夕暮れと不穏の影が忍び寄る旅(後篇)
「よし、やっと平坦な道に落ち着きつつありそうだぞ」
峻険な獣道もとい近道を乗り越えたか、元いた帰りの山道へと戻ってきたようだ。
「さて、アデリィ……もう少しこっちに来ていいかな?」
「!? うんっ! いいわよ、エイト! なぁになぁに?」
さらに速度を上げた瑛斗は、内緒で耳元に寄せるために身体と身体を寄せてきた。
高揚感真っ盛りなハイエルフは束の間、まっしぐらに急降下することになる。
「里の正門付近でオルソンたちに“見張り”をお願いした件について」
「うっ……アッ、ハイ」
アーデライードの言う“見張り”とは、内部の犯行もしくは内通と思しき特定者を見極めて、人相を判断ないし身柄の確保をする、推理小説でよくある所謂“張り込み”のことである。
「そう言えば、アデリィにそう言ってたよね」
「まぁ……そう、とも、言ってたわね……」
「内部の犯行、もしくは、内通者なのかなって」
「う……そうよね」
もごもごと歯切れが悪いアーデライードだが、ズバッとまるっと図星である。
とてもじゃないけど「エイトみたいに勘のいい男の子なんて、嫌いになれないわけがないじゃない」とかなんとかブツブツ呟く、どっちつかずのお年頃ハイエルフである。
「で、でもね、隠れ里に緊急事態が勃発しているのだから、もしかしたら裏切者には、何者からの任務か指令の追加が改めてあって、なんらかの内部告発もあるかも、ねっ?」
居たたまれないアーデライードは、にへら笑いで媚びへつらって仕掛ける。
しかし生真面目な瑛斗は我関せずに、見越した現状を俯瞰して推察する。
「現場回帰……様子を見にいくために、何度も現場へ舞い戻るかも知れない」
「んーっ、そうかもね。私は気配だけは分かるので、里の周辺を徘徊しているのは分かるんだけれど、顔までは誰だか分からないので、オルソンとマルティンにお任せしたの。わざわざ誰がここまでやって来るのかを、白黒ハッキリつけるようにね」
「へぇ、そこまで分かってたんだ。じゃあ、暫くは結果待ちってところかな。黒幕である真犯人を暴き出すか、もしくは、事件の鍵を握る人物……か」
珍しくもほんの少し耳敏いドラッセルが、瑛斗に一目置いたように称賛を述べる。
「なぁエイト、やっぱりオマエはスゲェ才能の持ち主じゃないのか?」
「いや、俺は何もしてないよ……」
「またまたご謙遜を。そりゃ勇者・ゴトーの至言と一緒じゃないか!」
ドラッセルは落胆から完全復帰できたか、従来通り「ワハハ」と豪放磊落に笑う。
またまた爺ちゃんの口癖「俺は何もしとらん」と一緒くたになってしまった。
そこでかろうじて会話に割って入ったは、最後尾でしがみつくように走るソフィアだ。
「ハァハァ、でもねドラッセル、そうなれば、ハァッ……」
長距離走が苦手で息も絶え絶えなソフィアが、小悪魔めいた笑みで囁く。
「ハァハァ……あなたが、真犯人かも知れないわよ? ハフゥッ!」
「はっ!? はぁぁっ?! オッ、オレがッ!?」
全員が全員、ドラッセルの方へジトッと疑いの目を向けてきた。
何故かわからないが、みんな前回の教訓を得た者たちで面構えが違う。
「ち、違うっ、待ってくれ! オレを信じてくれよ!」
弁解する方法が苦手なドラッセルが、せめて誠心誠意を示せんと懇願する。
しかし女性陣は、全て知っている顔でそっけなく対応する。
「でもドラッセルは、何にもなさそうね」
「そうね……ハァハァ、脳筋バカだもん、ハァッ」
「のーきんばか」
辛辣にて瞬殺必須、アーデライード&ソフィア&レイシャの最強トリオである。
「くっ……アタマが良すぎる女は苦手だ……」
「あら? 頭の良い莫迦は、脳筋がお好きなのかしら?」
「ぐはっ、もう勘弁してくだせぇよ、アデルさん!」
完敗したドラッセルは、全面的に降参したようだ。何か知らんが、涙出た。
恥辱と涙に塗れた男の肩を、ポンと優しく叩くのは、瑛斗だけである。
「最後にアデリィ、その『キーワード』についてだけど、ついででいいか?」
「ええ、何かしら。今の私なら走りながらでも、さらにお話しできるわよ!」
打って変わって気分は晴れ晴れ。瑛斗と会話するだけでテンションが上がる。
峻険な獣道なんぞ越えてなんのその。軽やかなバックステップも難なくこなしてしまう。
「さっきの『キーワード』って『事件の鍵を握る人物』ってことだろ?」
「ええ、そうね!」
事前調査を以てして『キーワード』=『内通者』と割り出せたのだ。
自信満々に「ふふん!」と明言するハイエルフに対して、疑問の瑛斗が小首を傾げた。
「それを言うなら『キーワード』じゃなくて、『キーパーソン』じゃないかな」
「えっ?! ぱ、ぱーそん……し、しし、知ってたし? そ、そうとも言うわね?」
「あれっ、そうかな? うん、それならそれでいいんだけどさ」
急いでひた走るべく瑛斗は、目的地へ目指すため顔を真っ直ぐと前に向く。
うつむき加減になってしまったハイエルフが、恥ずかしそうにボソボソと呟く。
「ごめん、エイト……」
「えっ? なんだい?」
「ぱ……ぱーそんって、あとで教えてくださる?」
アーデライードは、知らなかった。昭和初期にはまだ見掛けない英単語とやらを。
異世界随一の言語学者であるアーデライードだが、瑛斗に出会う前までは、ゴトーとの昭和中頃のままで停滞しており、さらに最近の横文字となれば、不得手でもあった。
このままでは、宿敵ドン・ドルガンさながらに共通語の横文字間違いと同じ状況に陥ってしまう。それだけは何とか避けたい。そう、何としてでも避けたいのである。
まさか若輩の瑛斗に、教えを乞うようになるとは……まさに「トホホ」である。
「あーでりのなみだめ、あめりかんくらっかーになってる」
「なってないわよ! 失礼ねっ!」
レイシャと言い争いしながらも、なんとなくそうなっているかにみえなくもない。
ちなみにアメリカンクラッカーとは、アメリカで大流行となった玩具である。カチカチボールとも呼ばれており、一九六〇~七〇年にヒット商品として日本にも輸入されたが、怪我人やクレームが発生したため下火になったとされる、昭和レトロ玩具であった。
先ほどの涙のアメリカンクラッカーは、昭和のアニメでも用いられる表現の一種なのだが、何故かレイシャが知っているのは、誰もが分からない永遠の謎かも知れない。
「ん、みえた。さとのかくれが」
古代語魔法『フライ』を使っていた、空中飛行するレイシャが呟いた。先んじられたアーデライードが「ああっ、私が言おうと思ってたのに!」と嘆く。
話題をずらして空中を高く飛んでこそ、遠くの目線を先に奪った方が勝ちである。
「パッフェルホップのお陰で、どうやら抜け道が役に立ったみたいだな」
コビット族の住処から隠れ里までの道のりを越えて、無事に走り切れたようだ。
素朴でありながら朱が色褪せている隠れ里の門柱正面入口までは、あと少し。
「ひぃ、ハァッ、あとちょっとで着きますかぁっ? ハァァッ!」
虫の息になりかけたソフィアが、まだ遠くにある里の門柱へ顔を上げた瞬間だ。
「あれあれっ? 入口付近で戦闘を開始しているようですよっ?」
「むう? アレは……スケルトンだッ!」
目のいいソフィアがすぐさま発見し、次いで背の高いドラッセルが視認できた。
そのスケルトンとは、死して骸骨となるも動き出すという不死者の一種である。別名『骸骨兵』や『動く骸骨』とも呼ばれ、魔術師や召喚士などが魔力を動力として古代語魔法や暗黒魔法によって製作もできるという怪物だ。
わらわらと押し寄せてきた骸骨兵・スケルトンの数、凡そ十数匹ほど。遠くには二人の騎士が、壁のように巨体を生かして奮戦し、スケルトンどもを押し返しているようだ。
「オルソン、マルティン! オマエら大丈夫か!?」
「ウッス、問題なしであります!」
ドラッセルが彼らを部下として信頼を置く理由がよく分かる、かなりの猛者である。
オルソンが突刺すは尖鋭なパルチザン。マルティンが振るうは無骨なハルバード。
次から次へと湧いて出るスケルトンどもを相手に、突いては貫き、薙ぎ払っては粉砕する。門番として守護の要として最も相応しい、まさに八面六臂の活躍であった。
「おう! そっから一旦下がってろ、オマエら!」
「ハッ、了解しました! ウッス!」
全速力で瑛斗とドラッセルが先陣を切ると、雪崩れ込むように激突する。
先手のドラッセルが『ショルダーアタック』でスケルトンどもをぶっ飛ばすと、瑛斗が抜いた片手半剣を横一文字に一閃して、嵐のように蹴散らした。
「へー、やるぅ! 初めてスケルトンを倒したじゃない、エイト!」
後からともなくつむじ風の如く駆けつけたアーデライードが、手放しで褒め称える。
ついでに初めて『褒めて伸ばす』を実践できたと、心の中でほくそ笑むはアーデライード。それをお邪魔虫だと横目にしつつも、冷静なレイシャは目測を見据えて看破する。
「ん……まだ、なにか、ある」
「あら、本当だわ」
魔力の第六感を持つであろうレイシャは、覚醒するように赤い瞳が輝くようにみえる。泥濘渦巻く大地からまた湧いてくるような、不審な気配を感じているようだ。
「ん……『ふぁいあ・ぼーる』!」
「んー、『アース・ハーデン』!」
アーデライードとレイシャは、偶然にも古代語魔法と精霊語魔法をほぼ同時に奏で合った。相乗効果あったか、どうやら周辺にはアンデットの気配がいなくなったようだ。
この『アース・ハーデン』は、大地の精霊ノームを使役して地盤を硬化する魔術である。レイシャの『ファイア・ボール』で泥濘を焼き締めてから、さらに大地の一部を蓋のようにしたのだ。
「どうやら誰かさんが『クリエイト・アンデット』を使用しているようね」
嫌悪感丸出しのアーデライードが、辟易した態度で「うへぇ」と呟く。
暗黒魔法『クリエイト・アンデット』とは、術者がゾンビやスケルトンなど死者の魔物の総称で『アンデット』とも呼ばれる『生ける屍』なるものを、穢れた魔力を使って製作できる。冒険者にとって忌避すべき禍々しい魔術である。
「ねぇねぇ、あなたたち。“見張り”はどうだったかしら?」
空気を読めないアーデライードが、厚かましくもズケズケと詮索してきた。
暗黙の了解のオルソンとマルティンは有能で、堂々と進捗状況を報告する。
「ウッス、任務通り、目視で確認アリであります」
「残念ながら捕り損ねましたが、その者の名は――」
「ん、よろしい。あとで答え合わせして貰うから……いいわね?」
「ハッ、了解しました。ウッス」
生真面目な門番のオルソンとマルティンが、高位精霊使いに恭しく敬礼する。
時を同じく、周囲を見回した瑛斗とドラッセルが、異様の気配を感じ取ったか。
「このままだと里の人々が心配だな……よし、行こうか」
「ああ、そうだな。それじゃ戦闘開始としゃれこもうぜ!」
いざ剣を構えて切り込もうとする瞬間に、アーデライードが正面を遮った。
「まぁまぁ、待ちなさんな、若人よ」
ニヒルな笑いで、チッチッチ――と、舌打ちしつつ指を振る。
「あなたたちって、一対一では倒せなくても、連携戦ならどうかしら?」
「ええ? 連携戦……って、集団戦闘のことか?」
今までの瑛斗は、助勢は受けたが単体戦が主で、集団戦闘はしていなかった。
「そうそう、ゴト……うっくん、エイトのお爺様も、単体では勝てななかったかも知れないわ。けれど如何なる時でも連携戦では、完全無双にして、絶対無敵の負け知らずよ!」
瑛斗はふと、ドラッセルとの一騎打ちで勝てなかったことを思い出す。
爺ちゃんが負けた話を聞いたことがない。けれど、勝てないこともあるかも知れない。でも連携戦なら負け知らず――そう言われると、不思議と俄然やる気と勇気が湧いてくる。
「さぁて、皆の衆! 準備万端、整いました!」
門柱の朱が色褪せた里の正門の真下に、威風堂々と後ろを向いて仁王立ちする。
そこで踵を返してスカートをひらりと翻せば、大手を振り翳して宣誓した。
「夜の帳が下りる時、ここからは最高潮に駆け上がるの……!」
夕暮れ時の茜雲を突き刺さんばかりに、アーデライードの声高く響き渡る。
小気味よいほどに全員の耳朶に打てば、大胆不敵な笑みで言い放つ。
「さぁさ、戦闘開始の鐘の音……輝かしきは、宣戦布告の幕開けだわ!」




