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ハイエルフと行く異世界の旅  作者: めたるぞんび
第7章:宮廷秘書官の捜索と救出作戦の旅 [後篇]
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エルヴィーラ捜索と救出作戦の旅(後篇)

 草原の真っ只中でエルヴィーラを捜索し続けること、さらに半時間ほど。

 ことあるごとに地図に目をやる我々は、目的地へと向かうべく捜索を続けていた。


「ああもう、どうにも埒が明かないわね……」


 草丈が高い中を分け入りながら、不満顔のアーデライードがぶつくさと呟く。

 生い茂る雑草は、人の背丈よりもずっと高い。ムジナなどの中型獣は元より、人の姿までみつけ出すのも至難の業である。しかし巨体を持て余すドラッセルだけは、全員が視認くらいできるので、目印としてとても役に立っている。

 その中で最も小柄なレイシャが、古代語魔法“フライ”を詠唱して空中捜索を試みる。


「そっちはどうだった、レイシャ?」

「……くさ、ぼーぼー」


 これ以上の返答がない。つまり高草だらけでうんざりしたのだろう。言う気にもならないご様子だ。こんな状況のままでは捜査が進まず、収拾が一向につきそうもない。


「地形的にも高低入り組んでいて、どこに向かうか判断しづらいな」


 そう呟いた瑛斗の感覚的には、下へ下へと窪地の底にどんどん下っている気分だ。

 ここは山地に囲まれた高原で盆状の地形でもある。土壌をみるに泥炭なので、湿原は間違いなさそうだ。だが異世界でしか見たことがない立派な高草が、これほどまでにそびえ立つとは。素人目では、高層湿原の形状で合っているのかも判然しづらくなってくる。

 草原の面積はかなり広く、南の方から北の方へと縦に奥まっている。左手側の上の方を眺めると、風がそよぐ高草の合間に小高い丘の断崖が、思ったよりも近くに垣間見えた。


「あら、少し開けたところに出たようね」


 さらに進めると、高草に囲まれたところから、ようやく少し広げた平原に出た。

 アーデライード曰く「ここはまるで草原の十円ハゲみたい」などと、昭和風情を彷彿とさせる嫌味を言い放つあたり、昭和と令和のジェネレーションギャップは否めない。


「面倒臭いわね……もう焼き払っちゃおうかしら」

「アデリィ、駄目だよ」

「じょ、冗談よ。冗談だってば、もう!」


 いつもは辛辣で無慈悲なのに、身内に限ってはとことん甘い。


「もやす? もやす? もやすの、とくい」

「ちょちょちょい、燃やさなくていいからね? ねっ?」


 レイシャの隣にいた安牌主義者のソフィアが、抑えめに(なだ)めて抑制する。

 とはいえ、火炎魔法がお得意のダークエルフは気合が入っているようで、シャドーボクシングをしながら「しゅっしゅ」と声を出す。火炎瓶を持った過激派になった気分のようだが、どちらかといえば、まるで“やんのかステップ”で威嚇してくる子猫のようだ。

 幼げで可愛いもの好きのソフィアでも、横目でチラ見しつつも気が気ではない。


「あーもうっ、このままだと面倒臭いわね……!」


 どうやらアーデライードが我慢の限界を迎えたようだ。


「どうするんだ、アデリィ?」

「そうね、風の精霊を手加減なしで総動員して可愛がってあげる」


 などと、やや物騒なことを言い出した。


「変なことは止めてくれよな……」

「いいから、私にまっかせなさいって!」


 そう言うとアーデライードは、呼吸を整えるや否や息を胸一杯に吸い込む。

 そして流暢な早口で古代精霊語を吐き出すとともに、スラリとした両腕両脚を広げて目一杯に全身を一気に伸ばす。詠唱とともに精霊語魔法(サイレントスピリット)を発動するその姿は、自らの身体全体を使ってまるで楽器のように奏でているかのようだ。


「おおっ……これは、凄い……」


 光の粒が浮かび始めては、雨粒のようにはじけ飛ぶその美しさ。ドラッセルとソフィアまでもが、あまりの幽玄さと幻想さに心惹かれ、つい唸ってしまった。

 草むらの合間から光の粒子が浮き出すかと思えば、周囲の草や風までもが光を纏って輝き始める。そして人差し指をタクトのように揮って、風の精霊を使役するのだ。

 とても珍しい詠唱所作――瑛斗にとって初めて見た光景だった。その姿を見た瑛斗は「美しいな……」とつい声が零れてしまった。それほどまでに優美にして麗しい姿であった。


「我が名は、六英雄が一人・アーデライード! 我に知らぬものなし!」


 その声こそ天響けと声高らかに。草原全体を澄み渡るほど威風堂々と名乗りを上げた。

 じんと心に響いて迫る美声――情動に溢れて、揺さぶってくる高揚感。


「……来たわね」


 瞼を閉じていたアーデライードが、薄目とともに薄紅色の口唇を開く。

 勘付けば、草むらから何やら子供のような足音が響いて周辺がざわつき始めた。


「! 構えるか?」

「いいえ、必要ないわ」


 剣の柄を掴もうとするドラッセルに、アーデライードが手の平をみせて制止する。

 ざわめく高い草むらから唐突に、何物かがぴょこんと顔だけを出した。背は小さく、真ん丸なアーモンドアイ、耳が少し尖っている――瞳を輝かせて興味心旺盛な少年顔。


「やぁ! 待ってたよ、英雄さまっ!」

「……もうすでに待ち侘びてたわよ」


 見知らぬ少年を尻目に、やや渋い顔をしてアーデライードが不満を漏らす。

 背高のっぽな草から全身を現したのは、その半分にも満たない子供たち――のような、声や顔とその体形。しかし背や腰に短剣や弓を装備する服装をみるに、冒険者のような出で立ちである


「おっ、おいおい……次から次へと」


 何人もが顔だけ出し始めると、堂々と悪びれもなく、ぞろぞろと姿を現れ始めた。

 少年のように見える身長は、ドラッセルの半分くらい。一メートルにも届かない。


「なぁ、アデリィ。彼らは、一体……」

「おいらかい? おいらの名前は、パッフェルホップ! コビット族の若頭さぁ!」


 その中で最も陽気な性格であり、元気よく溌溂な声。


「え、えっ? コビット族……?」

「そうよ! 彼らは、コビット族よ!」


 瑛斗の戸惑った顔を見たアーデライードは、満足そうにニンマリと薄笑いした。

 コビット族と呼ばれる彼らは、彼女の簡単な説明によると、特に小柄であり、人型の亜種である小人種族である。人間の半分程度の身長で、一メートルにも満たない。耳はハイエルフほど長くはないが、先っぽがやや尖っている。そういう種族だという。

 どうみても人間の子供のような体型とともに、顔立ちも童顔で若々しく見えるとされている。人間と比べると数は少ないものの、古い文献にも多々記されているという。

 また、魔力量が少なくて集中力が途切れがちな性格なのか、魔法使いなど魔法関係の職業には向いていない。だが俊敏さで手先が器用、視力も先天的素養として優れており、短剣や弓を使っての狩りなどを得意とする。よって、野伏(レンジャー)もしくは盗賊(シーフ)などにうってつけである。

 性格は非常に明るくて好奇心旺盛、お調子者であり、気紛れな気質もそれなりに多い。


「アデリィ、そのコビット族の由来は、なんだったんだ?」

「そのまんま。小人族(こびとぞく)だったから、コビット族」


 昔を思い出したかのように、アーデライードがクスクスと笑う。

 瑛斗の祖父・ゴトーが「こいつらが小人族か?」と発したのが、語源だという。


「ええ……だから、コビット族?」

「そう。いつの間にか、コビット族になってたわね」


 現在は万国共通する共用語(コモン)である日本語だが、当時はまだ確立しておらず、通訳であるアーデライードも彼らとの言語の壁に苦慮しつつ、かなり手間取ったそうだ。

 だが、おおらかで明るく賑やかな小人族は、英雄・ゴトーに小人族と呼ばれたことを大いに喜び、興味津々の性格に転じたせいか、ますます大いに喜んだ。

 族名を慎んで頂戴した彼らが約半世紀の間に、小人族が、コビト族に。コビト族が、コビット族に。伝言ゲームさながらに、最終的に落ち着いて現在に至ったという


「……爺ちゃんが、そんなことを言ってたのか」


 と、瑛斗がハイエルフの長い耳元でこそっと囁く。


「そりゃもう。そもそも彼らって垢抜けた性格だったし、当時は勇名を馳せたゴトーも相まっちゃってね。魔王戦争真っ只中にも関わらず、族名を自慢気に見せびらかしたものだから、あれよあれよと聞伝えが広がっちゃって。それはそれで本当に大変だったわ!」


 懐かしい笑い話を思い出したか、アーデライードがまたクスクスと笑う。


「でもま、世界中の人々も多種多様な種族を越えて、相当に助け合っちゃったしね」

「今もコビット族の間では、ゴトーのことを知ってるのか?」

「そう。そのまんま。彼らが『ゴトーは英雄だ!』って勝手に可視化してたし」


 そういうわけで、ゴトーがコビット族の名付け親となっていた。

 今も昔もいつの間にか、こうなっちゃったそうである。


「でもこの種族って、世間ではあまり見掛けないね」

「元々は危険な冒険で死地へと赴くより、平穏な暮らしを好む性格だから」


 彼らはお調子者であり適当で気分屋だが、平和を最も望む種族である。

 それなりに妥協点もあった。帰すべきは、魔王戦争――やむを得ず、暗くて長く、辛い時代だ。できる限り安全確保と危険回避を優先したため、外ではそうそう出歩かなかったのだ。


「そうか。だから存在が知られにくかったんだね」


 コビット族は身体が小さくて筋力が弱く、大型の怪物を倒すには適さなかった。

 魔王戦争の真っ只中では危険を避けようと憂慮し、苦心していた様子が伺えよう。


「ふぅん、へぇーっ……」


 などと嘯くコビット族らは、実際は聞いているのか、聞いていないのか。他人事のようにまるで興味を示そうとしない。


「まっ、とりま、おいらの隠れ家を紹介するとしようよ!」

「そうだ、そうだとも!」

「行こう、行こう! おいらたちの隠れ家へ!」


 唐突に話題を切り替えたか、若頭というパッフェルホップなる少年が鼻高々に先頭する。その後に続く高らかな声を重ねた面々も、こぞって彼の後ろの列へと連なっていく。


「なぁ、エイト……どうする?」


 猜疑心に取り憑かれたドラッセルが、瑛斗に向かってわざわざ声がけをする。


「それじゃ取り敢えず、ついていこうか」


 瑛斗が苦笑いしながらそう言うと、率先してコビット族らの後に続いた。

 ようやく許可を得た様子で、ドラッセルらが黙々とついていく。


「さ、こっちこっち!」


 コビット族らがそう叫ぶと、後ろを振り向かずに次々と草むらへ飛び込んだ。

 高い草原が広がっていた中のコビット族は、飛び抜けてすばしっこい。さらに約二メートルを越えた高草を仕方がないままに、黙々と無心で掻き分け掻き分け歩いてゆく。


「これは重労働だね、アデリィ」

「何とかなんないかしらね、これ」


 愚痴をこぼすアーデライードの傍に、高草の壁から突然にコビットが顔を出す。


「仕方ないよ! こういう仕様だもん!」

「うわぁ」


 そうかと思えば、全然関係ない草むらから違うコビットが唐突に現れる。


「そうそう! これがおいらたちの特性だからさ!」

「うわぁ」


 突拍子もなく飛び出して声高らかに驚かせてくるので、つい声が漏れてしまう。

 その昔、彼らコビット族は『草の中を走る小さき者』とも呼ばれているらしい。確かに小柄を生かして草の中に身を隠し、俊敏さと器用さを兼ね備えるといえる。

 猟人として地形的に適合する種族――それもそうだとまさに頷けよう。しかも楽天家で好奇心旺盛の塊と聞いたが、それほどまで特化しているとは恐れ入る。

 そう先導するコビットたちをお任せしたまま、盆地の底の方へと下りてゆく。


「それにしても……ますます臭いわね、ここ」


 そう呻いたアーデライードが、きめ細やかな白皙な肌の眉間に柳眉を寄せた。

 異世界に赴いては、地形を眺めるを好む瑛斗がすぐさま反応する。


「うーん、ここは泥炭地だからなぁ……」


 泥炭を踏み締めて沈み込んでいく度に、立ちどころに腐った臭いが鼻につく。

 この泥炭地から漂うこの腐臭は、硫化水素やメタンガスなどである。そこで植物の分解が進むことで濃厚な腐植土となり、ますます有害や悪臭ガスが発生するのだ。


「コビット族って、何でこんな場所を選んだのかしら?」

「それはね! おいらたちにとって最も豊富な資金源だからさ!」


 すると高草から急に飛び出たパッフェルホップが、話までも首も出す。


「はぁーあ? これが資金源?」

「そうだよ! まずは、泥炭について説明しよう!」


 泥炭とは、湿原や湿地など水分の多い場所である枯れた植物群落が、長い年月をかけて完全に分解されないまま堆積していった土壌のことである。

 ここは盆地であり、元は水に覆われた環境では、酸素が不足するために分解が遅くなる。そして草やコケなどの植物遺骸が有機物として蓄積する。この泥炭が厚く積み重なることで、湿原の地盤から高層湿原の地形へと長年に渡って形成されていく。

 また泥炭は、非常に水分を多く含んでおり、黒褐色かつ強酸性が特徴的である。


「でもさ、火を熾す燃料や肥料なんかにも役立つんだろ?」

「おっ、よくご存じで!」


 瑛斗より説明のフォローを得たパッフェルホップがパチンと指を鳴らす。

 周りをよくよく見てみれば、ブロック状に切り出して掘り起こした人工的な形跡が見受けられる。恐らく泥炭をブロック状に天日干しにして、燃料として利用された証左である。

 粘土状である泥炭を乾かすと硬くなり、燃焼性が増していくという。よって燃料もそうだが、園芸用の土壌改良としても重宝される優れものだ。

 盆地の下の方へ下の方へと目的地を進んでゆく理由の一つは、泥炭を掘り起こしては乾燥させ、燃料として作り出した、長い年月を重ねて経た結果なのだろう。


「それに泥炭はピート香とも呼ばれててね。麦芽の焙燥するのに持ってこいなんだ~」

「……ピート香?」

「ああっ! それ、スコッチ・ウイスキーの製造過程じゃない!」


 先程まで鬱憤堪ってぶーたれるハイエルフはどこへやら。俄然にやる気センサーが反応したか。誰しもが言わずと知れた、お酒大好き呑兵衛に転身ハイエルフである。


「スコッチ・ウイスキーって、そういう香り付けがあるのか?」

「モッチのロンよ!」


 ピート香とは、煙っぽさで土のような風味を感じる個性豊かな燻香である。

 スモーキーフレーバーとも呼ばれており、主にスコッチ・ウイスキーの麦芽乾燥に熱源として使用される泥炭の煙が、酒徒にはこよなく愛される特徴的な風味をもたらす。

 ピート香によっては、煙を燻した香ばしさ、薬臭を感じるヨード香、湿地帯の野草、焦げた木材など様々に含まれており、強烈さや独特な風味を生み出しているという。


「それによって、生産者として各所に流通しているんだよ~ぅ!」


 とは、鼻高々なパッフェルホップの弁である。


「ねぇ、あなたの村には、スコッチ・ウイスキーを醸造してるの?」

「んにゃ、うちでは燃料として出荷してるだけだぁねぇ~」

「なーんだ、損したわ……つまらないわね」

「けどね、隠れ里に一店舗だけ、秘密の醸造所が備えてつけてあるよん」


 その一言で、ハイエルフの瞳が凛々と光り輝いた。


「ねぇ、パッフェルホップ! その居場所をあとで教え――」

「アデリィ、エルヴィーラ救出作戦をお忘れなきように」


 アーデライードの真後ろにある瑛斗の、マジで説教を食らう五秒前である。


「は、はーい……分かっているわよぅ、っもう、いけずぅ」

「クフフッーッシッシシシッ!」


 さらにその後ろで口角を上げて蔑んで哂うレイシャは、まさにゲス顔である。

 その真っ只中で高草をかき分けて進む、非常に間が悪い、その時であった。


「さぁて! こちらがおいらたちの隠れ家だよ~ぅ!」

「ひゃっほーぅ! 目ん玉かっぽじって御覧じろ~ぅ!!」


 喜びに勇んだのか、コビット族らは高らかな産声のような声を上げた。


「ここが、隠れ家……?」


 目前にして辺鄙で粗末な場所であり、全員が全員として愕然とした。

 それはどうみても、単なる小さな坑道の入り口にしか見えなかったからだ。

 さすがにそれを見た瑛斗も、苦笑いして頭を掻くしかない。


「まぁまぁ、あとで中を飛んで見てみなって!」

「そうさ! きっとあとで吠え面かくからさぁ!」


 にこやかな顔のコビット族たちは、意味不明なことを言って騒ぎ出した。

 まだ日本語――もとい、共通語(コモン)が行き届かなかったせいだろうか。


「ここは元々、昔は川辺らしくてね。泥炭を掘り返したら廃坑をみつけたんだ!」

「これが、廃坑……なのか?」

「そー。元々はドワーフが掘った鉄鉱石などの坑道なのさ。だからおいらの先祖たちが廃坑を見つけ出してね。試行錯誤に時間を掛けてでも作り上げた隠れ家は、おいらたちにゃ傑作中の傑作さ!」

「ここは、随分と長くから住んでいたのかい?」

「そうだねー、百年か、二百年か……んんー、わかんないや!」


 どちらともつかない様子で、何も考えずにケロッとしている。

 だがそこで次から次へとしゃしゃり出るは、コビット族の若者たちだ。


「そうやって爺ちゃんの爺ちゃんの、そのまた爺ちゃんが守ってたのさ!」

「爺ちゃんの爺ちゃんの、そのまた爺ちゃんは、見たことないから知らんけどね!」

「でもまー、これがコビット族の知恵だね! そう、知恵が湧く泉だね!」


 などと、いい加減に自らを褒め称えるのも、これもまた彼らの特性であろうか。


「まぁまぁ! さぁさとっとと入った入った!」


 背中を押されてさらに奥へと進めると、隠れ家の概要がようやく見えてゆく。薄暗く狭かった廃坑は、徐々に光が満ち溢れて、空間が徐々に広がり始めたからだ。

 やがて坑道内に進むにつれ、目の前が中庭のように広がった。恐らくは洞窟住居群だろうか。石工や木造建築など様々な造形美に満ち溢れていた。たくさんの彫刻細工の扉、独特な木造階段やバルコニー、共用廊下や空中回廊など、幻想的で夢を目一杯に詰め込んだ工芸作家らの凝った造りで、長年開発し続けていたのであろう努力の結晶がそこにあった。


「おおっ、これは……」

「なんとまぁ……凝ったもんだ」


 調和に象られた芸術性であり、見事でユニークな造形美もあり、つい目移りしてしまう。

 さらに眺めれば、増築を重ねているのだろうか。最大で約八階建てほどの大きさに膨れ上がっていた。坑道の壁には区分所有だろうたくさんの扉が並べるように備え付けてある。他にも共用廊下が建物内部となっており、いわば内廊下マンションのような形状であった。

 廃坑内を散策してみれば、ふうわりと風を感じる。恐らく各戸に換気口などを取り付けてあるのだろう。家事を使うためには火が必要であり、火には空気が必要不可欠だ。坑道内では一酸化炭素中毒によって窒息しないように、工夫が施されているのだ。


「わわわっ、英雄さんだわ!」


 岩壁から一斉に扉が開くと、たくさんのコビットたちがわらわらと姿を現し始めた。


「きゃーっ! 英雄さまっ! おかえりぃ!」

「うわぁい! お帰りなさい、英雄さんっ!」


 などと、憧憬を抱いたコビット族たちが遠目から黄色い声がこだまする。

 しかしその内の一人である大人しげの少女が、自らがおもむろに進み出た。


「お待ちしておりました」


 このおかっぱ頭の少女は、厳かな風体をみるに吟遊詩人(バード)だろうか。

 先程までは能天気だったパッフェルホップが、行儀よく声を抑えて囁く。


「あっちはコビット族の女性専用のエリアなんだ」

「こちらにございます」


 その少女がそう言うと、さらに奥にある一室であろうドアを静かに開けた。

 ほんのりと立ち上る独特な匂い――隠し里にあったあのお香の匂いである。


「この香りは……浄化や緊張をほぐすという、あの……」


 扉を潜ると、ここは貴賓室だろうか。岩壁を見せぬように高貴な布で被されていた。

 その大部屋にあった質実剛健な造りの調度の他に、古式ゆかしく重厚な大きいベッド。


「!」


 その場にいた者が、息を呑むように一瞬にして声を失ってしまう。

 ベッドの上でもたれて一人、身を預けたように揺蕩う美女がここにいたからだ。

 エレオノーラと同じく滑らかな金色の髪に、透き通った翠玉色(エメラルド)の瞳。

 瞼の形は二重で彫りが深く、すっと通った鼻筋、薄紅色に熟れた口唇。


「………………」


 彼女は半身を起こしたまま、ぼんやりと宙を見上げて口を開かなかった。

 質素な寝間着を着ており、服の紐は解けないようにしっかりと結んでいる。

 恐らくコビット族の助力を受けて、整容に手を加えられているのだろう。

 だが表情を失ったのか、目の光は消え去り、ぼんやりとして虚ろである。

 それでもなお、息を呑むほどに見目麗しい美女であった。


「アデリィ、もしかして彼女が……」

「そう、宮廷秘書官であり、エレオノーラの姉である――エルヴィーラよ」

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