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ハイエルフと行く異世界の旅  作者: めたるぞんび
第7章:宮廷秘書官の捜索と救出作戦の旅 [後篇]
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あくまで客観的推理に基づく真相解明の旅(前篇)

「エルヴィーラ!!」

「エルヴィーラ先輩っ!!」


 急ぎ駆け寄ったドラッセルとソフィアが、万感の想いを込めて呼びかけた。

 だがエルヴィーラに声は届かず、反応がないようだ。眼がうつろで、言葉を発することができていない。どこか宙をみつめた様子で、ぼんやりとして掴みどころがなかった。

 どうやら身体に問題はなさそうだ。だが精神に損傷を負った気配と見受けられた。


「どうしてこう……一体どうなったんだ」


 喜びも束の間、状況が掴めないドラッセルが苦悶な表情で呟く。ソフィアも沈痛な面持ちで、エルヴィーラの横顔をずっとみつめていた。

 それを察した瑛斗が現況を打開せんと、アーデライードに顔を向けて教えを乞う。


「アデリィ、彼女の容体を教えてくれないか?」

「そうね。原因は分かっているわ――闇の精霊・シェイドよ」


 闇の精霊・シェイドとは、闇の支配と恐怖を司る精霊である。光の精霊であるウィル・オー・ウィスプと対をなし、ぶつかり合うと相殺して消滅するとされる。また形状は、光の精霊と同じ球形であった――と、エディンダム王国にある古文書には記されている。

 そして精霊の中で最も性格や感情といった知能は持たない。闇で周囲を阻害する精霊語魔法として主に使役される。ひたすらに光なき場所を好み、視界そのものを閉ざすのだ。


「厄介な闇の精霊で最たるは、恐怖と混乱……それが精神の中に巣食っているの」


 精霊使い特有であり基本的な能力として、暗闇の中でおぼろげながらも物を見ることができる『インフラビジョン』という技能を有している。

 その中で悪質で邪悪な精霊使いだとして、目視で暗闇を見通す技能を利用し、闇に潜んで闇の精霊の力を借り受けたとすれば、命を狙う役目に最も適した能力といえるだろう。


「闇の精霊ということは、精霊語魔法(サイレントスピリット)なのか?」

「そう。闇の精霊が標的の魂に侵入し、精神を内側から食い潰す……謂わば、禁呪」


 禁呪と小耳に挟んだ騎士たちが、鳥肌が立ったようにざわついた。


「なにッ、禁呪だと……!?」


 怒気を孕んだドラッセルが、忌々しく呻くように吐き出した。

 何故ならば騎士団の間でも最も忌避し、守秘すべき禁則事項であったからだ。


「禁呪とは、魔法使いや私たち精霊使いによっても、忌避すべき魔法なの」


 禁呪――共通語魔法や古代語魔法・精霊語・神聖語などの魔術を共通し、各国家によって(ことわり)を逸脱した術式の使用や研究を禁じる魔術体系である。基本的で安定的な魔術を踏み外し、遥かに凌駕する力を持つ一方、術者やその周囲は元より、無辜の人々や建物・地形までもが甚大な被害を及ぼす危険性を孕む。まさに禁断の果実であった。


「しかもなりふり構わず使役しちゃうし、術式や触媒が全然違うのよ」

「過激な行動で迷惑行為を繰り返す、バズった炎上系配信者みたいなものかな」

「バズった炎上系? 私は知らないけれど……なにそれ?」


 禁呪の使用方法はまちまちで勝手極まりなく、状況次第では自然や生命、魂なども代償として発動されるため、対象者や代替者はおろか、術者をも破滅を招く場合が多い。

 また近年では古代文明の遺産や失われた魔導書など、記されていることが多数に発見されており、現在でも各地で厳重に保管、または封印し、監視されているという。


「それよりもアデリィ、その禁呪の呼ばれる魔法の名は?」

「そうね、その禁呪は――闇の精霊語魔法『ソウル・ドミネーション』よ」


 ソウル・ドミネーションとは、闇の精霊を使役して対象の精神へ干渉し、自我を侵食させ精神支配する精霊語魔法である。抵抗に失敗した対象は、徐々に精神崩壊させながら自我を奪うという。まだ実験段階だが最終目的は、術者の意のままに操るとされている。

 だが成功し隷属化させる反面、対象の人格や記憶に深刻な損傷を与える危険性があるため、全世界各国でも対象とされている禁断の魔術――禁呪であった。


「闇の精霊を使役し、対象の精神へ干渉する精霊語魔法……か」


 エルヴィーラの精神を失ったまま。喜怒哀楽ばかりか、感情そのものが消えていた。

 精神喪失によって意識と記憶までもが保てない。よって身体機能を統制できず、機能が低下して行動不能な状態であった。やむを得ず、ベッドの上で静養せずにはいられまい。


「しかもシェイドが二つも彼女の精神に巣食っているわね……」


 目を細めて凝視するアーデライードが、身体の中に巣食う闇の精霊を見透かす。


「ああ、でも術式が曖昧で調律もガサツだわ……嫌いなのよね、こういうの」


 精霊使いのハイエルフは、基本的に流暢であり幾何学的なものを好まれる。どうやら明らかにご不満で「ぷんすか!」とぶんむくれておられるご様子だ。

 だが術式などまでも見通せるとは、流石は高位精霊使い(シャーマンロード)である。


「さておき、本題に戻るけど。その犯人は、もしかして……」

「そう、エルヴィーラによって暗殺を狙ったが、逆襲されて討たれて死んだ、あの例のダークエルフの精霊使い――でしょうね」


 懐かしき古い砦を離れ、深い森の中を先へと進んでいた、あの戦いの爪痕。

 矢の魔法とも呼ばれる古代魔法語『マジックミサイル』によって攻撃を胸に受け、それが致命傷となったのだとアーデライードは語る。ダークエルフの遺体をも物語っていた。


「きっと死ぬ間際の足掻きで、遺恨と怨念をもって闇の精霊を使役したのでしょう」


 相打ちだろうか、もしくは道連れを狙ったのだろうか。

 形跡を見て推測したとしても、それ以上は真実までも知る由はない。


「自らの命を引き換えにした捨て身の呪文よ。最期の遺言のようにね」

「捨て身……か。自己犠牲にしてまでってことか」

「でも隷属を目論むはずが、自らが生贄になるなんて……皮肉なものだわ」


 先走った挙句に墓穴を掘った落伍者だと、憐憫でもあり蔑んだ目で呟いた。


「腕は確かでしょうけれど、まっ、私からしてみれば中の中ね!」


 気分の切り替え上手なアーデライードは「ふんだ」と仰け反った。

 精霊語の術式や調律まで見通して、禁呪をも扱えるという高位精霊使い(シャーマンロード)からの見立てだが、自己肯定感と他人に厳しい彼女ならではである。


「もしもアデリィだったら、禁呪とか使えるのか?」

「そうね、私も使えるわね……使う気はさらさらないけれど」


 全くもって興味なさげであっさりであった。


「ともあれ、闇に潜んで扇動せんと暗殺を目論む者たち……」


 お気楽から打って変ったアーデライードは、核心に迫らんと躊躇なく切り込んだ。

 傲岸不遜な野心を叩き潰さんと、不敵な笑みで瞳がギラギラと光り輝く。


「その元凶は、精霊使いの暗黒教徒で間違いないわ」

「……暗黒教徒?」


 暗黒教徒という聞き慣れない言葉に、瑛斗が軽く首を傾げた。


「もう正体は分かっているでしょうけど……奴らは、暗黒教でしょう」


 暗黒教――魔王戦争終了後、残党らが率先して発足した新興宗教だという。

 魔王の復活を信じて渇望し、禁呪を解放せんと邪悪なる神を信奉する狂信者集団。

 暗黒教崇拝の彼らは魔王救済を希求し、自ら進んで魂を差し出したともいわれる。


「暗黒教徒は少数派で知名度は低いけど、時として破壊行動や暗殺など、血で手を染めてでも加担し、社会を巻き起こませたという。最も忌まわしい不穏分子でしょうよ」


 害虫を見下したような目つきで、唾棄するように冷罵するアーデライードである。


「……なんかあったの?」

「まぁね……エディンダム王国で、ちょいちょいあったのよ」


 アーデライードは「もう過去のことだから」と、どうやら忘れたいらしい。

 これ以上だと本題が逸れる。差し出がましい瑛斗としては、さして言うまい。


「ねぇ、ちょっと! そこのあなた!」

「……っ!」


 アーデライードが指差したのは、先程にドアを静かに開けたコビット族の少女だ。しかも「こちらにございます」と丁寧語で話すとは。いつもはやんちゃで喧しいコビット族らと異なり、かなり珍しい。


「あなたがエルヴィーラを介抱してくれたんでしょう?」

「は、はい……」


 おずおずと手を上げるコビット族の少女が、謙虚にも仲間の輪から踏み出した。

 お調子者で気分屋が多いコビット族の中で、図抜けているほど大人しく感じる。


「私の名前は、ルルミラ。お嬢様……エルヴィーラ様の幼馴染、です」


 ルルミラと名乗る可憐な少女は、幼女のようなか細い声で発した。

 髪型は黒髪のおかっぱ頭であり、前髪をぱつんといつも丁寧に整えそうだ。

 コビット族としても一回り身体が小さく、痩身であり、頼りなさそうでか弱い。

 しかし真剣な眼差しで真っ直ぐに見据えており、芯が強そうに見受けられた。


「ついでにあなたの職種は……そうよね?」

「はい……ご存じの通り。私の職種は、吟遊詩人(バード)です」


 ルルミラの職種は、吟遊詩人(バード)――主に楽器を奏でながら歌い、呪歌(じゅか)なる補助効果を用いる職種技能である。

 各地を旅しながら英雄譚や恋愛などの叙事詩を歌い、音楽を奏でて日銭を稼ぐとともに、呪歌という吟遊詩人技能(バードスキル)を駆使し、戦闘中に敵味方に能力を上昇させて有利、もしくは能力を降下させて不利などの補助効果を生業となす職種のことだ。

 しかし敵にも味方にも分け隔てなくばら撒かせるため、状況次第で呪歌危険因子(モラルハザード)になりうる、厄介であるも便利でもある、非常に難しい技能であった。

 さらに呪歌について、魔力(オド)もしくは精気(マナ)の使用頻度はあると思われるが、魔法との関係性が薄く、よって魔法の素養を持たないコビット族でも使用できるのだ。


「この隠れ家にエルヴィーラを匿った理由を説明してくださる?」

「はい……その理由は、三つございます」


 六英雄の一人を前にしたルルミラは、心を落ち着かせて淡々と述べた。


「一つめは、お爺様の屋敷を囮として据え、隠伏が最善と考えたことです」

「あなたが? それとも決定権は、誰なのかしら?」

「お爺様のご意志です。お爺様はもちろん、慧眼の名軍師ですから」

「ほほぅ、なかなか言う事言うじゃないの、ねぇ?」


 いつもは冷静なルルミラとて失言したと、困った様子で恥じらって赤面する。

 高名なる“グラスベルの大賢者”にそう言われると、誰しもが照れてしまうだろう。横で瑛斗にジト目された茶目っ気たっぷりハイエルフが、口笛吹いて知らんぷりする。


「こほん、本題に戻るわよ……二つめは?」

「二つめは、この地方に精霊使いが殆ど存在しなかったこと……名もなき里、隠し里とも称されるこの里は、実は『魔法使いの里』とも呼ばれておりまして、魔法使い(キャスター)は数多く存在したものの、精霊使いが皆無だったことです」


 意識を失っていたエルヴォ―ラ体内に巣食う精霊の影響は、魔法使いによって探知できたものの、上位以上の精霊使いがこの里で存在しなかった。

 主に防衛拠点である公弟公国内は、騎士や魔法使いが多数在籍しているものの、残念ながら精霊使いは希少職種であった。そして、もし中級以上の精霊使いをこの里へ招聘するとなれば、たちまち居所がバレるのは必定だ。


「そこであなたが申し出たのは……」

「はい、私の出番だと自らが願い出て、お役目を賜りました」

「そうか。だから補助効力を持つ、吟遊詩人なのね」

「そうです。少しだけでもお役に立てればと」

「ちなみに、あなたの呪歌を教えてくださる?」

「呪歌は『ヒーリング』と『レストア・メンタルパワー』……他にも各種多数、お取り扱いできます」


 呪歌『ヒーリング』とは、演奏、あるいは歌唱によって途切れることなく続ける必要があるが、対象の生命力を継続的かつ持続的に回復できる効果を持つ。

 また呪歌『レストア・メンタルパワー』とは、演奏、あるいは歌唱によって、対象が続けて聴くたびに疲労を軽減し、精神力などを回復する効果を持つ。

 対象が受け続ける間ならば、完全にリラックス状態に没頭できる呪歌の効能である。


 さりとて「各種多数、お取り扱いできます」とは、異なものを。

 非常に丁寧な言葉遣いではあるものの、店頭販売のセールストークのようになってしまった。コビット族特有である天然ボケと認識のズレが、まだまだ余地がありそうだ。


「ここで保護できて、精神負担にも軽減できる……一粒で二度美味しいかと」


 と、淡々と語るルルミラは、意味は分からないでもないが、斜め上で着地した。

 お得な情報と呼ばれる有名なお菓子のキャッチコピーのようだが、さして言うまい。


 ともあれ、呪歌を使った吟遊詩人の補助効果に功を奏して、食事や睡眠など生理現象まで快復して、自立くらいはできるようだ。だがエルヴィーラの意識は、水面に揺蕩うように精神は止まったまま。日常生活に戻るまでは、残念ながら至らず。それでも献身的なルルミラの呪歌とコビット族たちの介助さえあれば、それくらいの行動は可能だという。


「三つめですが……誠に僭越ながら、私の意志です」

「ふぅん、それは?」

「エルヴィーラお嬢様を、なんとしてでもお助けしたかったのです」


 誠心誠意を尽くすルルミラが、真剣な眼差しで必死に訴えかけた。


「それは私にとって唯一の幼馴染であり、かけがえのない親友ですから」


 この一言で、騎士たちの心の底にまで沁み渡った。

 すると煩さ型のコビット族らが野次馬上等、やんややんやと攻め立て始めた。


「ルルミラ、なんちゅう健気な子や……!」

「ほんまにええ子やないかい……!」

「ほんまや、ほんまや……!!」

「とことんいてこまさないかいボケェ……えぐえぐっ、ずびびっ!」


 全くもって、やんややんやと攻め立て始めるどころの話じゃなかった。

 異次元的に言ってることとやってることが真逆で、折角の決め台詞が台無しである。


「がいや、うるさい」


 睨め付けるレイシャが制すると、外野たちが「はいはい、はーい」と素直に応じる。

 閑話休題――こういう時のダークエルフは、子供のまとめ役として連携がいい。


「これで私が話せる全ての……真実の証です」


 礼儀正しいルルミラは、異世界では珍しく深々と頭を下げた。


「理由は分かったわ。では、話を変えましょう」


 真っ直ぐな気持ちを受け入れたアーデライードは、状況と禁呪の話に切り替える。


「いずれにせよ隷属まではいかないまでも、精神崩壊を起こしかけたのは間違いない」


 闇であり恐怖の精霊でもあるシェイドが、魂へ取り憑いて自我を侵食する。

 自我は徐々に崩壊し、術者へ絶対服従する傀儡へと成り果てる禁断の魔術。


「でも精神は、まだ崩壊寸前のまま。呪歌で闇の精霊の仕業を抑えてる」

「なぁ、アデリィ……さっきから精神崩壊を起こしかけているとか、崩壊寸前とか言ってるけどさ。ということは、まだ――」

「そうね。精神は崩壊していないし。ボーッとして突っ立っている状態だわ、多分」


 真剣な面持ちだったアーデライードが、相も分からず適当な扱いで説明をする。

 それを聞いたソフィアとドラッセルが、興奮を隠しきれずに心が浮き立つ。


「えっ、待って待って? ということは……」

「まだ精神崩壊までは、向かってないってことだな?!」

「ま、そういうことよ」


 さも当然だと言い放ったアーデライードは、さらりとした表情で軽くいなす。


「やったーッ!! やったな、エルヴィーラ!!」

「よかった……先輩、よかった……!」


 闇であり恐怖の精霊でもあるシェイドだが、欠点や弱点は必ずあった。

 暗い性格の持ち主、もしくは、恐怖をよく知る者や恐怖に強き者と相性がいいという。


「恐怖を克服し、決して屈することのない、彼女との相性でしょうね」

「……よかった」


 ようやく胸のつかえがおりたようで、ルルミラがどっと腰を下ろした。

 騎士学校時代にも自らが率先して救援の陣頭に立つ、芯の強い女性ならではだろう。

 納得して何度も頷いたルルミラと、歓声に沸くコビット族ら全員が喜びに溢れていた。


「うーん、でも解除するには、二~三週間くらい掛かりそうね……」

「おおっ、そんなものでいいのか?」


 ドラッセルが喜ぶ「そんなもの」とは失礼な。無粋であり失言である。

 そう反応したハイエルフは、対抗すべく上から目線で流し目をする。


「あら、私を誰だと思っているのかしら?」


 それはそうだ。国士無双の向こう見ず、高位精霊使い(シャーマンロード)の使い手である。

 迂闊なドラッセルをフォローせんと、褒め上手な瑛斗が持ち上げる。


「そりゃあ、世界最高の精霊使い(シャーマン)を見くびっては困るな」

「んまっ! 私にとって、さも造作ない話だけど……んふふっ!」


 瑛斗に褒められると舞い上がり、鼻高々でカンラカンラと大仰で高笑う。

 それをきっかけに大歓声で賑やかな雰囲気の中、ジト目で呟く者が一人いた。


「ちょろい」

「なんか言ったかしら?!」

「べつに……」


 皮肉めいたレイシャが冷ややかながらも、珍しくほくそ笑んだ。

 全員が全員、肝心要のハイエルフを囲む中、落着の幕が下りたのであった。


「ええっと、皆さん、ごめんくださいな~」


 ドアを覗き込んだコビット族の女子たちが、次から次へとわんさか現れた。


「あのぅ~、昼食の支度が出来たんですけど~」

「そうね。それじゃあ、ゆっくり頂くとしますか!」


 重苦しく緊迫した空気は一変し、長閑(のどか)であり華やいだ昼食となった。

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