを取り、サイコロ肉を三つほどキャベツの上に乗せて包む。それらから少しだけ躊躇いつつも、『ニンニクじょうゆ』に付けてから口に運んだ。
そして、
「っ! ~~~~~っっ!」
大きく目を見開いた。さらにモグモグモグと凄い勢いで頬を動かし始める。
「う、美味いのか? アンナ?」
ゴーズが困惑しながらそう尋ねると、アンナは勢いよく首を縦に振った。
しかも驚愕で満ちたその眼差しは少し涙目だった。
ゴーズたち残りの三人も互いの顔を見合わせて、意を決した。
キャベツ包みのサイコロ肉を『たれ』につけて口に運ぶ。ゴーズは『ニンニクじょうゆ』を使い、ジャックとシャールは『フルーツたれ』だ。
「……っ!」「っっ!?」「――ふぐっ!?」
全員が目を見張った。
魔獣肉が美味いのは知っていたが、この『たれ』はその旨味をさらに引き出していた。
濃い味ではあるが、極少量をつけることで肉の旨味を引き立てるのだ。
「~~~~~っ!」
人は本当に美味しい料理を食べる時は無言になるものだ。
獣人たちは我先にとサイコロ肉を掴み、焼きキャベツに包み、『たれ』に付ける。モグモグモグモグっと頬を夢中に動かす。ジャックとシャールが顔だけをアンナたちに向けて『フルーツたれ』を指差した。アンナたちも同じように『ニンニクじょうゆ』を指差した。お互いに『たれ』を変えてみて包み肉を口に運んだ。
「「「「~~~~~~っ!」」」」
四人とも言葉がまだ出てこない。
トワが自分の分を確保する隙もなく、サイコロ肉はなくなってしまった。
「……ゆーじーん」
トワが涙目な眼差しを夫に向けた。そんな妻にユージンは苦笑を浮かべて、
「もうじきおかわりが出来るよ。あんたたちもいるか?」
そう尋ねると、アンナたちはひたすら首を縦に振るのであった。
三十分後。
「……嗚呼、肉神さまがおわされた……」
夜空を見上げて、ゴーズはそんなことを呟いていた。
アンナたちも腹に手を当てて満足げだった。
「凄いね。元々美味い肉だけど、調味料一つでここまでさらに進化するなんて」
「塩とかも凄かったすよね。あれ絶対に流通品じゃねえっしょ」
と、シャールが言う。
あの後、『岩塩』やら『山葵』とやらもユージンに勧められたのだ。特に『岩塩』は肉串にもよく合った。四人は夢中になって食べ続けていた。
なお、アサルト夫妻は今、食後の後片付けをしていた。これも迷惑をかけたお詫びの一つだと言って引き受けてくれたのだ。
「今夜はぐっすり眠れそうだよ。けど」
ジャックが魔導車輛に目をやって苦笑を浮かべた。
「車中泊なのが残念だけどさ」
ほとんどの魔導車輛には休憩スペースが設置されている。大型車ならトイレもあるが、流石に水洗ではなく匂いもキツイ。寝床もまた窮屈だ。安眠には適していない。
「まあ、こればっかりはな」と、ゴーズが言った時だった。
「ああ。それなら丁度良かった」
おもむろに声を掛けられた。
四人が声の方に視線を向けると、片付けを終えたアサルト夫妻が近づいてきていた。
「何が丁度良かったんだい?」
アンナがそう尋ねると、ユージンは「ああ」と頷き、
「確かに魔導車輛での車中泊は窮屈だ。俺も経験がある。だからこそ、トワの発案で俺たちは新しい仕事をしようと思っていてな」
「新しい仕事ですか?」ジャックが首を傾げた。「どんなことを?」
「なに。シンプルな仕事だ。ただ、どのタイミングから始めようかと思っていたんだが、これもまた縁なんだろうな」
そう呟きつつ、ユージンは苦笑を浮かべて、
「もしよければ、アンナたちにはリピーターになって欲しいんだ」
そんなことを告げるのであった。




