第五章-2 壇上の応酬
「では、ここから質疑に入ります。質問、反論、補足、いずれも順に受け付けます」
最初に動いたのは、ザンザスだった。
「確認したい」
立ち上がった彼の声は低く、だがよく通る。
「クラス一は“今後も外へ価値を示し続けるための基盤づくり”を主目的とすると言った。では、その中で基金化はどこまで優先される? 発信強化と整備に使ったあと、残れば回す程度の話では、継続性は担保されない」
問いは鋭かった。だが、そこに揚げ足取りの意図はない。ただ本気で、そこが要だと思っているのだと分かる。アルシオが答える前に、アエラが一歩前へ出た。
「“残れば回す”というわけではありません」
その緑の瞳が、まっすぐザンザスを見る。
「創設祭を今後も学園の価値を示す場にするなら、一年だけ整えて終わりじゃ意味がありません。だから基金化は必要です。ただし、基金だけ作って今年を何もしないのも違う。外へ示す最初の一歩をきちんと形にすることと、残す仕組みを作ること、その両方が必要なんです」
言い切る声音には迷いがなかった。ザンザスはしばらくアエラを見たあと、静かに言う。
「主目的に従属する形での基金化、ということか」
「ええ、そうです」
「……理解した」
短いやり取りだった。
けれど、それだけで教室の空気が少しだけ動くのが分かる。次に立ち上がったのはランスだった。
「質問というより、確認に近い」
彼はそう前置きしてから、アルシオを見た。
「クラス一の主張は理解できる。だが、創設祭を外へ向けた起点とするには、そもそも示すに足る中身がなければならない。その点についてはどう考える」
「必要だと思ってる」
アルシオはすぐに答えた。
「来賓向けの記録や公開講義の充実だけでは足りない。学園の価値を示すなら、その支えになる内部の整備も必要になる。だから僕たちは“見せ方だけ”に使う案にはしていない」
ランスは続きを促すように、わずかに顎を引く。
「ただ、そこを“先に整いきるまで待つべきだ”とは考えていないんだ」
アルシオは言葉を選びながら続けた。
「学園の価値は、整ってから見せるだけじゃなく、示していく過程でも育つものだと思う。創設祭でどんな発信をするかを考えること自体が、何を学園の誇りとするかを見直すことにもなるから」
ほんの一瞬、ランスの目が細められる。反論ではなく、吟味するような目だった。そこへマリエラが、静かな微笑みを浮かべたまま口を挟む。
「では、逆にお聞きしますわ。限られた収益の中で、発信と整備と基金、三つを全て成立させる際の優先順位は、どこに置かれるのです?」
その問いに、会場の意識がまた集まる。核心だった。全部が必要なのは誰にでも言える。では、限られた中で何を先に守るのか。そこで開いたのは、ユフィーリアのノートだった。
「優先順位は、“次へ繋がるかどうか”だ。収益を単年で消費しきって終わる形にはしない。その上で、今年の創設祭が来年以降の支援や理解に繋がるよう、対外的に残る整備を優先する。言い換えれば、“その場で消えるもの”より、“次に繋がるもの”へ重きを置く、ということだね」
「たとえば、公開講義や展示の内容を記録し、次年度以降も使える形に整えること。来賓や支援者へ学園の理念を明確に伝える仕組みを残すこと。これらは、今年の催しにも来年の価値にもなる」
マリエラはすぐに頷いた。
「なるほど。消費ではなく蓄積、と」
「そうだね」
アエラがそこで、口を開いた。
「要するに、私たちの案は“広報だけ”でも“設備だけ”でも“基金だけ”でもない。でも、何でも平等に少しずつやる話でもない。次に残る形を優先して、そのために必要なもんを選んで使うってこと」
傍聴席のあちこちで、小さく頷く気配があった。ザンザスがそこで再び立ち上がる。
「では問う。学園の価値を外へ示すことを重視するなら、一般公開の対象や規模をどう考える? 収益を得る以上、参加者を増やす方向に流れやすい。だが、それは学園の理念を薄める危険もある」
けれど今度は、アルシオの方が前へ出る。
「増やすこと自体を目的にはしない」
言葉は自然に出た。
「たしかに、広く人を集めた方が収益には繋がるかもしれない。でも僕たちが重きを置いてるのは、量じゃなくて伝わり方なんだ。来る人を増やすことより、この学園が何を目指しているのかを正しく理解してもらうことを優先したい」
そこまで言って、アルシオは教室全体を見渡した。
「それに、学園の価値は“外へ開くこと”と“誰にでも媚びること”は違うと思う」
その一言に、会場が静まり返る。自分でも、少し驚いた。けれど、言ったあとで、それが間違っていないと分かる。ランスが、その言葉に小さく目を細めた。ザンザスもまた、初めて少しだけ表情を動かしたように見えた。
進行役の教員が、そこで討議の流れを整えるように言う。
「では、ここまでの議論を踏まえ、各クラスは最終的な要点を簡潔に述べてください」
再び、クラス三から順にまとめが行われた。ザンザスは最後まで一貫していた。仕組みのない善意は続かない。だからまず制度を作るべきだと。ランスもまた揺るがない。価値を示す前に、まず誇れる中身を整えろ、と。そして、アルシオはゆっくりと立ち上がる。今度は、不思議なくらい迷いがなかった。
「学園が今後も必要とされるためには、外へ価値を示すことが必要です」
その声は、会場の隅まで届いた。
「けれど、それは表面を飾ることではありません。支える中身があり、その価値を来年以降へ繋ぐ仕組みがあってこそ、初めて意味を持つ」
隣に立つアエラの熱。ユフィーリアの整えた道筋。
ゲイルの削ぎ落とした現実。レックスのぽつりと零した本質。クラス全員で奔走した足場全部が、自分の中でひとつの形になっている。
「僕たちは、創設祭の収益を“分け合うべきもの”だとは考えていません」
そこで一拍置く。
「これは、この学園が今後どういう場所になるのかを決めるための最初の資金です。だからこそ、一年で消える使い方ではなく、来年以降にも価値を繋げていける形へ使うべきだと思います」
言い終えた瞬間、胸の奥に小さな静けさが落ちた。ざわめきが、遅れて会場に広がる。進行役の教員が立ち上がる。
「これにて討議を終了します。これより投票に移ります」




