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第三章-3 それぞれのもつ眩しさ

 決勝――ランス・オルトリアン対レックス・フェルナー。


 赤毛の青年は静かに木剣を握ったまま、こちらを見ていた。その鋭い視線が、ほんの一瞬だけアルシオへ向けられる。ただそれだけだったのに、胸の奥が、わずかにざわめいた。次に立つのは、あの男とレックスだ。アルシオはまだ熱の残る掌を、そっと握りしめた。

 準決勝の余韻はまだ残っている。アルシオとレックス・フェルナーの試合に沸いた観客たちも、今は次に行われる一戦へ意識を集中させていた。誰もが、この競技会でもっとも見応えのある勝負になると予感していたのだろう。

 レックスは闘技場の中央へ向かいながら、軽く肩を回した。額にはまだ汗が残っている。けれど足取りに迷いはない。むしろ、準決勝を終えたことで身体がちょうど温まっているようにも見えた。

 対するランスは、やはり静かだった。赤毛の硬い髪が陽を受けて鋭く光る。あの長身と鍛えられた体躯は、それだけで絵になるほど堂々としていた。けれど目を引くのは大きさだけではない。構える前から、すでに隙がないのだ。無駄な力みがなく、ただそこに立っているだけで、周囲の空気が自然と張る。


 互いに向き合い、一礼する。その一連の所作にさえ、二人の性格が出ていた。レックスは真っ直ぐで、迷いなく。ランスは端正で、必要なだけを崩さずに。

 開始の合図が響く。先に動いたのは、レックスだった。踏み込みが速い。準決勝の時よりもさらに迷いがない。真正面から間合いを詰め、相手の出方を見せる前に自分の剣へ巻き込もうとしている。けれどランスは、その一撃をほとんど最小限の動きで受けた。木剣がぶつかる鋭い音。次の瞬間には、すでに打ち返しが来る。レックスが弾く。そこから先は、ほとんど一息だった。打ち込み、受け、流し、打ち返す。木剣の乾いた音が何度も何度も重なる。どちらも退かない。相手の力を見ているのではない。最初から本気で取りにいっている。


「……すごい」


 アエラが、思わずそう漏らしていた。馬術を控えていることも忘れたように、緑の瞳は闘技場の中央へ釘付けになっている。ユフィーリアも静かに息を詰め、ゲイルは腕を組んだまま厳しい顔で見つめていた。

 アルシオもまた、目を逸らせなかった。ランスは強い。準決勝で見た通り、それは疑いようがない。だが今、真正面からぶつかっているレックスもまた、決して引けを取っていない。

 レックスの剣は素直で力強い。駆け引きよりも、まず自分の打ち込みを信じる剣だ。だが、それだけではない。アルシオと長く打ち合ってきたからこそ、相手の呼吸が変わる瞬間を嗅ぎ取る鋭さがある。強引に見えて、ただ押すだけでは終わらない。

 一方のランスは、洗練されていた。受ける形も、崩し方も、次へ繋ぐ流れも美しい。武芸を磨いてきた時間の長さが、そのまま形になっているような剣だった。

 だからこそ、ぶつかるたびに会場が沸く。レックスが大きく踏み込めば歓声が上がり、ランスがそれを受け流して返せばどよめきが走る。どちらに転んでもおかしくない。そんな均衡が、闘技場の真ん中でずっと張りつめていた。

 ランスが一度、大きく間合いを外した。誘っている。アルシオはそう感じた。たぶんレックスも感じている。だが、感じたうえでレックスは踏み込んだ。真っ直ぐに、迷わずに。ランスの木剣が鋭く返る。ぶつかる、と思った瞬間、レックスは半歩だけ軸をずらしていた。真正面で受けるのではなく、相手の力を殺しきらない位置で逸らす。そのまま崩れたわずかな間へ、体ごと踏み込む。

 乾いた一撃が、会場に響いた。一瞬、誰も動かなかった。それから、爆ぜるように歓声が上がる。


「勝者――レックス・フェルナー!」


 宣告が響き渡る。熱気が一気に会場を包み込んだ。観客席が揺れるほどの声が上がる。レックスはその場で一度大きく息を吐いたあと、ようやく木剣を下ろした。額の汗が頬を伝っている。けれど表情には、勝利の昂揚と同じくらい、張りつめていたものから解かれた安堵も見えた。

 ランスは数拍遅れて木剣を下ろす。その顔に、悔しさがないわけではない。だが、それ以上にあったのは、真っ向から敗れたことを受け入れる潔さだった。ゆっくりと姿勢を正し、ランスはレックスへ一礼する。


「お見事でした」


 レックスは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに木剣を脇へ引き、同じように礼を返した。


「……そちらも、十分強かったです」


 短い言葉に、ランスはわずかに目を細め笑った。その一瞬だけ硬質な印象が少しやわらいだように見えた。


「貴方のような相手と当たれたことは、光栄です」


「え?」


「事実です」


 そう返した声音に、変な飾りはなかった。レックスは少し居心地悪そうに鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わない。けれど、その横顔にはたしかに、相手を認めた色があった。

 観客席から見ていたアエラが、ぱっと立ち上がる。


「レックス、すごいじゃない!」


「うるさい。次、馬術だろ。早くいけ」


「分かってるわよ。でも今は言わせて」


 いつもの調子で返しながら、アエラの顔は本当に嬉しそうだった。ユフィーリアも控えめに拍手を送り、ゲイルは悔しさを引きずりながらも、決勝の内容には文句のつけようがないらしく、黙ったまま視線を逸らした。


 アルシオは少し離れた位置から、その光景を見ていた。レックスが勝ったことは、素直に嬉しい。あれだけ本気でぶつかって、最後に勝ち切ったのだ。誇らしくないはずがなかった。ランスの強さもまた、本物だった。負けてもなお崩れないその在り方に、アルシオは目を離せなかった。


 ――強い。


 心の中で、もう一度そう思う。レックスも。ランスも。そして、会場の熱気はそのまま他の競技へ流れていった。

 弓術では、ゲイルが意地を見せた。集中した時の目の鋭さは模擬剣の時よりもむしろ際立っていて、何本かは会場をざわつかせるほど見事な射を放つ。だが、それでもなお、ランスの的中は群を抜いていた。迷いがない。引き絞る動きから放つ瞬間までがひどく滑らかで、矢は狙ったところへほとんど吸い込まれるように飛んでいく。


「……やっぱり、彼は強いね」


 アルシオが呟くと、隣でユフィーリアが小さく頷いた。


「ええ。悔しいですけれど、彼は別格ですね」


 馬術では、アエラが眩しかった。馬上の彼女は、地に足をつけている時よりもずっと生き生きとして見えた。風を切りながら駆けていく姿には迷いがなく、手綱捌きも思っていた以上にしなやかだ。可憐な見た目に引きずられて忘れそうになるが、アエラマリーナ・アルタイルという少女は、もともとじっとしている方が似合わない。


「アエラ、速い……!」


 誰かの声が上がる。実際、かなりの好成績だった。けれど、総合して見れば、やはりランスが一段抜けている。馬上でも体幹がぶれず、長身の体を無理なく使いこなしていた。

 それでもアルシオの目を奪ったのは、最後の直線を楽しそうに駆け抜けるアエラの姿の方だった。陽光を浴びて揺れる赤みがかった茶髪。緑の瞳のまっすぐな輝き。馬と呼吸を合わせ、風そのもののように駆けていく。

 眩しい、と思った。ランスの強さは、磨き上げられた刃のようだった。けれどアエラのそれは、もっと自由で、手を伸ばしてもすぐには掴めない光に近かった。

 競技会の最後、表彰が行われる頃には、日が少し傾き始めていた。


 模擬剣優勝、レックス・フェルナー。

 弓術優勝、ランス・オルトリアン。

 馬術優勝、ランス・オルトリアン。

 戦略遊戯優勝、ザンザス・ロクスウェイ。


 名が呼ばれるたび歓声が上がる。レックスは、表彰されてもなおどこか落ち着かない顔で立っていた。こういう場で賞賛を浴び慣れていないのだろう。けれどその横に並ぶランスは、まっすぐ前を見据えたまま堂々としている。同じ十代の少年とは思えないほど、出来上がった空気を纏っていた。戦略遊戯の勝者は、決勝でユフィーリアを下した少年であった。物静かだが、鋭く意外性に富んでいた。


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