第2章-1 生徒会の提案
第二章 親睦競技会
歓迎社交会が終わってからしばらく経ち、学園の空気は新学期の落ち着きとともに、少しずつ次の行事へ向かいはじめていた。
放課後の生徒会室には、春のやわらかな西日が差し込んでいる。大きな窓の外では、海から吹く風に若葉が揺れ、机の上には親睦競技会の進行表や申請書類が整然と並べられていた。
「それじゃあ、始めるわね」
アエラの掛け声によって、一同に視線が集まる。
「今年の親睦競技会だけれど、生徒会も運営に意見を出してもいいと、先生方から許可を頂いているの。だから今日は、昨年私たちが出場して感じたことを出し合いたいと思うの」
はっきりと言い切る声音に、室内の空気が少しだけ引き締まる。
「では、率直に申し上げてもよろしいかしら」
マリエラが口を開いた。
「昨年は一人必ず一種目には出なければなりませんでしたよね。わたくしのように武芸に秀でない生徒もいるので、全員参加でなくてもよろしいのではなくて?」
「たしかに。僕なんかも、結局は戦略遊戯しか選べなかったし、学年も増えたから希望者だけにしてもいいかも」
エレンもおずおずと賛同する。アルシオは机上の書類へ視線を落とした。去年の競技会を思い出せば、その提案はもっともだった。向き不向きはある。競うことそのものが苦手な者もいる。親睦の名のもとに、無理に舞台へ立たせる必要はない。
「そうね。出たい人が出て、出ない人も肩身の狭い思いをしない形がいいと思うわ。それ、上申してみましょうか」
アエラの言葉に、アルシオは静かに顔を上げた。彼女はこういう時、本当に迷わない。
「ランスは何か意見はある?」
振られて、ランスが一瞬思案した様子で、口を開く。
「マリエラ嬢の意見には、俺も賛同する。出たいやつが出ればいいと思う。あとは、参加種目は2つまでにしてもいいんじゃないか」
一瞬、室内の空気が止まった。模擬剣で準優勝し、弓術と馬術では優勝したランスの口から出るには、あまりに意外な意見だったからだ。
「貴方はそれでいいの?」
おもわずアエラが問いかける。
「構わない。運営する側からすれば、一人がいくつも出場するというのは、進行しにくいのではないか、と思った。種目が被れば同時進行は出来ないだろうしな」
“ここぞという競技にこそ心血を注ぐべきだ”――そう言い切るランスの目は、いつになく鋭かった。アルシオはその視線に、ただ運営上の合理性だけではないものを感じて、わずかに眉を寄せた。
「貴方がそういうなら、その2点で進めましょう」
*
春も深まり、日差しにやわらかなあたたかさが宿るようになると、アルシオは昼休みや授業の合間に中庭へ出ることが増えた。学園舎の裏手にあるその一角には、大きな木が枝を広げている。葉の影がまだらに芝の上へ落ち、風が吹くたび光と影が静かに揺れた。騒がしすぎず、かといって人の気配がまったく途切れることもない。読書をするにはちょうどいい場所だった。
その日もアルシオは木陰のベンチに腰掛け、本を開いていた。レックスはというと、少し離れた木の下で仰向けに寝転がっている。けれど静かに過ごせる時間は、だいたい長くは続かない。
「アルシオ、見つけた」
聞き慣れた声に顔を上げると、アエラが悪戯っぽい笑顔を浮かべて立っていた。その後ろにはユフィとゲイルの姿もある。
「隠れてたわけじゃないけど」
「暖かい日はだいたいここだもの。それか、図書室かのどちらかね」
アエラはそう言いながら、当然のように隣へ腰を下ろす。ユフィは上品に裾を整えて向かいの席へ、ゲイルはその隣へと浅く座った。
「本当に好きね、ここ」
「静かだからね」
「その静かさも誰かがすぐに邪魔しにくるけどな」
寝ていると思ったレックスの言葉に、アエラは眉をひそめた。
「やだ。起きてるじゃない」
「寝てる訳ないだろ」
アルシオは小さく笑った。すると、さらに別の足音が近づいてくる。
「兄様、やっぱりここだった」
振り向けば、エクシオがフェリオを連れてこちらへやって来るところだった。今ではこの輪に混ざることも、もう珍しいことではない。最初の頃こそ少し遠慮がちだったが、最近はすっかり馴染んでいる。
「エクシオ殿下も来たのね」
「はい。フェリオが、たぶんこちらだろうって」
「ごきげんよう、エクシオ殿下」
ユフィがそう言うと、フェリオは控えめに微笑んだ。
「ユフィーリア先輩も。お邪魔して申し訳ありません」
「いや、問題ないよ」
アルシオは隣の席を開け、弟に勧める。そんないつものやり取りのあと、自然と話題は親睦競技会へ移っていった。
「そういえば、結局みんな何に出ることにしたの?」
最初に聞いたのはアエラだった。けれどその目は、どちらかといえば確認というより、改めて並べて見たかったのだろう。
「僕は模擬剣だけ」
アルシオが答えると、ゲイルがすぐに口を開く。
「俺も模擬剣だな。今年こそランスの奴に一泡吹かせたい」
「去年も十分健闘していたではありませんか」
ユフィが穏やかに言うと、ゲイルは「全然だね」と苦笑した。
「レックスは?」
アエラに問われ、レックスは短く答える。
「俺は模擬剣と弓術」
「みんな去年と同じね」
「アエラ先輩は?」
エクシオが尋ねると、アエラはふっと口元を上げた。
「わたしは馬術よ!今年はちゃんと勝つつもりだもの」
ゲイルが面白そうに眉を上げた。
「へえ。ずいぶん強気だな」
「厩舎に居る子と、一年かけて信頼関係を築いてきたもの。ランスには負けないわ!」
「ランス先輩は、何に出られるんでしょうか?」
今度はエクシオが、いかにも確認するように尋ねた。
「今年は二つまでって、自分で案を出していたし、どうかしら」
「ランスは、必ず模擬剣にでる」
いつの間にかアルシオの後ろに立っていたレックスが、目を細めて断言した。
「ユフィ先輩は何に出るんですか?」
エクシオに水を向けられ、ユフィは静かに微笑んだ。
「わたくしは今年は出ないことにいたしましたの。観戦と応援に回ろうかと」
「ユフィらしいね」
アルシオがそう言うと、ユフィは少しだけ肩をすくめる。
「向き不向きはありますもの。無理に出るより、わたくしはわたくしにできることで楽しむ方がよろしいでしょう?」
「それ、すごくいいと思います」
エクシオが素直に頷くと、ユフィはやわらかく目を細めた。
「ありがとうございます、エクシオ殿下」
そこでアエラが、いたずらっぽくエクシオへ向き直る。
「それで、貴方は?」
「僕は模擬剣と戦略遊戯に出ます」
はっきりとした返答だった。アルシオはその答えに、わずかに目を上げる。
「戦略遊戯も?」
「うん。フェリオに相談したら、向いてるかもしれないって言われたから」
「控えめな言い方をなさっていますが、エクシオ様はかなりお好きでしたよ」
後ろからフェリオが静かに付け足す。エクシオは少しだけ照れたように笑った。
「模擬剣だけじゃなくて、別の形でも頭を使う勝負をしてみたくて」
「へえ、面白そうじゃない」
アエラが感心したように言う。
「でも、模擬剣も出るのね」
「もちろんです」
そのときのエクシオの声は、少しだけ強かった。
「兄様が出られるのなら、僕も出ます」
まっすぐ向けられたその言葉に、アルシオは本を閉じて弟を見た。明るい調子だった。けれど、その奥にただの無邪気さだけではないものがあると、アルシオには分かった。ゲイルが面白そうに口笛を吹く。
「お、いいな。兄弟対決か?」
「そこまで行けたら、ですけど」
エクシオはそう言って笑う。だがその紫の瞳は、冗談だけで終わらせるつもりはないと告げているようだった。
「エクシオなら、行けるよ」
アルシオが穏やかに返すと、エクシオは一瞬だけ目を細めた。
「はい。ぜひ」
エクシオの返答を聞いて、アエラがふっと楽しそうに笑った。
「いいじゃない。なんだか今年は、見どころが多そうね」
その言葉に、誰からともなく小さな笑みがこぼれる。風が若葉を揺らし、木漏れ日がベンチの上でちらちらと踊った。親睦競技会まで、もうそう遠くはない。穏やかな昼の空気の中に、それぞれの思惑と静かな闘志が少しずつ混ざりはじめている。
今年はきっと、去年とはまた違う景色になる。そんな予感が、誰の胸にもあった。




