キマイラ討伐による最終決戦の旅(前篇)
「エイト、油断は?」
「ない」
「教えたことは?」
「覚えている」
「ならいいわ。それじゃ行ってらっしゃい!」
瑛斗の背に投げかけたアーデライードが、余裕綽々な顔で手を振って見送った。
初めてのキマイラ戦に前へ出た瑛斗は、静けさが迫るほど集中力を増し、川のせせらぎや虫の音など意に介さず。先程まで喧噪だった戦闘後は鳴りを潜め、不気味さが増して気を張り詰める。
魔獣との距離はまだ遠い。武器は剣のみである瑛斗は、危機感を持って敵の攻撃範囲を見定めて、間合いをしっかりと詰めていかなければなるまい。
「おう、先頭なら俺に任せとけよ、エイト!」
「任せたよ、ドラッセル」
血気盛んなドラッセルが、瑛斗の肩をポンと叩くと足早に追い抜いていく。
その後からやってきたライカとカルラが、瑛斗の左右に固めて従ってきた。
「私たちが囮役にもなりますです!」
「ですですわよっ!」
「ああ、ライカとカルラなら心配ないさ」
瑛斗がそう言うと、ライカとカルラにやや後方へと指示するように目配せする。
野生の勘を持っている彼女たちは、何も言わずとも理解していた。瑛斗を護らんと、パーティをじわりじわりと囲んでくる雑兵・スケルトンどもを成敗するためだ。
「私たちがお護りするのです! がるるる~!」
「そうよ! 私たちは、強くて頑丈だから大丈夫!」
彼女たちである小さき護衛者は、とても頼もしい。
狼の獣人はとても好戦的であり、そして、やる気満々である。
「あのね、えーと」
「どうしたんだ、レイシャ?」
「ほのーのまじょ、レイシャのふたつ名?」
「……そうだよ」
『炎の魔女』――それは、火の魔法を得意として活躍するレイシャのためにずっと考えていた二つ名だ。特に思い出すのがレイシャが誕生日だった夜、三百年後に現れた大人レイシャの『爆炎の大魔導皇』という二つ名――それでは大仰なので、小さなレイシャの炎と職種を小さく抑えて、瑛斗が編み出した二つ名である。
なので炎を捩った二つ名だが、それが本当に良いのか悪いのか、未来がどうなのかまでは分からない。ともあれ、中二病めいた二つ名を編み出してしまった瑛斗としては、そこはかとなくちょっぴり恥ずかしい。
「ほのーのまじょ……んふー」
珍しく興奮した様子のレイシャは、ふんすふんすと鼻息は荒い。
「あれ、やっていい? やっちゃって、いい?」
「そうだね、一緒にやろう、レイシャ」
必ずといっていいほど左側にくっついてくる、レイシャの頭を軽く撫でてあげる。
しかし敵に目を逸らさない瑛斗は、真っ直ぐと見据えたまま一歩ずつ前進する。
「さぁ来いよ! アンデット・キマイラ!!」
珍しくも好戦的な姿勢を見せた瑛斗が、アンデット・キマイラに挑発を仕掛けた。目前に迫りくる、巨躯であり獰猛である醜怪な風貌に怯むことはなし。
挑発に応じたアンデット・キマイラは、躰を低くして忍び寄ろうとする獅子と同じ姿勢でいざ飛び掛からんと、敵意を剥き出しにして唸り声を上げる。
「おっと、残念だが一番槍はこのオレ、ドラッセルだッ!!」
血が滾りまくったドラッセルは、突撃を仕掛けて先陣を切った。
キマイラに隙を突くように、敵の左側面へ大きく弧を描いて回り込んだのだ。
「オレの槍さばきでも篤と味わえッ! オラァッ!!」
騎士技能『突撃』で一気に駆け抜けたドラッセルが、キマイラの胴体を狙うも、背中に生えた黒い山羊の角が槍の穂先を遮って弾かれた。
だが攻撃の手を緩めない。キマイラの腹を目掛けて、さらに槍の突きを繰り返す。切れ味を試さんと鋭く磨かれた真白銀の魔槍と槍術がさらに冴え渡る。
「まだまだぁッ! オラオラオラーッッ!!」
槍術巧みな連続攻撃と特効武器の真白銀に堪え切れないキマイラは、距離を取らねばとバックステップを取ろうとするも、予想通りに右側面を狙うは瑛斗である。
口元を引き締めて物言わぬ瑛斗は、片手半剣で一撃、二撃と左右に一文字斬りを繰り出すも、キマイラの躰の柔軟性と跳躍力を利用されて見事に躱された。
「……!? 高い、こんなに高いんだ!」
二階建ての家を軽く飛び越えるくらいの高さで跳躍を見せたキマイラは、瑛斗の頭上を軽く超えると、躰を反転させて瑛斗の側面を目掛けて飛び掛かろうとした。
『パラライズ』
古代語魔法『パラライズ』を仕掛けたは、やる気満々で鼻息荒いレイシャだ。
麻痺で身体を硬直させて自由を奪われる魔法『パラライズ』は、巨体のアンデット・キマイラでは全体麻痺までは届かぬまでも、左前足に照準を絞って成功を収めた。麻痺で前足を取られたアンデット・キマイラは、転倒させられて前方へとつんのめる。
「今だ、一気に攻め立てる!」
「うっしゃ、アタマをブチ抜いてやるぜ!」
だがキマイラも黙ってはいなかった。前のめりの姿勢にした理由は一つ、尻尾である鎌首をもたげた蛇である。喉元が膨らんだ状態で炎を吐かんと、待ち構えていたのだ。
「しまった! 下がれドラッセル!」
「やべぇ! これじゃ避けられねぇ……!!」
最も狡猾で獲物を逃さない尻尾の蛇は、口から猛烈な炎を吐いた。
先手を取られて出遅れた二人は、このままでは消し炭となるだろう。
「あーらら、二人とも甘いわねぇ……『ウォーター・スクリーン』!」
精霊語魔法『ウォーター・スクリーン』とは、水の精霊・ウンディーネを使役して、被攻撃対象に水の膜を張って炎によるダメージを防ぐ。
通常は下位魔法だが、高位精霊使いである最上位クラスによって潤沢な精気をふんだんに取り扱えるので、耐火性は非常に優れており、未然に防ぐことができた。
「良かった、無傷だった……」
「スッ、スゲェ! 傷一つびくともしねぇぞ!」
だが遠く背後にいるアーデライードは、にっこりを微笑んでウインクした。
「でも二人とも減点だから、あとで補習するように!」
「ああ、学校でやらかしちゃった気分だよ……」
「教室の掃除中で花瓶を割っちゃって先生に見られたヤツか?」
苦笑いしたドラッセルだが、騎士学校でやらかした経験でもあるのだろうか。
だが識別できないアンデット・キマイラは、左前足の麻痺に構わず飛び掛かる。
「うおっ、危ねぇっ!!」
「冗談は後で話そうぜ、ドラッセル!」
先生に怒られた問題児たちは、その場から左右分かれて飛び退き、無事に回避できた。
いずれにせよもう一度、態勢を整わなければなるまい。次の失敗は命取りだ。
『エネルギー・ボルト』
レイシャが二人を援護すべく、マジック・ミサイルを複数回発射して牽制する。
俊敏なるアンデット・キマイラは、疾風の如く大地を駆け回ると、白く輝く魔法の矢を抜け目なく回避した。次は、敵の反撃を待ち構えてくるはずだ。
「……チィッ、挟み撃ちか?」
周辺に雁首揃えるスケルトンどもが、ぞろりぞろりと集結しつつあった。
前門のアンデット・キマイラ、後門の雑兵・スケルトンだ。包囲して攻め立てる挟撃を迫りかかってくるだろう。物怖じせずに肉弾戦で攻めてくるアンデット・キマイラは、スケルトン共々が破砕されたとしても、命知らずに敢行してくるはずだ。
防御姿勢で背中を合わせた瑛斗とドラッセルは、闘気溢れた笑みを湛えて吠える。
「俺が前衛ってことはよ、エイト……オレの背中を預けるってことだよなぁ!」
「そうだよ、ドラ。今朝の決闘で確信が持てたから、あんたの腕を見込んだんだ」
目の前にそびえる巨体なアンデット・キマイラを、ドラッセルは集中できる。広範囲の視野を見据えた瑛斗は、司令塔としての役割を引き受けた。
だがアンデットどもが狙うはただひとつ――レイシャだ。子供で華奢なレイシャだから、弱者で餌食だと見られ易いからだ。それでもなお瑛斗には、前もっての公算があった。
「ここまでなのです、悪いガイコツさんめっ!」
「そーそー、私たちがお掃除しちゃうわよっ!」
後方で骸骨兵を蹴散らしていたライカとカルラが、レイシャの傍まで駆けつける。
瑛斗が“小さき護衛者”を後衛に選択したのは、判断に間違いはなかった。
獣人族として物理攻撃無効とともに、攻撃力と持久力に優れ、スピードをも持つ狼型ならば猶更だ。レイシャを中心に、神社の狛犬の如く左右を固めて護衛する。
「ん、よくやった」
「どういたしましてなのですっ!」
後衛のライカとカルラが護衛できれば、パーティ全体に防御力がアップする。
さらにレイシャは、再詠唱時間を有効に使って、魔法詠唱を集中できるのだ。
『エンチャント・ウィークネス』
古代語魔法『エンチャント・ウィークネス』とは、筋力や俊敏など対象の身体能力を下げるという弱体化する付与魔法である。
見事命中して会心の一撃を決められたアンデット・キマイラは、格段と動きが鈍った。
「しめたっ! ここが攻め時だなッ!!」
武骨でありパワータイプであるドラッセルは、攻撃特化型が主流である。
元来、防御が優れるも、エキドナの庭におけるエゴン・クレーマンとの一騎打ちで打ち負かしたと一躍有名となり名を馳せた結果は、防御力を上回る突破力であった。
防衛主体の銀の皿騎士団が彼を抜擢としたのは、一番槍として求められたからだ。
「オレの妙技を喰らえやがれッ!! オラァッッ!!」
ドラッセルが騎士技能『槍撃・刺突連撃』を繰り出して、アンデット・キマイラの眉間を狙って一点集中攻撃を敢行した。
頑丈な頭蓋骨と分厚い皮膚で致命傷までは届かぬものの、深手を負わせて大量の流血が溢れ出した。いや、アンデットは鮮血ではなく、腐った緑色の液体であった。
「何故だ……何故こうも、事が運ばん」
その一方、傲慢な態度を示していたザルディゴートは、焦りの色が滲み出ていた。
簡単な命令を出す死霊導師の駆け引きもそうだが、スパルトイは元よりそれほどの猛者であるアンデット・キマイラがこうも易々と手玉に取られるとは。
何かが違う……もしや高慢ちきな阿婆擦れが原因で、算段が狂い始めたのだろうか。
「やむを得ん……我が秘術、目にもの見せてくれるわ」
暗黒魔法の禁呪を繰り出さんとした。それは呪いである。
狂人が生み出したとされる呪術の禁呪は、個人が多種多様なれど、周囲に甚大な被害を及ぼす危険性を孕む。だが禁呪の発動によって生命や魂が代償だろうが、術者をも破滅を招くも構いはしない。勝手気ままに傍若無人に振舞うこそが、我が生きる糧となろう。
「小僧、我に離さず従って参れ」
「……はい」
フードを目深に被った子供らしき従者が、三歩後ろに従って歩く。
あ奴らの魔法効果範囲内を見極わねばなるまい。一歩ずつ、一歩ずつ進んでいく。
「ククク……こここそが重畳ぞ」
巨体なアンデット・キマイラを死角と使い、下らぬ連中ども全ての攻撃範囲に押さえた。呪術詠唱を完成し、我が魔物を命令して避けさせればよい。さすれば上手くいくはずだ。
老木を削り出した高価な杖を手にすると、力を込めてムンッと大地に突き立てた。そして杖より手を放し、呪いの暗黒魔法を詠唱し始める――だがそれが最大の過ちであった。
「そんじゃ、あたしがそれ貰うよーっと!」
突如、ゆらゆらと陽炎の如く蠢く獣らしき何者かが、獲物を奪わんと舞い降りた。
元盗賊のサクラだ。山間の街・テトラトルテの人々から“陽炎の幻獣”とも噂され、盗賊技能『忍び足』や『潜伏』、『アクロバット』を存分に発揮しては、人の仕業とは思えぬほどに。この名すら知られぬ、謎の盗賊・サクラ。
彼女は、ザルディゴートの死角よりもさらに死角に忍び込み、何者かの企みを看破して、奪略とスリルを求めんと、第六感ともいえる直感が閃いたのだ。
「いただきマンモスぅ!」
さらに謎の俗語で声を張り上げると、ザルディゴートの杖を奪い取った。
サクラの役目は、遊撃――瑛斗の目配せだけで見抜き、瑛斗の采配で見事に当たった。
だがどこの誰から俗語を聞き出して、そう言い出したのか。あとで聞いてみたくなる。
「ぐぐぐ、おのれ、おのれぇ……!」
「お師匠様、手に血が……『キュアー・ウーンズ』」
いつの間にか、サクラの双短剣の一刀で、手に傷を負っていたらしい。
従者であろう目深なフードの子が、神聖魔法である治癒魔法『キュアー・ウーンズ』を詠唱すると急いで手当てする。だがザルディゴートは、手を振り払って激怒した。
「黙れ小僧!! 我に従えと言うたであろう、役立たずが!!」
内情に聞き耳を立てた耳聡いアーデライードは、しかしそれ以上は我関せず。
そんなことよりも、胸の奥底で沸々と燃え盛るように、心の中でこう呟いていた。
今回の私の気分だけど、アイツらだけは手を出さないわ。
今の戦力差では、叶うはずがないだろう……だって、私、強いんですもの。
怪物ともどもを一瞬で灰燼に帰すなんて、そんなの折角の気分が台無しだから。
旅先案内人として、瑛斗たちを支援して、更なる成長を与えてあげるわ。
そして、彼らや彼女たちの行く末を導いてあげる。ほんのそれだけのことなのよ。
長くも短い火花を散らすような、そんな愉快な出来事を取り込ませてあげる。
でも……、それでもなお……
どうしても今日だけは、頬を紅潮させるほどに高揚してゾクゾクが止まらない。
まだまだ青臭く拙いまでも、瑛斗が肝心要の役割として動き始めているからだ。
みんなみんな……エイトを中心に吸い込まれてる……
今回の主役は、あなたなのよね。まぁ? 当然、私もそうだけれど!
大人レイシャ『爆炎の大魔導皇』に関しては、こちらをどうぞです。
第70話 ダークエルフと行く時空の旅(前篇)
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第71話 ダークエルフと行く時空の旅(後篇)
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※以下は『ハイエルフと行く異世界の旅』のスピンオフ作品です。
『ダークエルフと行く時空間の旅』
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