第18話 影が蠢く
昼食を終えたユージンたちは、《アトラス》に帰還していた。
『お帰りなさい。ユージン』
操縦席に入ったユージンに、シドが出迎えの声を掛けてくれる。
『食事はどうでしたか?』
「ああ。中々に美味かったよ。けど」
操縦シートに腰を降ろして、ユージンは苦笑を浮かべた。
「こないだ魔獣食を喰ったばかりだしな。トワの反応はいまいちだった」
さらに言えばセラフィーナの反応もだ。彼女は彼女で特に感動がなかった様子だった。
むしろユージンの料理を食べた時の方が瞳を輝かせていた。
「現地での食事もいいが、これは自前の料理もオプションに加えてもいいかもな」
そんなことをユージンが呟く。《アーススフィア》に常備している香辛料や調味料は、流通品とは文字通り別次元の違いがあるのだ。味に差が出るのも当然だろう。
『そうですね。ところで中継地でトラブルはありませんでしたか? なにせ、トワは相当に目立ったでしょうから』
「ああ。村の中では特になかったが」ユージンは腕を組んで眉をしかめた。
「視線は常に感じていたぞ。《アトラス》に戻ってくるまでずっとだ。もしかすると、余計な面倒を引き寄せたかもしれないな」
『中継地で獲物の物色をするというのは強盗団の定石ですからね』
「そうだな。だが、それが分かっていても長旅にはここを利用しなければならないのが、商隊にとっては悩ましいところなんだろうな」
そう呟きつつ、ユージンは操縦桿を手に取った。
「いずれにせよ、あまり長居はすべきじゃないな。早速出発するぞ。シド」
『了解しました。ユージン』
シドはそう答えた。
そうして《アトラス》は格納庫からゆっくりと移動し始めた。
その様子を静かに見据える者がいた。ライガスである。
さらに彼の周辺には《フリーローバー》の古参メンバーが数人いた。
「ありゃあ確かにアサルトの小僧だったな」
腕を組んで、ライガスはそう呟く。
部下の一人が「へい」と頷いた。
「あの小僧の外見は目立つすっから間違いねえっす」
「だが、肝心のあの女の姿がなかったな……」
規格外に巨大な魔装機兵――いや、どちらかと言えば魔導車輛なのだろうか――に乗り込んだ男は間違いなくユージン=アサルトだった。
だが、その傍らには、ライガスお目当ての女の姿はなかった。
ライガスは眉をしかめた。
「飽きて捨てたのか? わざわざ貴族に交渉して獲た女をか?」
あの小僧が戦利品の小娘を相当に気に入っていたことは誰もが知る事実だった。それこそ助命まで願い出たほどである。そう簡単に捨てるとは思えなかった。
「どこかの街で囲ってんのか? 孕ませたんならそれもあり得そうだが」
あごに手をやって、ライガスはそう推測する。と、
「けどボス」部下の一人が声を掛けてきた。
「アサルトの野郎、すげえ女たちを連れてましたね」
「ん? ああ、そうだな」
ライガスは部下を一瞥する。確かにあの小僧は二人の女と共に機体の中に入っていった。遠目ながらも二人とも目を惹く美貌の女だった。
「特に銀髪の方はスタイルもすげえもんだったな。小僧の新しい女か」
「すると、こういったらなんすけど、あの時の小娘はもう奴隷市で売っちまった後ってところじゃねえっすか? あの女、元は戦利品で奴隷ですし」
と、指摘する部下にライガスは「そうかもな」と答えた。
「こればかりは分かんねえな。案外、あのバカでかい機体の中にいる可能性だってある。いずれにせよ、あいつだけが手がかりを握ってるってことだ」
ライガスはパンと拳で手を叩いた。
「ここで逃す訳にはいかねえ」
「けど、どうするんすか?」部下の一人が尋ねる。
「あの野郎、『魔弾の十三人』の一人っすよ。襲撃なんかしたら返り討ちにあうっすよ」
「それは俺だって分かってるさ。まずは交渉だな」
ライガスは腕を組んで答える。
「あいつは俺らが強盗団に戻ってるとは知らねえはずだ。未だ傭兵のフリをする。そんで昔話をするようにあの女について聞き出すつもりだ。だが」
一拍おいて、
「それに失敗したら力づくも考えている。センセに頼るさ」
「……いやいや。ボス」
部下たちは揃って眉をしかめた。
「先生は強いっすけど、相手が悪すぎやしないっすか? 魔弾の戦鬼っすよ?」
「はン。てめえらは何も知らねえようだな」
ライガスは部下たちを鼻で笑う。
「魔弾の称号ってのは災害獣を討伐して初めてつくんだよ。センセは災害獣に全く興味がねえからその称号を持ってねえだけだ。実力的に魔弾にも劣らねえ。俺の見立てでは魔弾の戦鬼とセンセの力量はほぼ五分だな」
「……それ、マジっすか」
部下の一人が呟く。他の部下たちも大きく目を見開いた。
「確かにセンセが苦戦するところなんぞ見たことねえっすけど……」
「センセは俺が惚れ込んで引き入れたんだ。俺らの切り札で生命線だ。弱い訳ねえだろ」
と、ライガスは言う。
「さらに言えば、俺の見立ては小僧の全盛期の頃だ。あの小僧は恐らく傭兵を引退してる。あの馬鹿みたいでけえ魔装機兵を見ただろ? ありゃあ明らかに戦闘用じゃねえ」
「へ? あんなクソでけえのに?」
目を瞬かせる部下の一人に、ライガスは苦笑を見せた。
「でけえからだよ。あんなんで戦闘して魔素が持つはずねえだろ。魔獣の威嚇には役に立つだろうが、実際のところ、ありゃあ人型の魔導車輛なんだろうな」
そもそもだ、と続け、
「自分で晒してんじゃねえか。『モーターホテル』って」
ライガスは見落とさなかった。
白い機体の後方部。背負うキャビンに刻まれていた文字を。
「ホテルってことは運ぶのは人間か? 恐らく運送屋をしてんだろな。同行の女どもは意外と客かもな。まあ、色々と差別化と企業努力はしてんじゃねえの?」
ある意味、戦士としては落ちぶれた戦鬼に、ライガスは肩を竦めて言う。
元々、あの小僧には体質的な欠点もあった。それを凌ぐ操縦の才もあったが、限界を感じて引退したというところか。
「何にせよ、かつての頃ほどの脅威もねえ。そんで仮にあの頃の実力を今も持っていたとしてもセンセがいる限り敗北はねえ」
ライガスは部下たちを見やる。
「お前ら。仕事だ。出発の準備をしろ」
「うす」「了解っす」「了解」
部下たちは応える。
「ああ。けど、ボス」
その時、部下の一人が尋ねた。
「どうせ勝てるなら、情報を引き出した後、強奪してもいいんじゃねえっすか?」
そこで下卑た笑みを見せる。
「久々の娼館も楽しんだっすけど、あいつの連れてる女たちを見た後じゃあ、格落ち感がしまくりっすよ。あの女たち、欲しいっすよ」
その言葉に、部下たちは「「おお~」」と声を上げた。
一方、そんな部下たちに、
「……ああ。そうだな」
数秒ほど考えてライガスは答える。
「所詮は昔の知り合いだ。情けをかけてやるほどの相手でもねえか。いいぜ。俺らは強盗団だしな。奪い尽くしてやるか。ただ、これだけは言っておくぞ」
ライガスはニタリと嗤ってこう念押しする。
「クロエは俺の女だ。あいつがいたら、絶対に手を出すんじゃねえぞ」




