第3章-4 待つということ
茶会のことをアエラが知ったのは、その翌日のことだった。昼休みの食堂で、近くの席にいた女生徒たちが何気なく話していた。
「昨日、小サロンで皇国の方々がお茶をなさっていたんですって」
「アルシオ殿下と、エクシオ殿下でしょう? それにヴァレンティス侯爵家の御令嬢も」
「まあ、素敵。皇国の方同士なら、お話も合うのでしょうね」
アエラは、水の入った杯を持つ手を止めた。エレオノーラも同じ皇国出身で、アルシオとエクシオも一緒だったのなら何もおかしくない。むしろ自然な交流だろう。分かっているのに、胸の奥がすっと冷える。
「……ふうん」
思わず漏れた声に、隣のユフィが顔を上げた。
「アエラ?」
「何でもないわ」
答えた声は、自分でも驚くほど普段通りだった。アエラは杯を置き、窓の外へ視線を向けた。待つと決めた。アルシオが答えを出せるまで、急かさないと決めた。けれど、待つということは、こういう痛みも飲み込むということなのだろうか。
私には、そばにいたいと言ったくせに。
そんな幼い言葉が胸の奥に浮かび、アエラはすぐにそれを打ち消した。責めるほどのことではない。問い詰めるほどのことでもない。ただ、少し痛かった。
*
一方で、アルシオもまた、茶会のことを簡単には割り切れずにいた。エレオノーラは良い人だった。控えめで、丁寧で、皇国の価値観をよく知っている。彼女の振る舞いには無理がなく、宮廷に出てもきっと浮かないだろう。
周囲が望む皇妃としては、彼女の方が相応しいのだろう。けれど、胸の奥に違和感が残った。そこに、自分の心がなかった。
アルシオは図書館の奥で開いた本に視線を落としながら、静かに息を吐く。エレオノーラを無下にしたいわけではない。でも、期待を持たせるようなこともしたくない。曖昧な態度は彼女を傷つけるだけだ。そして何より、アエラに対してもそうだ。
アエラには、向き合うと決めた。逃げないと決めた。それなのに、自分はまだ、どこかで“正しい道”を探している。正解を選ぶのか、心が向く方を選ぶのでいいのか。その違いが、今のアルシオにはひどく重かった。
*
やがて学園は、秋の創設祭へ向けて慌ただしく動き始めた。
夏に行われた模擬評議会は、教員主導の学習行事として滞りなく終わった。各国の制度や利害を模した議題について、生徒たちは班ごとに意見をまとめ、簡単な討議を行った。アエラは相変わらず迷いなく発言し、アルシオは論点の整理と補足で静かに存在感を示した。
けれど、生徒会が本格的に力を注ぐのは、その先に控える創設祭だった。今年の創設祭は、昨年よりも規模が大きい。
エストリア共和国首相、ユリウス・アルタイルをはじめ、各国から多数の来賓が招かれる予定になっている。皇国からは王配ルークの来訪も決まっていた。さらに一般参列も増える見込みで、学園内は早くも落ち着かない空気に包まれていた。
生徒会室の机には、来賓名簿、展示配置図、演舞予定表、警備導線、一般参列者向けの案内図が積み上がっている。
「……去年より多くない?」
アエラが名簿を見ながら、思わず呟いた。
「多いね」
アルシオは隣で資料をめくりながら答える。
「来賓だけでもかなり増えている。一般参列の導線も分けた方がいいと思う。展示見学と演舞観覧の人の流れが重なると、混乱するかもしれない」
「ランスには警備と導線をお願いするわ。マリエラは受付と貴賓席周り。エレンは物品管理。ザンザスには進行記録を見てもらいましょう」
その他、一二年からも有志を募る必要がありそうだ。会話は淀みなく進む。アエラが前に出て決める。アルシオが整理し、足りないところを補う。生徒会の誰が見ても、二人の連携は見事だった。けれど、今までのような距離感ではないことは二人はわかっていた。生徒会の話ならいくらでもできる。互いの考えも読める。視線を交わせば、次に何をすべきかも分かる。それでも、私的な言葉になると、どちらかがそっと踏みとどまってしまう。
アエラは資料をまとめながら、ふとアルシオを見る。彼はいつも通り穏やかな顔で、来賓名簿に目を通していた。
各国の貴族たち、おそらく誰もが、アルシオを皇国の第一皇子として見る。去年のように、誰がその隣に立つのが相応しいか、そんな視線も、きっと混じるのだろう。
アエラは小さく息を吸い、名簿へ視線を戻した。アルシオが答えを見つけるまで、待ってるだけで良いのだろうか。
……どんな答えでも、受け入れられるのかな。
アエラもまた、揺れていた。




