第14話 魔弾の戦鬼の秘密
――魔弾。
それは世界でも十三名しか持っていないと言われる称号だ。
元々は自然と発生する二つ名のため、実のところ、魔弾の二つ名を持つ者は多い。
多くは自称に近い者たちだが、そういった者たちは淘汰されていくものだ。
それでもなお今も名が残った者が、十三名なのである。
例えば、世界有数の大国、ジラグ神聖帝国の皇帝にして騎士団長。
――魔弾の騎士帝、ハベル=ジアンガ。
例えば、最年少の天才。魔導都市サラグの才媛。
――魔弾の唱姫、シオーラ=バベル。
例えば、スラム街の混ざり物。混沌たる突然変異。
――魔弾の戦鬼、ユージン=アサルトが名を連ねていた。
ユージンの名が初めて知られるようになったのは、彼が十六歳の時だった。
大きな戦争があった。
ゼクト大陸の南方にある大国同士のぶつかり合いだ。
二国の名前を『ウィター王国』と『リンジア王国』といった。隣国であったため、幾度も小競り合いを繰り返していた国同士でもあった。
ただ、その当時は小競り合いも沈静化し、友好の兆しを見せていた。
しかし、リンジア王国の親交派と言われていた第一王子が、ウィター王国へと訪問中に命を落としてしまった。表向きは事故死だったが、それが強硬派の暗殺であることは誰の目にも明らかだった。画図を描いたのが、どちらの国の強硬派までは分からないが。
結果、二国は遂に戦火を切ることになった。
当時、傭兵だったユージンは、リンジア王国側として参戦していた。
『――総員! 突撃せよ!』
指揮官が搭乗する魔装機兵が号令をかける。
数百機という鋼の巨人たちが無限軌道をフル稼働させて加速した。
戦場は巨大な森が近くにある草原だった。
互いに正面からのぶつかり合いだ。機関砲の銃声が轟き、装甲が打ち砕ける音が鳴り響く。隊列を組む魔導車輛から幾度も砲撃が繰り出された。
命はあまりにも軽々しく散っていく。まさに地獄だった。
その中に戦鬼がいた。
その魔装機兵は、決して優れた機体ではなかった。それどころか、支援用人工精霊もまだ搭載されていない二世代以上も前の旧式だった。
だが、その動きはあまりにも異常だった。背後から銃口で狙えば、後ろに目があるかのように姿が消える。次の瞬間には機関砲を構えていた機体の首が戦鎚で弾き飛ばされていた。
乱戦の中をすり抜けるように加速し、次々と敵機を屠る。
唯一弱点があるとしたら、何故か数秒間だけ停止する時間があることだ。
しかし、本人もそれを自覚しているのだろう。乱戦も巧く利用し、隙とならない絶妙なタイミングでインターバルを取っていた。
その戦場だけで戦鬼は五十四名の敵を屠った。
初戦はリンジア王国の大勝利といえた。
そうして二戦、三戦と続く。
徐々に周辺もその魔装機兵の異様さに気付いていった。
インターバルこそ必要としているが、その機体は常に最後まで戦い続けるのだ。
無数の鋼の骸の中で一機だけ佇む魔装機兵。
戦鬼と呼ばれるのも自然な流れだった。
生まれながら、ユージンにはずば抜けた戦闘の才能があった。
ただ、ユージン自身は別の才能を望んでいたのだ。
――半月後、九戦目。
一機のリンジア王国の機体が拿捕された。
傭兵の機体ではない。白く美しい外装。騎士用の魔装機兵だ。
砲撃でも直撃したのか、胸部装甲が大きく破損しているようだが、それ以外はほとんど無傷だった。騎士用の機体は貴族が自らの専用機を用意することが多く、大抵の場合は高級機だ。それがここまで原型を留めていたら相当な金になる。
拿捕したのは、平時は強盗団をしているような傭兵擬きたちだった。
その倒れた機体を中心に傭兵たちが集まっていく。
ユージンもその中にいた。
(……ほう)
ユージンは目を細めた。
遠目から見てもよく整備されているのが分かる機体だった。
(俺にもあれだけの腕があればな)
ユージンがそんなことを思っていると、
「ぼくの《バレシア》に触れないで!」
不意にそんな声が響いた。それは少女の声だった。
こじ開けた操縦席には一人の少女がいた。十三歳ほどの短い黒髪の少女である。操縦士服を着込み、大きな黒縁眼鏡をかけている。傭兵擬きたちにしてみれば、操縦席から圧死した死体を取り除くつもりでこじ開けたのだから、流石に驚いていた。
「この子はぼくが一から造った子だ! 侵略者なんかに触られたくない!」
少女はそんなことを叫んでいた。
(凄いな。砲撃の直撃から操縦士を守り抜いたのか)
ユージンは感心した。もし自分の愛機なら即死しているはずだ。
ユージンが少女に注目していると、
「おいおい! こいつはとんだボーナス品だな!」
傭兵擬きの一人がニマニマと口角を上げた。今は一時的に傭兵をしているが、本来は強盗団の首領である。名前をライガスといった。
「確か今回の戦争に捕虜条約なんかなかったよな!」
そう言って、ライガスは少女の細腕を掴んで機体から引きずり出した。
それから少女の細い腰を引き寄せ、頬を片手で掴んだ。
少女は「うぐっ!」と呻いた。
「おう。ちょい地味だが、よく見りゃあ顔もいいな! そんで!」
強く抱き寄せて少女の双丘の感触を確かめる。年齢不相応の弾力だった。
「ははっ! こいつはいい! その歳で中々に育ってんじゃねえか! おい! お前らはこの機体をばらしとけ!」
「ええ~! 俺らは雑用っすか~」と、ライガスの部下たちがぼやく。
「そう言うなって。俺の後にはお前らも楽しませてやるからさ」
「ボスって本業の時もいつもそうっすね」
部下たちは肩を竦めた。少女は「ふざけないで――」と口を開こうとするが、
「うっせえよ」再びライガスに頬を強く掴まれ、言葉を遮られた。
「てめえ、今の状況分かってんのか?」
鋭い眼光でライガスは少女を睨み据える。
「てめえは敵兵だ。本来なら即座に銃殺してもいいんだぜ。それを男の相手をするだけでまだ生かしてやろうって言ってんだ。こいつは恩情だぞ」
少女は目を見開いた。カチカチと歯が鳴り始める。
すると、ライガスはニンマリと笑って、
「はは、そんなにビビんなよ。まあ、お前の具合が良けりゃあ、俺らの性処理用の奴隷娼婦としてまだ生き残れる可能性もあるぜ」
そう告げて、少女を片腕に抱いて仮設宿舎へと向かう。少女は完全に固まってしまっているようだ。傭兵たちは止めない。これもまた戦争というものだと理解しているからだ。
ただその中で唯一、ユージンだけは「待て」と声を掛けた。
「……あン?」
ライガスは、不機嫌そうに視線をユージンに向けた。
すると、ライガスの部下の一人がハッとした表情を見せた。
「ボス! そいつ、あの『戦鬼』っすよ!」
「……こいつがか?」
訝し気かつ警戒した面持ちで、ライガスはユージンを見据えた。
「意外だな。まだガキじゃねえか」
「ああ。その通りだ。まだガキだ。すまないが、その女を俺に譲ってくれないか?」
「あン?」ライガスが眉をひそめる。「おい。そりゃあ何のつもりだ? こいつもガキだからって情でも移ったか?」
「というよりも、その女が気に入ったんだ。改めて言うが俺はまだガキだ。女を知らない。そのためにその女を買いたい」
「………は?」ライガスが目を丸くした。
一方、少女は硬直したままだが、それでも視線だけを向けてきた。
「あんたからその女を言い値で買おう。どうか譲ってくれないか。初めての女が自分の敵側だったというのも面白いエピソードだろう?」
嘯くようにユージンがそう告げる。一拍以上の沈黙が返ってきた。
そして、
「クハハハっ! 面白いな! お前!」
言って、ライガスは唐突に少女を放り投げた。ユージンは両腕で彼女を抱き止める。少女は混乱しながらも、ユージンの背中に強くしがみついた。
「いいぜ。俺からの童貞卒業祝いだ。そいつはタダでくれてやるよ。ただし、そいつの機体の方は俺らのもんだからな」
「それは承知している。ありがとう」
感謝を告げて、ユージンは少女を抱きかかえたまま、背を向けて歩き出した。
「明日にでもその女の感想を聞かせてくれや」
ライガスが、ニマニマと笑って言う。
「そいつを奴隷娼婦にすんなら後で俺も楽しんでみてえしな」
「それはどうだろうな」ユージンは顔だけ振り向いて返す。
「初めての女というのは特別だと聞くからな。俺の専属娼婦にするかもしれない」
そう告げて、ユージンは少女と共にその場を後にした。
森の中を進み、仮設宿舎へと向かう中、
「ぼ、ぼくをどうするの?」
未だユージンにしがみついたまま、少女が怯えた声でそう尋ねてきた。
それに対し、ユージンは苦笑を浮かべて、
「何もしない。安心しろ」
「……え?」少女が目を丸くした。
「ただ口裏は合わせてもらうぞ。今夜、お前は俺の初めての女になるんだ。そして俺に気に入られて明日からは俺専属の奴隷娼婦になる。そう演じてくれ」
「……どういうこと? 分からない」
少女が不安そうに眉をひそめた。
「お前を助けるためだ。だが、俺は善人ではない。誰でも助ける訳じゃない。お前には知っていることを話してもらうぞ」
「……軍部の作戦とか? それなら知らない。ぼくはまだ見習い。騎士じゃない」
「正直だな。そこは黙っておく方が得策だぞ」
ユージンは嘆息した。
「幼い見習いを戦場に出すほどに追い込まれたか。先が知れたな」
「…………」
ユージンの言葉に、少女は唇を噛んだ。
「お前の祖国は滅びる。貴族なら一族も助からないだろう。それは覚悟しておけ。ただ、俺の質問に答えるのなら、お前の命だけは俺が保障しよう」
「……何が知りたいの?」
保身というよりも、純粋な疑問として少女は尋ねてきた。
ユージンは「ああ」と頷き、
「あの機体はお前が造ったらしいな。見事な機体だった。特に砲弾を凌いだ装甲には非常に興味がある。詳しく聞かせてくれないか?」
そう告げるのであった。
その後、ウィター王国は想像を超えて足掻き続けたが、遂には陥落した。
結果的に捕らえた少女とは半年以上もの付き合いになった。
戦時中、少女は常にユージンの傍にいた。表向きは専属娼婦としてだ。戦鬼の女に手を出す男はいなかった。そして彼女はユージンの愛機の整備士にもなっていた。
戦後、貴族である彼女は処刑される予定だったのだが、ユージンはそれをさせなかった。褒賞の一つとして彼女の身柄を貰い受けたのだ。それが許されるほどに、この戦争でユージンは名を轟かせていたのである。
そうして少女とはさらに一年半ほど共に旅した後、信頼できる知人の整備士に預けることにした。その後は一度も会っていない。不仲ではなかったが、結局、自分は彼女の祖国の仇なのだ。自分がいてはずっと辛い過去を引きずることになると考えてのことだった。
それに助けたのも、彼女の整備技術を知りたいという欲求からだ。
実のところ、ユージンが一番欲しかった才能とは――。
「やはり俺は傭兵よりもこちらの方が合っているな」
現在、格納庫にて。
ユージンは愛機・《アトラス》の整備をしながらそう呟いた。
かの魔弾の戦鬼が、よもや整備士志望だったとはほとんどの者が知らないことだった。さらに言えば自分で機体を造ってみたいとさえも思っていた。ただ、整備技術はよくて並み程度。設計と製造に関しては全く才能がないというのが無情な現実ではあるが。
まあ、それはともあれ。
「さて。いよいよ初仕事か」
そう呟くユージンだった。




