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第五章-1 三つの主張

 模擬評議会当日の朝、学園の空気はいつもとは明らかに違っていた。講義のある日のざわめきとも、親睦競技会の高揚とも違う。もっと静かで、もっと張りつめている。廊下を行き交う生徒たちの声は自然と抑えられ、けれどその分だけ、すれ違う視線の熱が強かった。


 今日は、言葉で競う日だ。剣を交えるわけでも、馬を駆るわけでもない。けれど、だからこそ隠しようのないものが試される。何を重んじ、何を捨て、どう人を動かすのか。そうしたものが、今日の評議会ではすべて表へ出る。


 アルシオは資料を抱え、レックスと並んで中央棟の大教室へ向かっていた。評議会の会場に使われるその部屋は、普段の講義室よりもはるかに広く、壁際には傍聴席まで設けられている。壇上中央に教員席、その下に三つの代表卓が並び、一期生たちは各クラスごとに分かれて着席することになっていた。


「緊張してるか?」


 歩きながら、レックスがいつになく静かな声で言った。アルシオは少しだけ考えてから頷く。


「少しは」


「少しか?」


「……かなり、かも」


 正直にそう返すと、レックスはふっと口元を緩めた。


「そりゃよかった」


「何それ」


「お前、こういう時に平然としてる方が気味悪い」


 その言い方に、アルシオは思わず小さく笑ってしまう。笑ったことで、ほんの少しだけ肩の力が抜けた気がした。会場の前まで来ると、すでに他クラスの生徒たちも集まり始めていた。クラス二の一団の中には、ひときわ長身のランス・オルトリアンの姿がある。彼は今日も変わらず背筋を伸ばし、赤毛の硬い髪を朝の光に照らされながら、静かに自分の席を確認していた。その隣には、侯爵令嬢マリエラ・ブライト。穏やかな微笑を浮かべているが、視線は冷静に周囲を量っている。

 別の一角には、クラス三の代表であるザンザス・ロクスウェイがいた。相変わらず寡黙で表情も乏しいが、その横で帳面を抱えているエレン・ポープスの方が、むしろ落ち着かなさそうに見える。人前は得意ではないと聞いていたが、今日ばかりは無理もないだろう。

 そして、クラス一の卓のそばでは、アエラが腕を組んだまま何かをぶつぶつ言っていた。


「……最初に強く印象づけるのよ。弱気な顔したら許さないんだから」


 どうやら、自分に言い聞かせているらしい。その様子に気づいて、アルシオは少しだけ足を止めた。アエラもこちらへ気づく。一瞬だけ、目が合う。昨日までのぎこちなさが完全に消えたわけではない。けれど、もう露骨に逸らすこともしなかった。ほんのわずか、気まずさと、昨日までとは違う意識が残っている。それでも、前へ進まなければならないことは互いに分かっていた。


「おはよう」


 先に口を開いたのはアルシオだった。アエラは一拍遅れてから、少しだけ顎を上げる。


「……おはよう」


 声音は思っていたより普通だった。そのことに、アルシオは胸の内で小さく安堵する。ユフィーリアもすでに席についていて、資料をきちんと整えていた。ゲイルは腕を組んだまま不機嫌そうに見えるが、机上の紙は誰よりも整理されている。こういう時ほど性格が出る、とアルシオは思う。


「最終確認、しますか?」


 ユフィーリアが顔を上げて言った。


「うん」


 四人は卓を囲む。クラス一の主張は、もう何度も確認した。創設祭の収益は、学園が今後も外へ価値を示し続けるための基盤づくりに用いるべきであること。そのために、公開講義や展示、来賓向け記録整備など対外的な発信を支え、同時にそれを一時の華やかさで終わらせないよう、一部を次年度以降へつなぐ基金とすること。

 主目的はひとつ。学園を、今後も必要とされる場所にすること。そこへ至る手段として、中身の整備も、継続性も要る。


「最初の説明はあなたがしてね」


 アエラが念を押すように言う。


「分かってる」


「もっとこう……堂々と」


「難しいこと言わないでよ」


「第一印象が大事なんだから」


 いつもの調子に近い返しだった。ほんの少しだけ、空気がほぐれる。そこへレックスが低く言った。


「お前ら、始まる前に変なことで消耗するなよ」


「変なことって何よ」


「分かってるくせに」


 レックスはそれ以上言わなかった。けれど、その目が一瞬だけアルシオへ向く。昨日の帰り道の会話が、胸の奥に静かによみがえった。

 ――もしお前が本当にアエラを特別に思うなら、今後どうしたいのかは、そのうちちゃんと考えろよ。

 今はまだ、その答えを出す時ではない。けれど、少なくとも今日は、自分の言葉で立たなければならない日だ。やがて、会場のざわめきが少しずつ収まっていく。

 教壇へ上がったのは評議会進行役を務める教員だった。簡潔な開会の挨拶のあと、ルールの確認が行われる。各クラス代表と副代表が壇上で討議し、その内容を踏まえて第一期生全員が投票すること。投票は無記名で、最終的にもっとも支持を集めた案を今日の決議案とみなすこと。必要に応じて副代表や庶務が資料提示や補足発言を行うこと。


 会場の空気は静かだった。だが、その静けさの下に、張りつめた熱が流れているのが分かる。


「では、これより第一期生模擬評議会を始めます」


 宣言が響く。三つの代表卓へ、各クラスの代表と副代表が進み出た。


 クラス一、アルシオとアエラ。

 クラス二、ランスとマリエラ。

 クラス三、ザンザスとエレン。


 それぞれが着席した瞬間、傍聴席からも教室全体からも、ひとつ大きく空気が引き締まった気がした。アルシオは目の前の机へ手を置く。緊張は、まだある。けれど、不思議と足は震えていなかった。隣を見ると、アエラが真っ直ぐ前を見ている。あの緑の瞳には、迷いより先に熱があった。

 進行役の教員が言う。


「発言順は抽選により決定されています。最初は、クラス三代表ザンザス・ロクスウェイ」


 ざわめきが、わずかに揺れた。ザンザスは立ち上がる。派手さのない男だ。だが、だからこそ、一度口を開けば周囲の意識がそちらへ吸い寄せられる。


「我々クラス三は、創設祭の収益を単年の裁量で消費するべきではないと考える」


 低く、よく通る声だった。


「学園は創設されたばかりであり、財の扱いに一貫した制度がない。その状況で、場当たり的に収益を配分するのは無責任だ。ゆえに我々は、収益の基金化と、その運用規定の整備を最優先とする」


 横に立つエレンが資料を示す。数字に裏打ちされた運用試算。毎年の創設祭規模を見込んだ場合の積立比率。必要経費との差し引き。淡々としているのに、説得力は強い。


 制度を作ること。

 継続可能な形を残すこと。


 クラス三の主張は明快だった。


 続いて、クラス二。ランスが立ち上がると、それだけで場の空気が少し変わった。言葉を発する前から、人を惹きつける圧がある。


「我々クラス二は、学園の威信と実力を支える中身の整備を優先する」


 その声音は、驚くほど無駄がない。


「学園が外から必要とされるためには、まず誇れるだけの実力を持たねばならない。図書館、講義設備、実技場、馬場、来賓を迎える環境――いずれも未だ万全とは言い難い。外へ示す価値は、整えられた中身があってこそ初めて意味を持つ」


 マリエラが横から補足を入れる。現状設備の不足と、改善によって期待できる効果。ランスの主張を、彼女はきわめて冷静に現実へ落とし込んでいく。なるほど、とアルシオは思った。筋が通っている。そして強い。次はいよいよ、クラス一の番だった。進行役が名を呼ぶ。


「クラス一代表、アルシオ・セレスティア」


 会場の視線が集まる。その熱を一身に受けながら、アルシオは静かに立ち上がった。進行役に名を呼ばれ、アルシオは静かに立ち上がった。隣では、アエラが真っ直ぐ前を見ていた。その横顔に、わずかに背を押されるような気がした。


「クラス一は、創設祭によって得られた収益を、学園が今後も外に向けて価値を示し続けるための基盤づくりに充てるべきだと考えます」


 声は、思っていたよりも落ち着いていた。


「創設祭は、ただ創立を祝うための一日ではありません。この学園が何を理念とし、どのような人材を育てようとしているのかを、外へ示す最初の機会です。けれど、それがその日だけの華やかさで終わってしまうなら、意味は半減すると思う」


 会場は静かだった。誰一人、無駄な物音を立てない。


「だからこそ僕たちは、創設祭を今後へ繋がる起点にするべきだと考えました。公開講義や展示、来賓へ向けた記録整備を通じて、この学園の価値を継続的に示せる形を整える。そのために必要な基盤整備も同時に行う。そして、一部は来年以降へ繋ぐための基金として残す」


 そこで一拍置く。


「重きを置いているのは、一つです。この学園が今後も必要とされる場所になること。そのために必要な要素を、分けて争わせるのではなく、ひとつの流れとして繋ぐべきだと、僕たちは考えます」


 言い終えた瞬間、自分でもはっきり分かった。ちゃんと、自分の言葉になっていた。隣で、アエラがほんのわずかに口元を緩めるのが視界の端に映る。それだけで、胸の奥が小さく熱を持った。

 教員の進行役が頷き、発言の場を開く。


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