第七章-2 君が前に立つなら
廊下へ出た途端、それまで張りつめていた空気がようやく少しほどける。
「……驚いたわ」
「でも、適任でしょ?」
アルシオがそう返すと、アエラはじっと彼を見る。
「あなたって、そういうところずるいのよ」
「え」
「真正面から言うんだもの」
そう言ってそっぽを向いた頬が、わずかに赤い。その横で、マリエラがくすりと笑った。
「でも、素敵でしたわ。公の場でああして認められるのは」
「マリエラ!」
「事実ですもの」
ランスは淡々とした顔のまま言った。
「少なくとも、会長人選については最良の形になったと思う」
「あなたまで」
「適切な判断です」
きっぱり言い切られ、アエラは反論しかけて、結局できなかった。ザンザスは短く一言だけ落とす。
「舞踏会までに、役割分担を詰めましょうか」
「そ、そうね」
エレンもおずおずと続けた。
「会計や運営案も、年明け前に少し整理しておいた方がいいかもしれません」
すでに皆、次を見ている。そのことが、何だか少しくすぐったく、そして頼もしかった。やがて六人はそれぞれの方向へ散っていく。
最後に残ったのは、自然とアルシオとアエラだけだった。冬の淡い光が、長い回廊に差し込んでいる。アエラはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと言った。
「……私に務められるかな」
「大丈夫だよ、リーナ」
「でも……」
アエラの不安を感じ取り、アルシオは少しだけ黙った。冬の淡い光が、長い回廊の床へ静かに落ちている。
「もっと前から思ってたんだ」
やがて、アルシオはゆっくりと言った。
「僕は、みんなの前に立つべき立場にいる。たぶん、それはこれからも変わらない」
アエラは何も言わず、ただ彼を見つめている。
「でも、それは役割だからだ。皇子だから。そういう立場に生まれたから。前に立つことを求められる」
「……アルシオ」
「でも、リーナは違う」
その一言に、アエラの睫毛がわずかに揺れた。
「瞳の力強さも、みんなを惹きつける声も、前に立って人を引っ張っていけるものだって、ずっと思ってた」
アエラは息を呑む。
「模擬評議会の時も、創設祭の時も、ただ勢いで進んでいたわけじゃない。ちゃんと先を見て、周りを動かしていた」
「それは……」
「だから、リーナが会長になるのは自然なことだと思った」
アエラはすぐには返せなかった。視線を逸らしそうになって、けれど結局、逸らせないまま立ち尽くす。
「……そんなふうに、見てたの」
「見てたよ」
あまりにもまっすぐ返されて、アエラは小さく息を漏らした。
「ほんと……ずるい」
「え」
「そう言わられると、悪い気しないじゃない」
そっぽを向いた頬は、もう隠しようもなく赤かった。
けれどアルシオは、そこで少しだけ目を細める。
「それに」
「……まだあるの?」
「リーナが前にいる方が、僕は支えやすい」
アエラが息を止める。
「たぶん僕は、そういう役回りも嫌いじゃないんだと思う。――前に立つリーナを後ろから支えて、ちゃんと形にしていくこと。たぶん、そこにはやりがいもあるし……少し、楽しみでもある」
最後の言葉は、ほんの少しだけ柔らかかった。アエラは何も言えない。ただ、頬を熱くしたまま視線を揺らす。
「……そう」
やっとそれだけ言って、視線を逸らす。
「じゃあ、ちゃんと支えてね」
「もちろん」
「途中で面倒になったとか言わないでよ」
「言わないよ」
「ランスばっかり頼りにしたら怒るから」
思わぬ一言に、アルシオは目を瞬いた。
「何それ」
「何でもない」
アエラはそう言って先に歩き出す。けれど、その足取りはどこか軽かった。アルシオはその背中を見つめながら、胸の奥に不思議な温かさが残るのを感じていた。前に立つ彼女を支えること。それを自然に思える自分がいた。そして、その未来を少しだけ楽しみにしている自分にも、もう気づいていた。




