第4章-1 創設祭の朝
創設祭の朝、ソルフラン国際学園はいつもとは違う華やぎに包まれていた。正門には各国の旗が掲げられ、石畳の道には色とりどりの花飾りが並ぶ。校舎の窓は磨き上げられ、講堂へ続く回廊には、生徒たちが用意した飾り布が秋風に揺れていた。
今年は、昨年よりも来賓が多い。エストリア共和国首相、ユリウス・アルタイル。セレスティア皇国王配、ルーク・アリスター・セレスティア。さらに各国の貴族や商人、学園関係者、一般参列を許された市民たちまで、朝早くから学園の内外は人の気配で満ちていた。
「来賓案内の順路は、中央展示室から一年生展示、二年生展示。そのあと講堂前の文化展示ね」
生徒会室で、アエラが進行表を確認しながら言った。今日は生徒会長として、いつも以上に隙のない装いをしている。制服の上着には銀糸の学章が光り、赤みを帯びた茶髪はきちんとまとめられていた。
「一般参列者の流れとは分けてある。演舞場へ向かう導線は、ランスが確認済みだよ」
隣でアルシオが静かに答える。彼もまた制服を正しく着こなし、手には来賓名簿を持っていた。その横顔は穏やかで、いつも通りだ。
「ありがとう。じゃあ、行きましょう」
「うん」
短いやり取りのあと、二人は生徒会室を出た。開会式は滞りなく進んだ。学園長の挨拶に続き、来賓代表としてユリウスが壇上に立つ。
「この学園は、まだ去年創設されたばかりです。昨年は今の二年生たちが、手探りの中で今の校風を作り上げました。伝統と呼べるものも、まだありませんが、皆さんがこれから作っていきます。ここにいる皆さん一人ひとりが、この学園の未来そのものです」
穏やかな声だった。だが、講堂に集まった生徒たちも来賓たちも、その言葉に自然と耳を傾けていた。来賓席には、ルークの姿もある。黒髪に赤みを帯びた茶の瞳。落ち着いた佇まいの中にも、皇国の王配としての重みがあった。
アルシオは壇上近くに控えながら、一瞬だけ父の姿を見た。目が合った気がした。ルークは何も言わない。ただ、ほんのわずかに目元を和らげる。それだけで、アルシオの胸が少しだけ温かく感じた。
開会式の後、来賓たちは校長と共に、生徒会の案内で展示見学へと移った。先頭に立つのは、アエラだった。
「こちらは、各国の交易品を題材にした商業学の展示です。単に品を並べるだけではなく、輸送路や関税、都市ごとの利害まで、生徒たちで調べました」
声は明るく、よく通る。必要以上に飾らず、それでいて人の目を引く力があった。共和国側の来賓たちは、その姿にどこか誇らしげな表情を浮かべている。現首相の娘である彼女は、生徒会長として堂々と立っていた。その半歩後ろで、アルシオは来賓たちの反応を見ていた。問いが出れば補い、相手の国に合わせて言葉を少し変える。
「……なるほどね」
隣に立つルークが、わずかに視線を向けた。
「何か?」
「いや。うちの娘は相変わらずだと思って」
ユリウスは軽く笑う。
「君の息子はさすがだね。上手くフォローしてくれている」
ルークは前方へ視線を戻した。アエラが勢いよく説明し、アルシオが静かに補う。アエラはそれを遮らず、むしろ当然のように受け入れている。よくできた連携だった。たが、お互いにあまり視線を合わさないでいるような、違和感をルークは覚えた。
「……何か、ありましたか」
ルークが静かに問うと、ユリウスは肩をすくめた。
「若い者には、若い者の事情があるんだろうね」
「それは、そうでしょう」
「親は、面倒だね」
その一言に、ルークはわずかに苦笑した。
「ええ。本当に」
展示見学は順調に進み、一行は一年生の展示室へ向かった。そこは午前の巡回の中でも、とりわけ人目を集めている場所だった。壁際には茶葉や織物、香辛料の見本が並び、中央の卓には生徒たちが作成した交易路の地図が広げられている。新入生たちは緊張しながらも、来賓の問いに一つひとつ答えていた。
その一角に、エクシオの姿があった。金の髪は窓から差す光を受けて明るく輝き、紫の瞳は生き生きとしている。皇国の王家を思わせるその色彩は、否応なく人目を引いた。隣ではフェリオが資料を手に控え、必要な時だけ静かに補足を入れている。
「こちらは皇国北部からエストリアへ向かう交易路の一例です。山道を越えるため輸送に時間はかかりますが、茶葉や織物は品質が安定していて――」
エクシオの声は明るく、よく通る。物怖じしない堂々とした姿に、来賓たちの視線も自然と集まっていた。エクシオは一行に気づくと、ぱっと表情を明るくした。
「父様、兄様」
すぐに、あっと気づいたように姿勢を正す。
「……失礼いたしました。王配殿下、アルシオ殿下」
その切り替えに、周囲から小さな笑みが漏れた。ルークもわずかに目元を和らげる。
「続けなさい。よく説明できている」
「はい」
エクシオは嬉しそうに頷き、再び展示へ向き直った。少し離れた卓では、エレオノーラが茶葉の説明をしていた。明るい蜂蜜色の髪をきちんと結い、深い藍色の瞳を伏せて来賓へ一礼する。その所作は控えめでありながら、どこにも乱れがない。
「こちらはサムロール領産の茶葉でございます。香りが穏やかで、皇国では午後の茶に用いられることが多く……」
丁寧で品がある声に、来賓の一人が小さく感嘆したように呟いた。
「ヴァレンティス侯爵家の御令嬢でしたな。実に皇国らしい、上品なお嬢様だ」
「ええ。あの佇まいなら、宮廷に入られても見劣りしないでしょう」
「第二皇子殿下も、まこと王家の色をよく受け継いでおられる」
「金の髪に紫の瞳。やはり華がありますな」
小さい呟きだったが、アルシオにもアエラにもその声は届いていた。だが、アルシオの表情は変わらなかった。今更、傷つくほどではない。エクシオが王家らしいと言われることも。自分がそうではないと、言外に示されることも。皇国の貴族たちが、金の髪と紫の瞳にどれほど意味を見出すのかも、幼い頃からずっと耳に届いていた。
「アルシオ?」
隣のアエラが、ほんのわずかに声を落とす。
「何?」
アルシオはいつも通りに返した。静かで、穏やかで、何も聞こえていなかったかのような顔だった。その顔を見て、アエラはそれ以上言えなくなる。一方で、少し後ろにいたルークは、息子の横顔から目を離せなかった。何も感じていないよう振る舞う事が、染み付いている。ルーク自身は、自分の髪や瞳の色に思うところなどない。だが、同じ色をもつ息子がそのことで周囲から囁かれているとこにはどうしても胸が痛んだ。アルシオはよく立っている。誰よりも静かに、乱れずに。だが、それは誇らしいだけでは済まない姿だった。
「……君の息子は、強いね」
ユリウスの呟きに、ルークはすぐには答えられなかった。ただ、前方で穏やかに展示の補足をしているアルシオを見つめる。
「強くならざるを得なかっただけです」
その言葉に、ユリウスは横目でルークを見る。ルークの表情は静かだった。けれどその目には、父親にしか宿らない痛みがあった。
その場のざわめきは、すぐに次の展示の説明に飲み込まれていく。ふと、アエラはエレオノーラの横顔を見た。皇国らしい令嬢。穏やかで、品があり、宮廷に馴染む人。そして、隣で何もなかったように立つアルシオを見た。
アエラはアルシオが皇国で抱えるものの大きさをみた気がした。創設祭の明るい光の中で、それだけが暗くはつきりと見えてしまった。




