隠れ里迎撃作戦による終盤戦の旅(後篇)
ソフィア大活躍の一方、時を少し遡るとドラッセルは苦戦を強いられていた。
初めて相見える大型種の竜牙兵・左のスパルトイとの交戦中である。
「チィッ、デカい骸骨野郎だと感覚が狂っちまう……!」
湾曲な大剣を持つ巨体なスパルトイの相手に、ドラッセルは実戦経験がなかった。
サクラの挑発が効いたお陰で、戦闘続行は何とか保たれてはいるものの、足を使って稼ぐしか方法がないまま、逆に瑛斗たちとの距離が離れてしまったのが悔やまれる。
慣れない幅広剣を握れば、間合いが掴めない、威力が落ちる、足がもつれる……いつもは体力が有り余っているドラッセルでさえ、息が切れ始めていた。
「それじゃあ、暫くの間は交代さね、旦那ぁ!」
「ス、スマン……恩に着るぜ、サクラ」
気を利かせたサクラが体力温存のために、自らが進んで引き受けた。為す術もなく後ろに下がったドラッセルは、不甲斐なくも休憩を余儀なくされてしまった。
狐の獣人族であるサクラは、猫のように夜目が利く。よって暗闇でも見えるように適用できるため、さらに狐の本能である夜行性となれば、サクラにとって狩りの時間である。
「ふぅん……なんとなーく、同じ手筋が読めたかねぇ」
そう呟くサクラは、元盗賊の名残か、野生の勘か。戦うまでも牽制ならばお手の物だ。
スパルトイの振り回した大剣の真下を、足音を消したかのように、するり、するりと潜り抜ければ、双短剣で敵の関節部分を狙って工作し、足止めしていく。
「くそっ……オレの槍があれば……」
男に二言はないと、心に覚悟を決めたつもりでも、つい口に出てしまう。
筋を通さねばいけない、ここは我慢のしどころだ――それは一体、どこにいってしまったのか。そう心に傷口が広がっていく度に、なればなるほど情けなさだけが増していく。
「ウァーッハッハッハッ! なんじゃデカブツ、何しとるんじゃ!」
突如、上空から突風が吹き荒れた。何かが飛翔して旋回し続ける。樹間から闇夜に颯爽と現れたは、六英雄の一人である“闘将”ドン・ドルガン率いる飛竜隊である。
「おおう、そこなるアーデライードの言付けでなぁ!」
そしてその飛竜隊の下で栗鼠の如く現れたのは、ちょっぴり不満顔なアーデライードである。ソフィアへの助力が実り、たった今しがた駆けつけたばかりだ。
「ねぇ! 私があなたを寄越したのに、何でそんなに遅いのよ、髭モジャ!」
「なぁにぃ? お主が勝手にチャカチャカ走り回るからじゃい、長耳よ!」
何故かアーデライードが首にぶら下げた物品をわざわざ見せつけてくる。
この角笛を吹けば、訓練された飛龍が姿を現すという『飛龍の角笛』だ。この角笛を使って、里の外で待機していたドルガンら飛竜隊と連絡を取り合っていたという。
「それよりも、スマンかったなぁ、そこのデカブツよ!」
「は、はぁっ? なっ……な、なんスか?」
六英雄の一人である“闘将”ドン・ドルガンに謝られるとなれば、さしものドラッセルだって恐縮してつい声がうわずってしまう。
「実はなぁ、昨晩エイトに戦士技能『ウェポンブレイカー』っちゅうモンを教えたのは、このワシでな!」
「なっ……なんと!」
戦士技能『ウェポンブレイカー』とは、対象の武器を完全に破壊し、その戦闘中に武器を使えなくして、攻撃力を大幅に低下させるという。
「しかしな、この技能で破壊せんとも、せいぜい『ディスアーム』じゃろうと思ったんだがな、まさかオマエの銀の長槍を圧し折るとは……ハッハーッ! さっすがワシの見込んだエイトじゃぞい! ウァーッハッハッハーッ!!」
戦士技能『ディスアーム』とは、相手の持つ武器を叩いて弾き落とす技である。
どうしても勝ちたかった瑛斗は、この技能『ウェポンブレイカー』を惜しげもなく投入したのだ。その結果、技能再時間の隙を突かれて負けてしまったが。
「そこでな、そこのデカブツよ。これを受け取れぇい!」
堂々と腕撫したるドルガンは、銀色よりも光り輝く長槍を手に掲げる。
そして投擲するや否や、煌めく一本の槍が大地に突き立った。細やかな銀細工もされた真白銀の槍である。ドラッセルが手に取ってみれば、魔素が流れる力を感じた。
「こ、これは……」
「それをオマエにやるわい!」
「……はっ?」
簡単にあっさりと譲られたドラッセルは、ぽかんとなって目が点となった。
「元々はエイトに与えるつもりの代物でな。初心者向けの魔装の槍じゃわい!」
いざという時のために、対アンデットにも効果抜群と呼ばれる真白銀製を用意した。魔装の槍を以て縦横無尽に攻撃し、薙ぎ倒しては一掃する――そんな腹積もりだろう。
「それでもコイツはワシが拵えた逸品じゃぞ、大事にせい!」
「おっ、おおおおーッ!! あ、ありがとうございます!!」
無邪気にも瞳が爛々と輝いたドラッセルは、子供染みたように喜び勇んで真白銀の魔槍をブンブンと振り回す。とても軽い。まるで掌に吸い付くように、長年に馴染んだかのようだ。恥ずかしながら、血気盛んと若気の至りがごっちゃな感情になってしまった。
そして、それを見たドワーフは満足したか、天高く響くほどに大声で叫んだ。
「うむ、それでいい。これぞ“ビッギビギナース”じゃ!」
「族長、それを言うなら“ビギナーズラック”ですぞ!」
「そうかそうか! ウワーハハハハーッ!!」
そういう時は必ずと言っていいほど、戦士長のギル・ボルバルがフォローする。
高笑いし続けたドルガンと騎乗したドワーフたちは、隠れ里の後方へと踵を返さんと、飛竜の大きな翼を広げて空中を翻さんとした――その間際である。
「ああもうっ! その前にドルガン、この手紙をあっちに届けて頂戴な!」
「んおー、そうじゃったか! それじゃー、またもや改めて承ったぞい!」
アーデライードが風の精霊を使役して、手紙を送り届けようとしたようだ。それが空中に木の葉のようにくるくると舞い上がると、ドルガンが見事にキャッチした。
「それじゃー、あとはエイトに任せたぞ! ウワーッハッハッハーッ!!」
ドルガンの飛竜隊が、南西の空へ悠々と飛び去っていく。
それを見たドラッセルは、ほんの束の間ではあったが、嵐のようで充実したひと時でもあった。そして両手で頬をパシッと叩いて「ウッシ!」と気合を入れれば、意気揚々と戦場に向かう騎士の背中を見せつけるように、左のスパルトイに立ち向かっていく。
「……ふんだ」
と、その背中を見たアーデライードは、薄暗い森の中へと目線をずらす。
これで旅先案内人の役目は果たして、一区切りが終わった。
次は――騒めく精霊に予兆を感じながら、宥めるように見守ることにした。
◆
薄暗い森の外で遠くの剣戟音だけが鳴り響くも、周囲では虫の音も聞こえない。
草木も眠るような静けさの中、レイシャにしては珍しく途方と思案に暮れていた。
「コ……コ……」
「コロ……シテ……」
虫の息、今にも息が絶えそうな人が出す、微かな声や呻き声。
醜くも惨たらしい死体のように見えた、幾つかの人間が一つに合成された異物。
合成獣とも人造人間とも似つかわしくない、醜悪な肉塊。
嫌なものを見てしまったが、それでも表情を変えないレイシャが呟いた。
「ふらーびーごーれむ……の、できそこない」
フラービィゴーレムとは、術者が使役するための肉製の人型ゴーレムだ。
まず術者が魔法的な呪術によって肉を生成し、魔素を吹き込ませて素材化する。それは「魔化された肉」とも呼ばれ、それを触媒として魔法である『クリエイト・ゴーレム』などにより、生命を吹き込んで施すのが、基本中の基本だ。
「でも、ごーれむじゃない。ただのふらーびー」
フラービィとは、ぶよぶよと肉がたるんで締まりがない、意志の弱い、という意味だ。つまり、ただの壊れた肉塊人形と成れ果てた、とても奇妙で邪魔な存在でしかない。
「イタ……ツラ……」
「ウウ……ギギギ……」
レイシャには、顔と声に見覚えがあった。いつぞやのダークエルフ三人組である。
それは約二か月前に発生した、獣人族誘拐事件で雇われたであろう傭兵だ。
「ん……ぶざまだった、おまえら」
レイシャが初めての成功を収めた巨大火球魔法『地獄の業火』により、恐怖と驚愕に打ち震え過ぎて情けなくも絶叫し、爆風で吹き飛ばされてあえなく玉砕。全員が気絶させられて、無様にもあられもない姿にまで晒されたのを思い出す。
あの大爆発の直下で、死人を出さずに済んだ方が奴等にとっては奇跡と言えるだろう。
「コ……ロ……」
「コロ……シテ……ェ」
しかし意識はあれど、肉体はただの肉塊に異形を遂げ、閉塞感と激痛を伴う。
その肉製人型は、幾つかの複合魔法や実験材料と思われた後が見受けられる。だが魔化された肉の正式な生成もせず、きちんとした順序を守れず、適切な処置をも施さず。
恐らくそのまま生殺しにされ、呪詛や禁忌なる術式を惨たらしく施され、生きたままここに打ち捨てられて放置されたのだろう。
「みるにたえない」
辛く呻いたダークエルフ達は、生贄の素材として合成された三人分の肉塊だ。
しかしフラービィゴーレム化に仕立てられるとは。生きたまま魔化されて、しかも合成までされる――ここまで杜撰を極めるものなど、魔法使い界隈では聞いたことがない。
あまりにもぞんざいな扱いで、しかも乱雑で、即席するにも程がある。彼らは実験材料として弄ばれたのであろうか。
「はぁ……」
じっと実況見分していたレイシャは、つい溜息を漏らす。
「ヤメ……シ……テ……」
三人の顔と思われる部位から、涙や鼻水などの液体がだらだらと垂れ流していた。フラービィゴーレムにも劣るどころか、全く使えない欠陥品である。
あくまでも推測に過ぎないが、奴らは敵パーティの一員だったのだろう。だがミスにミスが重なって、怒り心頭の死霊術師の長から罰せられ、粛清されたといったところか。
「……もやす。もやして、そして、おしまい」
いつもは冷静沈着なレイシャであったが、胸の奥底から沸々と怒りが湧いてくる。
見るに堪えない惨状に気の毒だが、もう始末するしかなさそうだ。
「コロ……」
「コロ……シ……テ……」
レイシャが古代語魔法を詠唱すると、真っ赤な炎が空中に浮かび上がった。
一つ、二つ――幾つもの火球を一つに纏め上げて巨大火球し、更に収縮させる。
新しい魔法だろうか、それとも隠れ里に被害がかからぬよう配慮だろうか。
どちらにせよ、ダークエルフ三人組であった肉の塊は、命の終焉を迎えるのだ。
「シ……シニ……」
「…………?」
何かの声に引っ掛かったのか、レイシャの手がぴたりと止まった。
「シニ、タク……ナイ……」
懇願や恥辱を越えてでも、藁をも縋ろうとする最期の灯であろうか。
苦悶でも哀願でもない懇願を超えた表情で、煩悩を捨てた無心の境地に見えた。
「ほんと、ばかばっか」
流石のレイシャも怯むどころか、気持ちが萎えてドン引きした。
手を止めたレイシャは、掌を反転すると同時にぎゅっと握った。すると空中に浮かんでいた悍ましいほどに輝きを放つ巨大火球が、瞬く間に消え去ったのだ。
「……しかたない」
いつも冷静で無表情のレイシャの顔に、ほんの少しの逡巡が浮かんだ。
しかし――こうなれば、他にやる方法なんてもう何もなかった。
『ディスペル・マジック・アンド・シェイプ・クリエイト』
古代語魔法の複合魔法だ。壊れた姿などを元の姿に戻し、全ての魔法を解除する。
よって無残に成り果てた異形なる肉塊を修復して、魔化に蝕む肉体を解除できた。
「……はーっ」
嫌そうな顔をしたレイシャは、ついに最大級の溜息が漏れた。
次は絶対に使わない、史上最悪で最も嫌な魔法だとレイシャは知っていた。
だが――この憐れな邪魔者が生き延びる方法は、たった一つである。
『リムーブ・カース』
レイシャは、なんと神聖魔法を用いて呪詛を解除したのだ。
魔法使いにとって根源魔法は重複とされ、身体に支障をきたす禁忌の御業である。
しかし見事に呪詛が抜け始めたのか、惨たらしくて醜い躰から白い煙が立ち昇る。
「あ……あうぅ……」
苦しみ抜いた呻き声から、安堵とも癒しとも言えぬ不可解な喘ぎ声が漏れた。
みるみるうちに、ダークエルフの三人の姿へと無事に戻ったのだ。
それらを蔑むような目で見つめたレイシャは、古代エルフ語で呟いた。
『再び問う……同胞など要らぬ。我……レイシャはエートの所有物である。よって我が主は、我が意志の元にあらんことを。故に、我が魂の呼応によって為す』
厳格であり、重苦しい口調であるが、童女ゆえ甘くあどけない声である。
生まれ出でし頃より乳母にて、無理矢理に厳しく躾された古代エルフ語。最も嫌悪し、蛇蝎の如く嫌う古代エルフ語だが、共通語は未熟でこれでしか使いようがなかった。
『我が主より賜った……「知能を持つ者は、殺しちゃダメだ」と』
我が主である瑛斗に従い、絶対に忠実に約束を守る。
レイシャにとって唯一の役割。ただただ、それだけであった。
「ねぇ、きいてる?」
だが元の姿に戻ったダークエルフの三人組は、話を全く聞いていなかった。もはや精神力のメーターは振り切っており、全裸でぐったりと気絶しているのだ。
『ふん。生命の天秤は、天佑神助のみぞ知るべし……か』
死にかけたダークエルフの胸の上に治癒薬『ヒール・ポーション』を投げ寄越した。
いざという時のために、アーデライードの腰ポシェットからくすねておいた、魔法物品の高級品である。瑛斗のためにとっておいた、悪い子である。
「……うぅ」
悪い子なので、レイシャの額に汗が滲む。いや、汗が滝のようだ。悪い子なので。
嗚呼、後で嫌味なハイエルフに怒られるか、イジられる。やっちゃいけないお約束だ。
だが「なんとかなぁれ」と開き直ると、すぐさまオンオフを切り替えた。
『汝らの生き死に何ぞ眼中にあらず。己の後始末は勝手にせよ、下賤ども』
古代エルフ語で非情に吐き出すと、まるで氷点下まで冷たい瞳で突き放す。
もう再び相見えることはなかろう。満身創痍の三人組に、全く目もくれなかった。
「レイシャ、おうちかえる」
急いで瑛斗の下へと舞い戻るため、脇目も振らないレイシャであった。




