キマイラ討伐による最終決戦の旅(後篇)
「バ、バカなッ! こんなにも呆気なく倒されるなど……ッ!!」
拳を握って怒りに震えるザルディゴートは、もはや焦りの色は隠しきれない。
だがその時、唐突に謎の声がザルディゴートの耳元で囁き始めた。
『よく聞け……奸賊であり、凡才なる愚か者よ……』
「グムゥ、何奴だッ?!」
暗黒教義である共有聖語の古代エルフ語により、ザルディゴートは困惑した。
共有聖語は不慣れで断片的で読めるも、流暢であり童女のような美声だからだ。
『彼奴の仲間を使役に仕掛けさせ、あまつさえ呪詛までも愚行せん』
「ムムム……貴様は誰だ、一体何者なのだ!?」
『我が名はレイシャ。我は、我が主の所有物であり、奴隷である』
その声は、レイシャ。訥々と古代エルフ語で語り始めた。
耳元で囁くことができる古代語魔法『リプレイス・サウンド』を仕掛けたのだ。
「フン、所有物であり奴隷だと? 嗤わせる……」
『如何にも。我が主は、其れ程まで尊崇にして敬慕なる唯一無二の傑物ぞ』
ザルディゴートが遠くを見やるに、小さきダークエルフの童女。
闇夜に赤く光る双眸、まさしくレイシャである。
「!! その赤き双眸やもしや……『暗黒神の寵児』か?!」
『ふっ、所詮は世迷い言ぞ……邪神信奉者の狂言に過ぎぬ』
闇夜が深く深くなればなるほど、赤き双眸がますます眩く光り輝く。
ダークエルフを愚弄するは、到底許さん。気合十分に心の炎が燃え滾っていた。
『だが我の種族を愚弄するとは、汝は所詮愚者は愚者ぞ。恥を知れ、外道!!!!』
怒りを込めたレイシャは、紅い目を見開く。
魔力の許容量を解放させ、準備万端整った複合魔法を呪文詠唱し完成させた。
『地獄の業火』
レイシャ独自の重複魔法『ファイアボール・アンド・ファイアボール』をさらに磨きをかけて凝縮させた、古代語魔法で初となる口語化圧縮の進化版である炎魔法である。
瑛斗の婆ちゃんから預かった『黒革の手帳』――六英雄の一人である『冥界の魔女』エリノアが残したという古代魔法語の教導書を、大切に学び取っていた成果であろう。
「あれ、やっていいって。だってえーとがいってたもん」
先程までの古代エルフ語の、流暢で童女の美しい声はどこへやら。日本語であり共通語の勉強中のレイシャは、あどけない声でそう呟いた。
確かに「あれ、やっていい? やっちゃって、いい?」と、瑛斗に許可を得たのは、間違いなかろう。しかしそこまでやっていいとは、誰しもが思っていなかった。
「ん……でもころしちゃダメって、ゆってたし?」
殺しちゃダメだと絶対に約束を守るレイシャは、死なない程度にずらすつもりだ。
それでも燦然と光って獄炎渦巻く極大火球が、ザルディゴートの目前まで迫りくる。
「ヒッ……ヒイィィィッッ?!」
流石の上位職である死霊導師も驚きは隠せまい。横目で間近で見ていた瑛斗とドラッセルらも、あまりにも極大火球で目を見開いていた。
ただし、爆炎に見覚えがあるのんびり屋のサクラだけが「たまやー」と花火のように呟いて、ほのぼのと眺めているのも、また一興を超えて不思議ちゃんでならない。
「?! お師匠様!」
従者らしきフードを被っていた子供が、神聖魔法を高速圧縮で唱え始めた。
『ヒート・プロテクティブ・サークル』
神聖魔法『ヒート・プロテクティブ・サークル』とは、神の御業により薄い結界を張り、炎のダメージを減少できる防御魔法である。防御魔法によって回避できたザルディゴートは、高貴であり上質な外套に身を包んだおかげで、なんとか死を免れたのだ。
ただし彼の外套は、焼け焦げだらけで見窄らしい姿となってしまったが。
「ええい、遅いぞ小僧が……儂をもっと護らんか……ッ!!」
「ああ、ごめんなさい……お師匠様、ごめんなさい……!」
無様なザルディゴートは、皺が目立つ拳で従者らしき子を何度も殴りつける。息が切れてるほどに、何度も何度も、拳から血が滲むまで忘れるほどに殴りつけた。
威圧的な弾圧と暴虐による憂さ晴らしの時間は、だが刻々と過ぎ去っていくのだ。
「アデリィ、アンデット・キマイラを仕留めたよ」
「あーあ、もう。私、汗握っちゃったじゃない……おめでとう、エイト」
両手を広げるアーデライードが、仲間たちと合流して素直に喜んだ。
最期にアンデット・キマイラを仕留めたのは、勝利者である瑛斗。獅子の頭頂骨を力一杯に振り落とし、重厚なる片手半剣にて斬撃の一撃で屠ったのだ。
「みんなみんな、とびきり上出来だったわよ!」
巨大な怪物たちを討ち取ったは、瑛斗とドラッセル。彼らに能力値全体の付与魔法を担い、後衛担当として役立ったレイシャ。周辺の雑兵・スケルトンを殲滅し、護衛をも託されたライカとカルラ。杖を盗んで遊撃し、蛇の双眸をも失わせたサクラ。
アーデライードは仲間たちを褒めて労うとともに、それに引き換え嫌味を込めて後ろの方へとくるりと振り向いた。
「でもアンタを除いては……残念でしたわね、負け犬さん」
「グッ、おのれ、おのれぇぇぇ……ッッ!!」
その“死神の使徒”と呼ばれたザルディゴートが、両腕をわなわなと震わせる。
目深に被ったフードがはらりと外せば、白目を剥いて額に青筋を立てていた。
「どうせアンタの手持ちは、竜牙兵・スパルトイ一対とアンデット・キマイラくらいだったでしょうよ。見え透いているのよ、無様で汚らわしいお方ねぇ」
「グギギギ……この不浄なる虫けらどもがぁぁッッ!」
焦り切ったザルディゴートの台詞は、負け犬の遠吠えにしか見えない。
「お生憎さま。ツギハギだらけのお人形じゃ、単なる置物にしか過ぎないわ」
「何を言う?! 三年も手塩にかけて育てた、我の自信作だぞ!?」
「あら、たった三年? 甘いわね。十年くらい熟成しなさんな、俗物さん」
色気を持った流し目のアーデライードが、煽るように意地悪してほくそ笑む。
「野生のキマイラとアンタのアンデット・キマイラじゃ、段違いに格が違うわ。キマイラがアンデットになれば、野生の本能と獰猛さを失って直感や感覚が鈍くなってしまうもの。例えば、天然物と養殖物みたいにね。まぁ? アンタは矮小で愚鈍だから仕方がないわね、残念だけれど、お気の毒さま。あーっはははっ!」
アーデライードに煽りに煽られたザルディゴートが怒り狂って名指しした。
「くっ、そこの貴様! 名を名乗れ! 貴様、何者なのだ?!」
「はぁ? アンタ老眼? 歳を取り過ぎて、耄碌でもしたのかしら?」
嫌味の塊であるアーデライードは、いつもの辛辣を越えて悪辣である。
「我が名は“聖なる森の大賢者”アーデライード」
「なっ……?! ばっ、ばっ、ばっ、莫迦なッ!?」
「このハイエルフの見目姿を、忘れたとは言わせないわよ?」
啖呵を切ったハイエルフは、魔王戦争を渡り切った六英雄の一人である。
ついに顔面蒼白となったザルディゴートは、言葉をも失ってしまったようだ。
しかし見目麗しいハイエルフの反面、さらに毒舌と高笑いが炸裂し始めた。
「あーっはっはっはっ! 弱っちくて、なーんて情けないのかしら!」
「かっ、くっ……ぐぬぬぬ……っ」
「まるで雑魚ね、ざぁーこ、ざぁーこ! あーっはっはっはーっ!」
まるで小生意気で挑発的な態度をとった少女属性のキャラクターのようである。
それを見かねたレイシャが、アーデライードに小さい声でぽつりとこう呟いた。
「ふ……めすがき」
「めぇはぁッ?! 誰に何を吹き込まれたの、レイシャ!」
「べつに……ぷ」
ハイエルフに顔を見ずに、横を向いてせせら笑うダークエルフ。
つい口走ってしまったアーデライードは、昔の若い頃を思い出す。
いけない……半世紀くらい前にやらかした、高圧的で挑発的な口調は控えねば。
やり過ぎちゃって、ついにゴトーにも怒られたの、忘れたのかしら、私。
そんな最近の蔑称なんて聞いたことがなかったのに、いったい誰が仕掛けたの?
メスガキに、いただきマンモス、彼ぴっぴ……あとでさらに問い詰めねば。
「なにぃッ!? あの野郎が消え去っただと!?」
「あら、逃げたわね」
ドラッセルが叫ぶ。ザルディゴートが逃げたのか、いつの間にか消えていたのだ。
つい思案し過ぎて気付かなかったアーデライードだが、何食わぬ顔で言ってのける。
「いいのよ、あんな俗物なんて。その辺で放っておきなさいな」
「いや、しかし……!」
「たぶん移動手段の転移魔法の魔術巻物でも使ったんでしょ。そんなのぜーんぜん気にしない、気にしない!」
そう言うと手をぷらぷらと振って、邪念でも追い払うようなポーズをみせた。
魔術巻物とは、魔術の呪文が羊皮紙に記されており、巻物に魔法が封じ込まれている。よって魔法使いでなくとも、魔法が使用できる便利なアイテムである。
そして転移魔法とは、一キロ圏内の場所に瞬時に移動させる古代語魔法である。
「どうせ耄碌だから足が悪そうだし、そんなに遠くにいるわけでもないし。じきに見つけ出せるから心配ないわ。その辺の野辺にでも放っておきましょう」
切り替えが早いアーデライードが見限ったように、中央広場を後にした。
「…………」
物言わぬレイシャが薄暗い森の中へ見上げると、紅玉のように瞳に光が灯る。
瞳から赤き光が差すのは、魔力を使用するとともに余るほど零れだす証左だ。
レイシャが仕掛けたは、隠れたものを見つけ出せる透視の魔法であろうか。
情けを掛けたダークエルフどもの肢体は、どこからともなくいなくなっていた。
「さらば、ぜんらまん」
レイシャの言うぜんらまんとは、全裸な男のことである。
生きるか死ぬかは分からない。だが、それ以上に興味は微塵もなかった。
「さぁて皆さん、お立合いーっ!」
周りを見ないアーデライードが声高らかに勝利宣言する。
「これでアンデット・キマイラ討伐完了! 完璧に討ち取ったりぃ!」
そう勝鬨を上げると、何故か周辺から一斉に歓声が沸き上がった。
里の小路から、木の上から、藪の中から、建物の窓から、屋根から、バケツから、意味がよく分からない場所から場所まで。コビットたちが余すところなく突然に現れたのだ。
「うわ、なんだなんだ?」
何が起こったのか理解できない瑛斗やドラッセルが、困惑せざるを得なかった。
それでも陽気なコビットたちが声を上げ、一斉に歓声渦巻いて褒め称えた。
「やったーッッ! 獲ったどーッッ!!」
「よくやったッ! 頑張ったッ! 感動したッッ!」
「今日からエイトは、勇者だ、英雄だーっっ!!」
コビットたちに褒め称えられた瑛斗は、困った顔で鼻の頭を掻く。
「いや……俺は、まだまだ勇者見習いだよ」
そう遠くを見やると、高台の断崖にある簡易的な城砦にエトムントとルルミラがいた。挨拶とともに感謝を送って手を振った二人とも、優しい微笑みを湛えていた。
もちろん隠れ里の魔法使いたちも、喜んで大手を振る者、充足な顔つきで腕組みする者、称賛して絶やさずに拍手する者――様々な個性豊かな里の人々が、心の底から喜んだ。
「やったな、エイト!」
「おめでとうなのです、ご主人!」
「ごしゅじん、私たちも勝ったわよ!」
「ん、やった。レイシャのエート」
「やれやれ、あたしも肩の荷が下りたさねぇ」
ドラッセル、ライカとカルラ、レイシャにサクラ――全員が瑛斗を中心に集まってくる中、スカートをくるりと翻して絶世の美少女なるハイエルフが振り向いた。
「おめでとう、エイト……初めての一歩よねっ!」
アーデライードが輝けるほどの満面な微笑みで、嬉しそうにそう褒め称えた。
そうして、討伐最終決戦と初めての連携戦は、幕を閉じたのである。




