第五章-1 余韻に浸る
創設祭の片付けを終えた生徒会室には、祭りの余韻がまだ残っていた。机の上には集計途中の感想票や、展示ごとの報告書、来賓から寄せられた簡単な礼状が積まれている。普段なら整然としている部屋も、今日ばかりは少しだけ雑然としていた。椅子に深く沈み込んだアエラは、両腕を天井へ伸ばして、大きく息を吐く。
「終わった……」
「お疲れさまです、会長」
エレンが苦笑しながら、最後の報告書を机に置いた。
「でも、反響は上々ですよ。来賓の方々からも、かなり好意的な言葉をいただいています」
「展示の評判も良かったわ」
マリエラが帳面をめくりながら続ける。
「各国文化紹介、商業展示、技術展示。どれも人の流れは途切れなかったみたい。特にエストリアの交易展示は、外部の商人からも問い合わせが出ているわ」
「それは何よりね」
アエラは満足げに頷いたが、すぐに横目でアルシオを見る。
「ただ、全部持っていったのは演舞だったけれどね」
その言葉に、室内の視線が自然とアルシオとランスへ向いた。ランスは椅子の背にもたれながら、腕を組んで、どこか楽しげに口元を上げている。対するアルシオは、机の上の感想票へ視線を落としたまま、少し困ったように笑った。
「持っていった、という言い方はどうなのかな」
「事実でしょう」
ザンザスが淡々と告げる。
「来賓席の反応を見る限り、第一演目の注目度は相当高かった。とりわけ、アルシオ殿下とランスの演舞については、終了後も話題に上がっていました」
「ほら」
アエラがまるで自分のことのように得意げに胸を張る。
「大成功じゃない」
その様子を見たアルシオは、なぜランスがいきなり槍を選んできたのか腑に落ちた。
「やっぱり。リーナがランスに槍を許可したんだね」
「……だって。ランスが言ったのよ?アルシオならうまく捌けるし、手加減もするからって。私も絶対その方が盛り上がるって思っちゃったし」
「……手加減?全力だったよね」
アルシオが苦笑すると、ランスが悪びれもなく笑った。
「手加減は必要なかったですね。殿下との演舞は、私にとっても有意義な時間でした」
その言葉に、アルシオが少しだけ顔を上げる。
「まあ、僕も楽しかったけどね」
ランスは、いつものようにまっすぐだった。ただ自分が思ったことを、そのまま言葉にしている。
「……今日の演舞で、殿下への見方はまた変わったでしょうね」
生徒会室の空気が、ほんのわずかに静まった。アエラも、マリエラも、エレンも、何も言わずにランスを見る。アルシオだけが、少し困ったように眉を下げた。
「なんだか、ランスにうまく乗せられた気分だよ」
演舞自体は、確かに楽しかった。ランスと刃を交える時間は、純粋に刺激的だったし、得るものも多かった。けれど、その後に集まった視線の重さを思えば、素直に喜んでばかりもいられない。そんなアルシオの胸中を知ってか知らずか、ランスは楽しげに続けた。
「むしろ、来年も楽しみですね」
「来年?」
「ええ。今年は演舞の中で槍を交えましたが、次は最初から異種武器戦として組むのも面白いかもしれません。剣対槍だけでなく、短剣や盾を用いた形式など」
「もう来年のことを言っているの?」
隣でアエラが身を乗り出した。
「いいじゃない。絶対に盛り上がるわ。ランス、あなた他の武器も得意なの?」
「ああ。オルトリアン家は武門の家系なので、一通りは扱える。得意なのは剣術と槍術だが」
「それは見てみたいわね」
マリエラも帳面に何かを書き込みながら、現実的な顔で頷いた。
「戦術解説を加えたのも、来賓の方々の反応が良さそうでしたわ」
「今年のエクシオ殿下とレックスの解説は、とても評判が良かったです」
エレンが続ける。
「ふふっ。エクシオ殿下、途中からただの応援になっちゃってましたね」
ザンザスが静かに頷く。
「ザンザスは来年も司会ね」
「決定事項ですか」
「もちろん」
アエラが悪びれもせずに言い切る。ザンザスは一拍置いて、諦めたように息を吐いた。
「……仕方がない。任された」
そのやり取りに、生徒会室に笑いが広がる。祭りは終わったけれど、疲労と達成感が混じった空気の中で、余韻に浸り誰もが少しだけ浮き立っていた。
アルシオは、そんな仲間たちの顔を見渡す。アエラはもう来年の構想を口にし始めている。ランスは楽しげに武器の組み合わせを考え、マリエラはそれを現実的な企画案として落とし込み、エレンは必要な記録を整え、ザンザスは諦めた顔をしながらも、きっと来年も完璧に司会を務めるのだろう。
その輪の中に自分がいることが、不思議で、少し心地よかった。
「……まだ今年の後片付けも終わっていないのに、もう来年の話か」
アルシオがそう言うと、アエラは当然のように笑った。
「楽しいことは、早めに考えた方がいいでしょう?」
「リーナらしいね」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
アルシオは小さく笑う。窓の外では、夕暮れがゆっくりと学園を包み始めていた。




