夕暮れと不穏の影が忍び寄る旅(前篇)
隠れ里へ向かって颯爽とひた走る一行は、コビット族の住処から草原を突き抜ける。
ふと気付けば、平地よりも体感的に陽が短くなっていた。山深き渓谷地は、西側の光を遮るものだ。深山幽谷に斜陽を染めて、山の端まで差し掛かろうとしていた。
浅黄色の空とも夕暮れ空とも言えず、奇しくも絶妙な頃合いといっていいだろう。
「坂道近道回り道だけど、速度出し過ぎはご注意ぃ。怪我したらお生憎さ~まぁ♪」
と、無邪気で呑気なパッフェルホップは、軽口叩いてさらっと毒舌を吐く。
峻厳の小高い丘を駆け下るには、労力を要するかなりの難所な小道だ。それでも抜け目ないパッフェルホップが、道順から手間が掛からない抜け道までも教えてくれた。
見た目では分からない獣道のようだが、ショートカットよろしくの裏技なのだ。
「そういうあなたも手筈はいいわね? あとで合流するのよ!」
「はぁい、わかったよ! あとでよろしくねぇ~ぇ!」
と、パッフェルホップやコビットたちと道が分かれたのは、数分前の話である。
「前よりもなだらかだけど、ここからは難所が続くわ! お気をつけなさいな!」
登り坂と比べて起伏は少ないものの、道幅は狭く、獣道のようで判別し辛い。恐らく人間の身長より半分にも満たないコビット用に、彼らが編み出した道なのだろう。
だからこそ、やや緩やかな下り坂とはいえ油断禁物、注意されたし、だ。
「アデリィ、もう一度、整理してくれないか?」
「そうね、騎士団内の『裏切者』の話よね、エイト!」
走りながらも問い掛けた瑛斗に、まるで阿吽の呼吸でアーデライードが合わせてきた。
この状況下で走りながら軽々と会話ができるなんて――ソフィアは息を切らせながら、自らの心拍数と肺活量を測りつつ、気心の知れた間柄が羨ましくてちょっぴり切ない。
ちなみに体力バカのドラッセルはやる気満々。知らんぷりのレイシャだが、聞き耳を立てて意気揚々――と、周りを見る度に、自信がないソフィアはますます心細くなってくる。
「そうだな……まずは、裏切者である根拠を知りたい」
「そうね、簡単なものよ」
軽やかに走るアーデライードが、冷ややかな視線でドラッセルの方へ見やる。
突き刺すように視線が痛いドラッセルは、不意を突かれたか狼狽え出す。
「な、なんですかい、アデルさん」
「あなた、護衛と称してドラッセルの部下二人を密偵させたわよね」
「ううっ……そりゃ、ついカッとなって口に出しちまうんだ……」
夜明け前の森の中で、迂闊に「後輩は密偵だ」と口を滑ったことを思い出す。
スタミナ不足で息切れしそうなソフィアが、文句たらたらで皮肉を吐く。
「ハァハァ……ドラッセルって、頭でヤカンが沸いているのよ、ハァ」
「う、うるせーな! 騎士団内では機密事項なんだよ!」
機密事項は、騎士団内でも少数に限られており、彼らの間で情報の交換は秘密裏に、且つ密に行われていた。公国を揺るがす重要機密である以上、油断はできないからだ。
「そう、それよ」
「え、ええー……っ?」
もちろん機密事項なんて既に調査済みでしょ、と素っ気なく答えるアーデライード。
彼女に鼻先へピシッと指を突きつけられて、驚いたドラッセルが素っ頓狂な顔をする。
「そこで確信を得たのが『一つの手掛かり』なのよ」
アーデライードは「それ、早朝にも言ったけどね」と、念には念を押す。
まだ理解が追いつかない騎士二人は、困った顔で見合わせたご様子だ。
「ううーん、夜明け前にアデルさんが言っていた、あの言葉か?」
「そ。その時の模擬練しうぅん、決闘! ……の前で、『キーワード』になるかもって言っていたけどね。その一つの手掛かりこそ、真犯人へ一歩近づく道筋なのよ?」
「…………?」
そこだけが分かっていない瑛斗が、どういうわけか疑いの眼差しでジト目する。
アーデライードが目が泳いでふためきつつも、すぐさま切り替えようと話題を変えた。
「さーて、それじゃあ早速、講義の時間だわーっ!」
講義の時間――よく口にしていた、お気に入りのフレーズを久し振りに解禁したのだ。
瑛斗は「二か月前なのに、懐かしさを感じるな……」とは言えず、心の中で呟く。
「では、例えばだけれど、エルヴィーラを捜索するために、獣人族を利用するも捕縛失敗したとしましょう。そうしたら犯人は、どう対処しなければならないのかしら?」
「そりゃあ、ええっと……ど、どうするんだろうな? なぁ?」
まごつくドラッセルは、騎士学校の時から座学に関しては、滅法に疎い。
聡明で機転が利くソフィアが口元に拳を当てて思案しつつ、ゆっくりと口を開いた。
「ハァハァッ、そうね……身辺調査を一から始めなくてはならない、かな?」
「まぁそうね、大体その通りだけれど」
「ううーむ、いやいやいや……」
否定せねばと頭をひねるドラッセルが、親指で蟀谷を押さえつつ唸る。
「や、待て待て……それでも騎士団との関係なんてあるハズが……」
「いいえ、それがあるのよ。ハッキリと言わせてもらうけれど、銀の皿騎士団の中にあるのよ、その『キーワード』が……ね」
「ううーむむむ……その『キーワード』とは……」
そのドラッセルは頭が働かず、必死疾走中のソフィアも思考停止状態になっている。
だが伏線には慣れっこで、既に勘付いていた瑛斗が落ち着いた表情で沈黙を破る。
「銀の皿騎士団の中にある『キーワード』……それは『内通者』がいるってこと?」
「そう、ビンゴォ! 大正解! エイトはよくわかってるぅ!」
暴走気味なアーデライードは、瞳をキラキラと輝かせてパチンと指を鳴らした。
心が躍るハイエルフは、いつの間にか背を向けることなく、軽やかにバックステップしている。風の精霊を使役した精霊語魔法を、言わずもがな詠唱済みなのだろう。澄まし顔をして全く後ろを見ていないので、周囲の騎士たちは返って気が気じゃない。
事前情報済みで困惑している瑛斗に対し、出来レースばりのアーデライードが追随する。
「つまり真実は一つ! 隠れ里の居場所を内通した者がいるってこと!」
「なっ……そんなバカな!」
情報不足であるドラッセルは、その一言で衝撃を受けているようだ。
だが呆れかえったアーデライードは、歯に衣着せず辛辣に言い放つ。
「そんな莫迦なって、莫迦なのはドラッセル、あなたの方でしょう。あなたが名もない隠れ里に護衛と称してわざわざ赴くなんて。そんなの犯人側だって「何か裏があるぞ」って分かりきっているようなものじゃない? 強いて言うならば、犯人だって、美味しいご馳走を目の前にしめしめとご相伴に預かるようなものだわ!」
「ぐっ……それ以上は何も言えねぇし、面目ねぇよ……」
幾度も落胆するドラッセルに、見かねた瑛斗が助け舟をする。
「でも逆転の発想で、好転できるかも知れないな」
「ええ、そうね。それは正解かもね……犯人側だって、ここ数か月間も何も掴んだものもなしに、事あるごとに失敗を繰り返してるし、かなり焦っているでしょうし」
「美味しいご馳走というよりも、馬の鼻先に人参をぶら下げるような……あっ」
ふと試験勉強中、時折に情報を渡された瑛斗は、つい思い出して口を零した。
「それでエトムントさんが淡々と『帰ってくれ』と、にべもなく受け流したのは……」
「そうそう! きっとエルヴィーラのお爺様が、鼻であしらったのだわ。たかが小童如きが、このような疑似餌な場所にしゃしゃり出るもんじゃないってね!」
真相はまだ闇の中なのに、言うに事を欠いて玉石混交に輪を掛けた主張になっていた。故に大柄なドラッセルが縮こまってしまって、まさに『青菜に塩』のようである。
ドラッセルは介錯された結果となったが「そこまでは言ってない」と、瑛斗は思う。
「でもね、機密事項を決めたアギレラも、薄々勘付いたんじゃないかしら」
「う、えっ、我が騎士団長が? な、何を……?」
「銀の皿騎士団内に『裏切者』がいるんじゃないかってね」
自信喪失めいたドラッセルが、おどおどと動揺しつつ教えを乞う。
繊細な指で硝子のような顎を掴んだアーデライードは、意味ありげな表情を示す。
「灯台下暗し――だからこそ、ドラッセルに任せたんじゃないかしら」
灯台下暗しとは、身近なことや自分自身のことは、かえって気がつきにくい。すぐ近くのものは案外見落としてしまうものだ。
見落としたところこそが、人狼――身内の中の裏切者ではないだろうかと仮定する。
公国内の反対派である連中からは、陰謀論を主張する輩は数多く存在するだろう。
真犯人は彼女による殺人と逃亡、イリス姫暗殺計画の疑いの容疑、証拠の隠滅の恐れなど、エルヴィーラ失踪事件の情報流出ないし捏造などは、絶対に避けなければならない。
「そこで抜擢に据えたのは、猪突猛進で莫迦正直で融通の利かない――」
「そうだね。でも善悪の真意は、絶対に曲げない男だからな」
毒舌ハイエルフを阻止せんと、善意の瑛斗が割り込んでフォローする。
「オ、オレが……?」
「嘘でも真でも見抜けなくても、試練の時が訪れるのではないか、ってね」
騎士学校時代から寄り添い続けた、血よりも濃い仲間とて、慢心や欺瞞は禁物であろう。いずれは巡ってくる『裏切者』の介入を、絶対に阻止せねばなるまい。
いずれかは見つめ直さなければならない時期がきっと訪れるのだ。それを銀の皿騎士団団長のアギレラも将来を見越して、有望なる若者に託したのだろう。
「――と、まぁ、あくまで俺の推測だけどね」
「オレは……もう一度、見つめ直す。絶対に約束するぜ、みんな」
ドラッセルが反省を生かさんと、気を引き締めて自らの姿勢を正す。
体力が有り余っている上に元気が百倍くらい盛り上がってきたドラッセルが、さらにスピードを上げて猪突猛進を進化して疾風迅雷になっていくようにみえる。その背中をみつめるソフィアは「もっと大人になって、何か殻を破きそう」――そんな気がする。
「……ハァハァッ、ドラッセル、追いつかな、んっく、ハァハァッ!」
元々ドラッセルは、大柄でドタドタと走るイメージがあるものの、実は平均よりも素早く、身のこなしが巧みでもある。いつもは、最も得意なパワーを重視しているだけで、能力値全体は、一般的な騎士よりも圧倒的に抜きん出て優れているのだ。
自信のないソフィアは、いつも「自分もなんとかしなきゃ」と思いつつ「まだ十七歳だし」と、その狭間で鬩ぎ合っている。今はと言うと、息が切れそうで、なんか死にそう。
「ソフィアは『追いつかない』じゃなくて『追いつかなきゃ』でしょ」
中途半端で会話が切られてしまった意地悪ハイエルフは、改まって情報を整理する。
「ふん……ともあれ、犯人の出処の範囲が狭まってきているでしょうし」
前もってドラッセルの言う「里の件での情報共有できる者は、公国府・ヴェルヴェド内に在籍中の銀の皿騎士団の連中しかない」によって、白黒がハッキリしたといえよう。
つまり、真犯人ないし内通者は、血よりも濃い仲間内に絞られつつあるのだ。




