あくまで客観的推理に基づく真相解明の旅(後篇)
「さて、と……あなたたち、話をするから静粛にしなさいな」
アーデライードが手をパンパンと叩けば、賑わった食卓を外れて閑寂な席を陣取る。
集まるは、両隣の瑛斗とレイシャ。向こうの席にドラッセルとソフィアである。
「ここからはあくまでも、私からの推理であり考察なんだけれど」
ランチタイムが過ぎ去って、ひとまずはこれで一区切りとなった。
真面目な顔でコホンと咳払いするアーデライードは、仲間内で情報共有を開始する。
「まずは、エルヴィーラの行方の推理だけれども、多分こうだわ」
「あっ、エルヴィーラを乗せた馬車が、刺客で襲われたあの事件ね?」
真相をもっと知りたいソフィアが、テーブルから前のめりで身を乗り出した。
「それは、イリス姫の別邸のところよね?」
「ええ、掴んだ証拠を明かすため、療養地でもあるエキドナ邸でしょうね」
「そうそう、これは私が独自に入手した情報なんだけれど……」
ソフィアがウエストポーチから羊皮紙を取り出した。そこには書かれていた馭者の職務予定を見るに「エキドナの別邸」と記載されており、疑うべくはない。
「それじゃ今度は、こちらの出番ね」
アーデライードが片手で取り出したのは、油紙に包まれた鍵付きの書物――
「ああーっ! これは、打ち捨てられた砦でみつかった……!」
「そうよ。重要であり、エルヴィーラが隠し通した物的証拠よ」
何らかの証拠を手に入れて、イリスに手渡すべく向かった先は、その当時イリスの居城下にある別邸だ。その街道上で暗殺未遂事件が勃発し、事情が一変し、急を要することとなる。
臨機応変なアーデライードと一緒に、謹厳実直な瑛斗と揃って推理を開始する。
「犯人はこの証拠を奪わんとして。逆に、エルヴィーラは守らんとするわね」
「馬車の馬や馭者も殺されたんだから、敵陣を強行突破するとしても――」
「ええ、敵を討ち取ったとしても、街道に他の伏兵が立ち構えるとも限らないわ」
「そうか……だから公国府・ヴェルヴェドの北西、エキドナとは逆の方向――つまり、南東のエルヴィーラの祖父がいる屋敷のある場所、この隠れ里を目指したんだね」
「その通り! さっすがエイト、よく分かってるぅ!」
他人には辛口で厳しくても、何故か瑛斗だけは褒め称えるハイエルフである。
「でも隠れ里へ続く直接な道よりも、分かり難いように迂回する必要もあるわよね」
「物的証拠を隠すために、立ち寄って目立たなくするために利用する場所……」
「そう、いざという時に証拠を残すように、打ち捨てられた砦を経由して、ね」
分かるものは、誰もが分かるが、分からないものは、誰にも分からない。
廃墟と虚構の中、ゆらゆらと絶妙の狭間に漂う、名もなき打ち捨てられた砦――自信喪失になりかけたドラッセルは、自我と追憶を取り戻したかのように呟いた。
「地理的状況を把握して、例の『忘れ去られた砦』を覚えていたのか……」
忘れ去られた砦とは――ドラッセルらが忘れ難い、脳裏に浮かぶ古き良き居場所。
騎士学校時代に山中の行軍練習の時、エルヴィーラ自らが先陣を切った往路から街道騎士団の行軍の復路、交渉可能な我慢の限界点、それらを緻密にまとめ上げ、計算尽くに読み解いた三日間――弱冠十四歳の少女がピタリと的中して戦況を覆す、英雄的行動である。
「しかも刺客をすぐに察知して撹乱させ、戸惑わせるために地理的状況を最大限に発揮、さらに活路を見出す道中に暗号なんかも即興で作って、さらに鍵付きの書を隠して罠を仕掛ける――生半可な行動じゃ考えられない、並外れた奇才の策士、と言えそうね」
桁違いの行動に愕然としたドラッセルは、自らの愚かさにますます唇を噛む。
意気消沈したドラッセルを配慮したソフィアは、彼の背中にそっと手を添えた。
「暫くは、少し話を変えましょうか」
「そうだね」
先の話を続けなければなるまい。推理に参戦した瑛斗が静かに口を開く。
「内務公が引退なされた理由は、どこかに裏付けでもあったのかな?」
「引退なされたのは、約二十数年前の奴隷解放戦争を引き金だそうよ」
奴隷解放戦争とは、エディンダム王国やエーデルシュタイン公国ら連合王国と相対するは、未開なる南方巨大国家群を率いる天下無双の豪剣『傭兵王』との、人と人との間で鬩ぎ合い血と血で洗う大決戦だ。北方・南方の両大陸には類を見ない、初の戦争であった。
「魔王戦争なら魔物や怪物と戦うけれど、人と人との間での戦争が初めてよね」
精強で勇猛果敢な南方軍率いる『傭兵王』の前に為す術はなく、連合王国は次々と打ち破られて一敗地に塗れた。その結果、和平協定と不可侵条約に加えて奴隷制度の廃止を勝ち取ったという。よって公国は元より諸国も、後世の語り草となった千載の恨事である。
「当時の宮廷内の連中では悪評が絶えず、彼らを忌み嫌って隠居したそうよ」
稀代の軍師と称されたエルヴィーラのお爺様も、敗戦となれば長くは続かなかった。
時流により奴隷解放戦争の端を発したため、時の内務大臣の責務を全うする他はなかったそうである。その後に職を辞して、公都外れの隠れ家を建てて身を隠したのだ。
「だからあの『隠れ里』は、ちょっとした『魔法使いの里』のようなものなの」
忠義を持って追随した部下や有能を惜しむ同僚たち、魔術を極めんと彼に心酔し付き従う者、まだ未熟であるも魔術を邁進せんと勉学に励む若人――彼らが約二十年の歳月を掛けて徐々に集い、緩やかに成形していった結果、隠れ家がやがて隠れ里になったという。
「お爺様の子供たちは、王命にて偽名を頂き、各所で活躍しているそうよ」
「へぇぇ……それは凄いな」
「その内の一人である息子さんは、今も現役でいらっしゃるの」
家名なくとも血筋は、騎士学校を次々と首席で輩出するほどのエリートだという。
慧眼の士であるお爺様の育て方は、かなりの腕前だとお見受けする。
「それを引き継ぐべく騎士学校の門を叩いた孫……その姉妹なのよ」
言わずもがな、エルヴィーラとエレオノーラは、黙認ではあるが姉妹である。
姉妹である彼女らも、宮中内の魔窟を孕む輩が存在しているならば、身分を明かしたくないに違いない。現在の宮廷上級職の間でも知り得ない、暗然たる情報であった。
「イリス姫のお爺様……つまり前王弟公国王のエドガーと内務省大臣のお爺様は、王政以外にも戦友であり密接な繋がりであり、長年付き添った『刎頚の友』だから、ね」
『賢弟王』エドガーの息子であり現王弟公国王エルマーと、二代に渡り仕えていた。
そして育まれ紡ぎゆく宮廷の中で出会い――イリス姫と共にするエルヴィーラとエレオノーラ姉妹――まるで王宮の中庭にある花畑の中、仲良く遊んでいる幼子の姿が目に浮かぶようだ。
噂でも知られているイリス姫との幼馴染であった理由も、全員が納得するだろう。
しかし最後の一つだけ、どうしても聞きたい事が瑛斗にはあった。
「アデリィ、コビット族についても聞いてみたいんだけど」
「ええ、そうかしらね。何でも聞いて頂戴」
「彼らと初めて遭遇した時、『待ち侘びてたわよ』って言ったよね?」
ざわめく高い草むらから唐突に、ぴょこんと顔だけを出した時の事だ。
パッフェルホップが分かっていたかのように――
『やぁ! 待ってたよ、英雄さまっ!』
『……もうすでに待ち侘びてたわよ』
――その台詞を、瑛斗は聞き逃さなかった。
「と言う事は、事前に約束でもしてたのか?」
「うっ、そ、それは……事前に精霊をぴゅーっと、返答でぴゃーっと……」
アーデライードの額に冷や汗があり、完全に目が泳いでいる。
瑛斗からの返事が擬態語だらけになっており、如何にも不自然で曖昧である。
「やってたんだね?」
「や、や、それは旅先案内人としての役割ですから?」
どうやらお認めになられたようだ。瑛斗だけに諦めて観念したらしい。
クリフ・ヘイゼルダインとの手紙による連絡のやり取りも然り、コビット族との精霊を使っての取り次ぎも然り。水面下での虎視眈々たるや、まるで権謀術数の如しである。
「だって……二週間も、暇だったんだもん」
暇だからといえ興味津々で即断即決してくる、旅先案内人と語るハイエルフ。
瑛斗を慮ってまで率先して行動するのは分かるが、隠密行動し過ぎである。
「アデリィのことだから、他にもまだあったんじゃないかな」
「それは、まぁ……深夜に洋館の窓が開いていたから、スルッとピョイっと」
「えええっ、もしかしてお爺様ともお会いになったのか?」
もしや深夜に堂々と結界をすり抜けて、屋敷へと忍び込む気なのだろうか。
流石のお爺様もアーデライードと出会うとなれば、さも驚いたに違いない。だが見目麗しいハイエルフだったら、誰だって高名なる精霊使いと判別できるかも知れないが――
「いやいや、誘ってと言わんばかりに、わざと窓を開けたんだと思うわ!」
「本当かなぁ……ちゃんと会話できたのか?」
「だから簡単だけど、ちゃんとお話ししてくれたし、ね?」
アーデライード曰く、威厳あり厳格な姿だが、穏健で温厚な口調だったという。
黙して語らずに得心がいったようで、数日後には館から姿を消したそうだ。
「なぁアデリィ、屋敷から外に出られなかった理由があったけれど」
そう思い返せば、瑛斗にも気になる点が多々あった。
『その前にお爺様はね、屋敷から外に出られなかったワケが“ある”のよ』
『いや……もう“あった”というべきかしら?』
『ん、お爺様は機を熟したのでしょう。だから今は屋敷から出払っているわ』
――と、アーデライードは、確かにそう言っていた。
「やっぱり居館を司令塔として、様々な役割分担を果たさなきゃならないからか?」
「ええ、そうね。お爺様の屋敷周辺での防壁魔法や探知魔法など……自らは言うまでもなく、コビット族たちや里の人々も守らなければならないし、ねぇ?」
古代語魔法による魔力増大と結界の増強――恐らくお爺様の館を囮としても、その隠れ里の状況を把握せねばならないし、里の住民も承知の上だと覚悟しているだろう。
「でも最も気がかりだったのは、孫娘であるエルヴィーラの異常状態でしょう」
彼女の身体が回復できたとしても、精神の回復は途方もなく難しい。
喉から手が出るほどに確保したかったのは、精霊使いという存在であろう。
「孫娘エルヴィーラに罹った禁呪を解くのに、門外漢だから精霊だと厄介だし」
「そこで颯爽と現れた、正体不明、謎のハイエルフ……」
「謎のハイエルフって、失礼ねっ! もうっ!」
「ち、違うよっ! 『見事だ少年、よくぞ見破った!』って言ってたじゃないか!」
古典的推理小説の名言よろしく、笑って誤魔化していたのはなんとやら。
昭和臭漂う名脇役やら悪役・怪人めいた謎台詞を発したのは、誰だったのか。
「……私だわ」
「ともかく君は、必要欠くべからざる存在だったんだ」
「ええ、そうね! だから私に託したのよ……まっ、私の勝手な判断だけれど」
それまでの一角の人物なれど、自ずと光の道筋などそう見出せまい。何としても我が愛すべき孫娘を救わんと、自らを盾に犠牲にしてでもやり遂げねば、と。
しかし疾風の如く現れた、最も権威ある高位精霊使い・アーデライード――
「でも、これは賭けだったのでしょう」
先のもっと先へと将来の夢を託すため、さらに盤石を固めるは必定だろう。
未知なる『稀代の軍師』と評される孫娘を守り抜くは、希望として最後の砦。
「あっ! エルヴィーラのお爺様の名前を失念していたわ!」
「んんっ? お爺様のお名前は、エトムント様です」
食事を終えた皿を片付け中のルルミラが、たまたますれ違ったので事なきを得た。
身元や身辺を明かした理由と説明、名前まで埋め合わせして、全てが解明できた。
「さ、今度こそ推理と考察は、これでおしまい」
「アデリィ、お疲れ様でした」
丁寧に慰労と感謝を込めた瑛斗は、生真面目に最後を締めくくる。
あくまで客観的推理に基づく真相解明は、これにて終了となった。
「取り合えずみんなも、胸のつかえがすっきり取れたかな……」
「あら? あらあら。早速、お出でなすったわね」
精霊のセンスに感じ取ったか、アーデライードの長耳がぴょんと反応する。
彼女の声につられたかのように、みんなが思わず耳をそばだてた。
「火の手が上がったぞーッ!!」
絶好の頃合いか、見張り役のコビット族の一人が叫ぶとともに、警報である鐘の音がカンカンと洞窟内で響き渡る。
「炎上、炎上、大炎上だーッ!」
「……炎上?」
瑛斗がアーデライードの方に顔を向け、つい声を出す。
炎上となると「炎上覚悟の原因はもしや?」と、危機感を感じざるを得ない。
「……なによ?」
「なんでもない」
それ以上言ってはいけない。無表情かつ平坦な声で返事する瑛斗である。
「とにかく外に出るわよ!」
いの一番に駆け出したのは、アーデライードと瑛斗である。次にレイシャと騎士らを含む一同全員が、洞窟住居区分から外へと飛び出す。
すると、洞窟崖側の入口付近に見張り役のコビットが叫び声をあげていた。
「見てよ、ホラ! アレだよっ!!」
隠れ里の方向から、火の手の煙が靡いていた。
ドラッセルが額に手を翳すと、目を凝らして遠方を眺める。
「なんだこりゃ? ただの狼煙じゃないか?」
「ただの狼煙じゃないんだよ! 炎上、炎上、大炎上さ!」
狼煙とは、遠く離れた相手に位置や異常を知らせる、焚火を使った合図のことだ。しかし尾鰭が付きやすいコビットたちの理屈では、常套手段らしい。
なんとなく察した瑛斗が、見張りのコビットにそれとなく探りを入れてみた。
「その大袈裟なことを、簡潔に例えると?」
「緊急事態です……って、言っちゃだめぇーっ!」
簡潔に言っちゃ駄目な話どころじゃなかった。
緊急事態となれば、ただ事ではなさそうだ。
「エイト、コビット族を上手に操縦できるようになったじゃない?」
「それは……試験勉強による特訓の成果の賜物さ」
瑛斗的には約二週間かかってまで、机に齧りついた甲斐があったというものだ。
でも実際には関係性が薄い。ただの自虐めいたジョークである。
「やっぱり、暗黒教徒とかいう奴らの仕業なのかな」
「それはそうね、ええっと『バズった炎上系背信者』みたいなものかしら?」
違う……そうじゃない。と、瑛斗は心の中で呟きたい。
配信者と背信者――同音異義語であるけれど、近くとも遠からず。
「とにかく隠し里へ向かわなきゃダメみたいだね、アデリィ」
「そうね! さぁ、行こう!」
全員が一斉に隠し里へ向けて駆け出した――いや、駆け出そうとする間際であった。
「あ、その前に、私が一つ言いたいことは……」
走りながらも一旦足を止め、全員に向けて振り返る。
そうして、さらに衝撃を受けることとなった。
「銀の皿騎士団内に『裏切者』がいるってことよ!」




