第20話 ジェネレーションギャップ
『折角だし、少し泳いでみたら? セラ』
「うん。そうだね!」
ユキの提案に、セラフィーナは早速行動に移った。
まずは《アーススフィア》に戻った。続けて一階のダイニングキッチンを通って下層の客室に降りる。部屋の壁沿いに置いたトランクケースをベッドの上に移動させる。
「普通ならこんな大荷物は持ち込めなんだけどね」
『ええ。そうね』
セラフィーナの呟きに、ユキが同意する。
国営の大型魔導車輛であっても、手荷物の量は限られている。厳密な規則がある訳ではないが、トランクケースなど持ち込めば周囲の迷惑になるのは明らかだからだ。
ましてや水着なんて持ち込む馬鹿はいない。
普段ならセラフィーナも持ち込みはしないのだが、今回はトワに勧められたのだ。
『レジャーに水遊びはつきものだしな!』
そんなことを言っていた。
「トワさんに言われて一応持ってきたけど……」
ピンク色の水着を取り出して、セラフィーナは苦笑を零した。
本来、街間の移動は過酷なものなのだ。
長ければ数日かかる大移動。その期間は窮屈な車内で過ごすことになる。疲労は蓄積する上に常に強盗団の襲撃や魔獣との遭遇を気にしなければならない。生きた心地がしないのが、街から街への旅というものだ。
「……トワさんにとってはこの旅もレジャーなんだ」
セラフィーナは何とも言えない顔をした。
ただ、理解もする。すべては愛する旦那さまがいるからだろう。
何があっても彼が守ってくれると絶対的に信じているのだ。
「いいなあ、私もあんな旦那さまが欲しい……」
『へえ。訓練一筋のあなたにしては珍しい台詞ね』
と、つい零れたセラフィーナの呟きに、ユキがツッコむ。
『なに? 惚れちゃったの?』
「ち、違うわよ」頬を赤くしてセラフィーナは言う。
それから自分の胸元のユキのペンダントに目をやって、
「まあ、普通にカッコいい人だなとは思うけど。もの凄く強いし、美味しい料理も作ってくれるし、いつも優しいし……けど!」
一拍おいて、
「優しいからこそ強引さが足りないかな。私の好みって私を打ち負かして攫っていくような人だし。倒した私を腕に抱いて『今日からお前は俺の女だ』って言うような」
『……え?』
思わずユキが引いた声を零す。
『何それ? あなた、ちょっと趣味が危なくない?』
「ち、違うわよ! ちゃんと合意した上の決闘でよ! その上で正々堂々私に勝って、私を攫ってくれるような雄々しい人がいいの!」
『……薄々感じてたけど、あなたって屈服願望持ちだったのね……』
と、ユキが呆れたように告げた時だった。
「ふ~ん、そうなのか?」
不意に声を掛けられた。
セラフィーナは反射的に「ひゃいっ!」と声を上げた。
慌てて声の方を見やると、パイプ梯子を降りてくるトワの姿があった。
「懐かしいな。昔はそういう冒険者や騎士も多かったからな。うん。そっか。セラは昔ながらの騎士だったんだな」
完全に床に降りてトワが言う。
「けど、セラは誤解してるぞ」
人差し指を立てて、トワはセラフィーナを見つめた。
「ユージンはああ見えても結構強引なんだぞ。だって、私も広義的に言えば決闘に負けてユージンの女にされたんだからな」
「『え?』」
セラフィーナとユキの声が揃う。一方、トワは「ふふ」と笑い、
「まあ、最終的にユージンの奥さんになったのは私の意志だ。だからユージンを受け入れたあの夜は凄く怖かったけど、後悔はしてない。私はユージンを愛している。ただ」
そこでおもむろに眉をひそめて嘆息した。
「私は奥さんとして夜の方がダメダメなんだ。私がそういったことにずっと無関心で無知だったこともあるんだけど……私が疲れ切って意識を失うなんて余程のことなんだぞ。それが毎回なんだ。いつもくたくたになるんだ」
むむむ、と口をへの字に結ぶ。
「……え、えっと、トワさん? 何を?」
セラフィーナが眉根を寄せてそう尋ねると、トワは「うん」と頷き、
「幸せなんだけど、私はよわよわだったみたいだ。ユージンに申し訳ない。だから予定よりも早いけど二人目を迎えようかなと考えてたんだ」
「…………え?」
セラフィーナが目を瞬かせる。それに対し、トワは、
「だから、セラが望むのなら、私が二人目として推してやってもいいぞ」
ニコッと笑ってそう告げた。
「もともと二人目は《アトラス》の予備操縦士か、私の補助が出来る整備士辺りがいいなと考えていたんだ。セラは操縦士だし、性格的にも申し分ないしな」
それからトワは、セラフィーナの両頬を掴んで見据えた。
「ト、トワさん……?」
「うん。やっぱり美貌も申し分ない。蒼い瞳も金色の髪も凄く綺麗だ。胸はまあ、人それぞれだし別にいいか。うん」
続けて、トワはセラフィーナの細い腰を両手で掴んだ。
セラフィーナが「ひゃっ!?」と声を上げる中、腰からお尻のラインにまで触れて、
「腰の細さは私と同じぐらいだな。脚は凄くしなやかで鍛えてるからかお尻は大きい。元気なユージンの子が産めそうだ。うん。セラは二人目――第二夫人として充分合格だぞ」
そんなことを平然と語るトワに、セラフィーナとユキは硬直した。
数秒ほど間が空いて、
「『―――――はあっ!?』」
セラフィーナとユキは驚愕の声を上げた。
「えっ!? どういうこと!? トワさん、新婚なんですよね!? ユージンさんを愛しているんですよねっ!? それなのに第二夫人を推すってっ!?」
「え? ダメなのか? なんでだ?」
すると、トワの方が目を丸くした。
「もしかして今の時代は違うのか? 昔だと一夫多妻は当たり前なんだが」
「い、いや、貴族とかならありますけど、私にも母は二人いますし……」
困惑しながらもセラフィーナはそう返す。
ちなみに、セラフィーナの母は第二夫人だった。第一夫人も健在だ。
「いやいや。貴族じゃなくてもあるだろう? だって、たった二人で子供を育てるなんて大変じゃないか。けど妻が多ければその問題も解決できるだろう?」
小首を傾げて、
「経済面でも家事を分担しながら働けば余裕も出るだろうし。奥さんが多い大家族なんて当たり前じゃないか。昔はそうだったぞ。今は違うのか?」
「い、いえ、トワさんの言っている『昔』というのがよく分からないんですが……」
セラフィーナは困惑していた。
「ま、まあ、今でも一夫多妻はあります。そういう文化も聞いたことがあります。法律は国によって多少の違いもありますが……」
「うん! そうなんだな!」
セラフィーナの言葉に、トワは満面の笑みを見せた。
そうして、
「良かったぞ! なら、セラ! このままうちに就職してみないか! 従業員としても予備の操縦士が欲しいと思ってたんだ! 今なら第二夫人にも推してやるぞ! まあ、第一夫人は絶対に私なんだけどな!」
地域が違えば文化も違う。時代の差異もまた然りだ。
何気にとんでもないジェネレーションギャップを持っていた妻は、夫の知らないところで、そんなことを勧めるのであった。




