あくまで客観的推理に基づく真相解明の旅(中篇)
コピット族たちと賑やかで喧しさもあれど、刺激的であり楽しい昼食となった。
まだ真っ昼間だというのに、勝手気ままに飲めや歌えやどんちゃん騒ぎに興じてしまう面々が現れ始めた。もちろんコビット族たちだ。自由奔放な彼らの独断で「エルヴィーラ復活祭だ!」と僭称したようで、歌って踊ってとことん酔い明かすつもりだろう。
流石にいい加減で適当過ぎやしないか、と瑛斗は思う。でも、それはコビット族の天性の性格だし、それは運命か、宿命か、はたまた天啓なのかも知れない。知らないけど。
したがって、喧しくて乱雑にとっ散らかして面倒な奴らだとお思いだろうが、そういう種族だと知ってさえいれば、何とか生活に馴染んでやっていけるだろう――と思いたい。
「これは……盛大で豪快でやりたい放題だなぁ」
「でもさ、これ美味いぜ。栄養補給だ。ガンガン掻っ喰ろうぜ」
そう言うドラッセルが、立て続けに手に取った肉の塊をガブリついた。
昼食のメインディッシュは、豪快で野性味たっぷりの一皿であった。野趣に富んだ鹿肉料理にたっぷりとソースをかけて。ついでに乱雑に盛られたきのこが添えてある。
調理法は、岩塩とハーブにまぶして竈に突っ込んで焼く。それだけであった。実にシンプルだ。コピット族の狩人たちが獲物を仕留めたのだろう。彼らは器用度とともに視力が非常に高いお陰か、血抜きや筋切りなど見事な腕前と目利きで手際が良く、肉質がふっくらしていて柔らかく、肉汁たっぷりでジューシーな味わいとなっている。
「ま、ま、英雄さまっ! 一献、一献!」
「あっはは~っ! 悪いわねぇ、あなたたち~ぃ!」
コビット族が隠れ里より取り寄せた、麦芽を泥炭で燻煙し醸した蒸留酒である。
それをご馳走に預かろうと、甲高い声で主張する長耳が一人――
「アデリィ、飲み過ぎは控えるように」
「わーかってるって、だいじょーぶ!」
朝食の食前酒は蜂蜜酒、昼食はピーデット・ウヰスキー。
ブレーキが壊れてアクセル全開、お酒大好き呑兵衛ハイエルフである。
「さぁ~て、どうなるかなぁ~ん♪」
グラスを軽くスワリングすると、じっくり薫香を堪能してから口に含んだ。
豊潤な香りに反応し、形良い小鼻をひくつかせるとは。まるでワンコの如し。
「ふむーん、鼻腔をくすぐる独特のピート香……この調節が絶妙だわ」
「でしょでしょ? 銘柄を付けたいんだけど、里に名前がないからさぁ」
「うーん、そうねぇ……風土と地域の古称で、名を冠するのが主流だし」
「コビット・ウヰスキーだと、目新しさがあまりにもないしねぇ」
などとグラスを傾けながら論じ始めると、酒談義に花を咲かせる。
酒の名を土地や地形、地方にある古称などで残すのは、異世界でも一般的らしい。
蒸留所に名前を命名するのは、郷土愛ならではであり伝統的な原点であろう。
「ついでに、この泥炭で燻した燻製肉はどうだい?」
「これはかなり独特な香りが強すぎるけど……酒に合わせるとクセになる味わいね」
酒に全く関心がない瑛斗にとっては、味はおろか香りを嗅ぐ興味もなかった。でも香りといえば、瑛斗には気になる場所があった――エルヴィーラの寝室だ。
ふと目と目が合った察しのいいルルミラが、瑛斗の側へ歩み寄ってきた。
「はい、何でございましょうか」
「ほら、この隣にある寝室にお香を焚いているだろう?」
瑛斗がエルヴィーラの寝室を指差せば、勘が良いルルミラはすぐに汲み取った。
「はい、お香を最初に焚いたのは、お爺様の館と同じ香りです」
「その目的は、もちろん?」
「そうです、空間の浄化や緊張をほぐす効果のために使用いたしました」
ドラッセルの調査結果と同じように、約三か月前に香舗の間で売り歩いた行商人と交渉して、当初は隠し里で買い付けをおこなったという。
「やっぱりそうだったんだね」
「でもエルヴィーラ様の香水の残り香は、すでに織り込み済みです」
「へぇ……それは?」
「香水もそうですが、彼女の体香です」
香水もそうだが、人には気付かないエルヴィーラの身体の香りまで勘付くとは。コビット族のミミルラは、物事に至っての冷静沈着さは稀有であろう。
だが徹底的に身体を清拭し、残り香を全て消しとったとしても疑問は残る。
「ここからは敢えて、厳しめに聞いてみるけれど……」
瑛斗は追求すべきではないかと思い、あえて念には念を入れる。
「そうなると敵が獣人族を使役すれば、エルヴィーラを追跡できるのでは?」
「ですので魔法道具『虚無なる聖骸布』を使用しました」
魔法道具『虚無なる聖骸布』とは、聖なる魔力を帯びた白い布であり、対象を包み込むと全てを遮断し、気配どころか存在すら完全に消し去る、マジックアイテムであった。
聖骸布とは、聖遺物の一種で遺骸を包んだとされる布である。だが『虚無なる聖骸布』であれば、生きたまま死んだ遺体のように見せかけることが可能な魔法道具だ。
「そのため、お爺様秘蔵の魔法具である『虚無なる聖骸布』を使って、エルヴィーラ様の全身を包み、私たちの棲家へと匿うために持ち帰ったのです」
他にもエルヴィーラを隠遁させる、各所に見えない様々な工夫が施されている。
例えば、岩壁を見せぬように高貴な布で被されていたが、存在自体を目立たなくさせるための『虚無なる聖骸布』であろう。多少は過保護であっても、優に越したことはない。
「勝手ながら、ここからのお香の出所は、おいらが話すよ」
珍しく殊勝そうにパッフェルホップが、自らが手を挙げて買って出た。
「おいらたちの隠れ家の洞窟内にゆるゆると流れる地下水路があってね。水上ならお香の匂いも残させないし、別の村にも買いに行けるんだよ」
空間の浄化や緊張をほぐす効果のお香は、精神崩壊を抑制するに必要不可欠だった。また秘密基地の隠れ家は、地下水路の利便性に優れ、隔離がとてもし易かったのだ。
「ついでに河原の三角州で見つかった香を焚いた灰については? 証拠隠滅?」
「いいえ……お爺様は、お屋敷へ誘導しようと敢えて仕向けました」
エルヴィーラの祖父は、消去魔法をも扱えるといわれているという。だが獣人族の能力は未知数であり、完全な保証はない。ならばと逆転の発想で行き着いたという。
「魔法感知能力を持たざる者は、お香でお屋敷へ目を向けるでしょう。魔法感知能力を持つ者は、必ず目が離せなくなりましょう。お屋敷までの道順を明確に仕向けたのです」
「うん、とても納得いったよ。完全に残り香を遮断できれば、彼女を庇護できるし、屋敷が囮にしていれば、敵側からとしても確信が高まる……ってことだったんだね」
それらに聞き耳を立てた騎士が二人――ソフィアとドラッセルだ。
ソフィアが意地悪く、ドラッセルの横腹に肘を突っ込む。
「ほらね、言ったでしょ」
「ぐっ、面目ねぇ……」
ドラッセルの首が九十度くらい俯いて、深く深くため息を吐く。
調査結果を客観的に顧みず。持論のみで突っ走った結果の罪深い子羊である。
「ありがとう、ルルミラ」
「でもそこからの事態は一転し、構想は柔軟に変化いたしました」
「えっ? ああ……うん、そうだね」
言わなくとも、すぐに理解した瑛斗である――頭に浮かぶ原因は、ただ一つ。
底意地の悪い小悪魔のような顔で「んふっ」と笑う、謀略大好きハイエルフ。
「そうだね、やっぱりアデリィなら秘密兵器として最適なんだよ」
「んんっ? 何よ、聞き捨てならないわね……」
グラスを片手にくだを巻く、耳聡いハイエルフが割って入った。
ルルミラと親密そうに会話をしているところをみつけてしまったらしい。
「何よ、秘密兵器って? 何でそう思うのよ?」
「だってそりゃ……君のネーム・バリューだからだろ?」
高位精霊使いであり希少種族のハイエルフとして、名を冠たる威力は抜群であろう。
情報をかき集めて活躍したのは、もちろん獣人族のメイドたちだ。お忍びで里に籠もっているアーデライードについて「ご主人は研究中である」とだけ言いふらした。ただそれだけだ。それだけだが、伝聞に漏れず閉鎖的な隠れ里内なのに、名声赫赫たる英雄が瞬く間に広がっただけで、絶大な効果と莫大な価値を有することになったのだから。
しかし民草を標榜する昭和風情の彼女としては、横文字はまだ疎くてピンとこない。
「ええっと、ねーむ・ばりゅーって、なにさ?」
「そうだな、肩書のことかな。君にはそれだけの価値があるってことだ」
「ふぅん……私の、私だけのネーム・バリュー……んふふっ!」
その言葉に反応したか、急にハイエルフの瞳がキラキラと輝きだした。
さも「んふー、当然よね!」という顔をしているようだ。
どうやら瑛斗の信頼を勝ち得たようで、違うベクトルに舵を切って賞賛の味をせしめたようである。しかもしっかりと酔ってるし。水を飲みなさい、水を。
しかしそれ以上、調子に乗せらせて針小棒大となれば、立ちどころに炎上しかねない。なので心の中で「暫くの間は、封印しておこう」と思う瑛斗であった。




