第1章-3 二年目の歓迎社交会
翌日、授業の後でアルシオとアエラは生徒会室へと向かった。扉の向こうにはすでに見慣れた顔ぶれが集まっている。ランス、マリエラ、ザンザス、エレン――二年目となった今では、この空気にもすっかり馴染みがあった。
「揃ってるわね。それじゃあ、歓迎社交会について確認するわ」
会長席に立つアエラが、いつものようにきっぱりと口火を切る。
「今年は、一年生にできるだけ緊張をほぐしてもらえるようにしたいの。二年生側には積極的に声をかけるように事前に伝えておきましょう。特に最初のうちは、壁際で固まってしまう子も多いでしょうし」
「ダンスにも引っ張り出せ、ってことだな」
ランスが腕を組んだまま言うと、アエラは頷いた。
「ええ。放っておくと、そのままずっと様子見のまま終わってしまう子もいると思うの。せっかくの歓迎社交会だもの、できるだけ楽しい思い出にしてほしいわ」
「異議なしですわ。最初に声をかけてもらえるだけで、だいぶ気持ちは違いますものね」
マリエラがやわらかく賛同し、エレンも手元の書類に目を落としながら小さく頷く。
「役割分担としては、会長と副会長が最初の模範の一組として出る形でよろしいですね。
「ええ、そのつもりよ」
アエラの答えに、ザンザスが低く「了解した」とだけ告げた。そこへ、ランスがわざとらしくアルシオの方を見た。
「副会長殿」
「何?」
「今年は壁の花にはならないでくださいね」
即座に返ってきた言葉に、アルシオは一瞬きょとんとしたあと、困ったように笑った。
「大丈夫だよ。さすがに去年と同じ失敗はしない」
「失敗って自覚はあったんですね」
くすりとマリエラが笑う。アルシオはますます苦笑した。その横で、アエラが小さな声で付け足す。
「……まあ、無理はしなくていいけどね」
会長としてというより、もっと私的な響きを含んだ声だった。アルシオがそちらを見ると、アエラは一瞬だけ視線を逸らす。そのやり取りを見ていたランスが、ふっと口元を歪めた。
「そうか。じゃあ、俺が会長殿に申し込んでも問題ないですね」
「「え?」」
思わず声を上げたのは、アエラとアルシオの二人だった。一拍遅れて、自分たちがまったく同じ反応をしたことに気づき、二人の間に妙な沈黙が落ちる。
「ちょっと!」
反射的にアエラがたしなめる。思った以上に強い声が出てしまい、自分でも一瞬遅れて気づいたように目を瞬かせた。ランスはそれを見て、にやりと笑った。
「……冗談ですよ、殿下」
向けられたその笑みに、アルシオは思わず眉を寄せる。完全に試されたのだと分かってしまったからだ。そして何事もなかったように視線を横へ流す。
「マリエラ嬢、俺の相手を頼めるか?」
「ええ。もちろんですわ」
マリエラもまた涼しい顔で微笑み、あっさりと頷いた。あまりにも自然なやり取りに、アルシオとアエラだけが動揺していたみたいだった。
*
歓迎社交会の当日、会場となる大広間は春らしい明るい花々と柔らかな灯りで彩られていた。高い天井から吊るされた硝子灯がきらめき、磨き上げられた床には色とりどりのドレスや礼装の影が淡く映っている。窓の外には夕暮れの名残がわずかに残り、海から吹く風が開け放たれた回廊を通って、ほのかに花の香りを運んでいた。
アルシオとアエラが会場に入った瞬間、二人の姿に自然と視線が集まった。淡い翡翠色のドレスをまとったアエラは、可憐さの中に凛とした華やかさを宿し、深い夜青の礼装に身を包んだアルシオは、静かな気品でその隣に並ぶ。
まるで春の光と、それをやさしく受け止める夜の水面のような取り合わせだった。
けれど、そんな二人に反して、新一年生たちの空気はまだどこか硬い。壁際に固まる者、顔見知りとだけ小声で話す者、視線の置き場に困っている者――去年の自分も、きっと似たようなものだったのだろうと、アルシオは思う。
「あらら、やっぱり緊張している子、多いわね」
すぐ隣で、アエラが会場全体を見回しながら小さく呟いた。
「仕方ないね」
ちょうどその時、会場の奥で楽師たちが位置につき、ざわめいていた声が少しずつ静まっていく。最初に壇上に上がったのは学園長だ。短く開会の挨拶を行い、次にアエラがすっと前へ進み出た。
「皆様、本日は歓迎社交会へようこそお越しくださいました」
よく通る声が会場に響く。新一年生たちは自然と彼女に視線を向け、その堂々とした佇まいに息を呑んだようだった。
「この学園に入学されたばかりの皆様にとって、今日という日が少しでも心やすらぐものになるよう願っております。ここで交わした言葉や時間が、きっとこれからの学園生活を支えるものになるはずです」
言葉を結ぶと、会場には控えめな拍手が広がった。そして、ゆるやかに楽の音が会場に広がっていく。アエラはアルシオの元へと歩み寄り、すっと右手を差し出した。
「さっそくだけれど、ファーストダンスのお相手、よろしくって?」
「喜んで」
差し出された手を、アルシオはそっと重ねた。楽の音に合わせ、二人は中央へ進み出た。踊り出した二人は、それだけでひとつの完成された絵のようだった。生徒会会長と副会長としてだけではない。アエラの華やかさと、アルシオの静かな気品。まるで違う光を持ちながら、並ぶと不思議なほど調和している。そして、互いをよく知る者同士にしか出せない、やわらかな親密さが滲んでいた。
「……去年よりずっと余裕があるじゃない」
「それは、相手がリーナだからかな」
「なっ……」
思わずアエラの目が丸くなる。そんな反応に、アルシオはごく小さく微笑んだ。
「会長として頼もしい、という意味だよ」
「今、絶対わざとでしょう」
「どうかな」
しれっと返されて、アエラはむっとしたように唇を尖らせる。けれどその表情は、むしろいつもよりいきいきとして見えた。周囲では、新一年生たちがそんな二人を見つめていた。あこがれのような、驚きのような、さまざまな感情が入り混じった視線。その一角で、エクシオもまた兄とアエラを見つめていた。
入学式の日に感じた、アエラを見るアルシオの目。家族を見る目とも、まして他の令嬢を見る目とも違う。熱を帯び、甘く包み込むような眼差しだった。
「……やっぱり気のせいじゃないよな」
思わず漏れた小さな声は、楽の音に紛れて誰にも届かなかった。一曲を終えると、会場には先ほどよりもずっと大きな拍手が広がった。それを合図にするように、二年生たちがそれぞれ新一年生へ声をかけ始める。壁際にいた者たちも少しずつ引き出され、ようやく歓迎社交会は本当の意味で動き始めた。
アエラもアルシオも、生徒会の一員としてその役目を果たしていく。新一年生に声をかけ、踊り、場の空気を和ませる。最初はぎこちなかった者たちも、一曲終える頃には少しずつ表情をほぐし始めていた。
少しひと息ついたところで、不意にアエラの前へ一人の影が進み出る。
「アエラ先輩。よろしければ、一曲お願いできますか」
見上げれば、そこには正装に身を包んだエクシオがいた。金の髪を灯りがやわらかく照らし、その表情には年相応の明るさと、皇子としてのきちんとした礼節が同居している。
アエラは一瞬きょとんとしたあと、すぐに口元をゆるめた。
「まあ。お誘いくださるの?」
「はい。せっかく開いて頂いた歓迎社交会ですし、先輩のことをもう少し知りたいので」
あまりにまっすぐな言葉に、アエラは思わず目を丸くした。けれど、すぐに可笑しそうに笑う。
「それは光栄だわ。喜んで」
差し出された手に、自分の手を重ねる。年下らしい素直さの中に、妙に人の懐へ入るのがうまいところがある。――なるほど、確かにアルシオとは違う。
一方その頃、少し離れた場所にいたアルシオの前にも、静かに一人の令嬢が進み出ていた。
*
楽の音がゆるやかに流れる中、エクシオに手を引かれたアエラは、中央から少し外れた輪の中へと歩み出た。年下の相手ではあるけれど、差し出された手にも、腰へ添えられる手にもためらいはない。
「お上手なのね」
アエラが少し目を細めて言うと、エクシオは照れたように笑った。
「ありがとうございます。小さい頃から叩き込まれてますから」
「堂々としたものだわ。新入生とは思えないくらい落ち着いてるもの」
「それを言うなら、アエラ先輩の方こそです」
あまりにも素直な賛辞に、アエラは思わず少しだけ視線を逸らした。屈託のなさで真正面から言葉を投げてくるから、かえって調子が狂う。
「……ありがとう。でも、そう見えるようにしているだけよ」
「そうなんですか?」
「そうよ。一年生の頃は、わたしだってそれなりに緊張していたわ」
「ちょっと意外です」
「失礼ね」
アエラがじろりと睨むと、エクシオはくすくすと笑った。その笑い方には嫌味がない。
「貴方のお兄様はもっと酷かったわよ。最初の頃はもっと静かで、今よりずっと壁を作っていたわね」
「そうなんですか?」
「でも、少しずつ変わったの。たぶん、自分で変わろうとしたのもあるし……周りがほっとかなかったのもあるんでしょうけど」
そこまで言って、アエラはふと口をつぐむ。自分で言いながら、どこかくすぐったくなったのだろう。エクシオはそんな彼女の表情を見て、胸の奥に小さな引っかかりを覚えた。けれどそれを表には出さず、代わりに少しだけ首を傾げる。
「先輩は、兄様のことをよく見てるんですね」
「一年間、一緒にいるんだもの。それくらいは分かるわ」
さらりと返された言葉だったが、アエラの頬にはごくわずかに赤みが差している。エクシオはそれを見逃さなかった。兄が彼女を見る時の目を思い出す。やはり、自分の考えすぎではないのかもしれない。
けれど今は、それを問いただす場ではない。むしろエクシオの中にあったのは、少し別の興味だった。
「兄様、学園ではどんな感じですか?」
「どんな、と言われると難しいけれど……そうね。頼りにされてるわ。本人はあまり前に出たがらないのに、気づけば自然と人が集まってる感じかしら」
「……うん、それは想像できます」
「でも、静かに見えて案外頑固よ。自分の中で譲れないものは、そう簡単には曲げないもの」
その言い方に、エクシオはふっと笑った。
「それも分かる気がします」
「でしょう?」
アルシオのことを話しているうちに、自然と会話がほどけていく。こうして踊ってみると、エクシオはアルシオとはまるで違う。明るく、人懐こく、感情をそのまま表に出すことを恐れない。けれどただ快活なだけではなく、相手の反応をきちんと見ている賢さもある。
「エクシオ殿下も、人が周りに集まるタイプね」
「そうですか?自分では分かりませんが……」
エクシオは少し考え、答える。
「楽しみではあるんです。でも、少しだけ不安もあります」
意外なくらい素直な返答だった。アエラが目を瞬くと、エクシオは少しだけ照れたように笑う。
「兄様はもう、ここに自分の居場所を作ってるでしょう? それが嬉しい反面、僕は僕でちゃんとやっていけるのかなって、少しだけ思ってしまって」
その言葉は、年相応の揺れを含んでいた。アエラは一瞬だけ黙り、それからやわらかく微笑む。
「大丈夫よ。あなたはアルシオ殿下とは違うもの。アルシオ殿下が静かに人を惹きつける人なら、あなたはもっとまっすぐに人の輪の中心へ入っていける人だわ。たぶん、あなたにしか作れない関係がある」
その言葉に、エクシオは一瞬きょとんとしたあと、ふっと目を細めた。
「……先輩って、やっぱり兄様が特別なんですね」
「え?」
「だって、兄様のことを話す時、すぐ分かるから」
あまりに無邪気に言われて、アエラの足がわずかに乱れそうになる。けれど何とか踏みとどまり、じっとエクシオを見返した。
「あなた、ほんとうに遠慮がないのね」
「フェリオにもよく言われます」
「それ、あまり褒められてない気がするけど」
「たぶんそうですね」
二人して思わず笑ってしまう。その拍子に、さっきまでの張りつめた空気がやわらいだ。曲の終わりが近づき、ステップも少しずつ締めへ向かっていく。
エクシオは最後にほんの少しだけ真面目な顔になって、アエラを見た。
アエラ先輩は、思っていた以上に話しやすく、明るくて、人を惹きつけるひとだ。ただ華やかなだけではなく、生徒会長として人の前に立つ強さもある。兄が気にかけるのも分からなくはない。
けれど、だからこそ引っかかる。兄がアエラの隣に立つ時、どこか自然に一歩後ろへ下がっているように見えた。まるで、彼女を前に立たせるように。支えることを選んでいるように。けれどエクシオは知っている。兄は本当は、自分自身が前に立てる人だ。静かで控えめではあるけど、必要なら人を導けるし、言葉ひとつで場の空気だって変えられる。入学式での一言が、まさにそうだった。
――なのに、なんでそうしないんだろう。それは兄の優しさなのか、それとも兄自身がそう望んでいるからなのか。あるいは、アエラ先輩がそうさせているのか。まだ分からない。ただ一つ分かるのは、兄が彼女の隣にいる時だけ、エクシオの知らない顔を見せるということだった。あれは家族へ向ける顔でも、臣下や友人へ向ける顔でもない。もっとやわらかくて、もっと深い何かを含んでいる。
アエラ先輩は、たぶん兄にとって特別な人だ。でも、その特別が、兄にとってどんな意味を持つのかまでは、まだエクシオには見えなかった。
楽が静かに結ばれる。最後の一歩を終え、エクシオはきちんと一礼した。
「一曲、ありがとうございました。とても楽しかったです」
「……こちらこそ。あなた、本当に油断できないわね」
「兄様にもよく似たようなことを言われます」
「それはまた別の意味でしょうけど」
そう返しながら、アエラは胸の奥に小さな余韻を残していた。やっぱり、値踏みされてたようだ。アルシオとは違う。けれど、確かに同じ血の流れを感じさせる少年だった。
*
アエラがエクシオの手を取って輪の中へ入っていくのを見届けた、その時だった。少し離れた場所から、ひとりの令嬢が静かに歩み寄ってくる。
「ご無沙汰しております、皇子殿下。ご健勝そうで何よりでございます」
丁寧に礼を取るその姿に、アルシオは一瞬だけ息を止めた。浅葱色のドレスに身を包んだ少女――エレオノーラだった。ルナーリアの生誕祭以来、こうして面と向かって言葉を交わすのは初めてかもしれない。
「エレオノーラ嬢。入学おめでとう。久しぶりだね」
努めて穏やかに返すと、彼女はわずかに微笑んだ。その微笑みはよく整えられていて、皇国の令嬢らしい品のよさがある。けれど、その奥にはわずかな緊張も滲んでいた。
「ありがとうございます。よろしければ、わたくしともダンスをお願いできますか?」
一瞬、胸がドキリと小さく鳴る。けれど彼女は一年生であり、ここは歓迎社交会の場だ。断る理由はなかった。
「もちろん」
アルシオが手を差し出すと、エレオノーラはほんの少しだけ安堵したように目を伏せ、それからその手を取った。楽の流れに合わせて中央へ出る。最初の数歩は、互いに礼を崩さぬよう整ったものだった。けれど、エレオノーラの指先からは、抑えきれない緊張がかすかに伝わってくる。
「学園には、もう慣れた?」
「まだ少し緊張しておりますわ。でも、皆さま親切にしてくださるので……少しずつ、というところです」
「それならよかった」
アルシオはそう言ってから、ふと思い出したように続けた。
「……そういえば、エクシオと同じクラスだったんだね」
「はい」
エレオノーラは小さく頷く。
「エクシオ殿下は、きっとすぐに学園に馴染まれるのでしょうね」
「うん。たぶん僕より、ずっと上手にね」
そう答えると、エレオノーラは少しだけ目を細めた。
「……でも、アルシオ殿下も、堂々としていらっしゃいますわ。静かでいらっしゃるのに、気づけば皆さまが殿下のそばにいらっしゃるもの」
「そんなことないと思うけど……。ありがとう」
アルシオがそう返して、ふと微笑む。それだけで、エレオノーラの頬がほんのりと赤くなった。やさしい人だと、改めて思う。昔からずっと、そうだった。
「……ずっと、見ておりましたもの」
思わずこぼれたような、小さな声だった。けれど、アルシオの耳には届いたらしい。彼はわずかに目を瞬き、それから何も問い返さなかった。
「……ありがとう」
ただ静かに、そう返しただけだった。その一言が、かえって胸に沁みる。期待を持たせる言葉ではないが、受け止める。アルシオらしいやさしさだった。
数拍の沈黙が落ちる。けれど気まずさはなかった。アルシオの対応は、今も昔も変わらない。ダンスを乞えば、応じてくれる。だが、一線はずっと引かれたままで、自分は越えることができない。それでも、こうして一曲を願わずにはいられなかった。
ふと、アルシオの視線が一瞬だけ遠くへ流れた。つられるように目を向ければ、少し離れた場所でアエラがエクシオと踊っている。明るく、華やかで、笑顔のよく似合う少女。アルシオの視線が、ほんのわずかにやわらぐことを、エレオノーラは見逃さしていなかった。――やっぱり。胸の奥がきゅっと痛む。やがて曲は終わりへ向かい、最後の一歩を静かに結ぶ。
「一曲、ありがとうございました」
エレオノーラが礼を取る。アルシオもまた、丁寧に応えた。
「こちらこそ。エレオノーラ嬢」
その声音は最後までやさしかった。だからこそ、余計に胸が痛むのだと、エレオノーラは思う。
「……はい」
顔を上げたときには、もう令嬢としての微笑みを取り戻していた。けれど胸の奥では、ずっと前から分かっていた結末が、静かに輪郭を持ち始めていた。
離れていくエレオノーラを見送って、ふとアルシオは視線を横へ流した。その先に、見慣れた髪色を見つけて、思わず目を瞬く。
「……あれ?」
レックスが、ひとりの女生徒と踊っていた。別に不思議なことではない。歓迎社交会なのだから、申し込まれれば一曲くらい応じてもおかしくはない。けれど、普段の彼を知っていると、どうにも意外だった。
しかも、踊り方は思いのほかきちんとしていて、足取りも姿勢も、相手を不安にさせないだけの安定感がある。アルシオは思わず小さく笑った。皇国にいた頃、王城の教師から社交用のダンスを習わされたことがあるが、侍従であるレックスも一緒だった。だがレックスはそのたびに露骨に面倒そうな顔をして、隙あらば休もうしたのを思い出す。あれだけ嫌がっていたくせに、いざ踊ればちゃんと形になるのだから、なんとも彼らしい。
「ねえ!」
そこへ、別の相手との一曲を終えたアエラが、少し弾んだ声で隣へ来た。
「レックスが踊ってるんだけど、どうしたの?」
翠の瞳を丸くして、いかにも意外そうにそちらを見ている。アルシオは可笑しさをこらえきれず、少し笑って答えた。
「レックスは普通に踊れるよ。その気がないだけで」
「その気がないって……」
呆れたように言いながらも、アエラは興味深そうにレックスの方を眺める。
「ちゃんと踊れるなら、もっと愛想よくすればいいのに」
「いや、レックスらしいよ」
そう話しているうちに、曲が終わる。レックスは相手の女生徒にきちんと一礼すると、次の誘いを待つ気配などまるで見せず、さっさと輪の外へ下がっていった。
「あ」
アエラが小さく声を漏らす。
「早々に戻って行ったわね……」
「うん。まあ、そうだろうね」
戻った先は、やはり壁際だった。何事もなかったような顔で周囲へ目を配り、もう次の曲には関わる気配もない。義理は通すが、それ以上の含みは持たせない――あまりにも徹底したその線引きに、アルシオは苦笑する。
「ほんとうに分かりやすいわね」
「レックスなりの誠実さなんだと思うよ」
アエラは一瞬だけきょとんとしたあと、ふっと笑った。
「……なるほどね。お相手の子がちょっと可哀想だわ」
アエラは生徒会長として終始堂々と振る舞い、その姿自体が新一年生たちを安心させていた。生徒会の面々もそれぞれ積極的に声をかけ、戸惑う一年生たちを自然と輪の中へ引き入れていく。最初は壁際で緊張していた者たちも、いつしか笑みを見せはじめていた。なかには、ランスにダンスへ誘われ、あからさまに頬を赤らめる一年生の令嬢たちもいて、そのたびに周囲へ小さなざわめきが広がった。
去年は、自分たち一年生だけがこの場にいた。それだけでも十分に眩しく感じていたはずなのに、今年はそこへ新しい一年生たちが加わり、会場はさらに華やいで見えた。ただ人数が増えたからではない。新しい出会いが生まれ、輪が広がっていくことで、この学園そのものが少しずつ色づいていくようだった。




