10、クリスマスと正月
(1)ケンカは、ほどほどに
12月は誰もが知っている師走、先生が走り回るほどの忙しい月である。クリスマス、大掃除、お正月の買出し、そして、学校では先生たちが生徒たちの成績処理で追われていたので、生徒たちは早く家に帰されてしまった。期末テストを終えた生徒にとってはまさに天国だった。しかし、早く家に帰されても、素直に喜べない人も中にはいた。そう、笛花とゆかりだった。この2人は家に帰るなり、お店の手伝いがあった。ひかるさんにとっては、助っ人が2人も早くついてくれるので、まさに願ったりかなったりの状態だった。しかも、昼食時だったので、いつもより客が多かった。
「あれ、ひろゆきちゃんは、今日もトンカツ定食なんだね。あんまり食べていると豚になるわよ」
「うるせえ、大きなお世話だ!」
着替え終えて、ホールにつくと笛花は田川さんに茶々を入れていた。
「笛花、ちょっといい?」
「どうしたの?」
私は笛花を裏へ連れて行き、事情を話すことにした。
「今日の田川さん、機嫌が悪いの」
「もしかして、また母さんとケンカをしたの?」
「わからない。とにかく機嫌が悪いから、あまり刺激を与えない方がいいよ」
「うん、わかった」
そのころ、田川さんは食べ終えて水を飲んでいた。
「田川さん、何があったのか知らないけど、ちょっと大人げないんじゃない」
少し離れたテーブルから清江さんがやってきた。
「ババアには関係ねーよ」
今度は清江さんに八つ当たりをする始末。
「私にそんな口を聞いていいのかね」
「だから、何が言いてえんだよ!」
田川さんは相当イライラしていた。
「私、あんたの責任者とは仲がいいんだよ」
「チクりたかったら、チクれよ。俺は乗務に戻るから」
「田川さん、ちょっと大人げないよ。八つ当たりなんて、みっともない」
今度は杉村さんが口をはさんできた。しかし、田川さんは何も言わず会計を済ませて、店を出て行ってしまった。
「田川さん、いったい何があったんだ?」
杉村さんは不思議そうな顔をして、店の出入口を眺めていた。
「さあ?」
清江さんも呆れて何も言えない状態でいた。
「笛花ちゃんに、ちょっと言われたくらいで、興奮するなんてレベルが低い証拠だ」
杉村さんも完全に呆れかえっていた。
「笛花も言葉にも気を付けたほうがいいよ。相手は年上の人なんだから」
「年上の人って、相手はひろゆきちゃんでしょ?」
ひかるさんに言われ、笛花は納得しない顔をしていた。
「ひろゆきちゃんも、立派なお客様なんだから、少しは言葉に気をつけなさい」
「わかったわよ」
笛花はふてくされた顔をして、渋々と返事をした。
杉村さんと清江さんが帰ったあと、店の中は閑散としていたので、ゆかりは冬休みの話題を持ちかけた。
「ねえ、冬休みどうする?」
ゆかりが持ちかけた話題に、みんなは無反応だった。それもそのはず。トラブルのあとだったので、みんなの心の中はブラックになっていた。田川さんの不機嫌が、みんなにも影響を与えてしまったので、ゆかりの怒りは田川さんに向けられた。
「おのれ田川め。次来る時まで覚悟しておけよ」
ゆかりは、思わず声に出してしまった。
「気持ちはわかるけど、それを言っても始まらないじゃん」
私も苦笑いをしながら答えていた。
「でも、もとはといえば笛花が田川さんに茶々を入れたのが悪かったんじゃない? 『あれ、ひろゆきちゃんは、今日もトンカツ定食なんだね。あんまり食べていると豚になるわよ』って言ったから、こういう結果になったんでしょ」
ゆかりの怒りの矛先は笛花に向けられた。
「あれは、軽いジョークで言ったつもりなんだけど……」
「そのせいで、田川さんが機嫌悪くなったんでしょ?」
「私に責任とれと言うの?」
「だってそうじゃん。田川さんにひどいことを言ったから、こうなったんでしょ?」
ゆかりの厳しい言葉に笛花の怒りは一気に加速していった。
「確かに私も悪いかもしれないけど、ひろゆきちゃんだって大人げないじゃん。あの程度で怒るなんて、本当に情けないよ」
「笛花、今の言葉本心なの?」
今まで黙っていた、ひかるさんが声を荒げて言い出した。
「本心も何も私は……」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってちょうだい」
「だって、誰が聞いたって、あんなのジョークに決まっているじゃん。それを聞いて怒鳴るなんて、本当に大人げないよ」
「確かに、あの時のひろゆきちゃんの機嫌が悪かったのも事実だし、大声で怒鳴った件に関しては明らかに八つ当たりだったよ。でもね、あなたも少しは空気を読みなさいよ」
「じゃあ、今からひろゆきちゃんに謝りに行けばいいの?」
「そうだね。5時ごろ、ここを出ましょうか」
「お店は大丈夫なの?」
「早めに切り上げるよ。行くときに和菓子屋さんに立ち寄るから。それと雫ちゃんとゆかりちゃんは、申し訳ないけど今日は上がってくれる?」
私とゆかりは言われるままに着替えて、自転車に乗って家に帰ることにした。
帰り道、空地に立ち寄って、私はゆかりに「なんか、騒ぎが大きくなったね」とボソっと呟いた。
「あれは『身から出た錆』だよ。あの時、笛花がきちんと田川さんにちゃんと謝っておけば、こんな展開にならないで済んだはずよ」
「確かに……。でも、笛花だって悪気がなかったわけだし……」
「悪気がなかったら、ちゃんと謝っていたはずだよ。今回の件で少しは目が覚めたはずだよ」
「ゆかりちゃん、それは言い過ぎかもしれないよ」
「たしかに……。とにかく少し頭を冷やす必要があるわよ。普段だってだらしがないんだから」
「とにかく、この話は終わりにしようか」
ゆかりがデッドヒートしていたので、これ以上興奮させないように話を終わらせて、家に帰ることにした。
「ゆかり、興奮していると事故を起こすわよ」
私が言っても聞く耳持たなかった。その時だった。正面から自治会長の臼井さんが運転している車にぶつかりそうになったので、私は「危ない!」ととっさに大声を出してしまった。
「ゆかりちゃん、ちゃんと前を向いて運転しないと危ないよ」
「ごめんなさい……」
「何かあったの? もしかして、笛花ちゃんと喧嘩でもしたの?」
「なんでもありません……」
「そんな顔で『なんでもありません……』と言っても説得力ないよ。むしろ『相談に乗ってください』と訴えかけているようなものだよ。遠慮なしに話してくれよ」
「その件でしたら、私がぜんぶ話します」
私が今までの出来事をぜんぶ話すと、臼井さんは相槌を打ちながらぜんぶ聞いていた。
「そんなことがあったんだね。でもなんで笛花ちゃんと田川さんのいざこざに、ゆかりちゃんが悩む必要があるの?」
「私が笛花にきついことを言ったからなんです……」
「その件なら、ゆかりちゃんが気にすることはないよ。あと、田川さんも大人げがない。子供の言ったジョークに感情的になるなんて、本当に情けない」
臼井さんは呆れた表情で自分の感想を言ってきた。
「確かに臼井さんのおっしゃる通り、田川さんも悪いかもしれませんが、もとはといえば、笛花も機嫌の悪い時に茶々を入れてきたのが悪いのです」
「そっかあ……。申し訳ないけど、これ以上関与できないから、私は失礼するよ」
私とゆかりは、走り去っていく臼井さんの車を見送ってから家に帰ることになった。
一方、ひかるさんと笛花は和菓子屋さんに立ち寄って、田川さんの所へ持っていく手土産を選んでいる所だった。
「こんにちはー、輝美いるー?」
ひかるさんが大きい声で店の人を呼んだら、店の奥から若い女の人がやってきた。
「ひかるさん、こんにちは。あれ、笛花ちゃんも一緒なんだね」
「誰かの家に挨拶しに行くの?」
「実はその件で、ちょっと話に付き合ってくれる?」
「どうしたの?」
ひかるさんは、店でおきた出来事をぜんぶ輝美さんに話したら、輝美さんは「田川のヤツ、この程度で怒っているの? 昔と同じ性格じゃん。マジダサ」と呆れた表情で呟いていた。
「輝美さん、ひろゆきちゃんのこと知っているの?」
「ひろゆきちゃん、マジうける。こんど会ったら私も言ってみようかな『ひろゆきちゃん』って。どんな反応するか楽しみ」
カウンター越しで、輝美さんはゲラゲラと笑いながら言っていた。
「もとは言えば、悪いのはぜんぶ私が悪いので……」
「笛花ちゃん、気にすること全くないよ。この程度で気分を害する田川が悪いんだから。それと、いいこと教えてあげるね。私と田川のヤツ、小学校から高校まで一緒だったからわかるけど、食べるのがとにかく遅かったの。クラスからは田川のヤツ、『のろまの亀』って言われていたんだよ」
「そうなんですか?」
「次、軽食屋さんにやってきたら、試しに『のろまの亀』って呼んでみたら?」
「わかりました」
「笛花、仕事中にひろゆきちゃんに言ったら、小遣い減らすからね」
ひかるさんの脅しに笛花は何も言えなくなってしまった。
「そうなったら、私が少し出してあげるね」
「輝美さん!」
「冗談よ。とにかく、さっきの件は明らかに田川のヤツが悪い。笛花ちゃんは悪くないから。あと、田川のヤツ、豆大福が大好きだから手土産にいいかもしれないよ」
「じゃあ、16個入りの豆大福いい?」
「そんなにたくさん?」
「ひろゆきちゃんだけじゃなく、営業所の人もいると思うから」
「それなら。20個入りでいいんじゃない?」
「じゃあ、それを一つください」
「了解です」
輝美さんは大きな紙の手提げ袋に20個入りの豆大福を入れて、会計を済ませて、ひかるさんに渡した。
店を出たあと、ひかるさんは笛花を車に乗せて営業所まで向かった。
近くに車を止めたひかるさんは、笛花と一緒に豆大福を持って、営業所の中へ入って行った。
「ごめんください、田川さんはいますか?」
「少々お待ちください」
ひかるさんが受付にいる女性の事務員に声をかけたら、奥から田川さんがやってきた。
「先ほどは娘がご迷惑をおかけました。笛花、あなたも謝りなさい」
「失礼なことを言って、すみませんでした……」
「いえいえ、自分も大人げないところを見せてしまって……。笛花ちゃん、さっきはごめんね」
ひかるさんが笛花のあたまを軽く叩いて謝らせたら、田川さんも笛花に謝ってくれた。しかも、いつもと違う口調に2人は驚いた表情を見せていた。
「つまらないものですが、よかったら召し上がってください」
「わざわざ気を使って頂いて、ありがとうございます」
やはり、らしくない返事だったので、2人は違和感を覚えてしまった。
「では、私たちはこの辺で失礼しま……」
「ちょっと待ってください」
「はい?」
帰ろうとした直後、田川さんが引き留めてしまったので、ひかるさんはビックリした反応を見せてしまった。
「引き留めてすみません。よかったら、お茶を飲んでいきませんか? 笛花ちゃん、クッキーもあるよ」
田川さんは、そう言って2人を応接室に案内して、ソファに座らせた。ソファは本革製の黒を基調とした上品なつくりになっていたので、座った瞬間、思わず緊張してしまった。
「2人とも楽にしてください。今、紅茶とお菓子を用意しますね」
待つこと5分。田川さんは女性事務員と一緒に紅茶とお菓子を運んで、木製のテーブルの上に載せた。
「どうぞ、ごゆっくり」
女性事務員がドアを静かに閉めて出て行ったあと、田川さんはソファにドカっと座って、いつもの口調に戻って「リラックスしてよ」2人に言った。
「さっきは、びっくりした。急にかしこまるから」
「ごめん、ごめん。目の前に上司がいたから、いつもの口調でしゃべると、注意されるんだよ」
「そうだったんだね。改めて、ごめんなさい」
「もういいって。正直、八つ当たりをした俺も悪かったんだから」
「私も悪乗りをして、あんな言い方をして本当にごめんなさい……」
笛花も、しおれた表情で謝ったので、この話は終わりとなった。
「なんか空気が重たくなって、ごめんね。よかったら食べてよ」
田川さんは2人に紅茶とお菓子を勧めて、そのあと3人で世間話をして盛り上がっていた。
「そういえば一つ気になっていたけど、今日の手土産って、もしかして収内のところで買ってきたのか?」
「うん。ひろゆきちゃんの所に行くと言ったら、収内さん、『のろまの亀』と言っていたよ」
ひかるさんから、あれだけ強く口留めされていたにも関わらず、笛花はついに口に出してしまった。その瞬間、ひかるさんから出た言葉は「小遣いを減らす」だった。
「母さん、今のはノーカン」
「だめ、約束は約束だから」
「ひかるさん、笛花ちゃんのお小遣いを減らすのは待ってくれないか」
田川さんが「待った」をかけてきたので、ひかるさんは正直納得していなかった。
「どうして?」
「笛花ちゃんも悪気があって言ったわけじゃないから」
「ひろゆきちゃんが言うなら……」
「それより収内のヤツ、俺のことを『のろまの亀』と言ってきたんだろ。次会った時には『デビル収内』とか『スケバン』と言ってみなよ」
「なんで?」
「あいつ、小学校や中学校の時、男子をいじめて謹慎食らったんだよ。あと、もっと笑えるのは、高校に入ってすぐにヤニ(タバコ)をくわえている所を先生に見つかって謹慎。さらに親まで来る始末だったんだよ。笑えるだろ」
「そうなんですか?」
「ああ。さらに、もう一ついいこと教えてやるよ。あいつ、無免の上にノーヘルで原チャ乗っているところを警察に捕まった上に、学校に知られて二週間の謹慎食らって、親に大目玉食らっていたんだよ」
「あの、和菓子屋さんが、こんなことをしていたなんて」
「笑えただろ」
「和菓子屋さんの意外な過去を知りました。あの和菓子屋さん、可愛くてまじめそうなイメージがしたので」
「あんなの、ちっとも可愛くないよ」
田川さんは紅茶を片手にソファで足を組んで、収内さんの悪口を並べていた。窓の外を眺めていたら、いつの間にか真っ暗になっていた。
「もう、こんな時間なんだね。笛花、そろそろ帰るわよ」
ソファから立ち上がるなり、笛花に帰るよう促した。
「もう、帰るの?」
「明日の準備をしなくちゃいけないから。ひろゆきちゃん、明日も来るんでしょ?」
「まあ、一応そのつもりだけど……」
「わかった、明日待っているね」
ひかるさんが、笛花を連れて帰ろうとした直後だった。
「ちょっと待ってくれ」
そう言って、事務所からビニール袋を用意して、お皿に余ったクッキーをぜんぶ詰めて、笛花に渡した。
「ここの連中、甘いのが苦手なのが多いんだよ。よかったら持ち帰ってくれないか」
「ありがとうございます」
田川さんからクッキーを受け取った笛花は、ひかるさんと一緒に帰ってしまった。家に帰ったあと疲れたせいか、特に会話をすることもなく、そのまま自分の部屋で寝てしまった。
(2)悪魔の補習
田川さんの騒動から2週間。特に変わったこともなく、平凡な日常を過ごしていた。クリスマスが近いせいなのか、村のいたる箇所にイルミネーションが灯されていた。商店街ではクリスマスソングが流れてきたり、小さい子供はサンタクロースに、どんな玩具をねだるか考えていた。
その一方、笛花たちがかよう大菩薩中学では期末試験が終わって、各教科担当から答案用紙が戻され、がっかりする人、喜ぶ人など様々だった。
「ゆかり、点数どうだった?」
笛花はゆかりの答案用紙を覗き込むような感じで聞いてきた。
「普通だよ」
そう言って、88点の数学の答案用紙を見せた。
「どこが普通なの? 高得点じゃん」
「笛花は何点だったの?」
笛花はそうっと、ゆかりに35点の答案をゆかりに見せた。
「確かに致命的な点数だね」
ゆかりは苦笑いをしながら笛花の答案を眺めていた。
「私、数学は苦手なの」
さらに追い打ちをかけるように、教科担当は赤点を取った人を対象に、補習を翌日の放課後に実施すると言い出した。
次の日から成績処理や職員会議やらで授業時間を短縮したり、午前中で終わらせて、生徒を早めに帰すことになった。しかし、赤点組の人は居残りで補習となっていた。当然笛花もその対象だったので、ゆかりだけ先に帰る羽目となってしまった。
「ゆかり、帰っちゃうの?」
「だって、帰ってからお店のお手伝いがあるから」
「どこのお店?」
「あんたの家のお店でしょ! じゃあ、私は帰るから補習頑張ってね」
笛花が補習を受けているころ、ゆかりは店のお手伝いをやっていた。
「ゆかりちゃん、笛花は?」
笛花がいないことに気がついたひかるさんは、疑問に感じてゆかりに聞き出した。
「実は、まだ学校なんです……」
「なんで、まだ学校なの?」
「それは言えません……」
「もしかして、笛花に口留めされているの?」
「はい……」
「遠慮なしに話してちょうだい」
ひかるさんの迫力ある言い方に、ついに白状してしまった。
「え!? 笛花がテストで赤点!? なんの科目?」
「数学と英語です……」
「まだ補習中なの?」
「わかりません……」
そのあと、スマホを取り出して、笛花の電話につなげてみた。
「もしもし笛花、補習終わったの?」
「ごめん、補習中だから……」
「道志、電話を切れ!」
教室では先生の怒鳴り声が聞こえ、その直後みんなの笑い声も聞こえた。
「とにかく電話を切るわね。あと、雫ちゃんに迎えに行かせるから、校門で待ってちょうだいね」
それだけ言い残して、電話を切ってしまった。
「雫ちゃん、車の免許を持っていると言っていたわよね?」
「一応オートマ限定ですが……」
「私の車オートマだから、今から笛花の学校まで行ってくれる?」
「わかりました……」
ひかるさんから鍵を受けとるなり、私は車に乗って笛花の学校まで向かった。
校門に着くと誰もいなかった。エンジンを切ってハザードランプを点灯させたあと、私は運転席でスマホをいじって待つことにした。「まだ補習中なのかなあ」と呟いた直後のことだった。何人かの制服姿の生徒がやってくる中、笛花の姿が見えたので、スマホの電源を切ってエンジンを始動させた。
助手席に座るなり、笛花は私に「よろしくお願いします」とかしこまった言い方をしてきた。
「どうしたの? 急にかしこまって」
「運転席に母さんじゃなくて、雫ちゃんがいたから……」
「私だと緊張するの?」
「うん、ちょっと……」
「別に緊張することないよ」
「ねえ、母さん機嫌悪くなかった?」
急に心配そうになって、私に聞き出した。
「まあ、普通かな。じゃあ、車を出すわよ」
車のギヤを「D」(ドライブ)に入れて走り出した直後、会話が止まり、店に着くまで無口のままでいた。
笛花を降ろして、車庫に入れて鍵をひかるさんに返そうとした直後のことだった。笛花の答案用紙を見ていたひかるさんが、急に大声で怒鳴ってきた。お店は当然営業中なので、客がいる中での修羅場となった。
「勉強しないで遊んでばかりだから、こんな点数になったんでしょ?」
「遊んでないよ。ずっとお店の手伝いばかりじゃん」
「とにかく、数学が赤点である以上、レジを任せることはできないわ」
ひかるさんの厳しい言葉はさらに続いた。
「冬休みは、家庭教師をつけることにする」
「えー!」
「なによ、その反応は」
「だって……」
「だってじゃないでしょ。とにかく勉強しなかった自分を恨みなさい」
「家庭教師って誰なの?」
「それは、当日まで秘密」
それを言い残して、ひかるさんはカウンターの中へと入ってしまった。
「早く着替えて、手伝いに入ってちょうだい」
ひかるさんに言われて、自分の部屋で着替え始めたのはいいが、笛花の不満は消えなかった。
翌日の朝のホームルームの前でも、笛花は自分の席で、ぼんやりと窓の外を眺めながら家庭教師のことを考えていた。
「笛花、どうしたの?」
「別に……」
ゆかりの心配そうな一言に対して、笛花は無関心な顔で返事をした。
「もしかして、家庭教師の件?」
「そう。ゆかりは知っているの?」
「知るわけないでしょ」
「だよね……。どうせ、おっかない人を呼ぶに決まっているよ」
「落ち込まない。もしかしたら、案外優しい人かもしれないよ」
「優しい人って?」
「例えば駐在さんとか」
「駐在さんねえ。はぁ……」
笛花から出るのはため息ばかりだった。
「ため息つくと、幸せが逃げていくよ」
「そんなの迷信でしょ」
「わからないじゃん」
担任の先生がやってきて、ホームルームが始まった。その間も笛花は、ずっと家庭教師のことばかり考えていた。
その日も授業は午前中で終わったのはいいが、赤点組の人たちは”課題”というお土産を渡された。
笛花が受け取ったのは、英語と数学だった。
「計算なんて、電子計算機に任せればいいと思わない?」
「それを言ったら、課題の意味がないじゃん」
ゆかりの身もふたもない言い方に、何も言い返せなくなった。しかも家に帰れば家庭教師が待ち構えているので、笛花は完全に絶望的になっていた。
店の入口から戻ると、カウンターには星音さんが座っていた。
「笛花ちゃん、お帰り」
「ただいまあ。駐在さん、今から食事なんですか?」
「それもあるけど、実は今日から家庭教師を引き受けることになったの」
「駐在さん、自分のお仕事もあるでは……」
「子供がそんな心配をしない。あなたの家庭教師を引き受けるのも駐在のお仕事なんだから。じゃあ、お部屋に案内してくれる?」
星音さんに言われるままに、笛花は自分の部屋に案内した。
「狭くて汚い部屋ですが……」
ドアを開けた笛花は、星音さんを中に通した。
「案外きれいな部屋じゃない」
「ありがとうございます」
「じゃあ、勉強を始めましょうか」
そう言って、星音さんが勉強を始めようとした時だった。
「駐在さん、よかったら一階の和室をご利用ください」
「ありがとうございます」
ひかるさんに言われ、星音さんは笛花を連れて和室へ向かった。大きめなテーブルに学校で渡された課題と、星音さんが用意した手作りの教材を並べて勉強を始めた。最初は英語からだった。星音さんの説明はとても親切でわかりやすかったので、すぐに理解できしてしまった。
「ちゃんとわかっているじゃん。それで、なんで赤点をとったの?」
「それは、駐在さんの説明がとてもわかりやすかったからなんです」
「そんなことないよ。じゃあ、試しに私が用意した問題集を解いてみる?」
そう言って、手作りの英語の小テストを解かせてみた。解き終えて、赤ペンを用意して採点をしてみたら、なんと97点。
「やれば出来るじゃん!」
「ありがとうございます」
「じゃ、今度は学校で用意された課題をやってみようか」
星音さんに言われて、英語の課題を解き始めてみた。すると、あらビックリ。全問正解だった。
「笛花ちゃん、わざと赤点取らなかった?」
「そんなことありません……」
「ま、いいわ。次は数学をやってみようか」
今度は笛花にとって、恐怖の数学だった。「計算は電子計算機に任せればいい」という考えを持っていたくらいだったので、英語のように一筋縄ではいかなかった。
しかし、ここでも星音さんのマジックが発動した。頭を抱えて、問題と格闘している笛花にアドバイスを下した瞬間、笛花は「あ、そういうことか」と納得してスラスラと解き始めて行った。
「笛花ちゃん、今のリアクション、わざとだったでしょ?」
「そんなことありません。今だから正直に話します。『計算は電子計算機に任せればいい』と思っていました」
「そう言っているわりには、ちゃんと解けたじゃん」
「確かに……」
「じゃあ、私が作った問題を解いてみようか」
星音さんは、今度は数学の問題用紙を取り出して、笛花に解かせてみた。終わって採点をやってみたら、見事に満点だった。
「私から教えることは何もないわ」
「えー!」
「だって、そうじゃん。ぜんぶ解けているんだよ」
「お願い。もう少しだけ私の家庭教師をやって」
「わかった。もう少しだけだよ」
「やったー! これで、学年一位も夢じゃなくなった!」
「駐在さん、無理を聞いてもらって、本当にすみません」
横で聞いていた、ひかるさんが頭を下げてお礼を言っていた。
「いえ、私でよければ」
「駐在さん、ありがとうございます」
「でも、私がいない時も1人でちゃんと勉強するんだよ。じゃないと、今日教えたことを、ぜんぶ忘れるからね」
「わかりました」
星音さんの言葉に、笛花はマイペースに返事をした。そのあと、星音さんは店のカウンターで食事を済ませて、帰ってしまった。
その日の夜、星音さんに教わったことを忘れないうちに部屋で1人勉強に集中していた。笛花は今日星音さんから”学ぶ楽しさ”を知ったので、日付が変わっても勉強を続けていた。
そのあとは、楽しい冬休みを待つだけとなった。
(3)地味なクリスマス
今日は12月24日、クリスマスイブ。外ではクリスマスソングが流れていたり、小さい子供がプレゼントの玩具をねだっていた。
「ママ、新しい玩具を買ってー」
「サンタさんにお願いをしなさい」
商店街ではクリスマスケーキやパーティセットの販売もやっていた。しかし、それと同時に忘れてはいけないのは、学校の終業式だった。体育館で校長先生の眠くなるような退屈な話をあくびしながら聞いて、最後に歌いたくもない校歌を歌わされた。
教室に戻れば早速、冬休みの計画で染まっていた。温泉旅行や海外旅行、スキーやスノボ、大晦日の年越しライブ、コミケ(コミックマーケット)に参加する人など様々だった。
しかし、それを聞いて面白くない人が1人いた。そう、言うまでもなく笛花だった。
「みんな、予定があってうらやましい」
「どうしたの?」
「ゆかりも、旅行に行くんでしょ?」
「うちは正月以外、予定がないからお店のお手伝いが出来るわよ」
ゆかりの言葉に笛花は少しだけ元気になれた。
先生が教室に入ってきて、ホームルームが始まった。順番に通知表を受け取ったあと、みんなから「成績がよかった」とか「悪いから親に見せられない」と言った声が出ていた。
「ねえ、笛花はどうだった?」
後ろから覗き込むように、ゆかりが声をかけてきた。
「私? そんなによくなかったよ」
「どれ、見せて」
ゆかりは私の通知表を取り上げて、マジマジと見つめていた。さらに「その間に私の通知表を見ていいから」と笛花に自分の通知表を渡した。
「ゆかり、私より成績がいいじゃん」
「そんなことないよ」
「私なんか、『2』があったわよ」
「私も似たようなものだよ」
ゆかりは私に控えめなことを言っていたが、この評価は明らかに自分より成績がよかった。さらに、宿題というお土産も頂いてしまった。短い冬休みくらい、宿題をゼロにしてほしかった。実際渡されたのは、国語、英語、数学、書初めだった。もう小学校じゃないんだから、正直書初めは勘弁してほしいという状態だった。
家に帰る途中、笛花とゆかりは姫夏ちゃんに会ったので、声をかけてみた。
「こんにちは、元気がないじゃん」
「笛花お姉ちゃん、最近ピエロさんに会っていない……」
姫夏ちゃんの顔は今にも泣きそうだった。
「そっかあ。じゃあ、私が駐在さんにピエロさんを連れてくるように頼んであげるから」
「本当に!?」
「うん!」
「ありがとう」
「それより姫夏ちゃん、サンタクロースに何かお願いをした?」
「したよ。『ピエロさん会えるように』って」
「そうなんだ。会えるといいね」
そのころ、ゆかりは軽食屋さんにつなげて、私に取り次いでもらえるように、ひかるさんに頼んでみた。
「もしもし、雫さん?」
「どうしたの?」
「今、姫夏ちゃんがいて、『ピエロさんに会いたい』と言ってきたの」
「どうしよう? 今、クリスマスの準備をしている所」
「マジで? それ、ひかるさんにお願いできない? 姫夏ちゃん、てっきりクリスマスにピエロの雫さんに会えると思い込んでいるの。その飾りつけを他の人に頼んで、急いで駐在所に戻って着替えを用意してきてよ」
「わかった。どうにかしてみる」
電話を切った直後、会話を聞いていた、ひかるさんは車の鍵を私に渡して、駐在所に行かせた。
「ひかるさん、いいのですか?」
「時間がないんでしょ? 急ぎなさい」
「ありがとうございます」
ひかるさんから車の鍵を預かった私は、急いで家(駐在所)まで向かい、屋根裏部屋からピエロの衣装一式を用意して、車のトランクに詰め込んで軽食屋さんに戻った。
軽食屋さんに着くなり、私は笛花の部屋に衣装一式を置かせてもらって、星音さんと一緒に飾りつけの手伝いに入った。手伝いが終わる少し前には、ひかるさんのごちそうの準備も終わっていた。
「姫夏ちゃんが来るまでの間に着替えてくるね」
みんなに一言断って、私は笛花の部屋で着替え始めた。
「こんにちはー。ピエロさん来てる?」
店に姫夏ちゃんが入ってきた。
「ちょっと早いのでは?」
私も思わず声に出してしまったので、慌ててお面を被って、手袋をはめたあと、裏口から出て、表の出入口から星音さんと一緒に入って「こんにちはー」と言って中へ入った。
「あ、ピエロさん、来てくれてありがとう。よかったら、少しだけでいいので、いてください」
姫夏ちゃんは精一杯の勇気をふり絞って、私に頭を下げてきた。
「いいよ。だから、頭を上げてちょうだい。姫夏ちゃん、実は私も会いたいと思っていたの」
「本当に!?」
「うん!」
「ありがとう!」
その時、横から星音さんが割って入ってきた。
「でもね、一つだけ約束してほしいんだけど、今日の夕方5時まででいい?」
「なんで?」
「姫夏ちゃん、今日1人で来たんでしょ? 今日このあと、お母さんがお迎えに来てくれるよ。その代わり、5時までにお母さんがお迎えに来なかったら、お姉ちゃんがおうちまで送ってあげる」
「5時以降、ここにいたらダメなの?」
姫夏ちゃんとしては、星音さんの言葉に納得出来なかった。
「姫夏ちゃん、言うこと聞かない子の家には、サンタさんもピエロさんも来ないよ」
「うん、わかった。ピエロさん、わがままを言ってごめんなさい」
姫夏ちゃんがしおらしく謝ってきたので、私は姫夏ちゃんの頭を優しくなでた。
その直後、またしても店のドアが開き、中に入ってきたのは、姫夏ちゃんのお母さんだった。
「姫夏、ここにいたんだね。帰るわよ」
「もう少しここにいたい……」
「わがままを言わない。今日、横浜に住んでいるおばさんが見えるんだよ」
「ねえ、佳代子ちゃんも来るの?」
「ええ、来るわよ」
「じゃあ、帰る! ピエロさん、またね」
姫夏ちゃんは、それを言い残してお母さんと一緒に帰ってしまったので、私も軽く手を振って見送った。姫夏ちゃんがいなくなったことを確認してから、私はピエロの服を脱いで、メイド姿になってみんなと一緒にパーティを楽しむことにした。さんざん飲んで食べて騒いで終わった時には10時近くになっていた。
「では、今日はお開きにしましょうか」
ひかるさんの一声で、パーティは終わってしまった。
店を出て、空を見上げたら雪が降っていた。
「今日はホワイトクリスマスだ!」
突然、星音さんが大きい声で言ったので、みんなは思わず反応してしまった。
「駐在さん、どうされたのですか?」
横にいた、ひかるさんがビックリした表情で聞き出した。
「クリスマスイブに雪を見たの初めてだったから」
「そうだったんだね。ここは山の中だから、結構雪が降るわよ」
「だとしたら、もしかしたら明日は雪が積もるかもしれませんね」
「そうなったら、雪かきをお願いしますよ」
「覚悟しておきます」
苦笑いをした星音さんは、そのまま私を連れて家(駐在所)へ戻ってしまった。
翌朝、外を見ると期待を裏切らない銀世界になっていた。外では雪かきしている大人たち、そして雪を見た瞬間、雪合戦や雪だるまを作って遊んでいる子供たちがいた。星音さんも長靴を履いて、表に出てスコップを片手に雪かきを始めた。
雪かきをやり始めてから数分経った時、駐在所の固定電話がリンリンとうるさく鳴り始めた。
「はい、こちら大菩薩駐在所です」
「駐在さん、ご苦労なところを大変申し訳ないが、うちの前の雪かきをお願いしていいか。いかんせん、年で体が思うように動かないから、この通りだ」
電話の相手は、近所のおじいさんからだった。
「わかりました。お宅へ到着するのに少しお待たせしますが、よろしいですか?」
「そりゃ、かまわん。こっちはお願いをしている立場だから」
「自分の所の雪かきが終わりましたら、すぐに向かいますので……」
「急がなくていいからな」
それを言い残して、電話は切れてしまった。
「雫ちゃん、申し訳ない。ちょっと雪かきを手伝ってくれる?」
「いいよ」
私は用意された滑り止めのついた長靴を履いて、星音さんと一緒に雪かきをやり始めた。2人でやったせいか、雪かきはあっという間に終わってしまった。
「雪かき手伝ってくれてありがとう。少ないけど、これで温かいミルクティーでも買って飲んでよ」
星音さんは財布から千円札を1枚取り出して、私に渡してきた。
「悪いからいいよ」
「気にしないで」
「ありがとうございます」
私は受け取った千円札をポケットに入れて、自分の部屋に戻ろうとした時だった。
「私、足の弱いおじいさんの家に行って雪かきをしてくるから。それと、前もって言っておくけど、私の車、スタッドレスタイヤじゃないから、間違っても運転しないでね」
「大丈夫、運転はしませんから」
星音さんはパトカーにゴム製のタイヤチェーンを装着させて、トランクにスコップと火炎放射器を詰め込んでおじいさんの家に向かった。
到着するなり、星音さんはスコップを持って玄関のドアチャイムを鳴らした。
「どちら様ですか?」
玄関からおじいさんか出てきた。
「大菩薩駐在所から来ました」
「駐在さん、寒い中来てくれて本当にありがとう。早速なんだけど、玄関の前をお願いできないか? それが終わったら、屋根もお願いをしたい」
「わかりました」
星音さんは、玄関の足元から雪かきをやり始めた。雪は思った以上に重たかったので、かなりの肉体労働になってしまった。さらにパトカーのトランクから火炎放射器を取り出して、転倒しないように熱で足元の凍結部分を全部溶かしてしまった。
「これで完璧」
さらに梯子を借りてきて、屋根の上に行こうとした時だった。
「駐在さん、屋根に行くには屋根裏部屋から行けるよ」
おじいさんに案内されて、星音さんは屋根裏部屋にある天窓から屋根に上がって雪下ろしをやり始めた。しかも屋根はかなりの傾斜があったので、正直怖いものを感じてしまった。足に力を入れて、落ちないように踏ん張りながら、雪をゆっくり落としていった。ぜんぶ終わった時には、腰に来てしまったらしく、歩くのが少々しんどかった。
「終わりましたので、このへんで失礼しまー……」
「待ってくれ」
おじいさんは、暖房のきいた部屋に星音さんを案内して、お茶と饅頭を用意してくれた。
「年寄りの家だから、あまり気の利いたものは用意できないが、よかったら、くつろいでくれ」
「お気遣いに感謝します」
星音さんが出されたお茶を一口飲もうとした直後だった。
「駐在さん、今日は本当にありがとう」
「いいえ、これくらいお安い御用です」
「これ少ないけど、帰りに温かいものでも買ってくれないか」
「いけません! これは受け取れません!」
おじいさんは、封筒に入った現金を星音さんの手に握らせた。
「そうしないと、わしの気が収まらない」
「本当に申しわございません」
「気にしないでくれ。こっちは駐在さんのおかげで助かったんだから」
あれから1時間、星音さんはお茶を飲みながら、おじいさんの話に付き合っていた。正月に東京から見える娘夫婦のことや、孫娘が水泳大会で優勝したことなどを自慢していた。
「では、私はそろそろ失礼します」
「ちょっと待ってくれ」
おじいさんは、余った饅頭をビニール袋に入れて、星音さんに渡した。
「ここに置いていてもゴミになる。だから、持ち帰ってくれないか」
「ありがとうございます」
おじいさんは、星音さんが乗ったパトカーを見送ったあと、家の中へ戻ってしまった。
帰ってから自分の部屋でこっそり封筒の中身を覗いてみたら、5万円も入っていたのでビックリだった。
誰かに見られないように、引き出しの奥へしまったあと、何もなかったように居間でテレビを見ていた。
そのあと始まるのが、年末年始の準備だった。
(4)慌ただしい年末年始
クリスマスが終わると、いよいよ年末年始の幕開け。各家庭では買い物組と大掃除組に別れることが多い。商店街やスーパーに行くと、お正月料理の買出しの人が多くなっている。最近ではおせち料理は自分で作るのではなく、通販で出来上がったものを取り寄せる人もいれば、必要最低限の食材で済ませて終わらせる人もいる。中にはおせちもお雑煮も食べないで終わらせる人もいる。大晦日に食べる年越しそばも夜中ではなく、夕食やお昼に食べる人もいる。正月飾りも最近では、すっかり見かけなくなってしまった。昔の正月は玄関や車に飾る人が多かったので、正月を感じていたけど、最近では普段の一日と変わらない雰囲気となってしまった。またマンション住まいが多くなったせいか、都会では獅子舞が来なくなったり、外では電線が多くなったせいか、凧あげをする人も減ってしまった。こうしてみると、本当にさみしい正月になったと感じてしまった。唯一お正月を感じるものと言えば神社での初詣や元旦の初日の出、友人や知人から来る年賀状だけとなってしまった。また年始回りも最近では減ってきたので、こうしてみるとお正月のスタイルも大きく変わったと感じてしまった。
私の住んでいる村でも、少しずつではあるが、お正月に向けて準備が始まっていた。その日もお店に向かう途中、小学生くらいの子供たちが「お正月、どっちが多くお年玉を稼げるか勝負しねえか」と言ってきた。「そういうセリフは社会人になってから言え」って、心の中で呟いてしまった。「本当に生意気なガキだ」と呟きながら店に着くと、ひかるさんが「ごめん、今日から年末年始の準備で店を休むことになったの。もっと早く言えばよかった」と申し訳なさそうに謝ってきた。
「でも、今日は12月28日ですよ」と言えば「うちは、今日から1月2日までお休みになっているの」と苦笑いをしながら答えていた。
「そんなに休んで大丈夫なんですか?」
「だって客の大半はここの住人だから」
「そうなんですね」
「笛花も、ゆかりちゃんに付きっきりで、宿題を終わらせているところ。そういうわけだから、今日はやることなし。せっかくだら、何か食べて行かない?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「それで何にする?」
「そうねえ……」
私がメニューを見ながら考えていたら「ねえ、トンカツ定食にしたら?」とひかるさんが言ってきたので、「じゃあ、それにします」と答えたあと、厨房で作り始めた。そういえば、ここに来てから客になったのは初めてだったので、とても新鮮に思えた。
「お待ちどう」
出来上がったトンカツにソースをかけて、一口食べた瞬間、とても美味しかった。食べ終わって食器を片づけようとしたら「今日の雫ちゃんはお客さんだから、このままでいいよ」と苦笑いをしながら言ってきた。
「つい、いつものくせで……」
「確かに、いつもなら、そうしていたよね。でも、今日はお客さんだから」
「それで、お代は?」
「今日は私のおごり」
「それじゃ悪いですよ」
「気にしないで。いつも頑張ってくれているから」
「ごちそうさまです……。では、せめてお掃除でも……」
「お店の大掃除は明日から。雫ちゃんも駐在所に戻って大掃除の準備を始めたら?」
「そうさせていただきます」
私が帰ろうとした直後だった。「雫ちゃん待って」と呼び止めてきた。
「なんですか?」
「このケーキ、駐在さんと一緒に食べて」
「そうしたいけど、マウンテンバイクですから無理ですよ」
私が断れば「じゃあ、あとで駐在所に届けるね」と言い出す始末だった。
「それでは、失礼します」
「それでは、よいお年を」
「よいお年を」
それを言い残して、私はマウンテンバイクを走らせて帰ることにした。
戻ってから、特にやることがなかった。大掃除を始めるにしても、星音さんは勤務中だったので、それが終わるまで、やらずに待つことにした。
その間、退屈だったので、私はスマホをいじったり、テレビを見て時間を過ごしていた。
夕方になって、星音さんが疲れきった顔をして居間に入ると、今度はソファで寝てしまう始末だった。
「星音さん、ここで寝ていると風邪をひくよ」
私が何度起こしても起きる気配がなかった。
相当疲れているみたいだったので、私は星音さんの部屋から掛け布団を用意してきた。
あれから1時間、私は冷蔵庫の中にあるもので、適当に夕食の準備をして食べることにした。食べ終えて自分の部屋に行こうとした時だった。ドアチャイムが鳴ったので、ドアを開けてみたら、自治会長の臼井さんがやってきた。
「こんばんは、駐在さんいる?」
「すみません、寝ていますので、今起こしてきます」
「あ、そのままでいいよ。実は年末になると、空き巣の被害が発生するので、巡回を強化してほしいと伝えてほしいんだけど……」
臼井さんは、言いづらそうに私に言ってきたので、「わかりました……」と短く返事をした。
「本当に申し訳ない……」
臼井さんは、それを言い残していなくなってしまった。
疲れきっている星音さんに頼むのは、正直罪悪感がありすぎる。明日にしようと思って、自分の部屋に戻ろうとした時だった。
「今、誰か来た?」と眠そうな声で私に言ってきた。
「自治会長の臼井さん」
「なんで、起こしてくれなかったの?」
星音さんは不機嫌そうな声で私に言ってきたので、「星音さん、疲れていたから……」と言えば、「次からちゃんと起こしてちょうだい」と言い出す始末。親切があだとなってしまった。
「すみません……」
「で、臼井さん、なんの用件でやってきたの?」
「年末に空き巣の被害が発生しているから、巡回を強化してほしいって」
「わかった。今から行ってくるよ」
星音さんは台所でブラックコーヒーを一杯飲んだあと、パトカーの鍵を持って、巡回に行ってしまった。何も今から行かなくてもいいのに。そう思った直後だった。パトカーのサイレンが鳴ってしまったので、ビックリしたみんなは外に出て様子を見に行った。
「何、事件!? 事故!?」と口々に騒ぎ出す始末だった。おそらく赤色灯とともにサイレンを鳴らしたに違いない。しかし、星音さんとわかれば家に入る始末だった。本当に人騒がせな人だった。
翌日、何もなかったような顔をして食事を始めたので、私は「なんで、昨日サイレンを鳴らしたの?」と私が問い詰めれば、「ついうっかり……」と味噌汁を飲みながら私に返事をした。本当に警察官なのかと思わず疑いたくなった。
食事を終えた星音さんは「巡回に行ってくるね」と言い残して、自転車に乗っていなくなってしまった。
「おはようございます、駐在さん、少しお時間いいですか?」
「なんですか?」
「昨夜、なんでサイレンを鳴らしたのですか?」
疑問に感じた臼井さんが、星音さんに思わずツッコミを入れてしまったので、「その方が犯罪の抑止力になるかなと思ったのです……」と返事をした。
「だからと言って、サイレンを鳴らす必要はないでしょ。犯人ならともかく、ご近所さんがビックリするよ」
「申し訳ございません……」
臼井さんに注意された星音さんは畏縮してしまい、終始下を向いたままだった。
「そんなにきつく言うつもりはなかったんだよ」
「悪いのは私ですから……。それでは、失礼します」
元気をなくした星音さんに、追い打ちをかけるように、今度は軽トラを運転していた杉村さんがやってきて、「駐在さん、昨夜はサイレンを鳴らして派手に巡回していたみたいですが……」
「私のミスなんです。本当にすみませんでした」
星音さんが深く頭を下げて謝ってきたので、杉村さんは慌てて「駐在さんが悪いとは一言も言っていないんだよ。ただ、なんでサイレンを鳴らしたのか、気になっただけだから……。よかったら、教えてくれないか?」と言ってきた。
「その方が犯罪の抑止力になると思ったからです……」
「気持ちはわかるけど、それをやると、みんなビックリするんだよ」
「おっしゃる通りです……」
「ミスは誰にだってある。次気を付ければいいよ」
それを言い残して、杉村さんは走り去ってしまった。「失敗は成功のもと」とは言うが、星音さんの場合、それとは無縁な気がしてきた。
その日の夜以降、星音さんはパトカーで巡回する際には、サイレンを鳴らさないように気を付けていた。
迎えた大晦日、大掃除を済ませて、テレビで紅白歌合戦を見ていた。終盤に差し掛かり、私は年越しそばの準備にかかり、2人で食べ始めた。
「今年もいろいろあったけど、なんとか乗り切れたね」
星音さんがもっともらしいことを言ってきたので、私は思わず意外そうな顔をしてしまった。
「何よ、私だってこれくらいのことは言えるわよ」と不機嫌な顔を見せてしまった。
「来年は、そういう顔は抜きだよ」
「そうだね」
星音さんも苦笑いをしながら答えていた。
外からかすかだけど、除夜の鐘が聞こえてきた。
「今年も残り数分で終わるんだね」
星音さんがしんみりとした顔で言った直後だった。外ではカウントダウンが始まり、0時を回った直後、「ハッピー、ニューイヤー!」とか「あけましておめでとうございます」と言った声が聞こえてきた
「ねえ、このあと初詣にいかない? 境内で甘酒がもらえるよ」
星音さんの誘いに私は「うん、いいよ」と気乗りしない返事をしてしまった。外に出た瞬間、肌を突きつけるような寒さを感じた。スマホの寒暖計を見たら氷点下5度。それを見た瞬間、声にならない悲鳴を上げたくなるような心境になってしまった。部屋に戻って、ロングパンツの下にルーズソックスを履き、厚手のオープンシャツの下にはアームウォーマーをはめて、そしてダッフルコートに革の手袋、スニーカーを履いて、防寒対策はばっちりだった。
「星音さん、車を出さないのですか?」
「出してもいいけど、置く場所がないと思うよ」
仕方がないので、私は星音さんと一緒に徒歩20分以上かかる神社まで歩くことにした。時折吹いてくる風が矢のように顔を突きつけてきた。もはや、「寒い」というより「痛い」という言葉がふさわしかった。
神社に着くと参拝客でいっぱいだった。
「駐在さん、あけまして、おめでとうございます」
正面から姫夏ちゃんとお母さんがやってきた。
「姫夏ちゃん、あけましておめでとう。今日はお母さんと一緒に来たの?」
「うん!」
「甘酒飲んだ?」
「飲んだよ。ねえ、それよりお正月ピエロさんに会える?」
「まだわからない」
「ええ!」
姫夏ちゃんが急に泣きそうな顔になったので、星音さんは慌てて「あ、泣かないで。ちゃんとお願いをしてあげるから」と言った瞬間、姫夏ちゃんは「本当に!?」と期待のまなざしで言ってきた。
「駐在さん、何日ごろ来てくれるの?」
「そうだね。まだわからない」
再び、姫夏ちゃんの表情が曇ってしまった。
「あの、日程がはっきりしましたら、ここに連絡してもらえますか?」
横から姫夏ちゃんのお母さんが、自分のスマホの電話番号を星音さんに見せてきた。
「わかりました。こちらにご連絡をいたします」
スマホに登録した星音さんは、挨拶をそこそこにして、別れてしまった。
境内でお参りを済ませたあと、甘酒を飲んでいた時だった。
「あけまして、おめでとうございます」
今度は笛花とひかるさんに会った。
「ひかるさん、あけましておめでとうございます」
「雫ちゃん、おめでとう。今年もよろしくね」
ひかるさんは、テンションに高めで私に挨拶をしてきた。
「はい、よろしくお願いします!」
「雫ちゃん、あけおめ!」
「うん、あけおめ!」
新年の挨拶を略すな!と言いたい所だったが、ここは笛花に合わせて、挨拶をすることにした。
「駐在さん、このあとどうされますか?」
「私は帰って寝るだけ」
「じゃあ、駐在所まで送りますよ。今日車で来たので」
「では、お言葉に甘えて」
そう言って私と星音さんは、ひかるさんの車に乗せてもらって、帰ることにした。
そして、迎えた元旦の朝。
私と星音さんは、台所でおせち料理とお雑煮の準備をしたあと、テーブルにお屠蘇を用意して食事に入った。
「あけましておめでとうございます」
星音さんの一言で乾杯をかわし、お屠蘇を一口飲んだ瞬間、口の中にお酒のほろ苦さが広がった。おせちとお雑煮を食べて、あとはテレビを見ていた時だった。
「しまった!」
突然、星音さんは大きな声を出してしまった。
「どうしたの?」
「姫夏ちゃんのお母さんに連絡するのを忘れた!」
「もしかして、ピエロの姿で姫夏ちゃんに会う約束?」
「うん。いつにする? 今日はお酒を飲んだから車出せないし……」
「明日にする?」
「そうだね」
星音さんはスマホを取り出して、姫夏ちゃんのお母さんに明日の夕方に会うと約束をした。
その日の夜、宝船の絵を描いて少し早めにパジャマに着替えて寝ることにした。初夢はどんな夢を見られるか楽しみ。そう思って布団に潜ったのはいいが、すぐに寝られなかった。仕方がないから、少しスマホをいじってから寝ようと思った。あれから眠ったのは1時間後だった。
夢の中で、私は星音さんと一緒にサーカスをやっていた。他の人はお客さんから拍手を送られたが、私と星音さんだけは客からブーイングが飛んできた。目が覚めた時には朝の7時を過ぎていた。
台所へ行くとエプロン姿の星音さんが朝食の準備をしていた。朝食は言うまでもなく、おせち料理とお雑煮だった。食事を済ませて、テレビで箱根駅伝を見たあと、夕方までスマホをいじりながら暇つぶしをしていた。
その日の夕方、外が暗くなった時、私はピエロの姿になって、お面を持って車の後部座席に座って姫夏ちゃんの家に向かった。こんな姿になって、車に乗ったのは久々だったので、正直気持ちが落ち着かなかった。
姫夏ちゃんの家に着いて、私はお面を被って、玄関のドアチャイムを鳴らした。
玄関から姫夏ちゃんのお母さんが出てきて、「あけまして、おめでとうございます」と挨拶してくれた。
「あけましておめでとうございます」
私と星音さんも挨拶をしたら、姫夏ちゃんのお母さんが私と星音さんを家の中に通した。家の中はにぎやかになっていた。どうやら親戚たちが集まっていたらしい。姫夏ちゃんの部屋に案内されて入ってみると、姫夏ちゃんは従姉妹たちと一緒にゲームに夢中になっていた。
「あ、ピエロさんだ! 来てくれてありがとう」
私としては嬉しさと恥ずかしさが入り混じった複雑な気持ちになっていた。
「明けましておめでとう」
「ピエロさん、あけましておめでとうございます」
私が軽く挨拶をしたら、姫夏ちゃんはお辞儀をしてくれた。
「ねえ、ピエロさん、一緒にあそぼ」
姫夏ちゃんは私の手を引いて、部屋の奥にあるゲーム機の前に座らせた。ここまで来たら断れきれなかったので、姫夏ちゃんのゲームの相手をすることになった。小学生の中に大人が混ざっていたので、異様な雰囲気になっていた。
「そろそろ帰らないと行けないから、ゲームはまた今度でいい?」
「ねえ、最後に記念写真を撮りたい」
「そうだね」
姫夏ちゃんは下の階に行って、お母さんに撮影をお願いをした。
「スマホでいいでしょ?」
「うん!」
「撮るわよ」
私を真ん中にして、何枚か写真を撮ってくれた。写真を撮り終えて姫夏ちゃんは画面を見るなり、満足そうな顔をしていた。
「お母さん、ありがとう」
「はい。じゃあ、ピエロにさんにもお礼を言いなさい」
「はーい」
お母さんに言われた姫夏ちゃんは私に「ピエロさん、どうもありがとう」とお礼を言ってくれた。
「どういたしまして。じゃあ、帰るね」
帰りはお面を被ったまま車に乗ることにした。姫夏ちゃんは車に乗った私に手を振って見送ってくれたので、私も窓を開けて手を振った。
「お疲れ様。もう、お面を外しても大丈夫だと思うよ」
星音さんに言われ、私はお面をゆっくり外して、そのまま家(駐在所)へ戻っていった。
正月三日目、その日から仕事始めだった。軽快にマウンテンバイクを走らせて、軽食屋さんに向かえば、店の入口で、ひかるさんが近所の人と餅つきをやっていた。
「あ、雫ちゃん、今年もよろしくね」
「お店はお休みなんですか?」
「今年最初だし、お店を貸切にして新年会をやろうと思ったの」
「そうなんですね。笛花ちゃんとゆかりちゃんは?」
「部屋で学校に持っていく書初めをやっているよ」
「そうなんですね」
「新年早々、申し訳ないけど、料理作りを手伝ってくれる?」
ひかるさんに言われるまま、私はメイド服に着替えて、薄手のゴム手袋をはめて厨房に入った。
厨房の食材を見ると、レンコンや里芋、黒豆、エビなどがあったので、明らかにおせち料理の余りものだと思ってしまった。ひかるさんは、なれた手つきで料理を始めて、私は言われた通りにやっていた。
料理が出来上がったころ、一升瓶を抱えた自治会長の臼井さんたちが店の中に入ってきた。
「ひかるさん、おめでとう」
「あ、自治会長さん、本年もよろしくお願いいたします」
臼井さんは正月らしく袴姿で、ひかるさんにおじぎをしてきた。
「みなさんの中で、今日車やバイク、自転車でお越しになった人は、申し訳ありませんが、お酒は控えてください。万が一、飲まれてしまった場合。車などはお店に置いて行って頂いて、後日取りに来ていただくか、飲んでいない人に頼んで代わりに運転して頂くよう、お願い申し上げます。なお、このあと駐在さんがお見えになりますので、十分に気を付けてください」
新年そうそう、ひかるさんの厳しい言葉にみんなはトーンダウンしてしまった。
「母さん、私たちは?」
笛花が、わかりきったような顔をして聞いてきたので、「そんなの、自分で考えなさい」と軽く返されてしまったので、周りの大人たちが笑ってしまった。
「笛花ちゃん、一緒にお酒を飲む?」
臼井さんの悪い冗談に「飲む!」と返事をしたので、ひかるさんが頭を叩いて「あなたは未成年だから、ジュースで我慢しなさい」と言ってきた。
「別にいいじゃん。お正月なんだし」
「だよね」
笛花がお酒を飲もうとした直後だった。
「笛花、お酒を一滴でも飲んだら、学校に話すからね。あと、お年玉をぜんぶ没収するわよ」
「そうなったら、おじさんが没収されたお年玉の2倍、いや3倍くれてやるよ」
お酒を飲んでいないうちに、臼井さんは悪い冗談を飛ばしてきた。
「とにかく、お正月であろうと、未成年者の飲酒は法律で禁止されているので、笛花とゆかりちゃんにお酒を飲ませないでください」
「へーい」
ひかるさんの厳しい言葉に臼井さんは完全にしょげてしまった。
「ひかるちゃん、駐在さんは何時ごろ見えますか? そろそろ乾杯をしたいんだけど……」
今度は杉村さんが聞いてきた。
「そうねえ。ちょっと待って」
ひかるさんがスマホで星音さんに連絡をしてみたら、「巡回を早めに切り上げたから、これから向かう」と返事が来たので、少しだけ待つことにした。待っている間、退屈だったのか、スマホに夢中になったり、雑誌や漫画の本に夢中になる人、正月の特番を見ている人など、様々だった。
星音さんが店の中に入ってくるなり、「ご苦労さまです」とみんなに出迎えてくれた。
席に着くと、ひかるさんの「では、始めましょうか」の一言で、ジュースやお酒などがコップに注がれて、ひかるさんの乾杯の音頭が始まった。
「では、みなさん。本年もよろしくお願いします。かんぱーい!」
その直後、みんなは飲んで食べて、バカ騒ぎを始めた。
「お餅を召し上がる際には、のどに詰まらせないように気を付けてくださいね」
ひかるさんが言っても、「ここには、そんな人いないから」と軽く聞き流されてしまった。
宴会も終盤に差し掛かり、残った料理はいつものように使い捨てのタッパーに詰めて、みんなに分けて終わりにした。
みんなと別れたあと、私は星音さんと一緒に自転車をゆっくり走らせて駐在所に戻った。
11話に続く。




