決戦開始と宣戦布告を告げる鐘の旅(前篇)
アーデライードの鬨の声――天高く響かせた美声に、何故か士気がぐんと高まる。
全員が意気軒昂にして臨戦態勢に入った。いざアンデット群と反転攻勢に挑む。
「まずは、我らにお任せを!」
「自分らの持ち場ですから、オッス」
不動心たる態度を示すオルソンとマルティンは、ここぞ騎士としての役割だと、スケルトンどもを蹴散らしながら、里人の家財を護るべく弱者優先に避難誘導を開始する。
これで瑛斗らの集団から一時的に離れることになるが、あとで合流できるだろう。
ぞろり……ぞろり……
ここは、朱が色褪せた素朴な門柱を潜り抜けた先、仮宿舎の前にある小広場。魔法陣のようなものが鈍く光ると同時に、地面から蠢くアンデットどもが続々と湧いて出た。
立ちはだかるスケルトンやゾンビに対するは、前衛の瑛斗とドラッセルだ。
「さて、と。それじゃ仕切り直して、順繰りに倒していこうか」
「そうだな、コイツらを念入りに潰そうぜ……ウォリャッ!!」
まずはドラッセルが幅広剣を引き抜いて先陣を切ると、ゾンビを圧潰しては、スケルトンをも撃砕する。それに追随する慎重居士の瑛斗は、最前線とまでは行かないが、周辺の様子を確認しながらドラッセルを補佐している。
後衛で落ち着き払ったレイシャは、詠唱時間を有効に活用しつつ魔法杖で古代語魔法を放てば、続々と付与魔法系の『ファイア・ウェポン』で瑛斗たちを付与して援護する。
「おおっ、これは凄いな……」
「アンデットには、炎属性が弱点だから倒しやすいや」
初心者向けのスケルトンやゾンビは、知能が皆無でのろのろと緩慢なので倒しやすい。その上、武器を魔法の炎に包まれば打撃力がさらに追加となって、より百人力と言えよう。
魔力の強い土地であれば、怪物たちも強化されると言われているが、スケルトンやゾンビらは意外と脆く、あっけなく砕け散り、時には勝手に崩れ落ちる。
「どうやら敵は、死霊術師で俄仕立て臭いわね……」
死霊術師とは、主に暗黒魔法を用いて死者をアンデットに変え、呪術によって霊魂を操る、最も忌避すべき混沌にして悪と謂われる魔法使いである。
俄仕立てとアーデライードが言うからには、敵の準備などがまだ整わないのだろうか。
それを受けて緊張感漂うソフィアは、弓矢を手に構えつつも教えを乞おうと切り出す。
「こ、こういう時は、どうでしょうね……アデルさん」
「ま、こういう時こそ泰然自若よ。ゆっくり待ちなさいな」
と、余裕綽々のアーデライードは、ふんぞり返って腕組みをしている。余裕もそうだが精霊たちを総動員して、どうやら里の状況を俯瞰しつつ観察いるようだ。
そう感じたのは瑛斗であって、あくまで仮定に過ぎないが、アーデライードなら戦闘中に決まってそういう行動に移すことが多いので、いちいち考えることはしない。霊的彩光であるセンスオーラを見られない瑛斗だが、空気中の微震をなんとなく感じるのだ。
「チッ、腐れ野郎どもが! 次から次へと湧いて出てきやがるな!」
ドラッセルが吠えると、自らが突進して幅広剣を豪快に強振してゾンビを一刀両断する。攻撃してきたスケルトンを切り返せば、錆び付いた剣ごと真っ二つに圧し折った。
「里の入口といえば、敵が一気呵成に攻め込むのが定番なんだがなぁ」
「……そうだな。アンデットって、こんなにもあっけないものなのか?」
動向を探っていた瑛斗が、バックステップしてアーデライードに指南を仰ぐ。
「アンデットってこんなにも脆いや。やっぱりエトムントさんの策略なのかな?」
「んー、どうみても予定調和としか思えなくて、面白さと新鮮みに欠けるわね」
と、そう楽観的なアーデライードに呟かれると、こちらも緊張感がなくなりそうだ。唐突にぱっきりと腰を折られてしまうようで、ついでにこちらの気も抜けそうになる。
「あの……アデリィの軽はずみな発言は、どうかご遠慮ください」
「ああ、ごめんってば。敵が攪乱させようとする常套手段じゃないかってこと!」
アンデットどもの強襲や指揮はせずに放任するなどして、別の場所を逸らせたり、逆に目を引き付ける企みなのだろうか。つまり、敵の陽動作戦といったところか。
「意外と……と言うのもなんだけど、アンデットが弱体化しているってことか?」
アンデットを力任せで破砕した不躾なドラッセルが、会話中を割り込んできた。
「ウハハハッ! それ以上に感じてンのは、肝が据わってるエイトだからだろ! 何せオマエの一撃でヤツら粉砕できる力を持ってんだからな。ホラ、エイトの後ろを見てみろよ。そこのポニーちゃんが震えて帰りを待ってるぞ!」
「しっ、失礼ね! もうドラッセルの背中を狙ってやろうかしら!」
そう歯軋りするソフィアは、全力で弓を引いて構える。
流石に味方に当たると危ないので、構えるだけで矢は番えていないけれど。
「あのねエート、おくのほう、ありそう……」
そう言って瑛斗の無事を願うレイシャが、彼ぴっぴの腕袖をクイクイとせっつく。
「おいコラ、なにさ、彼ぴっぴって!」
「そうだな、まずは虱潰しで当たっていくか?」
「ねぇ、話を聞いてなさいよ! ねぇ?!」
ヤキモキするハイエルフに対して、聞こえないふりをした瑛斗は戦闘に全集中する。
このまま遅れていては、隠れ里で留守番するサクラたち獣人族も心配だからだ。
「そんなの、ホラ! もうすぐ来るわよ……ホラ、すぐに来たわよ、ホラ!」
そう急き立てるアーデライードは、精霊の予知で分かったとしても落ち着かない。
それよりも何よりも、どうやってレイシャが彼ぴっぴなる謎単語を導き出したのか。こンのちびすけだーえるに後で理由を問いたい。問い詰めたい。
「とうちゃーっく!」
「ちょっぴり遅くなりましたなのです~」
悠々にとてとてと駆け寄るは、冒険服を着用済みのカルラとライカである。
何故か二人とも、小振りの片手用ウォーハンマーを引っ提げていた。
「大丈夫だったかい、二人とも」
「へーきですー」
戦闘状態の最中なのに、あろうことかのんびりとしている。
自分が初心者で緊急しすぎるんじゃないかと、逆に心配になりそうだ。
「……ええっと、他に何かあったんじゃないか?」
「んんーっ? そうねぇ?」
「ああ、慌ててたお馬さんたちを、厩舎に戻して落ち着かせたのです」
「あー、そうそう! 馬房用小窓や閂までも、しっかりバッチリ閉じたし!」
「サクラ姉さまも、じきにここへ駆けつけるおつもりなのです」
総合世話係であるサクラは、万が一のために馬車の荷物などを纏め上げて、借りた宿の部屋を鍵閉めを怠らないように確認しているようである。
不満気な顔のアーデライードがやって来て、メイドたちの状況を確認する。
「宿の亭主や女将さん、宿泊者、近隣住民は問題なし?」
「はい、とっても大丈夫なのです」
「ついでに宿の周辺のアンデットたちを、ぜーんぶやっつけたわ!」
まさか十二歳にしてアンデットを一掃するとは。流石の瑛斗とて心配になる。
「ええ……本当に大丈夫だったのか?」
「これくらいはへっちゃらのへーだわ!」
「私たち、三歳くらいからゴブリン遊びで倒してましたし……」
「えっ、怪物を三歳から倒していたのか!?」
狼の獣人族は、三歳程度で成獣の姿に変身するという。
しかも彼女たちは、通常打撃の武器が通用しない獣人族の特権でもある。石斧や鉄製の武器程度ではまるで効かず、お茶の子さいさいと言って過言ではないのだ。
「だからオークを倒したのは、十歳くらい、かな? ……です」
「その時は、半獣人化して集団戦闘で、えいやっと!」
恐ろしいことを口にするライカとカルラは、二人ともニコニコと仲良く微笑み合う。
そういえば――と、瑛斗は思い出す。獣人族救出作戦の折、暗闇の森の中で猛獣使いのゴブリンとオークの群れと真正面で突撃し、魔物どもを殲滅した経験を持つことを。
さらに、リッシェル邸周辺のジャイアントラットもさらっと駆逐している、とメイドたちに聞かされると、怪物退治の専門家になり得るんじゃないかと、瑛斗は新たな扉の可能性を感じさせられた気分だ。
「それじゃ……ライカとカルラ、一緒にやってみるかい?」
「はいっ! やってやるです。がるる~っ!」
「私たちに、まっかせなさい! がおーっ!」
諸手を挙げたライカとカルラが、俄然やる気が漲りまくった勢いだ。
ますます心強く感じ取った瑛斗が、全幅の信頼を寄せる気持ちを受け取った。
「ところでアデリィ、この道行く先は何か決まっているのか?」
「それなりに把握できたけれど、このままじゃ埒が明かないわね……」
どうやらアーデライードは、精霊を総動員した調査結果が終了したらしい。
色々ともどかしさを感じつつ、即断即決しうるのは彼女の持ち味でもある。
「よし、決めたわ。私は一旦、里の外に離脱するけど、あとで宜しく」
「えっ?」
「大丈夫よ、たっぷりと精霊の護符をてんこ盛りにしてるし」
「ええっ?」
「ついでに能力値全体を付与魔法してあるから、大丈夫、だいじょーぶっ!」
「えええーっ?」
理解を超え過ぎていて、瑛斗とて何かをされているのか、まるで気付かなかった。
たまに精霊を付与しているんじゃないかと予感はしていたが、ここまでとは。これは良いことなのか、悪いことなのか、分からないほどにやってくれた。というか、いつの間にかにやられていたという。よって瑛斗にとっては、宇宙猫状態である。
「ライカとカルラ、お爺様の館まで案内できるわよね?」
「はいー」
「もちのろんよ!」
「では、宜しい。あとは任せたわよ!」
そう言って早速に踵を返すと、敏捷性の高いハイエルフは驚くほどに疾駆する。
「おーい、アデリィ! 待ち合わせ場所はーっ?」
「お爺様の館の、さらに奥まった所にある中央広場!」
「ああ、了解ーっ!」
それを台詞を最後に、アーデライードは森の奥へとあっという間に消え去った。
とはいえ瑛斗は、今回が隠れ里に訪れたのが初めてであり、要領を得ていない。
「ええっと……ライカとカルラ、道案内を頼むよ」
「はいー、お任せあれなのです!」
「そうよ! 私たちにまっかせて!」
嬉しそうなライカとカルラは、元気めいっぱいで尻尾を振りそうな勢いだ。
「よう、エイト。この辺りは、ほぼ駆逐できたが、どうだった?」
そうドラッセルが尋ねてきた。血濡れの幅広剣を襤褸布で拭きつつその辺で捨てる。弓矢を射ったソフィアも、それなりに奮戦したようだ。
「取り合えず、敵の囮であるお爺様の館へ向かう。道案内は、ライカとカルラだ」
「んんと、あっちの道では、あのヒトたちがウロウロしてるのです」
ライカが指差す先は、上りの小路にスケルトン数十匹が徘徊していた。
「それじゃ、道案内を始めますですー」
「いっくぞーっ! うおーお、そぅれぇッ!!」
武器を構えたライカとカルラが、とととーっと小走りで突撃を開始する。
片手用ウォーハンマーを両手で振り回せば、スケルトンどもを木っ端微塵に破砕する。
ハンマーの頭の部分は小振りにしており、柄の部分は長くしてあるようだ。
「どこで手に入れたんだ、それ……?」
「これ? ドルガンさんにもらったのですー。それーっ!」
ドワーフであり六英雄である“闘将”ドン・ドルガンお手製の謹製であった。
目覚ましい破壊力とその武器を目の当たりにした瑛斗が、驚きを隠しきれない。
「ええっと、あのドルガンさんから、何でこれを?」
「あのねぇ、私たちが頑丈だから……ちょわーっ!」
「それに身長が低いから、間合いが足りないので……ほわっ!」
「それと、えんしんりょく? で、教えてもらって、むんっ!」
瑛斗が試験勉強中だった二週間の間で、彼女たちがここまで劇的に成長を遂げるとは。捜索から隠れ里の中とはいえ「暇だから」との理由で、若さゆえの成長性は半端ない。
それらメイドを垣間見た、騎士であるドラッセルやソフィアらも恐れ入る。
「おいおい、これじゃオレたちもウカウカしてらんねぇぞ……」
「うわぁん! このままじゃ、私だってもっともっと頑張らなきゃ!」
戦闘能力と家事能力の両天秤を兼ね備えた、人狼少女のライカとカルラ――このままでは、騎士とメイドの格差社会。騎士の職種が役立たずになって、やがて飯の種がなくなってしまうだろう――と、桶屋が儲かる理論のソフィアは、脅迫観念がふとよぎったのだ。
「そんなの嫌だわ! 待ってよ、私も置いて行かないでーっっ!」
戦闘狂のドラッセルを尻目に弓矢を背に戻したソフィアは、腰にあったショートソードを引き抜くと、前線に向かってこぞって参戦を始めるのであった。




