第2章-2 注目の組み合わせ
親睦競技会の当日、学園は朝からひときわ華やかな熱気に包まれていた。
空はよく晴れ、春の陽射しが広い競技場を明るく照らしている。模擬剣の訓練場、弓術場、馬術用の走路、そして講堂の一角に設けられた戦略遊戯の会場――それぞれの場所に生徒たちが集まり、開始前からあちこちでざわめきが起こっていた。
今年の出場者は、およそ七十名。学園全体の人数が増えたこともあり、去年よりも明らかに規模が大きい。競技は模擬剣、弓術、馬術、戦略遊戯の四種目。午前中に各種目の予選を行い、午後から準決勝と決勝を進める予定になっていた。
会場の各所では、出場しない生徒会の面々と教員たちが忙しく動いている。名簿の確認、順番の呼び出し、会場ごとの進行、観戦者の整理まで、運営側の仕事は想像以上に多い。だからこそ今年は、出場する者と運営に回る者の役割が昨年よりもはっきり分かれていた。
「名簿はこちらで預かります」
「次の組は模擬剣場の待機列へ」
「戦略遊戯の参加者は講堂側へお願いします」
飛び交う声の中で、アエラもまたきびきびと動いていた。今日は競技にも出場するため、生徒会長として運営を完全に担うわけにはいかない。それでも開始前の確認だけは自分の目で通したいのだろう。馬術用の軽装に身を包み、髪をすっきりとまとめた姿は、いつも以上に凛として見えた。
「アエラ、そろそろ自分の準備もしないと」
アルシオが声をかけると、アエラは手元の紙を整えながら顔を上げた。
「分かってるわ。でも、ここだけ確認したら行くわ」
「アエラらしいですね」
と、ユフィがやわらかく微笑む。今日は彼女も運営側に協力している。参加を見送り、そのぶん全体の流れを支える役目に回っている。
「ユフィ。ずいぶん手際が良くて助かるよ」
「うふふ。お力になれて良かったですわ」
そこへ、エクシオがフェリオとともに現れる。競技用の服に身を包んだ弟は、明るい顔をしているものの、その紫の瞳の奥には緊張と昂揚がきちんと宿っていた。
「兄様、おはようございます」
「おはよう。準備はできてる?」
「もちろんです。少し緊張はしてますけど」
そう言いながらも、声はよく通っている。模擬剣と戦略遊戯、その両方に出る以上、気持ちの切り替えも必要になるはずだ。それでも臆した様子を見せないのは、エクシオらしかった。
開始の合図とともに、生徒たちはそれぞれの会場へ散っていく。最初に大きな人だかりができたのは、やはり模擬剣の会場だった。見映えもよく、勝負の分かりやすさもあるこの種目は、毎年いちばん観戦者を集める。訓練場の周囲には、予選の段階から多くの生徒が詰めかけていた。
アルシオの初戦は、危なげがなかった。大きく攻め立てるでもなく、無理に派手さを見せるでもなく、相手の癖と呼吸をよく見て、一歩ずつ間合いを支配していく。必要なときだけ踏み込み、確実に一本を奪う。その静かな強さに、周囲から感嘆の声が上がった。
「アルシオ殿下って、落ち着いていらっしゃるのに、ここぞで強いの分かるよね」
そんな囁きが聞こえてきても、アルシオ本人は表情を変えない。ただ一礼し、次の試合まで静かに息を整えるだけだった。一方で、エクシオの試合は観客を別の意味で沸かせた。踏み込みに迷いがなく、勢いがある。まだ粗削りな部分はあっても、それを補って余りある真っ直ぐさがあった。相手に押し込まれそうになっても、一歩も退かず、自分から流れを奪いに行く。
レックスもまた、順当に勝ち上がっていった。彼の剣は相変わらず力強いが、鋭さに磨きがかかっている。勝負が終われば、歓声にもほとんど反応せず、すぐ次のことしか考えていない顔になるのがいかにも彼らしかった。
そして、ランス。やはり今年も強かった。しかも今年は弓術を外し、模擬剣と馬術の二種目に絞っている。そのぶん集中の度合いが昨年よりもさらに増しているように見えた。
午前の予選が進み、組み合わせの妙もあって、ゲイルは比較的早い段階でランスと当たることになった。
「……最悪だ。よりによって予選でかよ」
「逃げる?」
とアエラが面白そうに言えば、「逃げるか」とゲイルは即答した。
「こういうのは、当たった時にやるしかないだろ」
気負いすぎない言い方だったが、試合が始まれば空気は一変した。ゲイルも決して弱くはない。踏み込みは鋭く、攻めの意志も強い。序盤は好戦していると思わせる場面が何度かあった。けれど、ランスはそれを正面から受け切ったうえで崩してくる。圧されているように見えた一瞬のあとには、すでに主導権がひっくり返っていた。結果として、勝ったのはランスだった。
「くそ、やっぱり強えな……」
試合を終えたゲイルは悔しそうに息を吐いたが、その表情は思ったより清々しかった。ランスはそんな彼に、わずかに口元を緩めただけだった。
「悪くなかった」
「……そりゃどうも」
短いやり取りだったが、それで十分だった。負けは悔しい。だが、その悔しさごと今年の競技会の熱を高めていく。
馬術でもアエラとランスは、それぞれ順調に予選を勝ち上がった。アエラは去年より明らかに馬との息が合っている。姿勢も安定していて、曲がり角の処理も滑らかだ。厩舎で重ねてきた時間が、そのまま表れていた。
「アエラ先輩、すごい……」
「去年よりずっと綺麗に乗ってる」
そんな声が観戦席から上がるたび、アエラは表向きこそ平然としていたが、内心ではきっと嬉しかったに違いない。ランスの騎乗は、それとはまた違う力強さがあった。速く、迷いがなく、乗り手としての胆力がある。アエラも負けてはいないが、彼を相手にするとどうしても勝負の厳しさが際立つ。
戦略遊戯の会場では、エクシオも落ち着いて駒を進めていた。模擬剣の時とは違い、こちらでは感情を表に出さない。盤面を見つめる顔は年齢よりいくらか大人びていて、フェリオが「向いている」と言った理由が分かる気がした。こちらも危なげなく勝ち上がり、午後へ駒を進める。
そうして午前の予選が終わる頃には、会場全体にまた別の高揚が満ちていた。勝ち残った者たちの名が、各会場に掲示されていく。観戦していた生徒たちは、模擬剣の組み合わせ表の前でとりわけ大きくざわめいた。
準決勝第一試合、レックス・フェルナー対ランス・オルトリアン
準決勝第二試合、アルシオ・セレスティア対エクシオ・セレスティア
昨年覇者レックスと、昨年その座に届かなかったランスの再戦。そして、皇国の皇子同士の兄弟対決なのだ。これ以上なく人目を引く並びだった。
エクシオはその組み合わせ表を見上げ、ふっと息を吐いた。そして静かに、隣に立つアルシオへ視線を向ける。
「兄様。――ようやくですね」
その声には笑みがあった。アルシオは少しの間その顔を見つめ、それから穏やかに頷いた。真っ直ぐに向けられた紫の瞳の奥に、エクシオがこの一戦をずっと待っていたのだと分かる熱があった。
アルシオは少しのあいだその顔を見つめ、それから穏やかに頷いた。
「そうだね」
兄弟として剣を交えることは、これまでにも何度もあった。けれど、これほど多くの視線が注がれる舞台で向かい合うのは初めてだった。
春の陽射しは明るいのに、胸の奥では別の熱が静かに形を持ち始めている。午後の競技は、きっとただの勝敗だけでは終わらない。そんな予感が、アルシオの胸にも確かに芽生えていた。




