第13話 モーターホテル 《キャンピング・ザ・アトラス》
「お待たせしました」
開拓者ギルドの一室にて。
「こちらが現在ギルドで把握している運送屋のリストになります」
と、受付嬢がリストをセラフィーナに見せてくれた。
ソファーに座るセラフィーナは、ローテーブルに置かれたリストを覗き込む。
本来なら受付での対応になるのだが、セラフィーナが貴族の令嬢ということもあって、この応接室に案内されたのだ。
「現在この王都グラスタに停留している運送屋は七社ございます。三つ星が二社。二つ星が四社。一つ星が一社です」
と、受付嬢が補足してくれる。
開拓者は実績と信頼度で星の数でランク付けされる。
登録時の一つ星から始まり、七つ星が最高ランクだ。一般的に四つ星以上が信頼するに充分な開拓者だと判断されている。
しかし今回は、
(最高で三つ星かぁ)
セラフィーナは、微かに眉をひそめた。
正直に言って微妙な線だった。実績的には信頼できない訳ではないが、面識もないのに命を預けられるほどかというと躊躇うぐらいのランクだ。
「ただ、三つ星の二社は、すでに次に向かう都市が決まっているようです。どちらも水網都市ガロンに向かう予定ではございません」
と、受付嬢が申し訳なさそうな顔で告げた。
「ということは、最高で二つ星ですか……」
セラフィーナがそう呟くと、受付嬢は「はい」と頷き、
「四社とも問題ある企業ではありません。ですが、どれも男所帯でして……」
『うわあ』ユキが思わず声を出した。
『失礼だけど、いかにも魔が差しそうな状況ね……』
「……その」眉をひそめながら、受付嬢がセラフィーナを見つめた。
「ガロンさまは見目麗しくありますから。あまり推奨は出来かねます。勿論、各社とも正しきマナーは心得ているでしょうが、二つ星はまだ駆け出しと言ってもいいランクですから」
「……依頼は諦めた方が無難ということですか」
セラフィーナは視線を落として嘆息した。
すると、受付嬢はリストを見やりつつ、あごに手を置いて、
「そうですね。ですが最後の一社。一つ星の会社なのですが、その会社はオーナーこそ男性ですが、女性社員もおられるそうです」
「……え?」
セラフィーナは顔を上げて受付嬢を見つめた。
それから、改めてリストに目をやった。そして思わず眉根を寄せた。
「……随分と変わった社名ですね。というよりも、もしかしてこの名前って」
「ええ。驚くことに、どうもそういうことらしいです」
受付嬢が頷いた。
「その会社に実績はまだありません。実は先日、新規登録したばかりでして。現在の社員はわずか二名。ご夫婦で運営されるそうです」
一拍おいて、
「ただ、とある四つ星チームがその会社をとても強く推しているのです。何でも素晴らしい快適さを提供してもらったとか。機会があれば是非利用したいと。まだ一つ星ではありますが、中々の有望株ではないかとギルドでは考えております」
「へえ~」
セラフィーナはまじまじとその名前を見た。
どうも聞きなれない単語の入ったその名前が気になる。
どこかで聞いたような気がするのだ。それもつい最近だったような気がする。
(―――あ)
不意に思い出す。
(え? うそ、まさかこれって……)
パチパチと目を瞬かせた。それから、セラフィーナは受付嬢を見やり、
「あの、この会社に興味があります。オーナーの方にお話をうかがいたいので、紹介状を書いて頂けるでしょうか」
そう願うのであった。
◆
――混じり物。
幼少期、ユージン=アサルトはそう呼ばれていた。
莫大な魔素を内包するため、ユージンは人間離れした身体能力を持っていた。
獣人はおろか竜人さえも凌ぐ身体能力だ。それは彼の出自にあるのではないかと噂されていた。
親を知らず、出生が分からないのだ。
見た目は人族だが、身体能力の高さは獣人族の血か。魔素の内包量の多さは森人の血も入っているかもしれない。もしそうならば恐らく寿命も数百年以上になるだろう。容姿がほぼ変わらないのもその片鱗だと思われる。
複数の血が混じり合って生まれた怪物。それがユージンだと言われていた。
ただ、所詮、自分はただの混じり物で紛い物に過ぎない怪物だ。
銃で撃たれれば怪我を負う。魔装機兵相手に生身で戦うことなど出来ない。
何よりユージンは知っている。
本物の怪物とは、途方もなく美しいものなのだと。
『……ああ、少し待ってくれ』
その美しい怪物と初めて出会ったのは《奈落》の深層。地下神殿でだった。
神殿の中央にて、怪物はふわふわと宙に浮いていた。
身に纏うのは白い法衣と、王冠のようなティアラ。銀色の長い髪は空中に大きく広がり、美脚を惜しみなく見せつつ、膝を丸めて書物を読んでいた。
『数百年ぶりの来客だ。その機械仕掛けの巨人にも興味がある。よもやの「ロボット」とはな。だが、丁度、物語が良いところなのだ』
黄金の瞳は、ずっと書物を見つめていた。今もページをめくっている。
ユージンは最大級の警戒を抱いた。
『……シド』
相棒に対して声を掛ける。
『今の魔素ゲージは? 全力戦闘はどれぐらい可能だ?』
『魔素ゲージは53%です。全力戦闘に換算すると一分四十二秒が限界です』
『……厳しいな』眉をしかめて呟くユージン。
ユージンは魔素の放出量が極端に少ない特殊な体質だった。
一般的に魔素ゲージは、そのまま個人の魔素の内包量になる。消費するよりも速く魔素がゲージに自動供給されるからだ。
しかし、ユージンの場合は自動供給よりも消費量の方が速く、自身の魔素を使い切るまで全力戦闘が可能な他の操縦士たちに比べて、戦闘中に供給のインターバルが必要なのがユージンだった。そのため、全力で戦闘できるのは三分が限界だった。
ただ、その不利な体質こそが、ユージンの力量を『魔弾』の称号を得るほどまでに押し上げることになったのだが、今は恨めしくもある。
『さて』
ややあって美しい怪物がパタンと書物を閉じた。手離すと書物もふわふわと宙に浮いた。膝は屈めたままだが、黄金の視線は、ユージンの愛機を捉えていた。
『ふむ。実に興味深いな』
そう呟き、怪物は凍えるような微笑を見せた。
『では、少し遊ぼうではないか。招かざる客人よ』
それが三年前のことだった。
そうして――……。
(……俺は)
食材を入れた紙袋を片手に。
工場区の街中を歩きながら、ユージンは苦笑を浮かべていた。
(結局あいつには勝てなかったな。あらゆる意味で)
そんなことを思う。
ユージンは歩き続け、レンタルしている格納庫に入った。
そこには幾つもの魔装機兵が待機していた。そしてその一角にはひと際大きい機体がある。世界で唯一の精霊機兵。両膝をついた《アトラス》だった。
その後部キャビンの真横には今、背の高い整備キャリアが並んでいた。その上には小さな人影が見える。ユージンは《アトラス》の元に向かった。
そして後部キャビン近くまで来てから、
「――トワ!」
愛する妻の名を呼んだ。
すると、整備キャリアの上で作業していた人影――トワが振り向いた。
いつもの服ではなく、紺色のオーバーオールを着た姿だ。
「お帰り! ユージン!」
トワはそう叫ぶと、整備キャリアから飛び降りた。五メートルはある高さだ。しかし、その気になれば宙にも浮ける彼女にしてみれば危険でもない。
ただ、ここで飛び降りたのはユージンを信頼してのことだった。
「おっと。危ないぞ、トワ」
ユージンは紙袋をその場に落とすと、両腕でトワを受け止めた。それから彼女の小さな体を左腕だけで支え直して、ユージンが妻の頬に触れようとした時、
「……トワ。ペンキで顔が汚れてるぞ」
苦笑を浮かべてそう指摘した。トワの頬には蒼いペンキの跡があった。
「うん。けど完成したぞ!」
トワはニカっと笑いながら、そう返した。それから夫の肩を掴んで、《アトラス》の後部キャビンに目をやった。ユージンも視線を向ける。
「……おお。豪語してただけに中々見事じゃないか」
感心の言葉を告げた。
後部キャビンの側面。白い装甲であるそこにはイラストが描き込まれていた。
蒼色の丸枠に《アトラス》の横顔。三日月と三つの流星が描かれている。そしてその下の装甲の縁沿いにはこんな文字が書き込まれていた。
モーターホテル 《キャンピング・ザ・アトラス》――と。
「八十年間ほど絵画にどっぷり嵌っていた時期があったからな」
ふふんっと鼻を鳴らして、トワが言う。
「ランドリールームにも隔壁を作って内装も整えた。これで準備は万端だな」
「ああ、そうだな」トワを地面に降ろしてユージンは頷く。
「恐らく世界初の人の運送をメインにした運送屋か……」
――動くホテル。
以前、ユージンがふと呟いた言葉のままに、トワが提案した仕事だった。
「ニーズはきっとあるぞ!」胸を張ってトワは言う。
「アンナたちにも好評だっただろう!」
「ああ。その気持ちは俺にも分かるよ。車中泊は本当に窮屈だからな」
そう思ったからこそ、ユージンも受け入れたのだ。
「ただ、唯一不満点があるとしたら、俺たちは新婚旅行中だということだ。トワと二人きりの時間が減るのは不本意ではあるぞ」
そう呟きつつも、
「とはいえ、いつもいつも仕事がある訳でもないか。二人だけの休日もあるだろう。その時はトワを容赦なく愛することにするよ」
そう宣言して、ユージンはトワを抱き上げて腕の中に納めた。
絶対に逃がさないという強い意思を見せる捕食者のような圧だ。
トワは赤い顔で「え、ええっと」と動揺しつつも、
「が、頑張る。けど、少しだけ手加減はして欲しいかな?」
そんなことを呟いた後、ユージンの大きな背中をぎゅっと掴んだ。
それから「ともあれだ!」と声を上げて、
「楽しみだな! 初めてのお客さまはどんな人が来るんだろうな!」
とても楽しそうにトワは笑った。
なお、そのわずか一時間後に、初めてのお客さまをお迎えすることになるのだが、《奈落》の魔女であっても、そこまでは知る由もないことであった。




