第12話 騎士の休暇
「……え? 休暇ですか?」
その日。セラフィーナ=ガロンは目を瞬かせていた。
場所はハロンズ王国の王都グラスタ。
ハロンズ騎士団隊舎内の団長室である。
そして、セラフィーナの前には五十代前半の男性が座っていた。
彼こそがハロンズ騎士団の騎士団長だ。名前をジーク=ハイズといった。
「ああ、その通りだ」
執務席で指を組むジークが言う。
「今日から一か月間。君には休暇を命じる」
「……理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
セラフィーナがそう尋ねると、ジークは嘆息した。
「分かっているだろう。先日の件だ」ジークは語る。
「君はとても酷い戦闘を経験した。それを考慮した上での命令だ」
「私なら大丈夫です!」
セラフィーナは、自分の胸に片手を当てて声を上げる。
「私は騎士です! 同僚の死も自身の死も覚悟しています!」
「……全滅ともなれば話は別だ」
ジークはかぶりを振った。
「これは君の父上――ガロン伯爵からの要望でもあるのだ。君を帰郷させて欲しいと言われている。たとえ騎士として送り出していても愛娘が全滅の場にいたのだ。本当に無事なのか、安否を確認したいのは親心としては当然のことだろう」
「……もう父に報告が上がっているのですか?」
セラフィーナが眉をひそめると、ジークは「うむ」と頷き、
「ガロン伯爵家は名家だからな。君の父上も兄上も陛下の信頼が厚い。騎士団内にも繋がりがある以上、耳は早いのだろうな。しかし、私としては」
そこで、ジークは優しい眼差しを見せた。
「君のことを心配しているのも事実だ。サバイバーズギルトとは誰にでも起こり得るものだ。日々の忙しさで今は落ち着いていても、ふとした瞬間に思い出す。自分を苦しめてしまう。そういった苦しみを背負う同僚や部下を私は何度も見てきた。今後のためにも今はゆっくりと休み、自分自身と向き合う時間が必要だと思うぞ」
「……団長」
「いずれにせよ、これは命令だ。君に拒否権はない」
ジークは改めて命じた。セラフィーナは従うしかなかった。
一時間後。
自室にて、セラフィーナはベッドに横になっていた。
騎士コートは煩雑に床に投げ捨て、操縦士服姿で天井を見上げている。
「まったく。お父さまは……」
末娘に甘すぎる父に、思わずぼやいてしまう。
すると、
『まあ、仕方がないじゃない』
彼女の胸元のペンダントに宿るユキが声を掛けてくる。
『団長の言葉は正論よ。あなたのお父さまにしても心配するのは当然だわ』
「……そうなんだけど……」
セラフィーナは片腕を額に置いて、渋面を浮かべた。
「休暇が必要なのは分かるけど帰郷なんて急すぎるわ」
そう呟く。
セラフィーナの故郷はガロン伯爵領。水網都市ガロンだ。
王都グラスタから魔導車輛で二日半ほどの場所にある大都市だった。
他の都市に比べると近い位置にあるのだが、それでも二泊は必要な距離だった。
「どうやって帰れって言うのよ」
むくり、と上半身を上げてセラフィーナはぼやく。
都市間の移動方法は、主に三つに分類される。
一つ目は国営の大型魔導車輛による運送だ。熟練の騎士が二十機以上の魔装機兵を用いて護衛につく。最も安全な移動方法だ。ただ完全予約制であり、月に二回しか便がない。
二つ目は商隊に同行させてもらう方法だ。
しかし、これは目的の都市に都合よく行ってくれる商隊を見つけなければならない。さらに言えば同乗ではなく、傭兵が護衛として同行するケースがほとんどだ。護衛者はキャンプ用品を持参し、休憩時に魔導車輛の設備を利用させてもらう互助的な移動方法だった。
(けど、この二つには無理があるわね)
セラフィーナは眉をひそめた。
まず一つ目。国営運送は常に予約待ちだ。今からでは一カ月後まで待たなければならない。今回は移動方法としては除外するしかなかった。
次に二つ目。商隊に同行させてもらう方法だが、これも中々に厳しい。先日の商隊もそうだったが、魔導車輛に余分なスペースは基本的にないのだ。護衛を兼ねてなら同行も出来るが、魔導車輛に同乗させて欲しいというのはまず断られる。
操縦士であるセラフィーナだが、愛機・《ソレイユ》は騎士団の所有物であり、私用で扱うことは禁止されている。何より今は搭乗自体の自粛を促されていた。話し相手としてユキの同行は許可されているが、人工精霊だけでは護衛をしたくとも出来なかった。
(となると、残された手段は一つだけなのよね)
セラフィーナは大きなため息をついた。
三つ目の方法。それは民間の運送屋に依頼することだった。
運送屋とは依頼された物品を他都市まで運送する民間の事業だ。商隊と違って運ぶこと自体をメインにした商売だった。交渉によっては同乗をさせてくれる業者もいる。
だが、これにも問題はある。
ほとんどの運送屋は真っ当なのだが、中には大外れがいるのだ。
運送屋は表の顔で、実は裏の顔と持つという悪辣な輩が潜んでいるのである。
男性は殺害し、金銭は強奪。女性は凌辱後に拉致し、そのまま他都市に逃げるような輩だ。攫われた女性は奴隷として売買されるか、殺害されてしまうケースもあった。
元々真っ当だった運送屋も、うら若き女性相手に魔が差すというケースもある。
運送屋は一番リスクが高い選択とも言えた。
『都市内でしか通信が使えないのは痛いわよね。伝書鳩でも飛ばしてみる? 伯爵家なら自家用魔導車輛は所有してるでしょう。時間はかかるけど迎えに来てもらうとか』
ユキの提案に、セラフィーナはかぶりを振った。
「ここで実家に頼らないで対応しないと、お父さまはさらに心配するわ。下手したら騎士を辞めさせられて、どこかの貴族に嫁がされるかも」
『それは困るわね。相棒の私としては』
ユキは嘆息した。
『なら、見極めるしかないわね。安全で信頼できる運送屋を』
「うん。そうね」
セラフィーナはベッドから立ち上がった。
「けど、闇雲に探すよりも、行くのならまずギルドかしら。ギルド経由なら『星』の多い良心的な運送屋のリストもありそうだし」
『まあ、運送屋も開拓者登録が基本だしね。それが無難か』
ユキも同意する。
セラフィーナも頷き、騎士コートを取って羽織って、
「それじゃあ、早速、開拓者ギルドに行ってみましょうか」
そう告げた。




