隠れ里迎撃作戦による終盤戦の旅(前篇)
公国の二大巨頭と目された『雷撃の大魔導士』の実力は、誠であった。
雷嵐の猛撃により怪物の群れを全て殲滅。コビットの攪乱・誘導部隊は、死霊術師どもを手際よくお縄にして魔法部隊も一糸乱れず撤収すると、跡形もなく姿を消した。
興奮気味だったドラッセルとソフィアが、気分が落ち着いた様でやっと口を開く。
「うーむ。なんも言えねぇくらい、凄まじい破壊力だったな……」
「そうね……私の瞼の裏に、雷の残像がまだ残ってるわ」
藪の中から出てきた瑛斗一行は、焼け焦げた大地や電撃で破砕された石畳を踏みしめる。地面に帯電していたであろうか。足裏にピリピリと刺激があるものの返って心地よい。
雷撃を目の当たりにして余韻に浸る瑛斗だったが、今も興奮はそう収まらなかった。幻想世界をこよなく愛する彼にとって、初めての雷撃魔法を間近に見られたのは、またとない絶好の機会でもあったからだ。
しかしそのままではいられない。彼女との約束の時間は、刻々と迫ってきている。
「さぁ行こう。待ち合わせしなきゃいけない」
ようようと山深き稜線に落日が姿を潜め、空は薄暮から徐々に紺色へと染まりゆく。
アーデライードとの待ち合わせ場所であり、ちょうどいい頃合いだろう。挑戦的な彼女が言い放った「夜の帳が下りる時、ここからは最高潮に駆け上がる」と言ったことを思い出す。彼女が語るのと同じように、夕闇が迫る刻限になりつつあるのだ。
隠れ里の中央広場の入り口と思われる付近を通り過ぎた。辺りを見渡せれば、長閑な水郷であった風景が一変し、夕闇を落とした周辺は薄暗く、静まり返っていた。
「何だ、あれは? いや、見知らぬ何者かが動いてるぞ……?」
先頭を歩いていたドラッセルがそう口にすると、手を水平に抑えて一行を制止する。
中央広場の真ん中に、大地から鈍く光る魔法陣のようなものが浮き出るとともに、そのさらに奥には、謎の黒い影――黒衣の亡霊のような姿が、ゆらゆらと漂っているようだ。
黒衣の亡霊と思しき何者かの足元が、泥濘の如く渦巻くとともに何かが蠢く。すると突然に、地面から異形なる魔物の二体が勢いよく這い出してきた。
人とも言えない異形なる骸骨の姿を持つ、かつてない未知の怪物である。
「!! 戦闘用意だ、ドラッセル!」
「ウッシ! まずはオレが壁になってやるぜ!!」
伏兵であろう予想外の襲来に、尖兵の一体が先制攻撃を仕掛けてきた。
異形なるスケルトンを城壁・ドラッセルが力づくで押し返す。だが通常よりも体格が大きく、斬っても砕くことはなく頑丈でびくともしない。
「ムッ、コイツは手強い……ぬぐっ!」
鋼であろう大剣を持つ異形スケルトンの攻撃をドラッセルが紙一重で躱す。そこで支援に買って出た瑛斗が、敵の隙をついて胴斬りし吹っ飛ばすも、両断までは至らなかった。
「うっ、コイツかなり硬いな。知らないアンデットか?」
「いや、まさか……こりゃもしや、竜牙兵・スパルトイか?!」
異形なる骸骨二体が同調したように、湾曲した異形な剣を斬り込んできた。
回避した瑛斗とドラッセルが同時に退くと、一定の距離を保って解説を頼む。
「知っているのか、ドラッセル?」
「ああ……授業で聞き齧った程度だが、あの姿形に間違いなかろう」
スパルトイとは、スケルトンの触媒は人骨が元であるが、スパルトイは怪物などの骨によって形作られた魔物である。古代語魔法や暗黒魔法で呼び出すことができるという。
その魔法『クリエイト・アンデット』の中で最高級品と目されるは、竜族の頭骨にある牙を触媒であるという。それはスパルトイの異名として、ドラゴン・トゥース・ウォーリアーとも竜牙兵とも呼ばれ、まさにスケルトンの上位種といえる強者であった。
「そして奥の方でゆらゆらした黒い野郎、ありゃ親玉と見たぜ」
「だとしたら、アイツが今回の強敵なのかな」
目の前にあるスパルトイは、二体。その後ろにいる黒衣の亡霊は、死霊術師であろうか。恐らく龍の頭骨にある左右の牙を以て、準備を踏まえて左右一対を揃えてきたのだろう。
スパルトイらは剣を構える挙動はあるものの、こちらに攻め込んでくる気配はない。命令を発する効果範囲があるのだろうか、敵側はまだ様子を窺っているようだ。
「それじゃ、まずその右の一体は、俺の相手だな」
強敵に対してやる気漲る瑛斗は、右の竜牙兵の前に出る。
その瑛斗を挟んで付き従うは、小さなメイドが二人――
「では、私たちがご主人さまを護衛するなのです」
「そうよ! とっても役に立つんだからね、ごしゅじん!」
瑛斗の両脇を固めたライカとカルラが、率先して護衛を買って出た。
初めて組むこととなった、瑛斗中心の三人パーティである。
「ならば左のもう一体は、攻撃型であるオレに任せとけ!」
闘志に火が点いたドラッセルは、スパルトイを睨みつけながらボキボキと指を鳴らす。
それを見て戦闘バカと感じ取ったソフィアが、溜息を漏らしながら片手を挙げる。
「はぁ……仕方ないわね。それじゃあなたを援護するわよ」
「そんじゃあたしは、戦闘が得意じゃないけど、お手伝いはするかな」
通常打撃の武器が通用しない獣人族のサクラが、援護として自ら手を挙げる。
そうして闘争本能の塊なドラッセルと戦闘不向きなソフィアとサクラが決まった。ドラッセル中心の三人パーティであり、瑛斗との対になる二部隊構成である。
主力は瑛斗とドラッセルだとして、補佐役の二人ずつが援護して貰うだけでも心強く、とても頼もしい。だが油断は禁物。敵がパーティを分断させてくる作戦かも知れない。
「それじゃレイシャは、全体の後衛を……レイシャ?」
レイシャはこちらを見ずに、まるで関係のない視線の先を凝視していた。
魔力を秘めた赤き瞳を持つレイシャは、見えぬ何かに勘付いているかのようだ。
「あっ、どこに行くんだ、レイシャ!」
「……ちょっとそこまで」
ご近所に用事を済ませようとするかのように、レイシャがそう言い残すと、突然に古代語魔法『フライ』を使って飛翔して、薄暗い森へ向かって勢いよく飛び込んだ。
「知能を持つ者は、殺しちゃダメだ――だから無茶だけはするなよ!」
「ん、わかった」
それ以上は何も言わずに、その薄暗い森の奥へと瞬く間に姿を消した。
いつもレイシャは、気まぐれな野生の猫のようだ。獣人族の誘拐事件の時も、レイシャは自らが率先して勝手気ままに飛び込んでいく。まるで猫の習性でも持っているかのようだ。
だがダークエルフであるレイシャは、最も得意とする夜の森は狩りの時間といえる。こうなっては、あの姿を探し出すことはおろか、目に捉えることはできそうにない。
「……仕方ないな。では三人パーティで敵一体ずつ撃破する。みんないいな?」
「了解だ。こんな怪物どもと遣り合えるとは本望だ。腕が鳴るぜ!」
それぞれ思いは、千差万別なれど。竜牙兵撃破作戦は、全員一致で頷いた。
対スパルトイ戦の覚悟は決まった。瑛斗は片手半剣を、ドラッセルは銅製の幅広剣を手に持って身構える。
「ウッシ! やってやるぜ、この野郎ッッ!」
吠えたドラッセルが先陣を斬って、相も変わらず独断で突撃を仕掛ける。
打たれることを意に介さない左のスパルトイは、湾曲の大剣を以て反撃を赦さず。間一髪、大剣の下をすり抜けて二撃目までも叩きこんだが、敵の損傷までは届かなかった。
「クソッ、なんでこんなに硬いんだ、コイツ!」
「そんなに近づいちゃダメ! もっと距離を取って、ドラッセル!」
「んなこたぁ言われたって、この距離じゃ……くっ!」
とはいってもドラッセルには、どうしても口に出せない理由があった。
その理由とは、瑛斗との対人訓練――もとい、模擬決闘によって、長年連れ添ったドラッセルの相棒である銀の長槍を、ものの見事に真っ二つにへし折られたばかりだからだ。
よって手中にある武器は、心許ない銅製のブロードソードのみである。生憎だが使いこなしていた愛槍は、持ち合わせていない。
しかし自分のミスで罪を被った手前、筋を通さねばと男に二言はなかった。ここは我慢のしどころだ。そう言わんばかりに、ただただひたすらに歯を食いしばる。
「オレが踏ん張らにゃならねぇんだ……絶対に負けて堪るかってよぉッ!」
その一方で、瑛斗と右のスパルトイとの戦闘は、すこぶる順調である。
小さな護衛が二人いれば、瑛斗は攻撃特化に集中すればいい。それだけだ。
「よし、この調子だ。このまま敵の耐久を削り取っていくぞ!」
「はいはいっ、はーいっ!」
アーデライードより賜った能力値全体の付与魔法もさることながら、瑛斗の左右挟んだライカとカルラの援護と連携が素晴らしかった。
「ご主人さまっ、ふぁいと、なのですっ!」
「まっかしといてよ、ちょわちょわわーっ!」
防御力に優れるライカが攻撃のスパルトイの大剣を弾き飛ばせば、瑛斗が隙を狙って重厚なる片手半剣によって強烈な打撃を叩き出す。俊敏なカルラがちょこまかと攪乱と攻撃を繰り返せば、瑛斗は時折に戦士技能を使って大技を放つ。
「ご主人さまの左側を任せるなのです、カルラ!」
「そんなの言わなくても分かってるわ、ライカ!」
野生の狼は、過酷な自然を生き抜くために協調性が高い動物だという。互いに強い信頼関係で結ばれており、仲間と息を合わせて協力する能力が高い。
例えば、狼が狩りや子育てを行うために、家族単位の群れを厳格に形成し、明確な役割分担を把握して個々の役割を理解できれば、効率的に連携が可能なのだ。
獣人族の人狼たちも同じように、野生の勘として連携行動を持ち得ているのだろう。
「凄いな……手に取るようによく分かる、この感覚!」
信頼関係をより深く感じた瑛斗は、互いに協力して連携さえすれば、勝ち筋が見えた。待ち伏せのような配置や不意打ち、陽動などの役割分担まで計算し尽くしているように。メイドたちが細かいところに気配りが行き届くとは、まるで致せり尽くせり、だ。
逆にスパルトイは「ヤツを殺せ」と単純明快に実行は可能だが、複雑な命令は理解できない。行動パターンも把握できれば、少しずつでも耐久を削れると見抜けると瑛斗は踏む。
「いいぞ、この感覚……よし、ここだなッ!」
「いっくよーっ!! ほわほわ、ちょんわーっっ!!」
右のスパルトイの隙を突いたか。足元を掬って斬り上げると、仰向けに倒せたのだ。飛び掛かったライカとカルラは、これでもかというほどに頭骨の額を叩きまくった。
「よし、この機運を絶対に手放せな――」
「あら、よくやったじゃないのよ、エイト! あなたに誉めて遣わす!」
瑛斗の後ろから飛んできた甲高い謎の声――突然に現れたアーデライードは、上機嫌である。いつの間にか、夜の帳が下りる、その約束のいい頃合いになっていたのだ。
「ああ、ええまぁ……それはどうも」
「わぁお! エイトったら何よ、その塩対応!」
せっかく敵の隙を突いたと思ったのに、突拍子もないほどに透かしてくれる。順調だった狩りの時間に、水を差すような真似をしてくるのは、どうか止めて欲しい。
ハイエルフという生き物は、掴みどころが全く分からない。ここは主役の出番だ! とか、クライマックスに颯爽と現れる! とか、見せ場の演出とかへったくれもない。まるで捉えどころがなままにのらりくらりと現れる、妖怪ぬらりひょんのようである。
「さっきまでどこに行ったんだ、アデリィ」
「……ちょっとそこまで」
こういう時に限って、レイシャと同様に誤魔化す。ご近所に用事を済ませようとするのは、不満ほどではないが、エルフ特有の何かなのだろうか、と無性に呟きたくなる。
また何も答えを言わずに、精霊語魔法を使って勝手にとんぼ返りしたのだろうか。
「アデリィ、ここからは任せて貰うけど、いいかい?」
「あー、はいはい、どうぞ、どうぞ」
そうなるとここは旅先案内人としての矜持だ。ミッション完遂を邪魔してはなるまい。
なので左のスパルトイとの戦闘補助のソフィアに足を向けて、鼻歌交じりに走り寄る。
「おやおや、調子はどうかね、ソフィア?」
「は、はあぁっ! もう大変ですよ、もうっ!」
激戦極まるドラッセル部隊は、左のスパルトイと交戦中である。
ちょうどスパルトイの大剣に弾き出されて、もんどり打ちそうなところであった。アーデライードがソフィアの後ろから肩を支えてくれただけでもありがたい。
「あなた、そこにいるわよね?」
「お、よくご存じっすね、姐さん」
不意打ちを狙おうと気配を消していたサクラが、木の上から飛び降りた。
「ソフィアに代わって参戦なさいな、サクラ」
サクラは「合点承知」と奇襲役から護衛役に交代した。
腰に携えた双短剣を両手に変えて、目立つように挑発する腹つもりだ。物理的攻撃を無効とする獣人族の有利を存分に使って、囮役としても役立って貰う。
「で、ソフィア。あなた弓兵だから、目が良いわよね?」
「はえっ? は、はぁ、まぁ……」
「あなた今、敵に狙われているわよ?」
「は、はいぃっ?」
「どうやら左側に狙撃手がいるのよ……ほんのちょっと厄介だけれど」
そう言うと、闇暗い中を眉間にしわを寄せるくらいに、まじまじと目を細める。
一瞬で仕留めることはできるだろうけれど、それだけでは面白くなかった。
「距離は目測、約五十メートル」
「……はい?」
「青い教会の屋根、左三十度、弓を構えて――」
「えっ、は、はいっ?!」
ソフィアは、突然の命令に戸惑いを隠せない。位置と距離感だって掴み切そうにない。
でも……屋根の上で何者かが動き出していると察したソフィアは、自分の中で集中状態を作り出す。
「射てぇ!!」
「はいッッ!!」
矢羽から繰り出した心地よい響きとともに、矢は渦巻き状の疾風を纏う。
すると叫び声とともにダークエルフと思われる射手が屋根から転がり落ちた。
「わ、わ、わ、当たっちゃった!」
「あら、ソフィアやるじゃない?」
アーデライードが風の精霊を貸してはいたが、この長距離発射で的中するとは。
舌を巻くほどではないけれど、成長度合いを換算するに生半可ではできないだろう。
「やっぱりあなた“月下の姫騎士”の異名でいいんじゃないかしら?」
「や、止めてください……恥ずかしくて死んじゃいそうです……」
天下の六英雄にそう言われると、誇らしいと言うよりも恐縮してしまう。
つい頬が火照ってしまって、まごまごしていていじらしいソフィアである。
「さて、話は後っ! まずはあの射手を確保しといて!」
「はっ、はいっ!!」
その時、絶妙なタイミングでオルソンとマルティンが戻ってきた。
「ウッス、お疲れ様ッス」
「避難誘導、完了しました」
里の人々の弱者中心に誘導を終えて、無事に帰還したのだ。
路上にあった残党の下級アンデットどもを、見事な手腕で掃討できていた。
「あら、ちょうどいいわね、あなたたち。手際がいいわ」
「おお、ありがたき幸せッス」
高名なるハイエルフの御前に栄誉を賜ると、俄然に士気が上がるというものだ。
「じゃ、あなたたちもソフィアを補佐しなさいな」
勝手し放題なアーデライードは、騎士たちを手駒に指図する。
「ウッス、了解しました」
「お任せください、ウッス」
手近にあったロープを引っ掴むと、意気揚々に颯爽と立ち去った。
ソフィアとオルソンとマルティンの、初めての共同作業である。




